※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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名前を読まない

山頂近くの旧聖寮施設は、外から見るよりずっと広かった。半ば崩れた石壁。地面へ沈みかけた入口。蔦に覆われた柱。それだけなら、よくある廃施設に見える。だが中へ入ると、長い廊下が山肌の奥へ伸びていた。

 

「思ったより残ってるな」

ザビーダが壁を叩く。

 

乾いた音が返る。ミクリオは手元の簡易地図と周囲を見比べた。

 

「記録では、この先に中央区画がある」

「そっちじゃねえよ」

「何?」

ザビーダが地図とは反対側の細い通路を指した。

「中央区画ならこっち」

ミクリオは眉を寄せる。

「地図では――」

「その地図、後から増築された時のじゃねえか?」

「なぜ分かる」

「昔の聖寮施設って、地脈の流れに沿って真ん中に観測室置くこと多かったんだよ」

壁へ手を当てる。

「ほら。こっちの方が霊力の流れ強いだろ」

ミクリオも触れる。

しばらく黙る。

「……確かに」

「だろ?」

ザビーダが得意げに笑った。

少し前を歩いていたエドナが振り返る。

「アンタ、そんなこと覚えてたの」

「全部忘れてると思った?」

「半分くらい」

「ひでえな」

「千六百年くらい生きてるんでしょ。自分でも曖昧みたいだけど」

「細けえこと覚えてんなあ」

「忘れたいことほど覚えてるものよ」

その言葉にザビーダの笑みが、ほんの少しだけ止まった。

 

一瞬だった。ザビーダはすぐに肩をすくめる。

「怖い怖い」

 

ミクリオは何も言わなかった。代わりに、ザビーダが示した通路へ目を向ける。

 

「こちらから行こう」

「地図は?」

「現地情報を優先する」

「素直じゃん」

「根拠があるならな」

エドナが鼻を鳴らした。

「便利ね」

ミクリオが振り返る。

「何が」

「千年前のことを覚えてる聖隷」

視線がザビーダへ向く。

「調査には随分便利でしょ」

刺すような言い方だった。

ミクリオは少し考える。

「役に立ってもらっているのは事実だ」

ザビーダが目を瞬く。

エドナも。

「否定しないのね」

「事実を否定してどうする」

ミクリオは続ける。

「ただ、僕が使うために連れてきたわけじゃない」

「同じじゃない」

「違う」

今度は即答した。

「ザビーダが手伝いたいと言った。だから頼んでいる」

エドナがザビーダを見る。

「本当?」

「そこは本当」

「アンタ、昔から人間に――」

言いかけて、エドナは止めた。

 

ザビーダも何も言わない。少しだけ空気が変わった。ミクリオはその続きを聞かなかった。

 

***

 

ザビーダの記憶は、思った以上に役に立った。崩れた廊下。埋もれた階段。増築で塞がれた旧通路。

 

「昔はこの先に下り階段あったと思うぜ」と言われて壁を調べれば、確かに埋め戻された空間が見つかる。

「収容区画は地脈点から離してることが多かった」と言われて別の棟を探せば、旧式の拘束術式が残っている。

ミクリオはそのたびに記録を取った。

「……なあ」

後ろから声がする。

「何だ」

「お前、楽しそう」

「調査だからな」

「俺様の昔話メモるの、そんな楽しい?」

「価値がある」

「へえ」

ザビーダは少し笑った。

 

「俺様にも価値あるんだ?」

ミクリオの手が止まる。

顔を上げる。

「何を言っている」

「いや、昔のこと覚えてるのが」

「それだけじゃないだろう」

ザビーダが黙る。

ミクリオは自分でも、なぜ即答したのか分からなかった。

「……そういう意味じゃなかったんだけどな」

「なら紛らわしい言い方をするな」

「はいはい」

横からエドナが二人を見る。

「変な会話」

「君までザビーダみたいなことを言うのか」

「嫌ならやめる?」

「……好きにしろ」

エドナがほんの少しだけ笑った。

 

***

 

施設の奥に記録室が残っていた。木製の棚はほとんど崩れ。紙は腐食して読めない。それでも、石板や金属板に刻まれた記録が、いくらか残っている。ミクリオは床へ膝をついた。一枚。二枚。汚れを払っていく。

 

「古いな」

「どれくらい?」

エドナが聞く。

「書式を見る限り、千年前に近い」

ザビーダが横から覗き込む。

「懐かしい?」

「全然」

「覚えてないのか」

「この辺の書類いちいち読んでねえよ」

記録内容は簡素だった。

 

《収容対象》

《属性》

《契約状態》

《処遇》

 

番号だけのものも多い。ミクリオは順に確認していく。

《火属性》

 

次。

《風属性》

 

次。黒ずんだ金属板を一枚取る。布で表面を擦る。

《地属性聖隷》

 

その下。固有名。古い字体。だが、読める。

 

「アイ――」

「読むな」

声が飛んだ。

 

ミクリオの口が止まった。振り返る。ザビーダが笑っていなかった。普段なら。どんな古い記録を見ても。

「懐かしいねえ」

「知らね」

「そんなこともあったかもな」

と適当に流す女が今は、金属板だけを見ている。

「ザビーダ」

「それ以上」

声は低かった。

「読むな」

説明はない。

 

理由も、ミクリオは手元の記録を見る。千年前、地属性聖隷。固有名。調査対象としては、間違いなく重要。そして、ザビーダがここまで反応するなら。なおさら知りたい。そう思った。でも、金属板を裏返す。そのまま床へ置いた。

 

「分かった」

ザビーダが僅かに目を見開く。

「……お前」

「何だ」

「本当に読まねえの?」

「君が読むなと言っただろう」

「いや」

ザビーダは困ったような顔をする。

「仕事じゃねえの」

「そうだ」

「大事な記録かもしれねえぜ」

「その可能性はある」

「じゃあ何で」

「今すぐ読まなければ、調査が続けられないわけじゃない」

ミクリオは別の資料へ手を伸ばした。

「必要になったら、その時にもう一度君に聞く」

「……」

「今は読まない」

ザビーダはしばらく何も言わなかった。

 

少し離れたところで、エドナも裏返された金属板を見ていた。いつもの冷たい顔。けれど、ほんの一瞬、そこに別の何かが浮かんだ。ミクリオには意味が分からない。エドナは何も言わなかった。

 

***

 

その後。ザビーダが少し離れた通路を確認しに行った時だった。ミクリオは壁面に残る地脈術式を書き写していた。

 

「ねえ」

エドナの声。

「何だ」

「さっきの」

「記録?」

「本当に読まないのね」

「ああ」

「ザビーダがいなくなってから読むんじゃないの」

ミクリオは顔を上げた。

「それでは」

少しだけ眉を寄せる。

「読まないと言った意味がないだろう」

エドナが黙る。

「でも知りたいんでしょ」

「知りたい」

「随分あっさり認めるわね」

「嘘をつく意味がない」

「じゃあ我慢するの?」

「我慢というほどでもない」

「なんで」

ミクリオは少し考えた。

 

「僕が知りたいからという理由で」

答える。

「ザビーダが知られたくないことを勝手に知っていいとは思わない」

エドナはしばらくミクリオを見る。

「……ふうん」

それだけ。

「何だ」

「別に」

「君もその返事が好きだな」

「ザビーダほどじゃないわよ」

その時、遠くから声がした。

「おーい!」

ザビーダだった。

「こっちに下り階段あんぞ!」

ミクリオが立ち上がる。

「今行く」

エドナも歩き出す。

 

少しだけ先ほどまでより、ミクリオとの距離が近かった。

 

***

 

地下区画。円形の広間。正面に巨大な石扉があった。

 

「うわ」

ザビーダが見上げる。

「ご立派」

「感想が雑だな」

「で、開くの?」

ミクリオは扉へ近づく。

 

中央に古い術式紋。指でなぞる。

 

「風属性」

エドナも見る。

「一定量の霊力を流す仕組みね」

「ああ」

二人の視線が自然とザビーダへ向いた。

「……何だよ」

エドナが言う。

「開けなさいよ」

「人使い荒いねえ」

「聖隷だけど」

「細けえな」

ザビーダが扉の前へ立つ。

「まあ、こんくらいなら」

片手を上げる。

 

風が集まった。銀髪が揺れる。裾がわずかに浮く。術式紋の端が、淡く光る。そして、消えた。扉は動かない。

 

「……」

ザビーダが眉を寄せる。

「ありゃ」

もう一度今度は、少し強く。

 

風が起こる。だが、髪を揺らし。床の砂を散らす程度。術式紋は、また一瞬、光る。それだけ、エドナが何も言わなくなった。ザビーダは手を下ろす。

 

「駄目か」

「……何それ」

エドナの声が低かった。

ザビーダが見る。

「何が?」

「何で、その程度しか出ないの」

「見たまんまだろ」

「そういう意味じゃない」

エドナの表情から、皮肉も、敵意も、全部消えていた。

 

「アンタ」

一歩。

ザビーダへ近づく。

「そんな程度じゃなかったでしょ」

ザビーダが少しだけ目を細める。

「昔はな」

「昔っていつよ」

「さあ?」

肩をすくめる。

「長えから覚えてねえよ」

「誤魔化さないで」

「誤魔化してねえって」

ミクリオは二人を見る。

 

店先。最初に会った日。ザビーダが見せた。弱い風。

《術式出力低下》。

《戦闘・作業用途不適》。

 

あの時は、ただ、長く使われ。力を失った聖隷。そういうものだと思っていた。だが、エドナは昔のザビーダを知っている。そして、明らかに今の状態を異常だと思っている。

 

「エドナ」

「何」

「昔は、どの程度だった」

「かなり」

即答。

ザビーダがため息をつく。

「余計なこと言うなって」

「余計じゃない」

エドナはザビーダを睨む。

「少なくとも、こんな扉一枚で困るような風の聖隷じゃなかった」

ミクリオはザビーダを見る。

「なぜ使えなくなった」

「知らね」

「いつから?」

「覚えてねえ」

「霊力そのものが減ったのか」

「さあな」

「術式経路の損傷は」

「知らねって」

「契約による干渉――」

「ミクリオ」

ザビーダの声。

 

ミクリオは止まる。ザビーダは笑っていた。けれど、少しだけ疲れた顔だった。

 

「質問多い」

「……」

先ほどの記録。

 

読むな。そう言われた時と同じ。知りたい。それだけで、踏み込んでいいわけではない。

 

「……すまない」

ミクリオが言うとザビーダが目を丸くする。

「お」

「何だ」

「いや。止まるんだなと思って」

「止めろと言われたからな」

「そっか」

それだけ、エドナがまた。

 

二人を見ていた。

 

***

 

「で」

しばらくして、ザビーダが扉を軽く蹴った。

「これどうすんの」

「蹴るな」

「開かねえんだもん」

「壊したら余計に面倒だ」

「ミクリオみたい」

エドナが言う。

「何が」

「細かいところ」

「壊すなと言っているだけだ」

ミクリオは術式を調べ直す。

 

必要なのは、風属性の霊力とその流路。

 

「……一つの経路に集中させる必要はないかもしれない」

「何?」

エドナが近づく。

「この術式」

複数の線を指す。

「本来は一つの大きな風を流す構造だが、補助経路が残っている」

ザビーダも覗く。

「非常用?」

「たぶん」

「あ」

ザビーダが突然、顔を上げた。

「そういや」

扉の右側へ行く。

壁を叩く。

「この手の施設、昔は主系統が死んだ時用に手動制御盤あったぜ」

「どこだ」

「だから探してんだよ」

三人で壁を見る。

エドナが

「ここ」

と傘の先で指した。

 

石材の色が、わずかに違う。ミクリオが術式を流す。隠されていた小さな石板が浮き上がる。

 

「これだ」

「俺様の記憶すげえ」

「自分で言うな」

「褒めていいところだろ」

ミクリオは制御盤を解析する。

「この補助系統なら、必要な風属性霊力はかなり少ない」

「俺様でも?」

ザビーダが言う。

 

一瞬、ミクリオはその言い方に引っかかった。だが、「十分だ」と答えた。エドナが地面へ手を置く。

 

「基盤がズレてる。私が固定する」

「頼む」

地属性の霊力が広がる。

 

床が微かに震え、崩れかけた術式基盤が安定する。ミクリオが補助経路を書き換える。

 

「ザビーダ」

「おう」

「ここへ風を」

「了解」

手を出す。

 

弱い風。以前なら。おそらく。こんなものではなかったのだろう。でも、今ある力。それで、術式紋が光る。一つ。二つ。三つ。最後に中央。重い音が、広間へ響いた。石扉が、ゆっくりと開いていく。ザビーダが得意げに笑う。

 

「ほら」

「何がほらだ」

「開いたじゃん」

「三人でな」

「共同作業ってやつだろ?」

「そうだな」

ミクリオが答える。

 

ザビーダはほんの少し驚いた顔をして。

 

「……そっか」

とだけ言った。

 

エドナは何も言わない。でも、ザビーダの弱い風をもう責めるようには見ていなかった。

 

***

 

奥の地脈異常は、古い観測術式の一部が暴走していたことが原因だった。ミクリオが停止処理を行い。エドナが周囲の地脈を安定させ。ザビーダが昔の設備配置について補助する。夕方には、任務を終えた。施設を出る。外は、薄い茜色。風が冷たい。

 

「帰るか」

ミクリオが言う。

「賛成」

ザビーダが伸びをする。

「暖かい飯食いてえ」

エドナが横目で見る。

「肉?」

ザビーダが止まる。

「何で知ってんの」

「アンタ、昔から肉好きじゃない」

「……覚えてんの?」

「忘れるわけないでしょ」

「そっか」

一瞬だけ、ザビーダの顔から、軽さが消えた。

 

だが、すぐに。

「じゃあ奢ってくれよ、エドナちゃん」

「嫌」

「即答ひでえ」

ミクリオが小さく笑った。

エドナがこちらを見る。

「何よ」

「いや」

「気持ち悪い」

「笑っただけだろう」

「アンタ、ザビーダといると随分顔変わるのね」

「……そうか?」

ザビーダが横から頷く。

「そうそう。最初もっと堅かったぜ」

「君が人を振り回すからだ」

「人?」

エドナが言った。

 

ミクリオは一瞬だけ黙る。ザビーダを見る。

 

「……言葉の綾だ」

「ふうん」

エドナはそれ以上突っ込まなかった。

 

***

 

山道の分岐。エドナが足を止める。

 

「私はこっち」

「ああ」

ミクリオが頷く。

「今日は助かった」

「別に」

「地脈の固定がなければ、扉を壊す必要があった」

「壊せばよかったじゃない」

「遺跡を壊すな」

「スレイみたいなこと言うわね」

「なぜ君がスレイを知っている」

「知らないわよ」

「なら今のは何だ」

「何となく」

ザビーダが笑う。

 

「気が合いそうだなあ」

「誰と誰が」

「全員?」

「嫌」

「僕も嫌だ」

「ほら仲良し」

「黙れ」

エドナも少しだけ笑った。

そして、ミクリオを見る。

「また来るの?」

「調査は継続する予定だ」

「私に許可取る気は?」

「今日、好きにすればと言われた」

「撤回してないけど」

「なら来る」

「細かい」

 

エドナはため息をつき、それから口を開いた。

「まあ」

少しだけ間を置く。

「次も来たいなら、勝手にすれば」

ミクリオはエドナを見る。

「分かった」

「信用したわけじゃないから」

「ああ」

「勘違いしないで」

「していない」

「……本当に張り合いないわね」

「何を求めているんだ」

ザビーダが肩を揺らして笑っている。

「進歩じゃん、エドナちゃん」

「ちゃん付けするなって言ってるでしょ」

「じゃあな、エドナちゃん」

「……次それ言ったら傘で殴るわよ」

「こわ」

笑いながら、ザビーダが手を振る。

 

エドナはほんの少しだけ手を上げて、山道の向こうへ消えていった。

 

***

 

帰り道。しばらく歩いたあとミクリオが言った。

 

「ザビーダ」

「ん?」

「術のこと」

ザビーダの表情が少しだけ警戒する。

ミクリオは続ける。

「今は聞かない」

「……」

「でも」

前を向いたまま。

「いつか、君が調べてもいいと思ったら」

少し考える。

「原因を調べたい」

 

ザビーダはすぐには答えなかった。

「治して」

ぽつり。

「また戦わせるため?」

「違う」

「じゃあ?」

ミクリオは少しだけ笑った。

「知りたいからだ」

「俺様のこと?」

「ああ」

即答。

 

ザビーダが黙る。

「治せるなら治した方がいいとは思う。でも、治った後に何をするかは君が決めればいい」

「戦わなくても?」

「構わない」

「ずっと寝てても?」

「それは健康に悪い」

「急に細かい!」

「極端な例を出すからだ」

ザビーダが笑った。

 

少し歩く。冷たい風。暮れかけた空。やがて、ザビーダが小さく言った。

 

「……そのうちな」

ミクリオが見る。

「何が」

「調べるの」

前を向いたまま。

「そのうちなら、いいかもな」

「そうか」

それだけ、急かさない。

 

ザビーダもそれ以上は言わない。けれど、山を下りながら、ミクリオは今日あったことを一つずつ。覚えていた。名前を読まれることをザビーダは拒んだ。そして、自分は止まった。弱い風しか出せないことをエドナは驚いた。そして、三人なら扉を開けられた。分からないことは、まだいくらでもある。

 

けれど、今すぐ全部知る必要はない。ザビーダが自分から、その続きを話してくれる日まで、今は、それでよかった。

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