一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
山頂近くの旧聖寮施設は、外から見るよりずっと広かった。半ば崩れた石壁。地面へ沈みかけた入口。蔦に覆われた柱。それだけなら、よくある廃施設に見える。だが中へ入ると、長い廊下が山肌の奥へ伸びていた。
「思ったより残ってるな」
ザビーダが壁を叩く。
乾いた音が返る。ミクリオは手元の簡易地図と周囲を見比べた。
「記録では、この先に中央区画がある」
「そっちじゃねえよ」
「何?」
ザビーダが地図とは反対側の細い通路を指した。
「中央区画ならこっち」
ミクリオは眉を寄せる。
「地図では――」
「その地図、後から増築された時のじゃねえか?」
「なぜ分かる」
「昔の聖寮施設って、地脈の流れに沿って真ん中に観測室置くこと多かったんだよ」
壁へ手を当てる。
「ほら。こっちの方が霊力の流れ強いだろ」
ミクリオも触れる。
しばらく黙る。
「……確かに」
「だろ?」
ザビーダが得意げに笑った。
少し前を歩いていたエドナが振り返る。
「アンタ、そんなこと覚えてたの」
「全部忘れてると思った?」
「半分くらい」
「ひでえな」
「千六百年くらい生きてるんでしょ。自分でも曖昧みたいだけど」
「細けえこと覚えてんなあ」
「忘れたいことほど覚えてるものよ」
その言葉にザビーダの笑みが、ほんの少しだけ止まった。
一瞬だった。ザビーダはすぐに肩をすくめる。
「怖い怖い」
ミクリオは何も言わなかった。代わりに、ザビーダが示した通路へ目を向ける。
「こちらから行こう」
「地図は?」
「現地情報を優先する」
「素直じゃん」
「根拠があるならな」
エドナが鼻を鳴らした。
「便利ね」
ミクリオが振り返る。
「何が」
「千年前のことを覚えてる聖隷」
視線がザビーダへ向く。
「調査には随分便利でしょ」
刺すような言い方だった。
ミクリオは少し考える。
「役に立ってもらっているのは事実だ」
ザビーダが目を瞬く。
エドナも。
「否定しないのね」
「事実を否定してどうする」
ミクリオは続ける。
「ただ、僕が使うために連れてきたわけじゃない」
「同じじゃない」
「違う」
今度は即答した。
「ザビーダが手伝いたいと言った。だから頼んでいる」
エドナがザビーダを見る。
「本当?」
「そこは本当」
「アンタ、昔から人間に――」
言いかけて、エドナは止めた。
ザビーダも何も言わない。少しだけ空気が変わった。ミクリオはその続きを聞かなかった。
***
ザビーダの記憶は、思った以上に役に立った。崩れた廊下。埋もれた階段。増築で塞がれた旧通路。
「昔はこの先に下り階段あったと思うぜ」と言われて壁を調べれば、確かに埋め戻された空間が見つかる。
「収容区画は地脈点から離してることが多かった」と言われて別の棟を探せば、旧式の拘束術式が残っている。
ミクリオはそのたびに記録を取った。
「……なあ」
後ろから声がする。
「何だ」
「お前、楽しそう」
「調査だからな」
「俺様の昔話メモるの、そんな楽しい?」
「価値がある」
「へえ」
ザビーダは少し笑った。
「俺様にも価値あるんだ?」
ミクリオの手が止まる。
顔を上げる。
「何を言っている」
「いや、昔のこと覚えてるのが」
「それだけじゃないだろう」
ザビーダが黙る。
ミクリオは自分でも、なぜ即答したのか分からなかった。
「……そういう意味じゃなかったんだけどな」
「なら紛らわしい言い方をするな」
「はいはい」
横からエドナが二人を見る。
「変な会話」
「君までザビーダみたいなことを言うのか」
「嫌ならやめる?」
「……好きにしろ」
エドナがほんの少しだけ笑った。
***
施設の奥に記録室が残っていた。木製の棚はほとんど崩れ。紙は腐食して読めない。それでも、石板や金属板に刻まれた記録が、いくらか残っている。ミクリオは床へ膝をついた。一枚。二枚。汚れを払っていく。
「古いな」
「どれくらい?」
エドナが聞く。
「書式を見る限り、千年前に近い」
ザビーダが横から覗き込む。
「懐かしい?」
「全然」
「覚えてないのか」
「この辺の書類いちいち読んでねえよ」
記録内容は簡素だった。
《収容対象》
《属性》
《契約状態》
《処遇》
番号だけのものも多い。ミクリオは順に確認していく。
《火属性》
次。
《風属性》
次。黒ずんだ金属板を一枚取る。布で表面を擦る。
《地属性聖隷》
その下。固有名。古い字体。だが、読める。
「アイ――」
「読むな」
声が飛んだ。
ミクリオの口が止まった。振り返る。ザビーダが笑っていなかった。普段なら。どんな古い記録を見ても。
「懐かしいねえ」
「知らね」
「そんなこともあったかもな」
と適当に流す女が今は、金属板だけを見ている。
「ザビーダ」
「それ以上」
声は低かった。
「読むな」
説明はない。
理由も、ミクリオは手元の記録を見る。千年前、地属性聖隷。固有名。調査対象としては、間違いなく重要。そして、ザビーダがここまで反応するなら。なおさら知りたい。そう思った。でも、金属板を裏返す。そのまま床へ置いた。
「分かった」
ザビーダが僅かに目を見開く。
「……お前」
「何だ」
「本当に読まねえの?」
「君が読むなと言っただろう」
「いや」
ザビーダは困ったような顔をする。
「仕事じゃねえの」
「そうだ」
「大事な記録かもしれねえぜ」
「その可能性はある」
「じゃあ何で」
「今すぐ読まなければ、調査が続けられないわけじゃない」
ミクリオは別の資料へ手を伸ばした。
「必要になったら、その時にもう一度君に聞く」
「……」
「今は読まない」
ザビーダはしばらく何も言わなかった。
少し離れたところで、エドナも裏返された金属板を見ていた。いつもの冷たい顔。けれど、ほんの一瞬、そこに別の何かが浮かんだ。ミクリオには意味が分からない。エドナは何も言わなかった。
***
その後。ザビーダが少し離れた通路を確認しに行った時だった。ミクリオは壁面に残る地脈術式を書き写していた。
「ねえ」
エドナの声。
「何だ」
「さっきの」
「記録?」
「本当に読まないのね」
「ああ」
「ザビーダがいなくなってから読むんじゃないの」
ミクリオは顔を上げた。
「それでは」
少しだけ眉を寄せる。
「読まないと言った意味がないだろう」
エドナが黙る。
「でも知りたいんでしょ」
「知りたい」
「随分あっさり認めるわね」
「嘘をつく意味がない」
「じゃあ我慢するの?」
「我慢というほどでもない」
「なんで」
ミクリオは少し考えた。
「僕が知りたいからという理由で」
答える。
「ザビーダが知られたくないことを勝手に知っていいとは思わない」
エドナはしばらくミクリオを見る。
「……ふうん」
それだけ。
「何だ」
「別に」
「君もその返事が好きだな」
「ザビーダほどじゃないわよ」
その時、遠くから声がした。
「おーい!」
ザビーダだった。
「こっちに下り階段あんぞ!」
ミクリオが立ち上がる。
「今行く」
エドナも歩き出す。
少しだけ先ほどまでより、ミクリオとの距離が近かった。
***
地下区画。円形の広間。正面に巨大な石扉があった。
「うわ」
ザビーダが見上げる。
「ご立派」
「感想が雑だな」
「で、開くの?」
ミクリオは扉へ近づく。
中央に古い術式紋。指でなぞる。
「風属性」
エドナも見る。
「一定量の霊力を流す仕組みね」
「ああ」
二人の視線が自然とザビーダへ向いた。
「……何だよ」
エドナが言う。
「開けなさいよ」
「人使い荒いねえ」
「聖隷だけど」
「細けえな」
ザビーダが扉の前へ立つ。
「まあ、こんくらいなら」
片手を上げる。
風が集まった。銀髪が揺れる。裾がわずかに浮く。術式紋の端が、淡く光る。そして、消えた。扉は動かない。
「……」
ザビーダが眉を寄せる。
「ありゃ」
もう一度今度は、少し強く。
風が起こる。だが、髪を揺らし。床の砂を散らす程度。術式紋は、また一瞬、光る。それだけ、エドナが何も言わなくなった。ザビーダは手を下ろす。
「駄目か」
「……何それ」
エドナの声が低かった。
ザビーダが見る。
「何が?」
「何で、その程度しか出ないの」
「見たまんまだろ」
「そういう意味じゃない」
エドナの表情から、皮肉も、敵意も、全部消えていた。
「アンタ」
一歩。
ザビーダへ近づく。
「そんな程度じゃなかったでしょ」
ザビーダが少しだけ目を細める。
「昔はな」
「昔っていつよ」
「さあ?」
肩をすくめる。
「長えから覚えてねえよ」
「誤魔化さないで」
「誤魔化してねえって」
ミクリオは二人を見る。
店先。最初に会った日。ザビーダが見せた。弱い風。
《術式出力低下》。
《戦闘・作業用途不適》。
あの時は、ただ、長く使われ。力を失った聖隷。そういうものだと思っていた。だが、エドナは昔のザビーダを知っている。そして、明らかに今の状態を異常だと思っている。
「エドナ」
「何」
「昔は、どの程度だった」
「かなり」
即答。
ザビーダがため息をつく。
「余計なこと言うなって」
「余計じゃない」
エドナはザビーダを睨む。
「少なくとも、こんな扉一枚で困るような風の聖隷じゃなかった」
ミクリオはザビーダを見る。
「なぜ使えなくなった」
「知らね」
「いつから?」
「覚えてねえ」
「霊力そのものが減ったのか」
「さあな」
「術式経路の損傷は」
「知らねって」
「契約による干渉――」
「ミクリオ」
ザビーダの声。
ミクリオは止まる。ザビーダは笑っていた。けれど、少しだけ疲れた顔だった。
「質問多い」
「……」
先ほどの記録。
読むな。そう言われた時と同じ。知りたい。それだけで、踏み込んでいいわけではない。
「……すまない」
ミクリオが言うとザビーダが目を丸くする。
「お」
「何だ」
「いや。止まるんだなと思って」
「止めろと言われたからな」
「そっか」
それだけ、エドナがまた。
二人を見ていた。
***
「で」
しばらくして、ザビーダが扉を軽く蹴った。
「これどうすんの」
「蹴るな」
「開かねえんだもん」
「壊したら余計に面倒だ」
「ミクリオみたい」
エドナが言う。
「何が」
「細かいところ」
「壊すなと言っているだけだ」
ミクリオは術式を調べ直す。
必要なのは、風属性の霊力とその流路。
「……一つの経路に集中させる必要はないかもしれない」
「何?」
エドナが近づく。
「この術式」
複数の線を指す。
「本来は一つの大きな風を流す構造だが、補助経路が残っている」
ザビーダも覗く。
「非常用?」
「たぶん」
「あ」
ザビーダが突然、顔を上げた。
「そういや」
扉の右側へ行く。
壁を叩く。
「この手の施設、昔は主系統が死んだ時用に手動制御盤あったぜ」
「どこだ」
「だから探してんだよ」
三人で壁を見る。
エドナが
「ここ」
と傘の先で指した。
石材の色が、わずかに違う。ミクリオが術式を流す。隠されていた小さな石板が浮き上がる。
「これだ」
「俺様の記憶すげえ」
「自分で言うな」
「褒めていいところだろ」
ミクリオは制御盤を解析する。
「この補助系統なら、必要な風属性霊力はかなり少ない」
「俺様でも?」
ザビーダが言う。
一瞬、ミクリオはその言い方に引っかかった。だが、「十分だ」と答えた。エドナが地面へ手を置く。
「基盤がズレてる。私が固定する」
「頼む」
地属性の霊力が広がる。
床が微かに震え、崩れかけた術式基盤が安定する。ミクリオが補助経路を書き換える。
「ザビーダ」
「おう」
「ここへ風を」
「了解」
手を出す。
弱い風。以前なら。おそらく。こんなものではなかったのだろう。でも、今ある力。それで、術式紋が光る。一つ。二つ。三つ。最後に中央。重い音が、広間へ響いた。石扉が、ゆっくりと開いていく。ザビーダが得意げに笑う。
「ほら」
「何がほらだ」
「開いたじゃん」
「三人でな」
「共同作業ってやつだろ?」
「そうだな」
ミクリオが答える。
ザビーダはほんの少し驚いた顔をして。
「……そっか」
とだけ言った。
エドナは何も言わない。でも、ザビーダの弱い風をもう責めるようには見ていなかった。
***
奥の地脈異常は、古い観測術式の一部が暴走していたことが原因だった。ミクリオが停止処理を行い。エドナが周囲の地脈を安定させ。ザビーダが昔の設備配置について補助する。夕方には、任務を終えた。施設を出る。外は、薄い茜色。風が冷たい。
「帰るか」
ミクリオが言う。
「賛成」
ザビーダが伸びをする。
「暖かい飯食いてえ」
エドナが横目で見る。
「肉?」
ザビーダが止まる。
「何で知ってんの」
「アンタ、昔から肉好きじゃない」
「……覚えてんの?」
「忘れるわけないでしょ」
「そっか」
一瞬だけ、ザビーダの顔から、軽さが消えた。
だが、すぐに。
「じゃあ奢ってくれよ、エドナちゃん」
「嫌」
「即答ひでえ」
ミクリオが小さく笑った。
エドナがこちらを見る。
「何よ」
「いや」
「気持ち悪い」
「笑っただけだろう」
「アンタ、ザビーダといると随分顔変わるのね」
「……そうか?」
ザビーダが横から頷く。
「そうそう。最初もっと堅かったぜ」
「君が人を振り回すからだ」
「人?」
エドナが言った。
ミクリオは一瞬だけ黙る。ザビーダを見る。
「……言葉の綾だ」
「ふうん」
エドナはそれ以上突っ込まなかった。
***
山道の分岐。エドナが足を止める。
「私はこっち」
「ああ」
ミクリオが頷く。
「今日は助かった」
「別に」
「地脈の固定がなければ、扉を壊す必要があった」
「壊せばよかったじゃない」
「遺跡を壊すな」
「スレイみたいなこと言うわね」
「なぜ君がスレイを知っている」
「知らないわよ」
「なら今のは何だ」
「何となく」
ザビーダが笑う。
「気が合いそうだなあ」
「誰と誰が」
「全員?」
「嫌」
「僕も嫌だ」
「ほら仲良し」
「黙れ」
エドナも少しだけ笑った。
そして、ミクリオを見る。
「また来るの?」
「調査は継続する予定だ」
「私に許可取る気は?」
「今日、好きにすればと言われた」
「撤回してないけど」
「なら来る」
「細かい」
エドナはため息をつき、それから口を開いた。
「まあ」
少しだけ間を置く。
「次も来たいなら、勝手にすれば」
ミクリオはエドナを見る。
「分かった」
「信用したわけじゃないから」
「ああ」
「勘違いしないで」
「していない」
「……本当に張り合いないわね」
「何を求めているんだ」
ザビーダが肩を揺らして笑っている。
「進歩じゃん、エドナちゃん」
「ちゃん付けするなって言ってるでしょ」
「じゃあな、エドナちゃん」
「……次それ言ったら傘で殴るわよ」
「こわ」
笑いながら、ザビーダが手を振る。
エドナはほんの少しだけ手を上げて、山道の向こうへ消えていった。
***
帰り道。しばらく歩いたあとミクリオが言った。
「ザビーダ」
「ん?」
「術のこと」
ザビーダの表情が少しだけ警戒する。
ミクリオは続ける。
「今は聞かない」
「……」
「でも」
前を向いたまま。
「いつか、君が調べてもいいと思ったら」
少し考える。
「原因を調べたい」
ザビーダはすぐには答えなかった。
「治して」
ぽつり。
「また戦わせるため?」
「違う」
「じゃあ?」
ミクリオは少しだけ笑った。
「知りたいからだ」
「俺様のこと?」
「ああ」
即答。
ザビーダが黙る。
「治せるなら治した方がいいとは思う。でも、治った後に何をするかは君が決めればいい」
「戦わなくても?」
「構わない」
「ずっと寝てても?」
「それは健康に悪い」
「急に細かい!」
「極端な例を出すからだ」
ザビーダが笑った。
少し歩く。冷たい風。暮れかけた空。やがて、ザビーダが小さく言った。
「……そのうちな」
ミクリオが見る。
「何が」
「調べるの」
前を向いたまま。
「そのうちなら、いいかもな」
「そうか」
それだけ、急かさない。
ザビーダもそれ以上は言わない。けれど、山を下りながら、ミクリオは今日あったことを一つずつ。覚えていた。名前を読まれることをザビーダは拒んだ。そして、自分は止まった。弱い風しか出せないことをエドナは驚いた。そして、三人なら扉を開けられた。分からないことは、まだいくらでもある。
けれど、今すぐ全部知る必要はない。ザビーダが自分から、その続きを話してくれる日まで、今は、それでよかった。