一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
旧聖寮施設の調査報告を提出した翌日、ミクリオは中央支部の会計窓口で、思った以上に長い時間を使っていた。
「ですから」
受付の対魔士が困った顔で書類を見下ろす。
「調査手当は、担当対魔士であるミクリオ特等へ一括で支給されます」
「それは分かっています」
「でしたら――」
「ザビーダの分は?」
「……ザビーダ?」
「調査協力者です」
ミクリオは自分が提出した報告書の一節を指した。
《調査協力者:風属性聖隷ザビーダ》
《旧施設の構造および旧式設備について複数の有用な証言あり》
《当該証言に基づき地下区画への進入経路を特定》
受付係はそこを読む。それから、もう一度ミクリオを見る。
「所有聖隷ですよね?」
「そうですが」
「でしたら、所有者への手当に含まれます」
「なぜです」
「なぜ、と言われましても」
「僕が行った調査と、ザビーダが提供した情報は別です」
「ですが、所有聖隷の労働については――」
「労働と認識しているなら、対価が必要でしょう」
受付係が、完全に言葉を失った。
後ろで順番を待っていた二等対魔士がそっと別の窓口へ移動した。
「ミクリオ特等」
受付係が声を落とす。
「所有聖隷本人に賃金を支給する項目がそもそもありません」
「では作れませんか」
「私に言われても!」
思わず声が大きくなったらしい。
受付係は咳払いした。
「……失礼しました」
「こちらこそ」
「いえ」
しばらく、二人で黙る。ミクリオは書類を見る。確かに支給欄は対魔士本人、補助対魔士、臨時雇用者、地元協力者。そこまで、聖隷本人という項目はない。
「地元協力者扱いには?」
「人間に限られます」
「なぜ」
「規定です」
「その規定の理由は」
「私に聞かないでください……」
疲れた声だった。
これ以上ここで問答しても、受付係が困るだけだ。ミクリオは息を吐いた。
「分かりました」
「では、通常通りミクリオ特等へ――」
「それで構いません」
「はい」
「僕が受け取った後、ザビーダへ渡します」
受付係の手が止まった。
「……個人的に?」
「はい」
「所有聖隷へ?」
「はい」
また沈黙。
「何か問題が?」
「いえ」
受付係は、諦めたような顔で印を押した。
「規定上、所有者が受け取った後の金銭使用までは制限されていません」
「なら問題ありませんね」
「……そうですね」
ミクリオは支給袋を受け取った。
「ありがとうございました」
「いえ……」
窓口を離れる。
背後から、小さな声が聞こえた。
「本当に変わった方だな……」
聞こえなかったことにした。
***
「ザビーダ」
帰宅するとザビーダは居間の長椅子に寝転び、片足を肘掛けに乗せていた。
「んー?」
「起きろ」
「起きてる」
「その姿勢で言うな」
「何だよ」
ザビーダが身体を起こす。
ミクリオは向かいの机へ座り。小さな革袋を置いた。
「これ」
「何?」
「今回の調査協力分の報酬」
ザビーダの顔が止まった。
「……は?」
「報酬」
「聞こえた」
「なら何だ」
「俺様に?」
「他に誰がいる」
ザビーダは革袋を見る。
それから、ミクリオを見る。もう一度革袋を見る。
「……何で?」
「働いたからだ」
「いや」
ザビーダは笑いかけて、途中でやめた。
「俺様、お前の所有聖隷なんだけど」
「知っている」
「所有物に給料払う奴いる?」
「僕は君を所有物だと思っていない」
「制度上は?」
「……そこを突くな」
ザビーダが吹き出した。
「やっぱ気にしてんじゃん」
「気にしている」
最近。
否定する意味もないと思うようになった。書類上。ザビーダは自分の所有聖隷。その事実が、必要な時には盾になり。それ以外の時には、ひどく邪魔だった。
「でもよ」
ザビーダが袋を指でつつく。
「調査って、お前の仕事だろ?」
「僕の仕事だ」
「俺様、勝手についてって」
「手伝うと言った」
「ああ」
「僕は頼んだ」
「ああ」
「君は役に立った」
「……まあ」
「なら対価が発生する」
「理屈固えなあ」
「当然だろう」
「聖寮は何て?」
「所有聖隷への支給欄はないと言われた」
ザビーダが笑う。
「そりゃそうだろ」
「笑い事じゃない」
「だって、ないだろ普通」
「なぜ普通なんだ」
「お前さあ」
ザビーダは呆れたように頭を掻いた。
「たまに制度そのものと喧嘩始めるよな」
「喧嘩しているつもりはない」
「向こうはそう思ってそう」
否定できなかった。
「とにかく」
袋をザビーダの方へ押す。
「君の分だ」
ザビーダはすぐには取らなかった。
「……これ」
「うん」
「何に使えばいい?」
ミクリオが眉を寄せる。
「僕に聞くな」
「何だよそれ」
「君の金だぞ」
「分かってるけど」
「なら君が決めろ」
「好きにしていい?」
「ああ」
「全部?」
「ああ」
「酒でも?」
「飲み過ぎなければ」
「条件ついたじゃん」
「健康上の助言だ」
「服でも?」
「必要なら」
「菓子」
「好きにしろ」
「賭け事」
「勧めない」
「使える?」
「……合法な範囲なら止める権利はない」
ザビーダが袋を手に取る。
中で硬貨が鳴った。
「ほんとに俺様の?」
「さっきからそう言っている」
「取り返さねえ?」
「なぜ取り返す」
「所有者だから?」
ミクリオは少し黙った。
「……誰かに勝手に取られたら」
「うん」
「僕が取り返す」
「所有者として?」
「今の制度では、その方が確実だからな」
「便利だねえ」
「気に入っているわけじゃない」
「知ってる」
ザビーダが少しだけ笑った。
「でも」
袋を握る。
「俺様の金、か」
その言い方が、妙にゆっくりだった。
***
翌日の午後。二人は市場を歩いていた。別にザビーダの買い物に付き合う予定だったわけではない。ミクリオが文具と保存食を買いに出ると言ったところ。
「じゃあ俺様も行く」
とザビーダがついてきただけだった。
だが、市場へ着いてから、ザビーダは露骨に落ち着きがなかった。
「なあ」
「何だ」
「あれ買っていい?」
指した先。
串焼き肉。
「なぜ僕に聞く」
「……」
「君の金だろう」
「あー」
思い出したようにザビーダが額を押さえる。
「そうだった」
「本当に慣れないな、君は」
「千年以上やってねえことに一日で慣れろって方が無茶だろ」
その言葉にミクリオは何も言えなくなった。
ザビーダは屋台へ行く。
「おっちゃん、それ一本」
「はいよ」
硬貨を出す。
串を受け取る。少し眺める。そして、一口。
「……うま」
「そうか」
「お前も食う?」
「君が買ったんだろう」
「一口くらいいいじゃん」
「なら」
一口だけもらう。
確かに美味い。
「どう?」
「悪くない」
「だろ?」
ザビーダが妙に満足そうだった。
「それでいいのか」
「何が」
「最初に買うものが、それで」
「食いたかったから買った」
「……そうか」
「文句あっか?」
「ない」
むしろ、それでいいと思った。
誰かに必要だと言われたものではない。所有者に渡すものでもない。生きるのに最低限必要だからでもない。ただ、食べたかった。だから買った。それだけ、ザビーダは残りの肉を食べながら、次の店を見る。
「これ、買っていい?」
今度は装飾品。
「聞くな」
「はいはい」
手に取って、値段を見る。
戻す。
「やめた」
「なぜ」
「高い」
「君の金だ」
「俺様のだから惜しいんだよ」
ミクリオは少しだけ笑った。
「何だよ」
「いや」
「気持ち悪い」
「失礼だな」
「最近笑うようになったよな、お前」
「元から笑う」
「俺様と会った頃より」
「……君がくだらないことを言うからだ」
「照れてる?」
「違う」
ザビーダが楽しそうに笑った。
***
市場を半分ほど回ったところで、ミクリオは文具店へ入った。筆。紙。記録用の墨。遺跡調査に使う細い測定糸。必要なものを籠へ入れる。
「また筆買うの?」
後ろからザビーダが覗く。
「今のがそろそろ駄目になる」
「先っぽ割れてたもんな」
「よく見ているな」
「お前ほどじゃねえよ」
ザビーダは何となく棚の筆を見ていた。
ミクリオは会計を済ませる。
「次は保存食だ」
「先行ってて」
「何か見るのか?」
「ちょっとな」
「分かった」
店を出る。
ザビーダが一人で残ることにもう。不安はなかった。数日前なら。妙に気にしたかもしれない。今は、帰ってくるだろうと思っている。理由は、よく分からない。でも、そう思えるようになっていた。
***
夕方、家へ戻る。買ったものを机へ並べる。ミューズが夕食の支度をしている。ミケルはまだ帰っていない。ザビーダは居間の椅子へ座り。何かを弄っていた。
「何だ、それ」
ミクリオが聞く。
「ほら」
投げる。
「危ない!」
反射的に受け取る。
細長い包み。開く。筆だった。新しい。しかも、先ほどの店で、ミクリオが一度手に取り。値段を見て戻したもの。今使っている物より、少しだけ上等な筆。
「……何だ、これは」
「見りゃ分かるだろ」
「なぜ君が持っている」
「買ったから」
「誰のために」
「お前」
ミクリオは黙った。
ザビーダが少し不安そうな顔をする。
「いらなかった?」
「そうではない」
「じゃあ何」
「君のために使えと言ったはずだ」
「使ったじゃん」
「僕にだろう」
「だから?」
「……」
言葉に詰まる。
ザビーダが少しだけ眉を寄せる。
「俺様の金なんだろ?」
「ああ」
「好きに使っていいんだろ?」
「ああ」
「じゃあ」
少し言葉を選ぶようにザビーダは続けた。
「俺様がお前に使いたかったの」
ミクリオの手が止まった。
「……」
ザビーダが珍しく。
すぐには笑わなかった。
「今の筆、使いづらそうだったし」
「……」
「調査ん時も、何回か引っかかってただろ」
「見ていたのか」
「見てるよ」
当たり前のように。
「お前、俺様のことばっか観察してると思ってた?」
「……」
ミクリオは手元の筆を見る。
要求したわけではない。必要だと伝えたわけでもない。所有者だから、何かを差し出せと言ったわけでもない。ザビーダが自分で欲しいものを選べる金を持って、その一部を自分へ使った。
「……ありがとう」
ようやく言った。
ザビーダが少し目を丸くする。
「おう」
「大事に使う」
「いや」
「何だ」
「そこまで言われると重い」
「君がくれたんだろう!」
「筆一本だぜ?」
「値段の問題じゃない」
「じゃあ何」
「……」
また答えに詰まる。何なのか。自分にも、まだうまく説明できない。
「とにかく」
包み直す。
「ありがとう」
「二回言った」
「何度言ってもいいだろう」
「変なの」
「最近それしか言わないな」
ザビーダが笑った。
***
その夜、ミクリオは新しい筆を使った。書き味は、かなり良かった。先端が滑らかで、細い古代文字も潰れない。
「……」
机の端。
古い筆。その隣に新しい筆。ザビーダからもらったもの。扉の外から、足音。
「まだ仕事?」
ザビーダが顔を覗かせる。
「ああ」
「新しいの使ってんじゃん」
「せっかくもらったからな」
「どう?」
「使いやすい」
「ならよかった」
その言葉。
本当に嬉しそうだった。ミクリオは少しだけ筆を置いた。
「ザビーダ」
「ん?」
「今日は何を買った」
「肉」
「それは見た」
「酒」
「いつの間に」
「帰り」
「飲み過ぎるなよ」
「はいはい」
「他は」
「別に」
またその言葉。だが、今日の「別に」は、以前とは、少し違って聞こえた。本当にそれ以上は買わなかっただけ。
「残りは?」
「持ってる」
「そうか」
「また使っていいんだろ?」
「ああ」
「好きに?」
「ああ」
ザビーダは少し考えて。
「じゃあ」
笑う。
「今度、何買うか考えとくわ」
ミクリオも小さく笑った。
「そうするといい」
扉が閉じる。
机の上。新しい筆。それを見ながら、ミクリオはふと思った。ザビーダが誰かに何かを差し出すところをこれまでにも、何度も見てきた。自分の時間。力。身体。従順さ。けれど、今日のものは、どれとも違った。要求されたからではない。断れなかったからでもない。役に立たなければならなかったからでもない。
ただ、ザビーダがそうしたかった。それだけだった。ミクリオは新しい筆を手に取る。その事実が、なぜか。筆そのものより、ずっと大事なものに思えた。