※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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三度目の「いや」

翌朝、ザビーダは食卓で最後のパンを口へ放り込みながら言った。

 

「今日ちょっと出てくるわ」

ミクリオが顔を上げる。

「どこへ?」

聞いてから、少しだけ止まった。

ザビーダも気づいたらしい。

「ん?」

「……いや」

ミクリオは手元の茶へ視線を落とした。

「夕食までには戻るのか?」

「たぶんな」

「なら君の分も用意してもらう」

「了解」

それだけだった。

 

行き先も、目的も、誰と会うのかも、それ以上は聞かれない。ザビーダは残った茶を飲み干し、立ち上がった。

 

「じゃ、行ってくる」

「ああ」

台所からミューズが顔を出す。

「いってらっしゃい、ザビーダ」

「おう」

玄関を出る。

 

扉を閉める。少し歩いてから、ザビーダは何となく振り返った。家は、変わらずそこにある。追いかけてくる者はいない。帰ってこいと命令する声もない。

 

「……」

何を確認したかったのか。

 

自分でも分からない。ザビーダは肩をすくめ。市場の方へ歩き出した。

 

***

 

目的があったわけではない。調査の報酬としてもらった金が、まだ残っている。それを何かに使ってみようと思った。昨日は串焼きを買った。ミクリオにも筆を買った。今日は自分のものを何か。市場は昼前から賑わっていた。野菜。果物。布。焼いた肉。菓子。酒。目に入るものを眺めながら歩く。

 

以前なら、値札を見ることすらほとんどなかった。欲しいものがあっても、自分で買うわけではない。必要だと判断されれば与えられる。必要でなければ与えられない。あるいは、誰かが機嫌良くなるなら、与えられることもあった。自分の金だから惜しい。自分の金だから迷う。その感覚は、まだ妙だった。

 

「……酒かなあ」

露店の棚を見る。

 

安いもの。高いもの。香りの強いもの。甘口。辛口。一本手に取る。値段を見る。

 

「たっか」

戻す。

別の一本。

「こっちは……安すぎんだよなあ」

また戻す。

何度か繰り返して、自分で笑った。

「俺様、めんどくせえ」

その時。

「……ザビーダ?」

背後から、名前を呼ばれた。

 

身体が僅かに固まった。振り返る。見覚えのある男。四十前後。身なりは悪くない。対魔士ではない。商人だったか。役人だったか。そこまでは覚えていない。ただ、何度か。会ったことがある。どこで、思い出すより先に男が笑った。

 

「やっぱりザビーダじゃないか」

「あー」

ザビーダも笑った。

いつものように。

「久しぶり」

「最近全然見ないと思ってたんだ」

「ああ」

「聞いたよ。ミクリオ特等に買われたんだって?」

「まあな」

「すごいじゃないか」

男は純粋に感心しているらしかった。

「特等対魔士の所有聖隷なんて、大出世だろ」

「俺様が?」

「前のところよりはいいんじゃないか?」

「……まあ」

嘘ではない。

比べるまでもなく、良い。

 

「今日は一人?」

「おう」

「珍しいな。所有者は?」

「家」

「一緒じゃないんだな」

「別に、ずっとついて歩いてるわけじゃねえよ」

「へえ」

男が少しだけ声を落とした。

「ならさ」

一歩近づく。

「少しくらい、いいか?」

それだけで、意味は分かった。

 

昔。何度も、同じように言われた。言葉が違っても、意味は同じ。だから、返す言葉もずっと同じだった。

 

「別に――」

口が、止まった。

男が首を傾げる。

「ん?」

別に嫌じゃない。

 

慣れている。どうせ時間もかからない。少しくらい何でもない。そう思おうとした。けれど、別の言葉が浮かんだ。――君は、僕としたいのか。あの夜、そう聞かれた。したくはなかったから、何も起きなかった。――行きたいかどうかの話をしている。そう言われて、港へ行きたくないと答えた。

 

本当に行かなくて済んだ。――君が読むなと言っただろう。読み上げられたくない名前、止めたら。本当に止まった。ザビーダは男を見る。

 

「……いや」

「え?」

思ったより、声が小さい。

それでも、聞こえた。

「今日はいいわ」

男が瞬きをする。

「今日はって……何かあったのか?」

「何も」

「じゃあ」

少し笑う。

「別にいいだろ?」

胸の奥が、きゅっと狭くなる。

「いや」

今度はさっきより少しだけ強く。

「俺様がしたくねえから」

言えた。

 

男はしばらくザビーダを見る。やがて、苦笑した。

 

「またまた」

「……何が」

「前はそんなこと言わなかっただろ」

その一言で、喉が少しだけ詰まる。

「昔は昔だよ」

「俺、何かした?」

「そういう話じゃねえ」

「嫌いじゃなかったよな?」

「……」

「なら少しくらい」

男がまた近づく。

 

悪意があるわけではない。怒ってもいない。きっと本当に今までと同じだと思っている。ザビーダが断ることの方が、おかしい。そう思っているだけ。

 

「ザビーダ?」

手が伸びる。

 

触れられる前に足が半歩下がった。嫌なら嫌だと言えばいい。もう一度言えばいい。さっき。言えた。でも、今度は、出ない。喉が固まる。嫌だ。したくない。そう言えば、それでいいはずなのに何度も押されたら。自分の言葉が急にひどく弱いものに思えた。その瞬間、口から、別の言葉が飛び出した。

 

「……ミクリオ様に禁止されてんだよ」

男の手が止まった。

「え?」

「だから」

ザビーダは笑った。

 

いつもの。何でもないような笑い方。

 

「他の奴とはすんなって。所有者サマのご命令」

嘘だった。

 

そんな命令。一度もされていない。むしろ、本当に自分が望むなら。止める権利はないとミクリオなら。そう言う。けれど、男の態度は、一瞬で変わった。

 

「……ミクリオ特等が?」

「ああ」

「それは」

一歩。

下がる。

「まずいな」

「だろ?」

「悪かった」

今度は本当に距離を取った。

「特等の所有聖隷に勝手なことしたって知られたら、洒落にならない」

「そーいうこと」

「じゃあ、またな」

「おう」

男はそれ以上何も言わず。

 

人混みへ消えていった。ザビーダはしばらくそこに立っていた。

 

「……」

断った。

 

最初は、自分の言葉で、したくない。そう言えた。でも、最後まで、それだけでは通せなかった。結局。ミクリオの名前を使った。所有者。命令。自分を縛るために何度も使われてきたもの。それを今度は、自分から、盾にした。

 

「……何だかなあ」

笑う。

 

少し情けない気がした。ミクリオがいなければ、自分一人では、まだ駄目だった。そんな気もした。でも、一緒には行かなかった。嫌なのに耐えなかった。それは確かだった。ザビーダは先ほど戻した酒瓶を見る。少し高い。迷っていた方。手に取る。

 

「……今日はこっちにすっか」

硬貨を払う。

 

今までより、少しだけ胸を張って。

 

***

 

帰宅したのは、夕方だった。玄関を開ける。

 

「ただいまー」

言ってから、少し止まった。自然に出た。奥から。

 

「おかえり」

ミクリオの声が返ってくる。

 

居間へ入る。ミクリオは机に向かい。先日ザビーダが贈った筆を使っていた。

 

「それ、使ってんじゃん」

「使いやすいと言っただろう」

「律儀だねえ」

「なぜ使わないと思うんだ」

ザビーダは買ってきた酒を机に置いた。

ミクリオが見る。

「買ったのか」

「俺様の金でな」

「そうか」

「ちょっと高かった」

「気に入ったならいいんじゃないか」

「一緒に飲む?」

「少しなら」

「お。珍しい」

「君が一人で全部飲みそうだからな」

「信用ねえ」

「飲酒量についてはな」

ザビーダが笑う。

 

ミクリオも少しだけ口元を緩める。その顔を見て、何となく昼間のことを言ってみようと思った。

 

「なあ」

「何だ」

「今日さ」

「うん」

「昔の客に会った」

筆が、止まった。

ほんの一瞬。

「……そうか」

平静な声。

 

でも、ザビーダには分かる。少しだけ硬い。

 

「誘われた」

今度は完全に止まった。

ミクリオが顔を上げる。

「それで?」

ザビーダは椅子を引いて座る。

「最初は断った」

ミクリオの眉が僅かに寄った。

「最初は?」

「俺様がしたくねえからって」

「……そうか」

「二回くらい言った」

「それで?」

「ちょっとしつこくされてさ」

ミクリオの表情が露骨に険しくなる。

「触られたのか」

「いや。その前」

「そうか」

短い。

 

けれど、少しだけ息を吐いたのが分かった。ザビーダは頬杖をつく。

 

「それで」

「うん」

「お前に禁止されてるって言った」

「……僕に?」

「ああ」

「何を」

「他の奴とすんなって」

沈黙。

ミクリオが本気で困惑している。

「僕は」

「知ってる」

「そんな命令をした覚えはない」

「だから嘘ついたんだよ」

 

「……なぜ」

「使えるもん使った」

ザビーダは笑う。

「『俺様が嫌だから』じゃあ引かなかったけど、『ミクリオ特等の命令』って言ったら一発だったぜ」

ミクリオは何も言わなかった。

ザビーダは少しだけ笑いにくくなる。

「……怒った?」

「何に」

「お前の名前、勝手に使った」

 

「それで相手は引いたのか」

「ああ」

「ならいい」

「……いいの?」

「ああ」

ミクリオはあっさり頷いた。

「次も必要なら使え」

今度はザビーダが黙る番だった。

「お前」

「何だ」

「所有制度嫌いなんじゃなかった?」

「嫌いだ」

「即答かよ」

「君を物として扱うために使われるなら嫌いだ」

 

ミクリオは少しだけ考える。

「でも」

ザビーダを見る。

「今の制度では、僕の所有権が君を守る盾になることもある」

「……」

「君が嫌なことから逃げるために必要なら、僕の名前でも、特等の地位でも、所有権でも使えばいい」

ザビーダは瞬きをする。

「勝手に命令作っても?」

「内容による」

「細けえな」

「僕の名義で国を転覆させるなよ」

「しねえよ」

「なら、今日みたいなことなら構わない」

「……そっか」

 

「むしろ」

ミクリオの目が少し険しくなる。

「今度その男を見かけたら――」

「待て待て待て」

ザビーダが手を上げる。

「そこまでしなくていい」

「だが」

「最終的には引いたから」

「君が僕の名前を出さないと引かなかった」

「まあ」

「それは」

ミクリオが何か言いかける。

ザビーダが先に笑った。

「怒ってんなあ」

「当然だろう」

「俺様のことで?」

「君以外の誰の話をしているんだ」

あまりにも、迷いなく返ってきた。

 

ザビーダは少しだけ視線を逸らした。

 

***

 

「でもさ」

少しして、ザビーダが言った。

「ん?」

「最初はちゃんと」

自分の指先を見る。

「俺様がしたくねえって言えたんだぜ」

ミクリオの表情が少しだけ柔らかくなる。

「ああ」

「二回」

「聞いた」

「そこは」

ザビーダが口を尖らせる。

「もうちょい褒めてもよくね?」

 

ミクリオは一瞬。

目を瞬いた。

「……褒めてほしいのか?」

「今のはそういう流れだろ」

「そうか」

少し考える。

「よく言えたな」

「急に素直!」

「褒めろと言ったのは君だろう!」

「いや、言ったけどよ」

ザビーダが笑う。

ミクリオも少し呆れた顔になる。

「それに」

ミクリオが続ける。

「最後に僕の名前を使ったことも、失敗ではないと思う」

笑いが、少し止まる。

 

「……そう?」

「ああ」

「俺様一人じゃ通せなかったぜ?」

「それでも、嫌なことを受け入れずに済んだ」

「……」

「最初から全部、自分だけでできる必要はないだろう」

その言葉が少しだけ胸に残る。

ザビーダは机の上の酒瓶を見る。

「じゃあ」

「何だ」

「しばらくは借りるわ」

「何を」

「ミクリオ特等のご威光」

「好きにしろ」

「所有者サマ、他の男とは寝るなって怖いんだぜー、って」

「余計な脚色をするな!」

「効きそうじゃん」

 

「僕が妙な噂を立てられるだろう!」

「でも」

ザビーダがにやりとする。

「嫌なんだろ?」

ミクリオが止まる。

「何が」

「俺様が他の男と寝んの」

「……」

「あれ?」

「……嫌だとは思う」

小さく。

 

でも、はっきり。ザビーダの眉が上がる。

 

「へえ」

「何だ」

「お前もちゃんと嫌って言えるんだな」

「僕だって言う」

「でも俺様に命令するの避けてるじゃん」

「ああ」

「だからさ」

少し考える。

「お前自身の嫌なことまで、言わなくなんのかなって」

ミクリオが黙った。

「それは」

「うん」

「……困るな」

「だろ?」

 

ザビーダが笑う。

「俺様ばっかり嫌だって言えて、お前は全部我慢しろってのも変だ」

「そうだな」

「じゃあ」

ザビーダは少しだけ真面目な顔をする。

「嫌なら嫌って言えよ」

「でも」

「命令なのか、お前の気持ちなのか」

少し間。

「そのうち俺様もちゃんと分かるようになるだろ」

 

ミクリオが目を細める。

「そのうち?」

「ああ」

「今は?」

「……ちょっと怪しい」

「正直だな」

「だから今は」

笑う。

「『これは命令じゃない』って付けといてくれ」

「面倒だな」

「繊細なんだよ、俺様」

「初耳だ」

「また言った!」

今度は二人とも笑った。

 

***

 

夕食後。買ってきた酒を開けた。ミューズも少しだけ飲み。ミケルは一口で顔をしかめた。

 

「強いな」

「導師サマ弱っ」

「放っておけ」

「ミクリオは?」

「僕はもう少し平気だ」

「さすが俺様の所有者サマ」

「その呼び方をやめろ」

「命令?」

「……これは僕の希望だ」

ザビーダが笑った。

「じゃあ保留」

「なぜだ!」

大したことのない。

 

普通の夜だった。少しして、ミクリオが酒瓶を持ち上げる。

 

「もう一杯?」

ザビーダは杯を見る。

 

昼間のことを少しだけ思い出した。嫌だと言った。一度。二度。でも、最後は、誰かの力を借りた。それでも、戻らなかった。耐えなかった。今日はそれでいい。

 

「……いや」

ミクリオの手が止まる。

「ああ」

それだけ、酒瓶を置く。

 

理由を聞かない。もう一度勧めない。ザビーダはその動きを見て、少しだけ笑った。

 

「何だ」

「別に」

「今日はそれが多いな」

「何でもねえよ」

「怪しい」

「ほんとほんと」

今日、三度目の。

「いや」。

一度目は自分の言葉だけでは、最後まで通らなかった。

 

二度目も押し返すためにミクリオの名前を借りた。でも、今は、一度で、止まった。世界全部が、こんなふうになるわけではない。明日。別の誰かに同じように言えるかも分からない。それでも、少なくとも、帰る場所では、嫌だと言えば、そこで終わる。そのことをザビーダは少しずつ。

 

覚え始めていた。

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