一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
数日後。朝食を終えたところで、ミクリオ宛てに一通の手紙が届いた。封蝋を見た瞬間、ミクリオは少しだけ嫌そうな顔をした。
「誰?」
向かいで果物をつまんでいたザビーダが聞く。
「スレイだ」
「嫌そうだな」
「嫌ではない」
「じゃあ何その顔」
「嫌な予感がするだけだ」
封を切る。
中には、予想通り。簡潔なのか雑なのか分からない文面があった。ミクリオは無言で読み。途中で眉間を押さえた。
「何て?」
「……北東の丘陵で古い地下遺構を見つけたらしい」
「へえ」
「聖寮成立以前の可能性がある」
ザビーダの手が止まる。
「古いな」
「ああ」
「で?」
ミクリオは続きを読む。
「古い風属性術式が残っている可能性が高い」
「ほお」
「『ミクリオなら絶対好きだと思う』」
ザビーダが吹き出した。
「調査依頼?」
「そう書いてある」
「完全に遊びの誘いじゃん」
「調査だ!」
「嬉しそう」
「……」
「行きたい?」
ミクリオは手紙を見る。
「行きたい」
「即答かよ」
「聖寮成立以前だぞ」
「はいはい」
ザビーダが笑う。
「お前ほんと遺跡好きだな」
「君に言われたくない」
「俺様は別に遺跡好きじゃねえもん」
「千年前の構造を見て嬉しそうに解説していただろう」
「役に立った俺様が格好よかっただけ」
「そういうことにしておこう」
ミクリオは手紙の最後へ目を落とした。
そこで、少しだけ表情が変わる。
「何?」
「追伸」
「うん」
「『ザビーダにも聞きたいことがある。来られるなら一緒に』」
ザビーダが瞬きをする。
「俺様?」
「ああ」
「何聞きたいんだろ」
「古い風属性術式についてじゃないか」
「ライラじゃ駄目なの?」
「彼女は火属性だからな。君の方が古い形式を知っている可能性もある」
ザビーダは少しだけ黙った。
ミクリオは手紙を畳む。
「僕は行くつもりだ」
「おう」
「君は?」
ザビーダがいつものように口を開く。
「仕事なら――」
止まる。
ミクリオは何も言わない。待つ。ザビーダは自分で止まった言葉を一度飲み込む。手紙を見る。
「古い風術式、ねえ」
「うん」
「地下遺構?」
「ああ」
「海じゃねえよな」
「丘陵地だ」
「寒い?」
「霊峰ほどではない」
「人多い?」
「スレイとライラ、それに僕たちくらいだと思う」
ザビーダは少し考え、それから言った。
「……行きたい」
ミクリオは普通に頷いた。
「分かった」
「……それだけ?」
「何が」
「いや」
ザビーダが少し笑う。
「何でもねえ」
「なら同行前提で準備する」
「おう」
それだけ、ただ。
ザビーダは自分の口から出た。行きたい。という言葉を少しだけ面白そうに胸の中で転がしていた。
***
北東の丘陵地帯。地表からは、ただの岩山にしか見えない。その一角に地面へ半分埋もれた石造りの入口があった。
「遅い!」
着くなり。
スレイが言った。
「予定時刻より十五分早い」
「もっと早く来ると思ってた」
「なぜ」
「だって遺跡だぞ?」
「意味が分からない」
スレイは笑う。
その隣。ライラが穏やかに頭を下げた。
「お久しぶりです、ミクリオさん。ザビーダさんも」
「よ。ライラちゃん」
「ちゃん付け……は、まあいいです」
「エドナちゃんより優しい」
「誰と比べているんだ君は」
ザビーダが笑う。
スレイはミクリオより先にザビーダを見る。
「来てくれてありがとな」
「俺様?」
「うん」
「ミクリオのついでじゃなく?」
「だって聞きたいことあるって書いただろ」
「書いてあったな」
「これ」
スレイが待ちきれないように遺跡入口の横へしゃがみ込む。
石壁。そこに複雑な刻印が残っている。
「これ、風属性の印だと思うんだけど」
ザビーダも近づく。
ミクリオがその横から覗く。
「……確かに風属性系統だな」
「でもライラも俺も見たことない」
ライラが頷く。
「私の知る形式とは少し違うのです」
ザビーダはしばらく刻印を見る。
「……これ」
指でなぞる。
「術式じゃねえな」
ミクリオとスレイの声が同時に飛ぶ。
「何?」
「何だって?」
二人が一気に近づく。
ザビーダがのけぞった。
「近え!」
「どういう意味だ」
「何で術式じゃないんだ?」
「だから近いって!」
ザビーダが二人の額をそれぞれ押し返す。
「食いつき良すぎだろ、お前ら!」
「重要な情報だからな」
「気になるだろ!」
「そこで息ぴったりなのやめろ!」
ライラが口元を押さえて笑っている。
ザビーダはため息をつき。もう一度刻印を見る。
「これ、多分」
少し記憶を探す。
「風を流す向きの指定だ」
「方向?」
スレイが聞く。
「術式そのものじゃなくて、術を使う奴向けの目印。昔、複数人で同じ術式回す時にこういうの使ってた」
ミクリオが石壁を覗き込む。
「確かに」
刻印の向き。
配置。周囲の地脈線。一つずつ。指で追う。
「術式として読むと閉じていない。でも方向指示と考えれば……」
スレイが反対側を見る。
「あっちにも同じのある!」
「だろ?」
ザビーダが少し得意げに笑う。
「多分、中央に何かあったんだよ」
ライラが柔らかく言う。
「ザビーダさんの方がお詳しいようですね」
ザビーダが少しだけ顔を向ける。
「俺様が?」
「はい」
「ライラより?」
「この形式については」
あまりにも普通に言われた。
ザビーダは少しだけ返事が遅れる。
「……そっか」
スレイはもう次の刻印を探している。
「じゃあザビーダ、こっちも見てくれ!」
「人使い荒いなあ!」
「聖隷だから?」
ザビーダが止まる。
スレイも言ってから。
「あ」
となる。
一瞬、空気が止まりかける。でも、ザビーダが先に笑った。
「エドナちゃんみてえなこと言うじゃん」
「悪い」
「いいよ」
スレイは少しだけ考えてから、言い直した。
「じゃあ」
「調査協力者だから?」
ザビーダが目を瞬く。
ミクリオが横から言う。
「本人が来たいと言って来たんだ」
スレイがミクリオを見る。
「そうなのか?」
「ああ」
今度はザビーダを見る。
「じゃあ」
笑う。
「来てくれてありがとな」
ザビーダは少しだけ言葉に詰まった。
「……おう」
それだけ。
***
遺跡内部は、思った以上に複雑だった。床。壁。天井。至るところに古い風属性の誘導印。だが、それだけではない。
「これ」
ミクリオが壁を指す。
「水属性も混じっている」
「何で?」
スレイがしゃがむ。
「風だけの施設じゃない?」
「そうとは限らないな」
ザビーダが天井を見る。
「昔の術式って、今より属性混ぜるの雑だったんだよ」
「雑?」
「悪い意味じゃなくてな」
指で空中に線を描く。
「風で流して、水で形を固定して、地で支えて、火で起動するとか。今みてえに一属性一役って感じじゃねえ」
ミクリオの目が明らかに輝く。
「それは記録していいか」
「いいけど」
「出典は?」
「俺様」
「年代は」
「知らね」
「使用地域は」
「多分この辺」
「多分?」
「お前質問多い!」
スレイが笑う。
「分かる」
「お前も同類だよ!」
ライラまで。
「でも貴重なお話です」
「三対一!」
そんな調子で、少しずつ。
奥へ進む。ザビーダの知識は、何度も、役に立った。古い符号。空間配置。霊力の流し方。今では使われなくなった。設備の癖。それをスレイは当然のように聞く。ミクリオは当然のように記録する。ライラは当然のように自分の知識と照らし合わせる。誰も。
「所有聖隷だから知っていて当然」とは言わない。
「千年生きているから便利」とも。
言わない。
ザビーダが知っている。だから、教えてもらう。ただ、それだけだった。
***
昼過ぎ。四人は、遺跡の外へ出た。休憩。スレイとミクリオは発見した構造について、まだ話している。
「だから、中央区画はここだと思う」
「いや、その場合は風の流路が不自然だ」
「でも地形が――」
「増築の可能性を考慮しろ」
「それならこっち!」
「それはもっと不自然だ!」
ザビーダは少し離れた岩に座り。
呆れたように二人を見る。
「元気だねえ」
隣にライラが座った。
「楽しそうですね」
「どっちが?」
「皆さん」
「俺様も?」
「はい」
ザビーダが少しだけ眉を上げる。
「そう?」
「以前お会いした時より」
ライラは遠くを見る。
追及するような言い方ではない。
「少し」
微笑む。
「楽しそうです」
ザビーダはミクリオを見る。
スレイとまだ何か言い争っている。
「……あいつが面倒なんだよ」
「ミクリオさん?」
「何食いたいとか。どこ行きたいとか。嫌じゃないかとか」
「ふふ」
「笑い事じゃねえって」
「大変ですね」
「だろ?」
「でも」
ライラは少し考える。
「決めるところまでは、代わってくださらないのですね」
ザビーダが黙る。
「……そうなんだよ」
ため息。
「めんどくせえ奴」
「そうですか?」
「そうだよ。『何でもいい』って言うと聞き直すし」
「それは大変です」
「だろ?」
「でも」
「ん?」
ライラが少し笑う。
「今、ザビーダさんは自分でここへ来たのでしょう?」
ザビーダが目を細める。
「……まあな」
「なら」
ライラはそれ以上。
何も言わなかった。ザビーダもしばらく黙る。遠く。ミクリオがこちらを見る。
「ザビーダ!」
「何だよ!」
「さっき言っていた複合術式の件だが!」
「休憩中!」
「一つだけ!」
「絶対一つで終わんねえだろ!」
スレイが笑う。
ライラも笑った。ザビーダは立ち上がる。
「しゃーねえなあ」そう言いながら、少しだけ楽しそうだった。
***
調査を終えた頃には、日が傾いていた。スレイが遺跡入口を見上げる。
「今日だけじゃ無理だな」
「当然だ」
ミクリオが記録をまとめる。
「次回は地下中央区画を優先する」
***
帰り道。丘陵を下る。風は穏やかだった。ザビーダが両手を頭の後ろで組む。
「今日結構歩いたな」
「疲れたか」
「そこまでじゃねえ」
「足は?」
「平気」
「本当に?」
「お前さあ」
「何だ」
「心配性になってね?」
「君が何でも平気と言うからだ」
「最近は言ってねえじゃん」
「……確かに」
ミクリオが少しだけ考える。
「今日は」
「ん?」
「楽しかったか」
ザビーダはすぐには答えない。
以前なら。
「別に」
で済ませていたかもしれない。
でも、少し考える。古い術式。知らない遺跡。スレイの妙な勢い。ライラとの会話。ミクリオが自分の話を真剣に記録していたこと。
「まあな」
「そうか」
ミクリオが少しだけ嬉しそうに言う。
「君が行きたいと言って来た場所だから、楽しめたならよかった」
ザビーダが横を見る。
「……」
「何だ」
「いや」
前を向く。
「遺跡だけじゃなくてさ」
「うん?」
「……お前と一緒だったしな」
ミクリオの足が一瞬。
遅くなった。
「何?」
ザビーダも今さら。
自分の言葉に気づく。
「何でもねえ!」
「いや、今」
「聞き間違い!」
「はっきり聞こえたぞ」
「気のせい!」
「ザビーダ」
「うるせえ!」
ザビーダが少しだけ歩く速度を上げる。
「待て!」
「知らね!」
「なぜ逃げる!」
「逃げてねえ!」
夕暮れの道。
二人分の影が長く伸びる。少し先を歩くザビーダは自分でも分かっていた。今日は遺跡へ行きたかった。古い術式を見たかった。スレイとライラにも会いたかった。そして多分、それだけではない。ミクリオと一緒に行きたかった。そういう「したい」もあるらしい。
それを素直に口にするのは、まだ少しだけ難しかった。