※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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自分のための空欄

数日後、ミクリオは中央支部の窓口で、また書類に止められていた。

 

「ですから」

受付の対魔士が申し訳なさそうに申請書を指す。

「次回の調査区域は、第二種危険区域に指定されています」

「それは承知しています」

「でしたら、同行する聖隷については正式な契約登録が必要です」

「……」

ミクリオは黙った。

 

以前にも、ほとんど同じ理由で、ザビーダを任務へ連れていけなかったことがある。あの時は、まだザビーダ自身も、調査へ同行することにそれほど強い意思を持っていなかった。だから、別行動にした。だが、今回は違う。前回の調査で残した地下中央区画。ザビーダ本人が、続きを調べたいと言っている。

 

実際、帰宅してからも、「次はいつ出るんだ?」と聞いてきた。ミクリオは申請書を見る。

《同行聖隷》

《真名》

 

空欄。

「……所有登録だけでは駄目ですか」

「危険区域への同行は、契約による霊力経路の確認が必要です」

「本人が同行を希望していても?」

受付係が、少し困った顔をする。

「希望、というのは……」

「ザビーダ本人が行きたいと言っています」

「……」

またあの顔だ。何を言われているのか。少し分からない。そんな顔。

 

「規則上は」

受付係が言う。

「本人の意思は、同行要件には含まれていません」

ミクリオの眉間に少しだけ皺が寄った。

「そうですか」

「はい」

それ以上ここで言っても仕方がない。ミクリオは申請書を受け取った。

 

「一度持ち帰ります」

「正式契約後であれば、再提出できます」

「分かりました」

窓口を離れる。

 

歩きながら、空欄を見る。真名。そこだけ、白い。

 

***

 

「また?」

帰宅して事情を話すとザビーダは長椅子の背へ腕を掛け。

露骨に面倒そうな顔をした。

「まただ」

「お前ら、契約好きだねえ」

「制度だからな」

「じゃあ」

ザビーダはあっさり言う。

「今度こそ契約すりゃいいじゃん」

 

ミクリオの顔が、思い切り歪んだ。

ザビーダが笑う。

「すげえ顔」

「……あの真名で?」

「まだ嫌なの?」

「嫌だ」

即答だった。

「そこだけほんと変わんねえな」

「変わる理由がない」

「あれから結構経ったぜ?」

「時間が経過すると、意味が変わるのか?」

「変わんねえけど」

「なら嫌だ」

ザビーダが肩を揺らして笑う。

「お前の真名じゃねえのにな」

「そういう問題じゃない」

「じゃあどういう問題?」

ミクリオが何か答えようとする。

 

ミクリオは口を閉じた。もう何度も話したことだ。あの真名は、古い言葉でザビーダの身体の一部を指す、それもひどく下品な俗称だった。本人を表すためではなく、何に使うものなのか一目で分かるように、誰かが付けた名前。ミクリオは今でも、あれを契約のたびに呼ぶ気にはなれない。

 

「……とにかく嫌なんだ」

「お前のわがまま?」

「ああ」

「認めるんだ」

「僕は最初からそう言っている」

ザビーダが少し笑う。

「そっか」

それから、机の上の申請書を見る。

 

《真名》

 

ザビーダは空欄をしばらく眺める。

 

「……なあ」

「何だ」

「俺様さ」

少し間を置いて、ザビーダは言った。

「……あれ、嫌かもしれねえ」

ミクリオが動きを止めた。

「……何?」

「いや」

ザビーダが何となく落ち着かなそうに鼻の下を擦る。

「あの真名」

 

「うん」

「前は、別にって思ってたけど」

少し笑う。

「最近、お前が毎回嫌そうな顔するからよ」

「僕のせいなのか」

「半分くらい?」

「残り半分は」

「知らね」

いつもの。

 

逃げるような答え。けれど、少しして、ザビーダは自分から続けた。

 

「……俺様の名前なのに」

「うん」

「俺様のことじゃねえな、って」

ミクリオは何も言わなかった。

ただ、聞いていた。

「あれ」

ザビーダが指で机を軽く叩く。

「俺様がどういう奴かじゃなくて」

一度、言葉を探す。

「どう使うかの名前じゃん」

「……ああ」

 

「だから」

少し顔をしかめる。

「今は」

言う。

「嫌だな」

ミクリオは息を吐いた。

ザビーダが横目で見る。

「何」

「いや」

 

「嬉しそうじゃん」

「……嬉しい」

「認めんの?」

「君が」

少し考える。

「嫌なものを嫌だと言えるようになったから」

ザビーダが何とも言えない顔になる。

「俺様の嫌いなもの増えて喜ぶ奴、初めて見た」

「増えたんじゃないだろう」

「ん?」

「多分」

ミクリオはザビーダを見る。

「前から嫌だったことに、気づけるようになっただけだ」

「……」

「違うかもしれないが」

「逃げ道作んなよ」

「断定する方が嫌だろう」

「まあな」

ザビーダが笑った。

 

***

 

「じゃあ」

しばらくして、ザビーダが申請書を引き寄せる。

「変えるか」

「真名を?」

「ああ」

「……本当に?」

「何だよ」

「いや」

ミクリオは少しだけ身を乗り出す。

「君がそうしたいなら」

「したい」

 

また少し間。

「……多分」

「そこは多分なのか」

「初めてやるんだから仕方ねえだろ」

ザビーダは申請書を眺める。

空欄。

「何にすっかな」

「……」

「風、とか?」

ミクリオは黙る。

「酒」

黙る。

「肉」

黙る。

「旅」

黙る。

「自由」

黙る。

 

ザビーダが顔を上げる。

「お前も何か言えよ!」

「僕が?」

「そう」

「嫌だ」

「即答すんな!」

「僕が候補を出したら、君はそれを選ぶかもしれない」

「そんな信用ねえの?」

「信用していないんじゃない」

ミクリオは真面目な顔で答える。

 

「僕の言葉を、君が必要以上に重く受け取る可能性を警戒している」

「言い方が堅え!」

「事実だ」

「じゃあさ」

ザビーダが少し意地悪そうに笑う。

「俺様が『ミクリオが決めて』って言ったら?」

「断る」

「何で!」

「君の名前だからだ!」

「所有者サマなのに?」

「だからこそだ!」

 

ザビーダが声を上げて笑った。

「めんどくせえ!」

「君にだけは言われたくない」

「じゃあ俺様が適当に決める」

「適当に決めたいなら、それも君の自由だ」

「そこまで俺様に返す?」

「返す」

「ほんっと」

ザビーダは額を机につけた。

「最近、何でも俺様に決めさせるよな」

「君のことだからな」

 

「何食うかも」

「君の食事だ」

「どこ行くかも」

「君が行く場所だ」

「誰と寝るかも」

ミクリオの眉が、僅かに動いた。

「……当然だ」

「その一拍何?」

「何でもない」

「嘘くせえ」

「真名の話をしている!」

「はいはい」

ザビーダは笑う。

 

けれど、また空欄を見る。

 

***

 

夜、ザビーダは自室の窓辺に座っていた。机の上。紙。何枚か。適当に書いた言葉。

《風》

違う。

《自由》

何となく格好をつけすぎている気がする。

《旅》

悪くない。でも、それだけでもない。

《酒》

さすがに嫌だ。

《肉》

もっと嫌だ。

「……」

紙を丸める。

投げたが、外れた。

 

「ちっ」

拾いに行く。

 

拾いに行く途中、鏡に映った自分を見る。銀色の髪、女の身体、首元の所有環。その奥には、長い時間の中で何度も呼ばれた、あの真名がある。最初に誰が付けたのかは、もう覚えていない。自分が受け入れたのか、拒んだのか、それすら曖昧だった。ただ、あまりにも長く使われ、自分でも名前とはそういうものだと思っていた。

 

誰かが、用途に合わせて付ける。誰かが、呼びやすいように決める。誰かが、必要だから登録する。でも、今、空欄がある。そこへ何を書くか。自分で決めていい。

 

「……難しいな」

本当に難しかった。

その時、扉が、軽く叩かれる。

「ザビーダ」

「ん?」

「入っていいか」

「いいぜ」

ミクリオが顔を覗かせる。

手には、本。

 

「何してる」

「真名考えてた」

「そうか」

「全然決まんねえ」

「急がなくていい」

「スレイが泣くぜ」

「遺跡は待たせておけ」

「お前がそれ言う?」

「名前の方が大事だ」

ザビーダは少しだけミクリオを見る。

「……そんなに?」

「ああ」

「俺様にとって?」

「君にとって」

またそれだ。ミクリオにとってではない。ザビーダにとって。

 

「なあ」

「何だ」

「ほんとに」

少し笑う。

「お前が決めてくんねえ?」

ミクリオはしばらくザビーダを見た。

「嫌だ」

「やっぱり?」

「ああ」

「何で」

 

「君が」

少し考える。

「後からその名前を嫌いになった時」

答える。

「僕が付けたから変えられない、と思ってほしくない」

ザビーダの笑みが、止まった。

ミクリオは続ける。

「自分で選んだ名前でも、後から嫌なら変えればいい」

「……そんなもん?」

「名前だって、君のものだろう」

「……」

「僕に決めさせなくていい」

ザビーダは視線を落とす。

 

紙の真名欄は空欄だった。

 

「そっか」

「うん」

「じゃ」

少しだけ笑う。

「もうちょい考えるわ」

「そうするといい」

ミクリオはそれだけ言う。

 

何を選ぶべきか。何が似合うか。一つも言わない。ザビーダはそれが、少しだけありがたかった。そして、少しだけ困った。

 

***

 

翌朝、申請書の真名欄はまだ空白だった。ミクリオは何も言わない。ザビーダも埋めなかった。でも、以前とは違う。決められないから、どうでもいいから、空いているのではない。自分で決めたいから、まだ空けている。

 

「今日どうする?」

朝食の席で、ミクリオが聞く。

ザビーダは少し考える。

「市場行く」

「何を買う」

「まだ分かんね」

「そうか」

「そのあと」

少し笑う。

「真名でも考えるわ」

ミクリオもほんの少しだけ笑った。

「ああ」

「何だよ、その顔」

「何でもない」

「最近お前もそれ多くね?」

「君の影響だ」

「悪影響じゃん」

軽口を交わす。

 

机の端には、真名欄が空白のままの申請書がある。そこにはいつか、誰かが使うために決めた名前ではなく。ザビーダ自身が自分をどう呼ばれたいのかを考え、選んだ名前が書かれる。今はまだ何もない。それでよかった。その空欄は不足ではなく、初めてザビーダ自身のために残された場所だった。

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