一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
中央聖寮から招待状が届いたのは、真名欄を空白のままにしてから三日後だった。
「会食?」
朝食の席で、ザビーダが露骨に嫌そうな顔をする。
ミクリオは封書へ目を落とした。
「北東丘陵の遺跡調査に関する報告会を兼ねた懇親会らしい」
「うわ」
「何だ、その反応は」
「俺様、堅苦しい席苦手」
「僕も好きではない」
「じゃあ行くなよ」
「特等対魔士として出席要請が来ている」
「大変だねえ、偉い人」
「他人事だと思っているだろう」
「他人事だもん」
ザビーダはパンをちぎる。
ミクリオは招待状の下部を読む。そこには。
《同行聖隷一体まで可》
と書かれていた。
「……ザビーダ」
「ん?」
「君も来るか」
ザビーダが目を瞬く。
「俺様?」
「ああ」
「何で」
「別に必要だからではない」
「じゃあ何」
ミクリオは少し考えた。
「最近、僕の仕事に関わっているだろう。北東丘陵の件も君が調査協力者として記録されている」
「だから会食?」
「来てもいいと思っただけだ」
ザビーダはしばらく招待状を見る。
「人、多い?」
「多いだろうな」
「聖寮の偉い奴も?」
「ああ」
「知らねえ奴ばっか?」
「多分」
「……」
ミクリオは待った。
ザビーダはいつものように「命令なら」とは言わず、少し考える。
「……行ってみる」
「そうか」
「何となく」
「十分だ」
「でもつまんなかったら途中で帰る」
「構わない」
「お前も?」
「僕は帰れない」
ザビーダが笑った。
「じゃあ俺様だけ逃げよ」
「薄情だな」
「特等対魔士サマ、頑張って」
「今から腹が立ってきた」
その程度の。
軽い話だった。
***
会場は、中央聖寮に隣接する迎賓館だった。高い天井。磨かれた床。壁には歴代導師と特等対魔士の肖像。ザビーダは入口で足を止めた。
正装したミクリオの隣で、ザビーダだけはいつものサラシと黒いロングパンツ姿だった。豊満な胸も、腰から尻へ続く線も隠そうとはしていない。明るい褐色の肌と、背中を覆うほど長い銀髪は、整然とした会場の中でなおさら目を引いた。
「……豪華だねえ」
「そうだな」
「俺様、場違いじゃね?」
「なぜ」
「見りゃ分かるだろ」
周囲。
正装した対魔士、高位聖職者、地方から来た有力者、その後ろに控える聖隷。服装まで、違う。人間は人間同士。聖隷は半歩か。一歩後ろ。ミクリオはその光景を以前ほど、自然には見られなくなっていた。受付へ向かう。
「特等対魔士ミクリオ。同行者一名」
受付係が名簿を確認する。
「承っております」
視線がザビーダへ向く。
「所有聖隷はこちらへ」
横。
別の入口。人間用とは、明らかに違う。
「待ってください」
受付係がミクリオを見る。
「はい?」
「ザビーダは僕の同行者です」
「はい。ですので、聖隷用の控え席へ――」
「僕と同席します」
受付係が、困った顔をした。
「恐れ入りますが、主賓席は対魔士および招待者のみとなっております」
「ザビーダは調査協力者として報告書に記載されています」
「ですが、所有聖隷ですので」
ミクリオの眉が寄る。
横でザビーダが袖を軽く引いた。
「別にいいぜ?」
ミクリオが見る。
「何が」
「俺様、向こうで」
聖隷用の入口を顎で示す。
「適当に飲んでるから」
「君はそれでいいのか」
「え?」
「僕と同じ席と、向こう。どちらにいたい」
ザビーダが少し黙った。
周囲の視線が集まり始めている。それを気にして。
「どっちでも――」
言いかける。
止まる。ミクリオは何も言わない。ザビーダは少しだけ顔をしかめた。
「……お前の隣」
小さな声。
「聞こえない」
「お前の隣がいい」
「分かった」
ミクリオは受付へ向き直る。
「こちらで」
受付係がますます困る。
「ですが、前例が」
「禁止規定は?」
「……」
「ありますか」
「明文化された禁止は、確認した限りでは……」
「なら問題ありません」
「ミクリオ特等」
「何か問題が起きた場合は僕が責任を取ります」
ザビーダが横から小声で言う。
「こういう時だけ所有者っぽいな」
「黙ってろ」
「はいはい」
受付係は、最終的に諦めた。
「……承知しました」
ザビーダがミクリオの隣で、少しだけ笑った。
***
会食は、思ったより長かった。最初は北東丘陵遺跡の報告。次に各地の地脈異常。さらに地域ごとの聖隷運用状況。ザビーダは途中から、明らかに飽きていた。
「眠い」
「寝るな」
「帰っていい?」
「本当に帰りたいなら」
「……飯食ってから」
「なら起きてろ」
「はいはい」
料理が運ばれる。
肉。魚。焼いた野菜。菓子。酒。ザビーダの機嫌が、少しだけ戻った。
「これうま」
「口に物を入れたまま喋るな」
「母親?」
「違う」
向かいの席にいた。
年配の対魔士が笑う。
「随分と気安いのですね、ミクリオ特等」
「そう見えますか」
「ええ」
視線がザビーダへ向く。
「その聖隷、西地区にいた個体でしょう?」
ミクリオの手が止まる。
ザビーダは何でもないように笑った。
「有名人じゃん、俺様」
「以前、何度か見かけたことがあります」
男は悪意なく、続ける。
「随分長く供用されていたと聞いていますが」
「まあな」
「珍しい選択をなさいましたね」
ミクリオが静かに聞く。
「何がです」
「ミクリオ特等ほどの立場なら、もっと状態の良い聖隷を選べたでしょうに」
ザビーダが肉を食べながら笑う。
「俺様、中古も中古だからな」
ミクリオの顔が、露骨に不機嫌になる。
男はそれを違う意味に取ったらしい。
「ああ、失礼。お気に入りでしたか」
「そういう話ではありません」
「ですが、実際」
別の対魔士が会話へ加わる。
若く、悪びれた様子はない。
「使い込まれた聖隷をわざわざ買う方は珍しいですよ」
「使い込まれた?」
ミクリオの声が少し低くなる。
「ええ」
「人を新品と中古に分類する趣味はありません」
若い対魔士が本気で不思議そうな顔をする。
「いえ」
一拍。
「人ではなく、聖隷の話ですが」
ミクリオは言葉を失った。
そうだ。この人間にとっては、それが、普通なのだ。訂正されるようなことを言った。そう思っている。ザビーダは横で、少しだけ笑みを弱めた。
「ミクリオ」
「……何だ」
「いいって」
「よくない」
「俺様、別に慣れてるし」
その言葉に余計に腹が立った。
ただ、ザビーダへ怒るのは違う。ミクリオは一度。息を吐いた。
***
話題は、その後。少しずつ別の方向へ流れた。若い対魔士が酒を飲みながら言う。
「まあ、見た目は確かに魅力的ですよね」
ザビーダを見ている。
「一晩なら、分からなくはない」
ザビーダが肩をすくめる。
「褒められてんの?」
「褒めていますよ」
「ならどーも」
「ただ」
男は笑った。
「伴侶としては、私は遠慮しますが」
周囲から、小さな笑い。
軽口。その程度。ザビーダも笑う。
「そりゃそーだ」
ミクリオがザビーダを見る。
「……なぜ」
「ん?」
「なぜ君まで同意する」
「何が?」
「伴侶に向いていないという話だ」
ザビーダが少し目を丸くする。
「いや」
笑う。
「俺様、伴侶向きって柄じゃねえだろ」
「誰が決めた」
「誰って」
「君か?」
「……まあ」
「なぜ」
ザビーダが今度こそ困った顔になる。
「何でお前がそんな引っかかってんの」
「僕にも分からない」
「分かんねえのかよ」
「だが」
ミクリオは向かいの対魔士を見る。
「少なくとも」
少し言葉を選ぶ。
「誰かと一晩過ごす価値と、誰かと人生を共にする価値を、同じ尺度で測るのはおかしい」
男が少し驚いた顔をする。
「そういう意味では」
「それに」
ミクリオはザビーダを見る。
「ザビーダが伴侶に向いているかどうかを、過去に何人と関係を持ったかで決める理由もありません」
ザビーダの笑みが、消える。
ほんの一瞬。
「……」
周囲が、少し静かになる。
年配の対魔士が取りなすように笑った。
「まあ、ミクリオ特等はお気に入りのようですな」
「そういう問題では」
言いかけて、止まる。
本当にそういう問題ではない。はずだ。だが、なぜ。自分はこんなに腹が立っている。ザビーダがこちらを見ている。妙に静かな目で。
「……飯、冷めるぜ」
「……ああ」
それ以上。
会話は続かなかった。
***
帰り道。夜風が少し冷たい。ザビーダは会場でもらった菓子の包みを片手に歩いていた。
「これ持って帰っていいんだな」
「土産用だ」
「ならいいか」
「君、食事のことになると元気だな」
「人生の楽しみだぜ?」
「最近増えたな」
「何が」
「楽しみ」
ザビーダが少しだけ目を細める。
「……そうかもな」
歩く。
少しして、ザビーダが横を見る。
「今日」
「うん」
「機嫌悪かったな」
「誰のせいだ」
「俺様?」
「違う」
「じゃあ誰」
「……あの場にいた何人か」
「ほぼ全員じゃん」
「そこまでは言っていない」
ザビーダが笑う。
「中古って言われたから?」
ミクリオは黙った。
「事実だぜ」
「何が」
「何人に使われたかなんて」
ザビーダは軽く言う。
「もう覚えてねえし」
ミクリオの足が止まった。
ザビーダも少し先で止まる。振り返る。
「何」
「それが」
ミクリオは真っ直ぐ。
ザビーダを見る。
「君の価値と何の関係がある」
ザビーダが少し目を見開いた。
「いや」
「誰が君の身体に触れたか」
一歩。
近づく。
「何人だったか」
もう一歩。
「どんなふうに使われていたか」
言葉にするだけで、不快だった。
「それで、君そのものの価値が減るという考えが」
ミクリオは眉を寄せる。
「僕には理解できない」
ザビーダは黙る。
「中古だから何だ」
「……」
「新品なら何が違う」
「お前」
「君は君だろう」
言ってから、ミクリオ自身が、少しだけ驚いた。
簡単な。言葉だった。でも、本当にそれだけだった。ザビーダがしばらく何も言わない。
「……すげえな」
「何が」
「いや」
少し笑う。
「お前、たまに」
「うん」
「俺様が何百年かけても考えなかったこと、普通に言うよな」
「普通だろう」
「普通じゃねえよ」
「そうか?」
「そうだよ」
また歩き始める。二人並ぶ。少しして、ザビーダがわざとらしく。明るい声を出した。
「じゃあさ」
「何だ」
「俺様、伴侶向き?」
ミクリオの足がまた。
止まりかけた。
「……なぜ僕に聞く」
「今日めちゃくちゃ怒ってたじゃん」
「それは」
「向いてないって言われて」
「それは、他人が勝手に決めることではないと言っただけだ」
「じゃあ誰が決めんの?」
「……相手だろう」
「例えば?」
「例えば?」
「俺様を伴侶にしたい奴」
「そうだな」
「そいつが決める?」
「ああ」
「じゃあ」
ザビーダがにやりと笑う。
「ミクリオならどう?」
「……」
今度こそ。
完全に足が止まった。ザビーダも止まる。
「あれ?」
「何が」
「すげえ困ってる」
「急に妙な質問をするからだ!」
「嫌なら嫌って言えば?」
以前、自分が言った言葉。
返される。ミクリオは黙った。嫌ではない。それだけは、なぜか。すぐ分かった。
「……」
ザビーダが少しだけ笑みを弱める。
「冗談だよ」
「待て」
「ん?」
「勝手に終わらせるな」
「何だよ」
ミクリオはひどく。
答えに困った。でも、誤魔化すのも、違う気がした。
「……少なくとも」
「うん」
「君が伴侶に向いていないとは」
少し間。
「思わない」
ザビーダが黙った。
「……」
今度はミクリオが少しだけ落ち着きを取り戻す。
「何だ」
「いや」
「聞いたのは君だろう」
「そうだけど」
ザビーダが視線を逸らす。
耳が、少しだけ赤いような気がする。夜だから、よく分からない。
「……変な奴」
「またそれか」
「だって」
ザビーダは前を向く。
「俺様みたいなのに」
「その言い方をやめろ」
「命令?」
「……希望だ」
「じゃあ」
少しだけ考える。
「努力する」
ミクリオが目を瞬く。
「努力するのか」
「嫌になってきたんだよ」
「何が」
「俺様が俺様のこと、安く言うの」
ミクリオは少しだけ笑った。
「そうか」
「何嬉しそうにしてんだ」
「嬉しいからだ」
「最近ほんと素直になったな、お前」
「誰のせいだと思っている」
「俺様?」
「君以外に誰がいる」
ザビーダが少しだけ照れたように笑った。
***
家へ戻る頃には、夜も深かった。玄関を開ける。
「ただいま」
ザビーダが言う。
「おかえり」
奥から、ミューズの声。
少し遅れて、ミケルも「おかえり」と返す。ザビーダは靴を脱ぎながら、何となく笑った。今日は人の多い場所へ行き、所有聖隷として見られた。中古だと言われ、一晩ならともかく伴侶には向かないとも言われた。昔なら、全部笑って流しただろう。今日も最初はそうした。けれど、ミクリオは怒った。
自分以上に腹を立てた。君は君だろう。そう言った。ザビーダは首元の所有環へ一度だけ、触れる。それから、手を離す。
「ザビーダ?」
先を歩いていたミクリオが振り返る。
「何してる」
「別に」
「またそれか」
「いいだろ」
「まあいい」
ミクリオが居間へ向かう。
ザビーダもその隣へ並ぶ。今日、自分で選んだ席と同じように、いつもより少しだけ近いミクリオの隣へ。