一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
次の任務は、街道沿いに発生した地脈の乱れの調査だった。規模は大きくない。業魔の出現報告も少数。特等対魔士を二人も投入するほどではない、とミクリオは思ったが。
「近くに遺跡あるんだって」
スレイが言った瞬間、すべてを察した。
「君が希望したのか」
「ついでに調べられるだろ?」
「任務を遺跡見学の口実にするな」
「逆だって。任務のついでに遺跡を見るんだよ」
「同じだ」
「違うだろ」
「どこが」
二人が言い合う横で、ザビーダが欠伸をした。
「お前ら元気だねえ」
ライラが小さく笑う。
今日は四人だけではなかった。現地の地脈に詳しい二等対魔士が二人。さらにそのうち一人が契約している風属性聖隷。若い男の姿をした聖隷だった。ザビーダとは初対面らしい。
「風同士、仲良くなれるといいな」
スレイが言う。
「属性同じなら仲良くできるって理屈どこから来た?」
「何となく」
「雑」
ザビーダが笑う。
風の聖隷も困ったように笑った。何もおかしなことはなかった。
***
異常が見つかったのは、街道から少し外れた岩場だった。地面に細い亀裂。その奥から、濁った霊力が漏れている。
「地下に空洞があるな」
ミクリオが杖を地面へ当てる。
「多分、古い水路か何かだ」
スレイがしゃがむ。
「崩れた?」
「可能性はある」
「中に入れるかな」
「君はまず地脈異常を処理しろ」
「分かってるって」
その時、岩陰から、低い唸り声。
業魔。獣型。二体。いや、三体。現地の対魔士が剣を抜く。
「来ます!」
戦闘そのものは、大したものではなかった。
スレイが一体を引きつけ。ミクリオが術式を展開する。ライラが炎を走らせる。ザビーダは少し離れた場所から、動きを見ていた。今の自分では、まともな術は使えない。戦えば、足手まといになる可能性が高い。それをもう。無理に隠す必要はなかった。
「右!」
ミクリオの声。
「分かってる!」
スレイが避ける。
一体が、大きく跳ねる。それを風の聖隷が追った。
「下がって!」
契約者へ声をかける。
手を上げる。風が集まる。ザビーダはその動きを見た。ただ、見た。
「ビジュゲイト!」
術名。
次の瞬間、風が爆ぜた。
***
音が、消えた。そう思った。本当は消えていない。風の音。岩が削れる音。誰かの声。全部。聞こえている。なのに、遠い。
「……」
視界の端で、白いものが、揺れた。
いや、違う。銀色。それも違う。誰かの。背中。
「――」
息が、できない。
風。強い風。足元。何か。転がる。赤い。違う。見ていない。知らない。何だ。これは。
「ザビーダ?」
声。
聞いたことがある。今の。声。でも、分からない。
「ザビーダ」
肩へ手が伸びる。
身体が勝手に跳ねた。
「触んな!」
叫んだ。
自分の声だった。ミクリオの手が空中で止まる。ザビーダはそこで、ようやく目の前を見る。
「……」
ミクリオ。
少し離れて、スレイ。ライラ。戦闘は、終わっていた。風の聖隷もこちらを見ている。
「……何?」
自分で聞いた。
ミクリオが静かに答える。
「君が固まっていた」
「俺様が?」
「ああ」
「そんなわけ」
言いかける。
足が少し震えた。
「……」
ザビーダは笑った。
いつものように。
「平気平気」
ミクリオが眉を寄せる。
「平気には見えない」
「見えなくても平気なの」
「ザビーダ」
「大丈夫だって」
立とうとする。
膝に力が入らない。身体が少し傾いた。今度はミクリオが触る前にザビーダ自身が、近くの岩へ手をついた。
「……あれ?」
冗談みたいに笑う。
「足、寝てんのかな」
誰も笑わなかった。
それが妙に怖かった。
***
「休憩にする」
ミクリオが言った。
現地の対魔士が少し迷う。
「ですが、地脈処理が――」
「スレイとライラで継続できる」
「できる」
スレイが即答する。
ミクリオはザビーダを見る。
「少し離れよう」
「別にいいって」
「僕が休みたい」
「嘘つけ」
「では、僕が君をここから離したい」
「正直だねえ」
「歩けるか」
「……多分」
「多分か」
「うるせえな」
ザビーダは何とか。
立った。歩ける。少し脚が重いだけ、岩場から、離れる。ビジュゲイトを使った風の聖隷が気まずそうにこちらを見ていた。ザビーダは反射的に笑う。
「悪ぃな。お前のせいじゃねえから」
相手が目を瞬く。
「でも」
「普通の術だろ」
「……はい」
「なら気にすんな」
それだけ言って、ミクリオの後を追った。
***
少し離れた。木陰。ミクリオが水筒を差し出す。
「飲むか」
「もらう」
受け取る。
手がまだ少し震えている。ザビーダはそれを見て、顔をしかめた。
「……何なんだよ」
ミクリオは向かいに座る。
すぐには、何も聞かなかった。ザビーダが水を飲む。一口。二口。
「さっきの」
「うん」
「ビジュゲイト」
「……ああ」
「何で俺様、あんなことになった?」
ミクリオは少しだけ目を細める。
「分からない」
「お前でも?」
「君の記憶の話だろう」
「そうだけど」
ザビーダは水筒を見る。
「俺様も分かんねえんだよ」
それが一番気味が悪かった。
「あの術」
「うん」
「知ってる」
「現役の術だからな」
「そうじゃなくて」
言葉を探す。
「昔から知ってる」
「……」
「見たこともある」
多分、何度も普通に見てきた。けれど、どこで誰が使っていたのかが出てこない。
「でも」
ザビーダは眉間を押さえる。
「何で怖えのか、分かんねえ」
口にして、初めて、気づく。
怖い。自分はあの術を怖がった。
「怖かったのか」
ミクリオが聞く。
ザビーダは少しだけ笑った。
「多分な」
「多分?」
「分かんねえんだって」
苛立つ。
「音がして」
手を動かす。
「風が来て」
「うん」
「何か」
止まる。
何か。見えた。気がする。でも、思い出そうとすると頭の中に白い霧みたいなものが、かかる。
「……何かあった」
「何が」
「知らね」
「誰かいた?」
「知らねえ」
「場所は?」
「分かんねえ」
ミクリオがそこから、質問を止めた。
ザビーダは少ししてから、顔を上げる。
「……もう終わり?」
「何が」
「質問」
「君が分からないと言っているからな」
「もっと聞かねえの?」
「聞けば思い出すのか」
「……分かんね」
「なら今はいい」
あっさり。
ミクリオは言った。ザビーダが少しだけ拍子抜けする。
「お前なら調べたがると思った」
「調べたい」
「やっぱり」
「でも」
ミクリオは静かに続ける。
「君が今、思い出せないものを、無理に引っ張り出したいとは思わない」
ザビーダは何も言わなかった。
***
その日は、予定より早く。ザビーダだけ、先に戻ることになった。
「俺様、まだいけるぜ」
「知っている」
「なら」
「いけるかどうかの話ではない」
「……」
聞いたことのある。
言葉だった。港の時、同じようなことを言われた。
「君がここに残りたいなら残っていい」
ミクリオが言う。
「でも」
少し間。
「今、残りたいのか」
ザビーダは答えようとする。
仕事なら。役に立つなら。迷惑をかけないなら。そんな言葉がいくつか浮かぶ。でも、それじゃない。
「……帰りてえ」
言った。
ミクリオは頷いた。
「分かった」
スレイが「俺たちはこっちやっとく」と言う。
ライラも。
「お気をつけて」
「悪ぃな」
「謝るなよ」
スレイが言う。
「ザビーダが悪いことしてないだろ」
「……そっか」
ザビーダは少しだけ笑った。
***
家へ戻ってから、ザビーダは普段どおりに夕食を食べた。ミューズの作った煮込みを二杯平らげ、ミケルの話にも適当に相槌を打った。ミクリオが遅れて帰ってきた頃には、いつものように振る舞えていた。
「おつかれさん」
と声をかけた。
だから、もう平気だと思っていた。夜、自分の部屋へ入るまでは。
***
眠れない。目を閉じれば風が吹く。目を開ければ暗い天井がある。もう一度目を閉じると、術式の光と、何かが転がる光景が浮かんだ。
「……」
目を開ける。
息が、浅い。
「何だよ」
自分に言う。
「普通の術じゃん」
ビジュゲイト。
今でも普通に使われている、珍しくもない術だ。見たことだって何度もあるはずなのに、なぜ今日だけ。
「……」
分からない。
それが怖い。ザビーダは起き上がった。しばらくベッドの端へ座る。それから、部屋を出た。
***
ミクリオの部屋。灯りが、まだついていた。扉の前で、少し止まる。何をしに来た。話すことなんて、ない。理由も、分からない。でも、戻る気にも、ならなかった。軽く。扉を叩く。
「ミクリオ」
すぐに返事があった。
「起きている」
「……入っていい?」
一拍。
「ああ」
扉を開ける。
ミクリオは机に向かっていた。ザビーダが贈った筆が、手元にある。
「どうした」
「別に」
言って、止まる。
「……いや」
ミクリオが待つ。
「寝れねえ」
「そうか」
「それだけ」
「分かった」
またそれだけ、ザビーダが少し困る。
「追い返さねえの?」
「追い返してほしいのか」
「いや」
「ならいればいい」
簡単に言う。
ザビーダは部屋の隅にある長椅子へ座る。ミクリオはまた書類へ向かう。何も、聞かない。しばらく紙を擦る筆の音だけ、その音が、妙に落ち着いた。
***
「なあ」
ザビーダが言う。
「うん」
「今日のやつ」
ミクリオの手が止まる。
「ビジュゲイト?」
「ああ」
「うん」
「俺様」
少し考える。
「昔、何かあったのかな」
「かもしれない」
「何だと思う?」
「分からない」
「推測は?」
「できる」
「じゃあ」
「言わない」
ザビーダが顔を上げる。
「何で」
「君が覚えていないことを、僕の推測で埋めたくない」
「……」
「間違っているかもしれない」
「なるほどねえ」
ザビーダは天井を見る。
「俺様さ」
「うん」
「自分のことなのに」
少し笑う。
「何も分かんねえのな」
「千年分あるんだろう」
「多分」
「全部覚えている方が不自然だ」
「でも」
「うん」
「身体だけ覚えてるみてえで」
言葉にして、嫌になる。
「気持ち悪い」
ミクリオはすぐには、否定しなかった。
「そう感じるんだな」
「ああ」
「なら」
少し考える。
「今は、それだけ分かっていればいいんじゃないか」
「それだけ?」
「ビジュゲイトを見ると、君が強く反応する。それは確かだ。でも、理由までは分からない」
「うん」
「だったら今は、そこまででいい」
「お前らしい」
「何が」
「分かんねえものを、分かんねえままにしとくところ」
「君も覚えていないことを、僕が勝手に決める方がおかしいだろう」
「はいはい」
でも、少し楽になった。分からなくても、いいらしい。
***
「今後」
ミクリオが言う。
「ビジュゲイトの使用が予想される任務では、事前に――」
「待て」
「何だ」
「使用禁止とか言うなよ」
ミクリオが少しだけ口を閉じた。
「……言おうとしていた」
「やっぱり」
「君がああなるなら」
「普通の術だぜ」
「知っている」
「俺様一人のために、誰も使うなってのは無茶だろ」
「では」
ミクリオがすぐ考え直す。
「事前に分かる場合は君へ伝える」
「うん」
「同行するかどうかは君が決める」
「うん」
「使用する可能性のある者にも、君の近くで使う場合は可能なら知らせてもらう」
「それくらいなら」
「それと」
「まだあんの?」
「今日のような状態になった時は、任務から離脱できるようにする」
「……」
ザビーダが少し顔をしかめる。
「また帰るの?」
「必要なら」
「役に立てなくなるぜ」
「それと君が苦しい場所に居続けることに何の関係がある」
「……またそれ」
「何だ」
「役に立つかどうかじゃねえってやつ」
「そうだ」
ザビーダは少しだけ笑った。
「ほんと飽きねえな」
「君が何度も同じことを言うからだ」
「俺様のせい?」
「半分くらい」
「残りは?」
「僕の性格」
「認めるんだ」
「事実だからな」
***
しばらくまた静かになる。ミクリオが筆を動かす。ザビーダは長椅子へ横になる。眠気は、まだ来ない。でも、さっきより、呼吸は楽だった。
「ミクリオ」
「何だ」
「……今日」
「うん」
少し言いにくい。
「ここ」
指で、長椅子を示す。
「ここで寝てもいい?」
ミクリオがこちらを見る。
「構わない」
「あと」
そこで、言葉が止まる。
「あと?」
「……」
何で、こんなことの方が、難しい。
身体なら。簡単だった。昔から、何度でも、差し出せた。でも、これは、妙に言いづらい。
「……寝るまで」
ミクリオが待つ。
「いてくれねえ?」
言った。
ミクリオは驚かなかった。
「分かった」
「仕事終わったら?」
「本を読む」
「寝ないの?」
「君が寝たら寝る」
「……そっか」
それだけ、触らない。
抱かない。何も、要求しない。ただ、同じ部屋にいる。ミクリオは書類を片づけ。本を開いた。ページをめくる音。静か。ザビーダは目を閉じる。風は来ない。いや、窓の外には、少し吹いている。でも、今日の風とは、違う。何が、違うのか。まだ分からない。ビジュゲイトが、なぜ怖かったのか。
何を思い出しかけたのか。誰が、そこにいたのか。何も、分からない。それでも、今、ここにいることだけは、分かる。
「ミクリオ」
「うん」
「まだいる?」
ページをめくる音が、止まる。
「いる」
「そっか」
少しして、もう一度目を閉じた。今度は眠れそうだった。理由は、それも、まだよく分からなかった。