※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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奥に残る響き

追加検査の申請は、思ったより早く。壁にぶつかった。

 

「……契約が必要?」

ザビーダが机の向こうから、露骨に嫌そうな顔をした。

「ああ」

ミクリオは中央支部から持ち帰った書類を机へ置く。

「通常の霊力測定なら、今まで通りでいい。だが、霊力経路の深部まで調べるには、術者側から君の霊力へ干渉する必要がある」

「それで?」

「無契約の聖隷に対して行うには危険が大きい。正式契約による経路固定が必要だそうだ」

「ふうん」

ザビーダは書類を引き寄せる。

 

読む。

《契約対象真名》

 

その欄だけ、白い。

「じゃ」

何でもないことのように言う。

「あれで契約しちまえば?」

ミクリオが顔をしかめた。

「嫌だ」

「早えな」

「何度聞かれても嫌だ」

「俺様も今は嫌だけどさ」

ザビーダは頬杖をつく。

「研究進まねえじゃん」

「なら止める」

「は?」

 

「君を女性器の俗称で呼んで契約するくらいなら、追加検査は止める」

ザビーダが何とも言えない顔になった。

「……そこまで?」

「そこまでだ」

「名前なんて登録記号みてえなもんだろ」

「君は今、自分であの名前が嫌だと言ったんだぞ」

「言ったけど」

「なら使わない」

「頑固」

「君の名前の話だ」

「だから俺様がいいって言ったら?」

ミクリオは少し黙った。

「本当にいいのか」

「……」

「研究を進めたいから仕方なく、ではなく」

「またそれ?」

「まただ」

ザビーダは申請書を見る。

 

あの真名。思い出す。自分を何に使うものか。分かりやすくするための。名前、以前なら。本当に何でもよかった。でも、今は。

 

「……やっぱ嫌だわ」

「そうだろう」

「何でちょっと嬉しそうなの」

「気のせいだ」

「嘘くせえ」

ミクリオは書類を畳む。

「なら、今はここまでだ」

「検査も?」

「ああ」

「もったいねえ」

「名前を急いで決める理由にはならない」

「遺跡も行けねえ。検査もできねえ。契約ってめんどくせえな」

「僕もそう思う」

「お前、対魔士だろ?」

「対魔士でも面倒なものは面倒だ」

ザビーダが少し笑った。

 

***

 

それから、数日。真名は、決まらなかった。ザビーダは時々。紙へ思いついた単語を書く。

《風》

 

違う。

《旅》

 

悪くない。でも、何か。違う。

《自由》

 

格好つけすぎ。

《酒》

 

ない。

《肉》

 

もっとない。ミクリオは一切。口を出さなかった。それがザビーダには、ありがたくもあり。腹立たしくもあった。

 

「一個くらい候補出せよ」

「嫌だ」

「何で」

「君の名前だからだ」

「毎回それ!」

「毎回答えが同じなんだから仕方ないだろう」

そんな日々。

 

***

 

その日は、特別なことをする予定ではなかった。前回の検査結果について、自宅でも確認できる。簡単な霊力経路だけ、もう一度見てみよう。それだけだった。

 

「手」

ミクリオが言う。

ザビーダが左手を差し出す。

「はいよ」

ミクリオはその手首へ指を添えた。

 

触れた肌は、明るい褐色だった。ザビーダが身を乗り出すと、無造作な銀髪が肩から滑り、緑がかった毛先が二人の手元へ落ちる。琥珀色の瞳は、いつもの軽口とは違う真剣さでミクリオの指先を見ていた。

 

「痛かったら言え」

「はいはい」

「違和感も」

「はいはい」

「返事が雑だな」

「お前が毎回同じこと言うからだよ」

「必要な確認だ」

「分かってるって」

ミクリオが自分の霊力をごく薄く。

 

ザビーダへ流す。契約はしていない。だから、深くは入れない。ただ、表層。霊力の流れを触れるだけ。

 

「ここは?」

「平気」

少し指をずらす。

「ここ」

「……くすぐってえ」

「真面目に答えろ」

「真面目だよ!」

「では、ここは」

「何ともねえ」

ミクリオは集中する。

 

ザビーダの中には、確かに強い風の霊力がある。広い。深い。なのに、術式へ流そうとすると途中で、閉じる。何度見ても、妙だった。

 

「もう少しだけ」

「おう」

触れる。

 

ほんの少し深く。ザビーダの霊力とミクリオの霊力が、重なる。その瞬間だった。

 

――フィルクー=ザデヤ。

 

ミクリオの手が止まった。

「……」

ザビーダがこちらを見る。

「何?」

返事がない。

「ミクリオ?」

「……今」

「うん」

ミクリオは眉を寄せる。

 

何だ、今の。考えたわけではない。思いついた、とも違う。重なった霊力の奥から、そこにずっと残っていた古い響きを拾い上げたような。

 

「名前が」

「名前?」

「浮かんだ」

ザビーダが目を瞬く。

「何それ」

「僕にも分からない」

「どんな?」

ミクリオは言うか。

 

一瞬、迷った。けれど、これは、ザビーダ自身のことだ。

 

「……フィルクー=ザデヤ」

空気が止まった。

ザビーダの顔から、笑みが消える。

「……」

「ザビーダ?」

「今の」

「うん」

「もう一回」

ミクリオはゆっくり繰り返した。

「フィルクー=ザデヤ」

ザビーダが息を止めた。

 

記憶にはなかった。その言葉を聞いたことなどない。多分。けれど、胸の奥、霊力のさらに深いところには、古い真名の響きが残っていた。呼び起こされたそれが、確かに震えている。痛いわけではない。怖いとも少し違う。懐かしいというのも違った。

 

「……何だよ、それ」

「分からない」

「お前が考えた?」

「違う」

即答。

「少なくとも、今考えたわけじゃない」

「じゃあ何で知ってんの」

「僕が聞きたい」

「俺様に聞くなよ」

二人とも、黙る。

 

ミクリオはまだザビーダの手首へ触れている。気づいて、手を離そうとした。ザビーダが反射的にその手を掴んだ。

 

「待って」

ミクリオが見る。

 

ザビーダ自身も、自分が何をしたのか少し驚く。でも、離さない。

 

「もう一回」

「名前を?」

「ああ」

「……フィルクー=ザデヤ」

また胸がざわつく。

「……」

嫌ではない。

 

それだけは分かる。あの真名を聞いた時とはまるで違う。あの名前は、自分の身体へ外から札を貼られたようだった。これは逆だ。自分の奥から何かが浮かび上がってくる。そんな感じがした。

 

「……変なの」

ザビーダがぽつりと言った。

 

「意味は、《約束のザビーダ》」

「……」

ザビーダは何も、言わなかった。

 

***

 

約束。その言葉だけが、妙に残る。何か。知っている。ような。知らない。ような。

 

「……俺様」

ザビーダが自分の胸元へ手を置く。

「約束なんて好きだったっけ」

「僕に聞くな」

「だよな」

「何か思い出す?」

「いや」

即答。

「何にも」

少し間。

「でも」

「うん」

「嫌じゃねえ」

ミクリオは黙る。

ザビーダが言葉を確かめるように。

「フィルクー=ザデヤ」

自分で呼ぶ。

 

一度、もう一度、自分の名を呼ぶ。

 

「フィルクー=ザデヤ」

不思議だ。

 

知らない名前なのに口に馴染む。ずっと昔から、自分の中にあったような。

 

「……これ」

ザビーダが少し笑う。

「俺様の気がする」

ミクリオはそれでも、すぐには、頷かなかった。

「ザビーダ」

「何」

「僕が今、そういう言葉を感じ取った」

「ああ」

「それだけだ」

「……うん」

「これが本当に君の真名なのかは分からない」

「でも意味まで」

「偶然かもしれない」

 

「お前さあ」

「だから」

ミクリオは真っ直ぐ。

見る。

「僕が『これが君の真名だ』と決めるつもりはない」

ザビーダが目を細める。

「……またそれ?」

「ああ」

「めんどくせえ」

「君の名前だからな」

「知ってる」

以前なら。

 

そこで、笑って、終わった。でも、今は、違う。ザビーダはもう一度名前を見る。

《約束のザビーダ》

 

何の約束。誰との約束。何を約束した。分からない。胸の奥が、少し痛いような気もする。でも、逃げたいとは、思わない。

 

「……使う」

「何?」

「この名前」

ミクリオが少し目を見開いた。

「本当に?」

「ああ」

「研究を進めたいからじゃなく?」

ザビーダが笑う。

「違う」

「契約が必要だから仕方なくでも?」

「違うって」

「僕が言ったから――」

「うるせえ!」

 

ザビーダが声を上げる。

「俺様がこれがいいって言ってんの!」

ミクリオが口を閉じる。

「……そうか」

「そうだよ」

少し息を吐く。

「俺様が」

自分の胸を指す。

「これ、俺様の名前にしたい」

ミクリオの表情が少しだけ柔らかくなる。

「分かった」

「やっと納得した?」

「ああ」

「長え」

「大事なことだ」

「はいはい」

でも、ザビーダも少し嬉しそうだった。

 

***

 

翌日、契約登録の書類が、もう一度机へ置かれた。

《同行聖隷》

《真名》

 

ザビーダは自分で書く。少し古い文字。手が止まりかける。でも、最後まで、書いた。

《フィルクー=ザデヤ》

 

「字、汚いな」

ミクリオが言う。

「第一声それ?」

「読めるから問題ない」

「褒めろよ」

「自分の名前を書いただけだろう」

「大事なんじゃなかったの?」

「大事だ」

「なら褒めろ」

ミクリオは少しだけ考える。

「……よく決めたな」

「子供扱い?」

「褒めろと言ったのは君だろう!」

ザビーダが声を上げて笑った。

 

***

 

契約そのものは、静かなものだった。中央支部の。小さな契約室。立会人は、必要最低限。ミクリオ。ザビーダ。担当術師。それだけ、術式陣の中。向かい合う。担当術師が、確認する。

 

「双方、契約内容に同意されていますか」

ミクリオが頷く。

「はい」

ザビーダも。

「ああ」

それだけ、でも、ミクリオはザビーダを見る。

「本当にいいんだな」

「ここまで来てまだ聞く?」

「最後の確認だ」

ザビーダは少し呆れた顔をして、でも、笑う。

「いいよ」

「……」

 

「俺様がお前と契約したい」

ミクリオが一瞬。

黙った。

「そうか」

「何だその顔」

「何でもない」

「絶対何かある」

担当術師が、咳払いする。

二人とも、少しだけ居住まいを正す。

「では、真名を」

ミクリオが息を吸う。

 

以前、最初の契約室で、あの下品な真名を呼ぶことを拒んだ。誰かが、ザビーダを何に使うか。それだけを表した名前、今は、違う。自分が付けたのではない。ザビーダが自分で選んだ。この名前をミクリオはゆっくり呼んだ。

 

「フィルクー=ザデヤ」

風が動いた。

 

強くはない。けれど、確かに二人の間を通り抜ける。ザビーダが僅かに息を止めた。胸の奥。何か。ずっと深いところ。触れられたような。でも、怖くない。

 

「……」

ミクリオが少し心配そうに見る。

「大丈夫か」

「ああ」

ザビーダは笑う。

「もう一回呼んで」

「今?」

「ああ」

「契約はもう――」

「いいから」

 

ミクリオは少しだけ戸惑ってから、その名を呼んだ。

「フィルクー=ザデヤ」

ザビーダは目を閉じた。

「……うん」

「何だ」

「いや」

少し笑う。

「お前に呼ばれんの」

目を開ける。

「悪くねえな」

ミクリオが一瞬。

言葉を失った。

「……そうか」

それだけ、でも、ザビーダには、十分だった。

 

***

 

帰宅後、ミクリオは契約書を机へ置く。ザビーダはその横から、自分の名前を見る。

《フィルクー=ザデヤ》

 

何度見ても、妙な感じ。でも、嫌ではない。約束。その意味だけ、まだ分からない。なぜ。自分の奥から、そんな名前が、出てきたのか。なぜ。ミクリオに触れられた時だったのか。何も、分からない。

 

「なあ」

「何だ」

「約束って」

ミクリオが顔を上げる。

「うん」

「何の約束だと思う?」

ミクリオは少し考える。

「分からない」

「またそれ?」

「ああ」

「推測は?」

「できる」

「聞かせて」

ミクリオは首を振った。

「今はやめておく」

「何で」

 

「君の記憶を、僕の想像で埋めたくない」

ザビーダは少しだけ笑った。

「ほんっと変わんねえな」

「悪いか」

「いや」

紙の上。

自分の名前、指で、なぞる。

「そのうち」

「うん」

「思い出すかもな」

「そうかもしれない」

「思い出さないかも」

「それでもいい」

ザビーダがミクリオを見る。

「いいの?」

「ああ」

ミクリオは当たり前のように答える。

「今、その名前を君が選んだことは変わらない」

ザビーダは少しだけ目を細めた。

「そっか」

それで、いい。

 

誰かが、用途を示すために貼り付けた名前ではない。誰かが、所有するために決めた名前でもない。理由すらまだ分からない。それでも、霊力の奥に残っていた古い名を、今の自分がこれでいいと選び直した。フィルクー=ザデヤ。約束のザビーダ。その約束が、何だったのか。今はまだ知らない。けれど、知らないままでも、自分の名前だとそう思えた。

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