一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
アイゼンの記録を読んだ翌日の朝食で、最初に困ったのは、本当にどうでもいいことだった。
「ザビーダ、パンもう一つ食べる?」
ミューズが籠を差し出す。
ザビーダはいつものように。
「別に――」
まで言って、止まった。
「……」
ミューズが待つ。
ミクリオも何も言わない。ザビーダはパンを見る。腹。減ってる?多分、昨日。ほとんど。食べていない。でも、今、食べたい?
「……」
分からない。
以前なら。こんなこと考えもしなかった。食えるなら食う。いらなければ、後で、それだけ。
「ザビーダ?」
ミューズが急かさず。
呼ぶ。
「あー……」
ザビーダは頭を掻いた。
「分かんねえ」
「そう」
ミューズはそれだけ言って、籠を机へ戻した。
「置いておくから、欲しくなったら食べて」
「ああ」
それで、終わった。
誰も、妙な顔をしない。ザビーダだけが、少し落ち着かなかった。
***
「今日は休むか?」
食後。
ミクリオが書類をまとめながら、聞いた。
「平――」
また止まる。喉に何かが、引っかかる。平気。昨日まで、何千回。言ったか。分からない。
「平気」
言えば、終わる。
相手も納得する。自分も考えなくて済む。でも、昨日。記録の中にあった。
《対象は疲労を訴えず》
《継続可能と判断》
その文字。その横で、自分が「平気」と言っていた。
「……」
ミクリオは待っている。
「どうした?」
「いや」
ザビーダは笑おうとした。
うまくいかなかった。
「今」
「うん」
「平気って言おうとした」
「そうか」
「言えなかった」
ミクリオの手が少し止まる。
「……」
「変だよな」
「なぜ」
「今まで普通に言ってたのに」
ザビーダは自分の腕を軽くさする。
「昨日から」
言葉を探す。
「平気って言うと」
胸の奥が、少し気持ち悪い。
「嘘ついてる気がする」
ミクリオはすぐには、答えなかった。
「実際、平気ではない?」
「それが」
ザビーダが困ったように笑う。
「分かんねえ」
「……」
「しんどいのかも分かんねえし。休みたいのかも分かんねえ」
「なら」
「うん」
「分からない、でいい」
ザビーダが眉を寄せた。
「よくねえだろ」
「なぜ」
「仕事なら困るじゃん」
「今日は仕事ではない」
「でも」
「君の体調を聞いているだけだ」
「……」
「報告書じゃない」
ザビーダは黙った。
「分からないなら」
ミクリオがもう一度言う。
「分からないと答えればいい」
「……めんどくせえな」
「そうか?」
「今までは一言で済んだ」
「平気、と?」
「ああ」
「便利だったんだな」
「すげえ便利」
ザビーダは少しだけ笑った。
「大体何でも終わるぜ。平気って言っときゃ」
ミクリオの顔が、僅かに曇った。
「……それは」
「分かってる」
ザビーダが遮る。
「今考えると、ちょっと怖えな」
ミクリオは何も、言わなかった。
***
午前、ザビーダは居間の長椅子で本を読んでいた。というより、開いた同じ頁をずっと見ていた。文字は頭に入らない。ただ、机に向かうミクリオの筆が紙を擦り、頁をめくる音には少し安心できた。しばらくして、ミクリオが振り返る。
「寒くないか」
「平――」
ザビーダはまた止まる。
「……」
「……」
「お前」
ザビーダが恨めしそうに見る。
「何」
「今日めちゃくちゃ聞いてこねえ?」
「普段から聞いている」
「そうだっけ」
「ああ」
「困るんだけど」
「僕のせいか?」
「半分くらい」
ミクリオが呆れた顔をする。
「で」
「何だ」
「寒いかどうかだろ?」
「ああ」
ザビーダは自分の指を見る。
指先は少し冷たく、肩もわずかに縮こまっている。
「……ちょっと寒い」
「では火を足す」
「……」
ミクリオが暖炉へ向かう。
ザビーダはその背中を見る。
「なあ」
「何」
「今のでいいの?」
「何が」
「寒いって」
「寒いんだろう?」
「多分」
「なら十分だ」
「……そっか」
ミクリオが薪を足す。
火が少し大きくなり、暖かさが増す。ザビーダは毛布を引き寄せた。それだけで、少し楽になった。
***
昼。
「腹は?」
ミクリオが聞く。
「……」
ザビーダは睨む。
「何だ」
「また質問」
「昼食をどうするか決めたいだけだ!」
「分かってるよ」
「食べられそうか?」
「……多分」
「何がいい」
「何でも」
言ってから、また。
ザビーダは止まった。本当に何でもいいのだろうか。昨日は肉が食べたいと言ったし、パンを選んだこともある。では今、何が食べたい。
「……」
ミクリオが待つ。
「……スープ」
「分かった」
「あと」
自分でも、少し驚きながら、続ける。
「パン」
「うん」
「柔らかいやつ」
ミクリオが少しだけ笑った。
「分かった」
「何笑ってんの」
「笑っていない」
「笑った」
「気のせいだ」
「最近それ多いぞ」
「君もよく言う」
ザビーダが少し笑う。
***
午後。外へ少しだけ出た。街。人。聖寮の制服。所有聖隷。見慣れたもの。なのに、昨日までと少し違って見える。通りの向こう。一人の男が所有聖隷へ何かを命じる。聖隷が頭を下げる。
「平気です」
声。
届く。ザビーダの足が止まった。
「ザビーダ?」
ミクリオが振り返る。
「……今の」
「うん」
「聞こえた?」
「ああ」
「……」
胸がざわつく。
あの聖隷が本当に平気なのか。分からない。本当にそう思って、言ったのかも、しれない。でも、昔の自分と同じようにただ、終わらせるために言ったのかもしれない。分からない。
「……帰る」
ザビーダが言った。
ミクリオがすぐ頷く。
「分かった」
「……理由、聞かねえの?」
「聞いてほしい?」
ザビーダが少し考える。
「……今はいい」
「なら聞かない」
二人で、引き返した。
***
帰宅後、ザビーダは長椅子へ横になった。ミクリオが水を置く。
「気分悪い?」
「……」
また「平気」が喉まで来る。今度は自分できちんと止めた。
「……ちょっと」
「何が」
「胸んとこ」
手を置く。
「気持ち悪い」
「痛い?」
「違う」
「息苦しい?」
「少し」
「横になっていたい?」
ザビーダは目を閉じる。
考える。
「……うん」
「一人がいい?」
「……」
そこで、少し長く。迷った。昔なら。一人でも、誰かいても、どうでもいい。と言った。今は。
「……嫌」
ミクリオが少し目を見開く。
「何が?」
「一人」
ザビーダは目を閉じたまま。
言う。
「今日は」
小さい声。
「一人は嫌」
「分かった」
ミクリオはそれだけ、椅子を近くへ持ってくる。
本を開く。何も、聞かない。ザビーダは目を開ける。
「そこいんの?」
「ああ」
「仕事は?」
「ここでもできる」
「俺様のせいで」
「違う」
即答。
「僕がここでやると決めた」
ザビーダは何も、言わない。
少しして。
「……ありがと」
「うん」
また目を閉じた。
***
夕方、少し眠った。目を覚ます。ミクリオ。まだいる。机ではなく、椅子。本。読む。
「ミクリオ」
「起きたか」
「ああ」
「気分は?」
「……」
ザビーダはしばらく自分へ聞く。胸はさっきより楽で、頭は重い。喉が少し乾いている。
「さっきよりマシ」
「そうか」
「でも」
「うん」
「疲れた」
「なら今日はもう休め」
「……」
「嫌?」
「いや」
ザビーダは少し笑った。
「それがいい」
ミクリオが頷く。
***
夜、食事の後。ミクリオが聞いた。
「今日はどうだった」
「何が」
「一日」
ザビーダは少し考える。
「最悪」
ミクリオが眉を上げる。
「そこまで?」
「だって」
指を一本。
立てる。
「腹減ってるか考えるだろ」
二本。
「寒いか考えるだろ」
三本。
「疲れてるか考えるだろ」
四本。
「一人がいいか考えるだろ」
「普通では?」
「多すぎる!」
ミクリオが少し笑う。
「今まで考えてなさすぎたんじゃないか」
「知らねえよ」
「でも」
「何」
「今日は答えられただろう」
「……」
ザビーダが黙る。
「全部ではないが」
「分かんねえってのも多かった」
「それも答えだ」
「お前それ好きだな」
「ああ」
ミクリオが真面目に言う。
「分からないことを、分かったことにしない方がいい」
「研究みたいに言うなよ」
「同じだ」
「同じかなあ」
「少なくとも僕には」
ザビーダは呆れたように笑う。
でも、嫌ではない。
***
寝る前、自室。ザビーダは鏡の前に立った。自分。見る。顔。身体。何百年。見てきた。はず。でも、今日は、少し知らないものに見える。
「平気?」
鏡の中の。
自分へ聞く。反射で、「平気」と言いそうになる。止める。
「……」
胸。
胸はまだ少しざわついている。眠いし、疲れた。一人でいるのは、少し嫌だった。
「……平気じゃねえかも」
小さく。
言う。その瞬間、少し怖かった。平気じゃない。と言ったら。何が、起きる。昔なら。役に立たない。面倒。使いづらい。そう。判断されたかもしれない。でも、今日、寒いと言えば、火が増えた。スープが食べたいと言えば、スープが出た。一人が嫌だと言えば、ミクリオがそこにいた。
平気じゃなくても、何も、壊れなかった。
「……」
ザビーダは鏡から、目を逸らす。
「めんどくせえ」
言う。
でも、少し笑う。
「まあ」
ベッドへ腰掛ける。
「慣れるか」
そこで、止まる。
慣れる、という言葉が今は少し嫌だった。
「……違うな」
考える。
「覚えるか」
自分が寒いこと、腹が減ること、疲れること、嫌なこと、一人でいたくないこと。それを一つずつ。
「覚えりゃいいか」
誰に聞かせるでもなく、そう言った。
その夜、ザビーダは「平気」と一度も言わなかった。
代わりに、眠る前、廊下へ出て、ミクリオの部屋を一度だけ、ノックした。
「何だ」
扉の向こうから、声。
ザビーダは少し迷い、口を開いた。
「……今日」
「一人で寝れると思う」
「そうか」
「でも」
「うん」
「寝る前だけ」
指先で扉を軽く叩く。
「ちょっと話していい?」
扉が、開く。
ミクリオがそこにいる。
「もちろん」
ザビーダは小さく。
笑った。
「じゃ」
言う。
「ちょっとだけ」
今日は平気だから、ではなく、話したいから、そうした。