※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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平気と言わない

アイゼンの記録を読んだ翌日の朝食で、最初に困ったのは、本当にどうでもいいことだった。

 

「ザビーダ、パンもう一つ食べる?」

ミューズが籠を差し出す。

ザビーダはいつものように。

「別に――」

まで言って、止まった。

「……」

ミューズが待つ。

 

ミクリオも何も言わない。ザビーダはパンを見る。腹。減ってる?多分、昨日。ほとんど。食べていない。でも、今、食べたい?

 

「……」

分からない。

 

以前なら。こんなこと考えもしなかった。食えるなら食う。いらなければ、後で、それだけ。

 

「ザビーダ?」

ミューズが急かさず。

呼ぶ。

「あー……」

ザビーダは頭を掻いた。

「分かんねえ」

「そう」

ミューズはそれだけ言って、籠を机へ戻した。

「置いておくから、欲しくなったら食べて」

「ああ」

それで、終わった。

 

誰も、妙な顔をしない。ザビーダだけが、少し落ち着かなかった。

 

***

 

「今日は休むか?」

食後。

ミクリオが書類をまとめながら、聞いた。

「平――」

また止まる。喉に何かが、引っかかる。平気。昨日まで、何千回。言ったか。分からない。

 

「平気」

言えば、終わる。

 

相手も納得する。自分も考えなくて済む。でも、昨日。記録の中にあった。

《対象は疲労を訴えず》

《継続可能と判断》

 

その文字。その横で、自分が「平気」と言っていた。

 

「……」

ミクリオは待っている。

「どうした?」

「いや」

ザビーダは笑おうとした。

 

うまくいかなかった。

 

「今」

「うん」

「平気って言おうとした」

「そうか」

「言えなかった」

ミクリオの手が少し止まる。

「……」

「変だよな」

「なぜ」

「今まで普通に言ってたのに」

ザビーダは自分の腕を軽くさする。

「昨日から」

言葉を探す。

「平気って言うと」

胸の奥が、少し気持ち悪い。

「嘘ついてる気がする」

ミクリオはすぐには、答えなかった。

「実際、平気ではない?」

「それが」

ザビーダが困ったように笑う。

「分かんねえ」

「……」

「しんどいのかも分かんねえし。休みたいのかも分かんねえ」

「なら」

「うん」

「分からない、でいい」

ザビーダが眉を寄せた。

「よくねえだろ」

「なぜ」

「仕事なら困るじゃん」

「今日は仕事ではない」

「でも」

「君の体調を聞いているだけだ」

「……」

「報告書じゃない」

ザビーダは黙った。

「分からないなら」

ミクリオがもう一度言う。

「分からないと答えればいい」

「……めんどくせえな」

「そうか?」

「今までは一言で済んだ」

「平気、と?」

「ああ」

「便利だったんだな」

「すげえ便利」

ザビーダは少しだけ笑った。

「大体何でも終わるぜ。平気って言っときゃ」

ミクリオの顔が、僅かに曇った。

「……それは」

「分かってる」

ザビーダが遮る。

「今考えると、ちょっと怖えな」

ミクリオは何も、言わなかった。

 

***

 

午前、ザビーダは居間の長椅子で本を読んでいた。というより、開いた同じ頁をずっと見ていた。文字は頭に入らない。ただ、机に向かうミクリオの筆が紙を擦り、頁をめくる音には少し安心できた。しばらくして、ミクリオが振り返る。

 

「寒くないか」

「平――」

ザビーダはまた止まる。

「……」

「……」

「お前」

ザビーダが恨めしそうに見る。

「何」

「今日めちゃくちゃ聞いてこねえ?」

「普段から聞いている」

「そうだっけ」

「ああ」

「困るんだけど」

「僕のせいか?」

「半分くらい」

ミクリオが呆れた顔をする。

「で」

「何だ」

「寒いかどうかだろ?」

「ああ」

ザビーダは自分の指を見る。

 

指先は少し冷たく、肩もわずかに縮こまっている。

 

「……ちょっと寒い」

「では火を足す」

「……」

ミクリオが暖炉へ向かう。

ザビーダはその背中を見る。

「なあ」

「何」

「今のでいいの?」

「何が」

「寒いって」

「寒いんだろう?」

「多分」

「なら十分だ」

「……そっか」

ミクリオが薪を足す。

 

火が少し大きくなり、暖かさが増す。ザビーダは毛布を引き寄せた。それだけで、少し楽になった。

 

***

 

昼。

「腹は?」

ミクリオが聞く。

「……」

ザビーダは睨む。

「何だ」

「また質問」

「昼食をどうするか決めたいだけだ!」

「分かってるよ」

「食べられそうか?」

「……多分」

「何がいい」

「何でも」

言ってから、また。

 

ザビーダは止まった。本当に何でもいいのだろうか。昨日は肉が食べたいと言ったし、パンを選んだこともある。では今、何が食べたい。

 

「……」

ミクリオが待つ。

「……スープ」

「分かった」

「あと」

自分でも、少し驚きながら、続ける。

「パン」

「うん」

「柔らかいやつ」

ミクリオが少しだけ笑った。

「分かった」

「何笑ってんの」

「笑っていない」

「笑った」

「気のせいだ」

「最近それ多いぞ」

「君もよく言う」

ザビーダが少し笑う。

 

***

 

午後。外へ少しだけ出た。街。人。聖寮の制服。所有聖隷。見慣れたもの。なのに、昨日までと少し違って見える。通りの向こう。一人の男が所有聖隷へ何かを命じる。聖隷が頭を下げる。

 

「平気です」

声。

 

届く。ザビーダの足が止まった。

 

「ザビーダ?」

ミクリオが振り返る。

「……今の」

「うん」

「聞こえた?」

「ああ」

「……」

胸がざわつく。

 

あの聖隷が本当に平気なのか。分からない。本当にそう思って、言ったのかも、しれない。でも、昔の自分と同じようにただ、終わらせるために言ったのかもしれない。分からない。

 

「……帰る」

ザビーダが言った。

 

ミクリオがすぐ頷く。

 

「分かった」

「……理由、聞かねえの?」

「聞いてほしい?」

ザビーダが少し考える。

「……今はいい」

「なら聞かない」

二人で、引き返した。

 

***

 

帰宅後、ザビーダは長椅子へ横になった。ミクリオが水を置く。

 

「気分悪い?」

「……」

また「平気」が喉まで来る。今度は自分できちんと止めた。

 

「……ちょっと」

「何が」

「胸んとこ」

手を置く。

「気持ち悪い」

「痛い?」

「違う」

「息苦しい?」

「少し」

「横になっていたい?」

ザビーダは目を閉じる。

考える。

「……うん」

「一人がいい?」

「……」

そこで、少し長く。迷った。昔なら。一人でも、誰かいても、どうでもいい。と言った。今は。

 

「……嫌」

ミクリオが少し目を見開く。

「何が?」

「一人」

ザビーダは目を閉じたまま。

言う。

「今日は」

小さい声。

「一人は嫌」

「分かった」

ミクリオはそれだけ、椅子を近くへ持ってくる。

 

本を開く。何も、聞かない。ザビーダは目を開ける。

 

「そこいんの?」

「ああ」

「仕事は?」

「ここでもできる」

「俺様のせいで」

「違う」

即答。

「僕がここでやると決めた」

ザビーダは何も、言わない。

少しして。

「……ありがと」

「うん」

また目を閉じた。

 

***

 

夕方、少し眠った。目を覚ます。ミクリオ。まだいる。机ではなく、椅子。本。読む。

 

「ミクリオ」

「起きたか」

「ああ」

「気分は?」

「……」

ザビーダはしばらく自分へ聞く。胸はさっきより楽で、頭は重い。喉が少し乾いている。

 

「さっきよりマシ」

「そうか」

「でも」

「うん」

「疲れた」

「なら今日はもう休め」

「……」

「嫌?」

「いや」

ザビーダは少し笑った。

「それがいい」

ミクリオが頷く。

 

***

 

夜、食事の後。ミクリオが聞いた。

 

「今日はどうだった」

「何が」

「一日」

ザビーダは少し考える。

「最悪」

ミクリオが眉を上げる。

「そこまで?」

「だって」

指を一本。

立てる。

「腹減ってるか考えるだろ」

二本。

「寒いか考えるだろ」

三本。

「疲れてるか考えるだろ」

四本。

「一人がいいか考えるだろ」

「普通では?」

「多すぎる!」

ミクリオが少し笑う。

「今まで考えてなさすぎたんじゃないか」

「知らねえよ」

「でも」

「何」

「今日は答えられただろう」

「……」

ザビーダが黙る。

「全部ではないが」

「分かんねえってのも多かった」

「それも答えだ」

「お前それ好きだな」

「ああ」

ミクリオが真面目に言う。

「分からないことを、分かったことにしない方がいい」

「研究みたいに言うなよ」

「同じだ」

「同じかなあ」

「少なくとも僕には」

ザビーダは呆れたように笑う。

 

でも、嫌ではない。

 

***

 

寝る前、自室。ザビーダは鏡の前に立った。自分。見る。顔。身体。何百年。見てきた。はず。でも、今日は、少し知らないものに見える。

 

「平気?」

鏡の中の。

 

自分へ聞く。反射で、「平気」と言いそうになる。止める。

 

「……」

胸。

 

胸はまだ少しざわついている。眠いし、疲れた。一人でいるのは、少し嫌だった。

 

「……平気じゃねえかも」

小さく。

 

言う。その瞬間、少し怖かった。平気じゃない。と言ったら。何が、起きる。昔なら。役に立たない。面倒。使いづらい。そう。判断されたかもしれない。でも、今日、寒いと言えば、火が増えた。スープが食べたいと言えば、スープが出た。一人が嫌だと言えば、ミクリオがそこにいた。

 

平気じゃなくても、何も、壊れなかった。

「……」

ザビーダは鏡から、目を逸らす。

「めんどくせえ」

言う。

 

でも、少し笑う。

 

「まあ」

ベッドへ腰掛ける。

「慣れるか」

そこで、止まる。

 

慣れる、という言葉が今は少し嫌だった。

 

「……違うな」

考える。

「覚えるか」

自分が寒いこと、腹が減ること、疲れること、嫌なこと、一人でいたくないこと。それを一つずつ。

「覚えりゃいいか」

誰に聞かせるでもなく、そう言った。

 

その夜、ザビーダは「平気」と一度も言わなかった。

代わりに、眠る前、廊下へ出て、ミクリオの部屋を一度だけ、ノックした。

「何だ」

扉の向こうから、声。

 

ザビーダは少し迷い、口を開いた。

「……今日」

「一人で寝れると思う」

「そうか」

「でも」

「うん」

「寝る前だけ」

指先で扉を軽く叩く。

「ちょっと話していい?」

扉が、開く。

ミクリオがそこにいる。

「もちろん」

ザビーダは小さく。

笑った。

「じゃ」

言う。

「ちょっとだけ」

今日は平気だから、ではなく、話したいから、そうした。

 

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