※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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返事はいらない

中央聖寮から、書類が届いた。ザビーダの霊力経路について、追加検査を始めて、数日後のことだった。

 

***

 

「……再配置?」

ザビーダがミクリオの肩越しに書類を覗き込む。

「そう書いてある」

「俺様、どっか飛ばされんの?」

「まだ提案だ」

ミクリオは紙を机へ置いた。

 

正式契約後の検査で、ザビーダの霊力総量が極めて高いと判明した。術を使えないことの方が明らかに不自然なほどの量だったため、中央が興味を持ったらしい。

《風属性聖隷ザビーダ》

《高霊力個体》

《術式形成障害について、中央研究区画での継続検査を推奨》

《改善が認められた場合、戦闘支援聖隷としての再運用を検討》

 

その下には、さらに一文が続いていた。

《研究期間中の管理効率化のため、所有権の中央移管を推奨》

 

ミクリオはそこをもう一度見た。所有権の中央移管。

 

「設備は?」

ザビーダが聞く。

「こっちよりいい」

「専門家も?」

「多い」

「金は?」

「中央負担になる」

「最高じゃん」

ザビーダはあっさり言った。ミクリオの指が紙の端を強く掴んだ。

 

「……そうだな」

「何その顔」

「何でもない」

「いや」

ザビーダが横から、顔を覗く。

「何でもない顔じゃねえだろ」

「……」

「ミクリオ」

「条件としては」

ミクリオは書類を見たまま。

言う。

「悪くない」

「だろ?」

「研究を続けるなら、むしろ中央の方が効率はいい」

「じゃあ行く?」

心臓が強く。

跳ねた。ミクリオは自分でも、驚いて、黙った。

 

「……」

「ミクリオ?」

「待て」

「何を」

「少し」

「だから何を」

「考える」

ザビーダが怪訝な顔をする。

 

ミクリオは書類を最初から読み直した。研究設備、中央負担、専門術師、安全管理、長期観察。今の環境より合理的で、ザビーダが術を取り戻せる可能性も高くなるかもしれない。悪い話ではない。むしろ、ザビーダ本人が望むなら止める理由はなかった。所有権を盾に縛るつもりは、最初からない。

 

なら、止める理由はない。

「……」

それなのに、ものすごく嫌だった。

 

***

 

「なあ」

ザビーダが机へ肘をつく。

「俺様、行っちゃ駄目?」

ミクリオが顔を上げる。

「そういう聞き方をするな」

「何で」

「僕が許可する話ではない」

「所有者サマなのに?」

「書類上は」

「はいはい」

ザビーダが笑う。

「じゃあ言い直す」

ザビーダは少し姿勢を正した。

「俺様が中央行くって言ったら」

少し間を置いて、ザビーダは続けた。

「お前、どうする?」

ミクリオは答えられなかった。

 

どうする。ザビーダが行きたいと言うなら、行かせる。それが今まで自分のしてきたことだ。港へ行きたくないと言えば任務を替え、遺跡へ行きたいと言えば連れて行った。一人が嫌だと言えば、そばにいた。ザビーダが決め、自分はそれを尊重する。だから。

 

「君が」

声が少し硬くなる。

「本当に行きたいなら」

「うん」

「止めない」

「……」

ザビーダがじっと見る。

「でも?」

ミクリオは黙る。

「今」

ザビーダが少しだけ笑う。

「絶対『でも』あっただろ」

「……」

「言えば?」

ミクリオが目を逸らす。

「命令にならねえように」

ザビーダはゆっくり続ける。

「『これは命令じゃない』って言ってから」

それは以前、二人で、決めたことだった。

 

ミクリオの感情がザビーダにとって命令にならないよう、言葉を区別する。ミクリオはしばらく何も言わなかったが、やがて口を開いた。

「これは命令じゃない」

「うん」

「君が決めることだ」

「うん」

「僕の所有権を使って、中央への移管を拒否するつもりもない」

「分かってる」

「でも」

今度は逃げなかった。

「……行ってほしくない」

ザビーダの笑みが消えた。

 

「……」

「僕は」

ミクリオが自分の言葉に少し驚く。

「君に、この家からいなくなってほしくない」

「……」

「中央に」

言うほど、はっきりしてくる。

「君の管理を任せるのも嫌だ」

「それは」

ザビーダが小さく。

言う。

「中央信用してねえから?」

「それもある」

「それも?」

「でも」

ミクリオは書類を見る。

 

《所有権移管》

 

その文字が、どうして、こんなに不愉快なのか。

「……君が」

ゆっくり、言う。

「僕のところからいなくなるのが嫌なんだ」

ザビーダが何も言わない。

 

ミクリオ自身も、そこで、初めて、自分の言葉を聞いた。

 

***

 

「……研究終わったら」

ミクリオがぽつり。

言う。

「何?」

「研究が終わったら」

今まで、考えていなかった。

 

術が、戻る。戻らない。原因が、分かる。分からない。それは何度も、考えた。でも、その後。

 

「君は」

喉が少し詰まる。

「どうするつもりなんだ」

ザビーダが目を瞬く。

「どうって?」

「研究が終わって」

「うん」

「正式契約が、もう必要なくなって」

「うん」

「僕のところにいる理由が」

言って、止まった。

 

理由。ザビーダがここにいる理由。最初は、買ったから、それだけ、次は、安全だから、その次は、研究があるから、でも、研究が、終わったら。

 

「……君は」

ミクリオがもう一度言う。

「どこかへ行くのか」

ザビーダは答えない。

代わりに、ミクリオをじっと見る。

「お前」

「何だ」

「今までそれ考えたことなかった?」

「……なかった」

「マジで?」

「悪いか」

「いや」

ザビーダが少し困ったように笑う。

「俺様もあんま考えてなかった」

「……そうか」

その答えにほっとした。

 

自分に気づいた。そして、さらに混乱した。なぜ。安心する。ザビーダも未来を決めていないから、なぜ。嬉しい。

 

「……」

ミクリオは自分の中を整理する。

 

ザビーダを手放したくない。なぜ。責任?違う。責任なら。安全な場所へ移した方がいい。研究?違う。研究が、終わっても、いてほしい。同情?それだけなら。回復した後。自由にすればいい。所有欲?それなら、所有権移管を拒否すれば、済む。でも、それは、嫌だ。ザビーダが自分を選ばないのに書類だけで、そばへ置くなんて、意味がない。

 

「……」

残るものが、あまりにも、単純だった。

ミクリオは眉間を押さえた。

「どうした」

「少し待て」

「また?」

「大事なところなんだ」

「何の?」

「僕にも今分かった」

ザビーダがだんだん。

面白そうな顔になる。

「何」

「……」

「言えよ」

「君は」

ミクリオが顔を上げる。

「黙っていろ」

「命令?」

「違う!」

ザビーダが笑う。

「じゃあ黙らねえ」

「……」

「ほら」

促す。

 

ミクリオは数秒、本気で考えた。そして、ようやく口を開く。

「……僕は君が好きなのか」

ザビーダが固まった。

「……」

「……」

今度は二人とも、動かなかった。

 

***

 

「俺様に聞くなよ」

最初に口を開いたのは、ザビーダだった。

「分かっている!」

「何で疑問形なんだよ」

「今、確認したところだからだ!」

「恋愛感情を研究結果みてえに確認すんな」

「仕方ないだろう!」

「知らねえよ!」

ザビーダが笑う。

 

けれど、頬が少し赤い。ミクリオも多分、同じだった。

 

「で」

ザビーダが口元を手で隠す。

「結論は?」

「……」

「まだ解析中?」

「うるさい」

「ミクリオ特等でも分かんねえことあんだな」

「ある!」

ミクリオは目を閉じる。

 

もう一度考える。ザビーダがいない。朝。食卓にいない。長椅子で、昼寝していない。勝手に書斎の本を持っていかない。自分の筆先が、割れていたら。新しいものを買ってきたりしない。

 

「今日一人は嫌」と言いに来ない。

研究の話で、面白そうに笑わない。

 

遺跡で、知っていることを得意げに話さない。自分をからかわない。他の誰かの所有聖隷として、どこかにいる。知らない誰かに身体を売る。そう言って、笑う。胸の奥が、痛いほど、嫌だった。

 

「……好きだな」

今度は疑問ではなかった。

ザビーダが黙る。

「……何その言い方」

「確認できた」

「だから!」

「ではどう言えばいい!」

「俺様に聞くなっつってんだろ!」

ミクリオは少しだけ息を吐く。

 

それから、ザビーダを見る。今度は逃げずに。

 

「ザビーダ」

「……何」

「僕は」

一拍。

「君が好きだ」

ザビーダの目が僅かに揺れた。

 

***

 

何秒か沈黙が続いた。ザビーダは笑わなかった。いつもなら何か茶化したかもしれない。けれど今は、何を言えばいいのか本当に分からない顔をしている。ミクリオはそれを見て、すぐに続けた。

 

「返事はいらない」

「……は?」

「今は」

「何で」

「君が」

ミクリオは慎重に言葉を選ぶ。

「相手が望んでいる答えを返すことに慣れすぎているからだ」

ザビーダの表情が少し変わる。

 

「……」

「僕が好きだと言って」

「うん」

「君が、僕も好きだ、と答えたとして」

ミクリオは自分の胸に手を置く。

「今の僕は」

苦笑する。

「たぶん、ものすごく嬉しい」

「……」

「だから」

ザビーダが自分の気持ちではなく、ミクリオを喜ばせるために答えてしまう可能性がある。

「それが嫌なんだ」

「……めんどくせえ男」

「自覚している」

「そこはしてんのかよ」

「今した」

ザビーダが小さく笑う。けれど、目は少し潤んでいるようにも見えた。

 

「じゃ」

少しして、言う。

「俺様、何て言えばいい?」

「だから答えなくていい」

「そうじゃなくて」

「何だ」

「今」

ザビーダが胸元を軽く掴む。

「何か」

言葉を探す。

「あるんだけど」

「うん」

「分かんねえ」

ミクリオは一瞬黙り、それから答えた。

「なら、分からないでいい」

ザビーダが目を細める。

「……それ」

「何」

「最近覚えたからって、便利に使ってねえ?」

「便利だからな」

「お前なあ」

今度はちゃんと笑った。

 

***

 

「で」

少し落ち着いてから、ザビーダが中央の書類を指で叩く。

「これどうすんの」

「それは」

ミクリオが姿勢を正す。

「君が決める」

「出た」

「当然だ」

「お前としては?」

ミクリオはもう誤魔化さなかった。

「行ってほしくない」

「うん」

「できれば」

少し間を置いて、ミクリオは続けた。

「ここにいてほしい」

ザビーダが見る。

「研究終わっても?」

「ああ」

「術戻っても?」

「ああ」

「俺様がお前の役に立たなくなっても?」

ミクリオの顔が、険しくなる。

「それは」

「うん」

「二度と言うな」

「命令?」

「……」

ミクリオが歯を食いしばる。

「かなり強い希望だ」

 

ザビーダが吹き出した。

「分かったよ」

「そもそも」

ミクリオは不機嫌そうに続ける。

「君が僕の家にいることと、役に立つかどうかに何の関係がある」

「居候じゃん」

「部屋は余っている」

「飯も食ってる」

「僕だって食べている」

「研究費も」

「今は君も稼いでいるだろう」

「……」

「何だ」

「いや」

ザビーダは少しだけ目を伏せる。

「何でもねえ」

言ってから、止まった。

「あ」

「何だ」

「今の」

「うん」

「何でもねえ、ってのも」

少し考える。

「ちょっと違うな」

ミクリオは待つ。

 

ザビーダはしばらく自分の中を探して、「……嬉しい」と言った。ミクリオが目を見開く。

 

「何が」

「お前が」

ザビーダは少し照れくさそうに笑う。

「俺様にいてほしいって言ったの」

「……そうか」

「うん」

「なら」

ミクリオの口元が、少し緩む。

「よかった」

ザビーダがすぐに指を差す。

「今笑った」

「笑っていない」

「いや絶対笑った!」

「気のせいだ」

「最近それで逃げすぎだろ!」

 

***

 

中央への返答は、その日のうちには出さなかった。ザビーダが考えたいと言ったからだ。夜、ミクリオは書斎で仕事をしていた。机の上にはザビーダからもらった筆があり、その隣に例の書類が置かれている。

《中央研究区画への移管提案》

 

ミクリオはその紙を見る。そして改めて思う。手放したくない。けれど、手放したくないからといって縛りたいわけではない。ザビーダ自身に、ここにいたいと思ってほしい。それは多分、買った日からずっと同じで、少しずつ形が変わっただけだった。

その時、扉がノックされた。

 

「ミクリオ」

「起きている」

扉が少し開き、ザビーダが顔を出す。

 

「入っていい?」

「ああ」

入ってくる。

「何かあった?」

「別に」

止まる。

「……いや」

言い直す。

「ちょっとお前の顔見たくなった」

ミクリオの筆が止まった。

「……そうか」

「何その顔」

「何でもない」

「絶対何かある」

「ない」

ザビーダは長椅子へ腰を下ろす。

 

ザビーダは少し笑った。

 

「まあ」

「何だ」

「返事はまだ分かんねえけど」

「うん」

「今日は」

目を細める。

「ここにいたい」

ミクリオは今度こそ、隠さずに笑った。

「分かった」

それで、十分だった。

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