一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
中央聖寮から、書類が届いた。ザビーダの霊力経路について、追加検査を始めて、数日後のことだった。
***
「……再配置?」
ザビーダがミクリオの肩越しに書類を覗き込む。
「そう書いてある」
「俺様、どっか飛ばされんの?」
「まだ提案だ」
ミクリオは紙を机へ置いた。
正式契約後の検査で、ザビーダの霊力総量が極めて高いと判明した。術を使えないことの方が明らかに不自然なほどの量だったため、中央が興味を持ったらしい。
《風属性聖隷ザビーダ》
《高霊力個体》
《術式形成障害について、中央研究区画での継続検査を推奨》
《改善が認められた場合、戦闘支援聖隷としての再運用を検討》
その下には、さらに一文が続いていた。
《研究期間中の管理効率化のため、所有権の中央移管を推奨》
ミクリオはそこをもう一度見た。所有権の中央移管。
「設備は?」
ザビーダが聞く。
「こっちよりいい」
「専門家も?」
「多い」
「金は?」
「中央負担になる」
「最高じゃん」
ザビーダはあっさり言った。ミクリオの指が紙の端を強く掴んだ。
「……そうだな」
「何その顔」
「何でもない」
「いや」
ザビーダが横から、顔を覗く。
「何でもない顔じゃねえだろ」
「……」
「ミクリオ」
「条件としては」
ミクリオは書類を見たまま。
言う。
「悪くない」
「だろ?」
「研究を続けるなら、むしろ中央の方が効率はいい」
「じゃあ行く?」
心臓が強く。
跳ねた。ミクリオは自分でも、驚いて、黙った。
「……」
「ミクリオ?」
「待て」
「何を」
「少し」
「だから何を」
「考える」
ザビーダが怪訝な顔をする。
ミクリオは書類を最初から読み直した。研究設備、中央負担、専門術師、安全管理、長期観察。今の環境より合理的で、ザビーダが術を取り戻せる可能性も高くなるかもしれない。悪い話ではない。むしろ、ザビーダ本人が望むなら止める理由はなかった。所有権を盾に縛るつもりは、最初からない。
なら、止める理由はない。
「……」
それなのに、ものすごく嫌だった。
***
「なあ」
ザビーダが机へ肘をつく。
「俺様、行っちゃ駄目?」
ミクリオが顔を上げる。
「そういう聞き方をするな」
「何で」
「僕が許可する話ではない」
「所有者サマなのに?」
「書類上は」
「はいはい」
ザビーダが笑う。
「じゃあ言い直す」
ザビーダは少し姿勢を正した。
「俺様が中央行くって言ったら」
少し間を置いて、ザビーダは続けた。
「お前、どうする?」
ミクリオは答えられなかった。
どうする。ザビーダが行きたいと言うなら、行かせる。それが今まで自分のしてきたことだ。港へ行きたくないと言えば任務を替え、遺跡へ行きたいと言えば連れて行った。一人が嫌だと言えば、そばにいた。ザビーダが決め、自分はそれを尊重する。だから。
「君が」
声が少し硬くなる。
「本当に行きたいなら」
「うん」
「止めない」
「……」
ザビーダがじっと見る。
「でも?」
ミクリオは黙る。
「今」
ザビーダが少しだけ笑う。
「絶対『でも』あっただろ」
「……」
「言えば?」
ミクリオが目を逸らす。
「命令にならねえように」
ザビーダはゆっくり続ける。
「『これは命令じゃない』って言ってから」
それは以前、二人で、決めたことだった。
ミクリオの感情がザビーダにとって命令にならないよう、言葉を区別する。ミクリオはしばらく何も言わなかったが、やがて口を開いた。
「これは命令じゃない」
「うん」
「君が決めることだ」
「うん」
「僕の所有権を使って、中央への移管を拒否するつもりもない」
「分かってる」
「でも」
今度は逃げなかった。
「……行ってほしくない」
ザビーダの笑みが消えた。
「……」
「僕は」
ミクリオが自分の言葉に少し驚く。
「君に、この家からいなくなってほしくない」
「……」
「中央に」
言うほど、はっきりしてくる。
「君の管理を任せるのも嫌だ」
「それは」
ザビーダが小さく。
言う。
「中央信用してねえから?」
「それもある」
「それも?」
「でも」
ミクリオは書類を見る。
《所有権移管》
その文字が、どうして、こんなに不愉快なのか。
「……君が」
ゆっくり、言う。
「僕のところからいなくなるのが嫌なんだ」
ザビーダが何も言わない。
ミクリオ自身も、そこで、初めて、自分の言葉を聞いた。
***
「……研究終わったら」
ミクリオがぽつり。
言う。
「何?」
「研究が終わったら」
今まで、考えていなかった。
術が、戻る。戻らない。原因が、分かる。分からない。それは何度も、考えた。でも、その後。
「君は」
喉が少し詰まる。
「どうするつもりなんだ」
ザビーダが目を瞬く。
「どうって?」
「研究が終わって」
「うん」
「正式契約が、もう必要なくなって」
「うん」
「僕のところにいる理由が」
言って、止まった。
理由。ザビーダがここにいる理由。最初は、買ったから、それだけ、次は、安全だから、その次は、研究があるから、でも、研究が、終わったら。
「……君は」
ミクリオがもう一度言う。
「どこかへ行くのか」
ザビーダは答えない。
代わりに、ミクリオをじっと見る。
「お前」
「何だ」
「今までそれ考えたことなかった?」
「……なかった」
「マジで?」
「悪いか」
「いや」
ザビーダが少し困ったように笑う。
「俺様もあんま考えてなかった」
「……そうか」
その答えにほっとした。
自分に気づいた。そして、さらに混乱した。なぜ。安心する。ザビーダも未来を決めていないから、なぜ。嬉しい。
「……」
ミクリオは自分の中を整理する。
ザビーダを手放したくない。なぜ。責任?違う。責任なら。安全な場所へ移した方がいい。研究?違う。研究が、終わっても、いてほしい。同情?それだけなら。回復した後。自由にすればいい。所有欲?それなら、所有権移管を拒否すれば、済む。でも、それは、嫌だ。ザビーダが自分を選ばないのに書類だけで、そばへ置くなんて、意味がない。
「……」
残るものが、あまりにも、単純だった。
ミクリオは眉間を押さえた。
「どうした」
「少し待て」
「また?」
「大事なところなんだ」
「何の?」
「僕にも今分かった」
ザビーダがだんだん。
面白そうな顔になる。
「何」
「……」
「言えよ」
「君は」
ミクリオが顔を上げる。
「黙っていろ」
「命令?」
「違う!」
ザビーダが笑う。
「じゃあ黙らねえ」
「……」
「ほら」
促す。
ミクリオは数秒、本気で考えた。そして、ようやく口を開く。
「……僕は君が好きなのか」
ザビーダが固まった。
「……」
「……」
今度は二人とも、動かなかった。
***
「俺様に聞くなよ」
最初に口を開いたのは、ザビーダだった。
「分かっている!」
「何で疑問形なんだよ」
「今、確認したところだからだ!」
「恋愛感情を研究結果みてえに確認すんな」
「仕方ないだろう!」
「知らねえよ!」
ザビーダが笑う。
けれど、頬が少し赤い。ミクリオも多分、同じだった。
「で」
ザビーダが口元を手で隠す。
「結論は?」
「……」
「まだ解析中?」
「うるさい」
「ミクリオ特等でも分かんねえことあんだな」
「ある!」
ミクリオは目を閉じる。
もう一度考える。ザビーダがいない。朝。食卓にいない。長椅子で、昼寝していない。勝手に書斎の本を持っていかない。自分の筆先が、割れていたら。新しいものを買ってきたりしない。
「今日一人は嫌」と言いに来ない。
研究の話で、面白そうに笑わない。
遺跡で、知っていることを得意げに話さない。自分をからかわない。他の誰かの所有聖隷として、どこかにいる。知らない誰かに身体を売る。そう言って、笑う。胸の奥が、痛いほど、嫌だった。
「……好きだな」
今度は疑問ではなかった。
ザビーダが黙る。
「……何その言い方」
「確認できた」
「だから!」
「ではどう言えばいい!」
「俺様に聞くなっつってんだろ!」
ミクリオは少しだけ息を吐く。
それから、ザビーダを見る。今度は逃げずに。
「ザビーダ」
「……何」
「僕は」
一拍。
「君が好きだ」
ザビーダの目が僅かに揺れた。
***
何秒か沈黙が続いた。ザビーダは笑わなかった。いつもなら何か茶化したかもしれない。けれど今は、何を言えばいいのか本当に分からない顔をしている。ミクリオはそれを見て、すぐに続けた。
「返事はいらない」
「……は?」
「今は」
「何で」
「君が」
ミクリオは慎重に言葉を選ぶ。
「相手が望んでいる答えを返すことに慣れすぎているからだ」
ザビーダの表情が少し変わる。
「……」
「僕が好きだと言って」
「うん」
「君が、僕も好きだ、と答えたとして」
ミクリオは自分の胸に手を置く。
「今の僕は」
苦笑する。
「たぶん、ものすごく嬉しい」
「……」
「だから」
ザビーダが自分の気持ちではなく、ミクリオを喜ばせるために答えてしまう可能性がある。
「それが嫌なんだ」
「……めんどくせえ男」
「自覚している」
「そこはしてんのかよ」
「今した」
ザビーダが小さく笑う。けれど、目は少し潤んでいるようにも見えた。
「じゃ」
少しして、言う。
「俺様、何て言えばいい?」
「だから答えなくていい」
「そうじゃなくて」
「何だ」
「今」
ザビーダが胸元を軽く掴む。
「何か」
言葉を探す。
「あるんだけど」
「うん」
「分かんねえ」
ミクリオは一瞬黙り、それから答えた。
「なら、分からないでいい」
ザビーダが目を細める。
「……それ」
「何」
「最近覚えたからって、便利に使ってねえ?」
「便利だからな」
「お前なあ」
今度はちゃんと笑った。
***
「で」
少し落ち着いてから、ザビーダが中央の書類を指で叩く。
「これどうすんの」
「それは」
ミクリオが姿勢を正す。
「君が決める」
「出た」
「当然だ」
「お前としては?」
ミクリオはもう誤魔化さなかった。
「行ってほしくない」
「うん」
「できれば」
少し間を置いて、ミクリオは続けた。
「ここにいてほしい」
ザビーダが見る。
「研究終わっても?」
「ああ」
「術戻っても?」
「ああ」
「俺様がお前の役に立たなくなっても?」
ミクリオの顔が、険しくなる。
「それは」
「うん」
「二度と言うな」
「命令?」
「……」
ミクリオが歯を食いしばる。
「かなり強い希望だ」
ザビーダが吹き出した。
「分かったよ」
「そもそも」
ミクリオは不機嫌そうに続ける。
「君が僕の家にいることと、役に立つかどうかに何の関係がある」
「居候じゃん」
「部屋は余っている」
「飯も食ってる」
「僕だって食べている」
「研究費も」
「今は君も稼いでいるだろう」
「……」
「何だ」
「いや」
ザビーダは少しだけ目を伏せる。
「何でもねえ」
言ってから、止まった。
「あ」
「何だ」
「今の」
「うん」
「何でもねえ、ってのも」
少し考える。
「ちょっと違うな」
ミクリオは待つ。
ザビーダはしばらく自分の中を探して、「……嬉しい」と言った。ミクリオが目を見開く。
「何が」
「お前が」
ザビーダは少し照れくさそうに笑う。
「俺様にいてほしいって言ったの」
「……そうか」
「うん」
「なら」
ミクリオの口元が、少し緩む。
「よかった」
ザビーダがすぐに指を差す。
「今笑った」
「笑っていない」
「いや絶対笑った!」
「気のせいだ」
「最近それで逃げすぎだろ!」
***
中央への返答は、その日のうちには出さなかった。ザビーダが考えたいと言ったからだ。夜、ミクリオは書斎で仕事をしていた。机の上にはザビーダからもらった筆があり、その隣に例の書類が置かれている。
《中央研究区画への移管提案》
ミクリオはその紙を見る。そして改めて思う。手放したくない。けれど、手放したくないからといって縛りたいわけではない。ザビーダ自身に、ここにいたいと思ってほしい。それは多分、買った日からずっと同じで、少しずつ形が変わっただけだった。
その時、扉がノックされた。
「ミクリオ」
「起きている」
扉が少し開き、ザビーダが顔を出す。
「入っていい?」
「ああ」
入ってくる。
「何かあった?」
「別に」
止まる。
「……いや」
言い直す。
「ちょっとお前の顔見たくなった」
ミクリオの筆が止まった。
「……そうか」
「何その顔」
「何でもない」
「絶対何かある」
「ない」
ザビーダは長椅子へ腰を下ろす。
ザビーダは少し笑った。
「まあ」
「何だ」
「返事はまだ分かんねえけど」
「うん」
「今日は」
目を細める。
「ここにいたい」
ミクリオは今度こそ、隠さずに笑った。
「分かった」
それで、十分だった。