※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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本人希望による

翌朝、中央聖寮への返答書はまだ机の上にあった。昨夜から一文字も増えていない。朝食を終えて書斎へ入ったミクリオはまずその紙を見る。

《中央研究区画への移管提案》

 

その下の返答欄は、空白のままだった。昨日、ザビーダに好きだと言った。そして、その直後にはここにいてほしいとも言った。だから今日、ザビーダがどんな答えを出しても、そこには自分の言葉が少なからず混ざってしまうのではないか。それが少し怖かった。

 

「ミクリオ」

扉の向こうから声がして、ミクリオは顔を上げる。

「入っていい?」

「ああ」

扉が開いた。寝起きというわけでもないらしく、ザビーダの髪は一応整っている。その手には、昨日の書類があった。

「それ」

「借りた」

「僕の机から?」

「置いてあったから」

「一言言え」

「今言った」

「事後報告を一言とは言わない」

ザビーダは笑って、机の前の椅子へ腰を下ろした。

「決めた」

その一言で、ミクリオの背筋が僅かに伸びる。

「……そうか」

「うん」

「聞いていい?」

「聞かなきゃ返事できねえだろ」

「それもそうだな」

ザビーダは書類を机に置き、指先で《移管》の文字を軽く叩いた。

「行かねえ」

胸が強く鳴った。

「……そうか」

「うん」

その答えだけで安心してしまったことを悟られたくなくて、ミクリオは少しだけ視線を落とす。

「理由を、聞いても?」

「聞きたい?」

「……聞きたい」

ザビーダが少し目を細めた。

「昨日あんなこと言ったから?」

先に聞かれてしまう前に、ミクリオが口を開く。

「僕が行ってほしくないと言ったからか」

「違う」

即答だった。

思わず顔を上げる。

「本当に?」

「そこ疑う?」

「疑っているわけじゃない。確認している」

「はいはい」

ザビーダは肩を竦めた。

「昨日のお前の告白」

「……ああ」

「それ聞いたから気ぃ遣って残るとかじゃねえよ。好きって言われたから、ご褒美にそばにいてやるとかでもねえ」

「それは嫌だな」

「俺様も嫌」

一度言葉を切ってから、ザビーダは書類へ視線を落とした。

「中央の設備、魅力はある」

「ああ」

「専門家も多いし、研究費も向こう持ち」

「そうだな」

「正直、研究だけ考えたらあっちの方がいいんじゃね?」

ミクリオは否定しなかった。

「その可能性は高い」

「だよな」

「だから余計に聞きたい。なぜ残る?」

ザビーダはすぐには答えなかった。

机、椅子、本棚、窓。いつの間にか見慣れた部屋を、ゆっくりと見回す。

「ここ、結構好きなんだよな」

ミクリオは黙って続きを待った。

「飯うめえし」

「母さんが聞いたら喜ぶ」

「昼寝してても怒られねえし」

「僕は少し怒る」

「何でだよ」

「君が僕の本を枕にするからだ」

「硬くてちょうどいいんだよ」

「本を枕にするな」

ザビーダが声を上げて笑う。

その笑いが落ち着いてから、何でもないことのように付け足した。

「あと、お前いるし」

ミクリオの思考が止まった。

「……」

「何その顔」

「いや」

「また何でもない?」

「……今回は、何でもなくはない」

「へえ」

妙に楽しそうにこちらを見るザビーダから目を逸らしそうになって、ミクリオは踏みとどまる。

「今のは、どういう意味だ」

「どういうって?」

「僕がいるから残る?」

「そう」

「それは……昨日の告白と関係があるのか」

ザビーダはしばらくミクリオの顔を見ていたが、やがて素直に首を傾げた。

「分かんねえ」

「分かった」

即座に返すと、ザビーダが吹き出す。

「便利だな、それ」

「便利だからな」

「ほんと覚えた言葉使い倒すよな」

「君が覚えた言葉だろう」

「お前も気に入ってんじゃん」

少し笑ったあと、ザビーダは自分の胸元へ手を置いた。

「恋愛かって聞かれたら、まだ分かんねえ」

「うん」

「お前に好きって言われて……嫌じゃなかった」

ミクリオは黙って待つ。

「むしろ、嬉しかった」

「……そうか」

「お前が俺様にいてほしいって言ったのも、嬉しかった」

昨日も似たことは聞いた。けれど今日は、その先があるらしい。

「で、今日起きてさ。中央行くとこ想像してみた」

「うん」

「設備のいい部屋で、知らねえ術師に毎日調べられて……多分、平気だと思う」

その言葉で、二人とも少し止まった。

 

平気。昨日、ザビーダがうまく言えなくなった言葉だ。本人も気づいたらしく、「あ」と小さく声を漏らす。それから少し考えて、言い直した。

 

「……できるとは思う。検査も受けられるし、知らねえ奴と話すのもできる。多分、向こうでも生活はできる」

「うん」

「でも、行きたいかって言われたら」

ザビーダが顔を上げる。

「行きたくねえ」

今度は迷いがなかった。

「俺様、ここにいたい」

胸の奥が熱くなる。

「ここに?」

「ああ」

「この家に?」

「うん」

「研究のためではなく?」

「それもあるけど」

「安全だから?」

「それもあるけど」

ミクリオは慎重に聞いた。

「なら、一番は?」

ザビーダが眉を上げる。

「聞くねえ」

「聞きたい」

「嫌なら答えなくていい、って言うんだろ」

「言おうと思っていた」

「そういう保険かけんのずるくね?」

「何が」

「答えたくなるじゃん」

「それは僕の責任か?」

「半分」

「また半分か」

少しだけ笑ってから、ザビーダは今度こそ視線を逸らさなかった。

「お前のそばにいたい」

静かな声だった。

たったそれだけなのに、ミクリオには昨日、自分がザビーダを好きだと認めた時よりもずっと大きく響いた。

「……そうか」

「それしか言えねえの?」

「今、かなり嬉しい」

ザビーダがにやりと笑う。

「顔に出てる」

「……そうか」

「めちゃくちゃ」

「なら仕方ない」

「諦めた?」

「ああ」

ミクリオも少し笑った。

 

***

 

返答書は、ザビーダ自身が書くことになった。

《移管提案を辞退》

 

その下の理由欄を前に、ザビーダは筆を持ったまま唸る。

「何て書く?」

ミクリオは答えなかった。

「お前なら何て書く?」

「僕に聞くな」

「そこも?」

「君の辞退理由だろう」

「ほんっと、全部自分で決めさせるなあ」

「嫌か?」

ザビーダは少し考えてから笑った。

「前よりは嫌じゃねえ。でもめんどい」

「それは否定しない」

「だろ」

ようやく筆を紙へ下ろす。

 

《現所有者の居所において研究継続を希望するため》

 

そこまで書いたところで、ザビーダの手が止まった。

「……これ」

「うん」

「所有者って書き方、ムカつくな」

「僕も嫌だ」

「でも正式書類だからな」

「ああ」

「じゃ、仕方ねえか」

少し考えて、その下にもう一行。

 

《本人希望による》

 

最後の文字を、少しだけ大きく書いた。

「よし」

ミクリオが覗き込む。

「いいと思う」

「そ?」

「ああ。君が決めたことだと分かる」

「ならいい」

ザビーダは満足そうに筆を置いた。

 

***

 

書類を提出しに行く途中、ミクリオはいつもより僅かにザビーダとの距離を空けて歩いていた。気づいたのはザビーダの方だった。

 

「なあ」

「何だ」

「お前、昨日からちょっと離れて歩いてね?」

ミクリオは一瞬言葉に詰まる。

「……気のせいだ」

「嘘つけ」

「……」

「何」

「別に」

「今それ、俺様でもあんま使わねえぞ」

ミクリオは観念したように息を吐いた。

「意識しているだけだ」

「何を?」

「君との距離を」

「何で」

声を少し落とす。

「僕が君を好きだと、自覚したから」

ザビーダが目を瞬いた。

「自覚したら離れんの?」

「僕が近づくことで、君に何か答えを求めているように思われたくない」

ザビーダは数秒黙ったあと、呆れたように言った。

「……お前、めんどくせえな」

「昨日も聞いた」

「今日も言う」

二人はまた歩き出す。

 

少し離れた距離を、ザビーダは横目で見た。昔なら、どうでもよかった。人が近いか遠いか、触るか触らないか。そんなものは相手が決めることで、自分が気にすることではなかった。けれど今は、その距離が少し気になる。

 

「ミクリオ」

「何だ」

ザビーダは手を差し出した。

ミクリオが足を止めて、その手を見る。

「……何だ?」

「手」

「見れば分かる」

「貸せよ」

「なぜ」

「理由いる?」

ミクリオは少し考え、それから首を振った。

「……いらない」

差し出された手を、ザビーダが取る。

 

指先が触れ、掌が重なった。ミクリオの手は思っていたより少し冷たかった。ザビーダが軽く握る。けれどミクリオはすぐには握り返してこない。

 

「お前」

「何」

「俺様が握ってんだから」

「うん」

「握り返していいぜ」

ミクリオは一瞬ためらった。

「……確認していい?」

「何」

「本当に?」

ザビーダが顔をしかめる。

「そこで聞く?」

「大事だ」

「いいよ」

ようやくミクリオの指が閉じて、掌を包む。

 

握られた感触を確かめながら、ザビーダは妙な気分になった。何百年、人に触られてきたか分からない。手も腕も身体も数えきれないほど、それなのに今、自分から触れて、触れ返してほしいと言った。ただそれだけのことが、どうしてこんなに違うのだろう。

 

「嫌か?」

ミクリオが聞く。

ザビーダは少しだけ自分の中を確かめた。

「いや」

「うん」

「もうちょい」

「何?」

「このまま」

ミクリオの表情が僅かに柔らかくなる。

「ああ」

二人はまた歩き出した。

今度は、離れない。

「これ」

ザビーダが前を向いたまま言う。

「恋人みてえだな」

ミクリオの足が僅かに乱れた。

「急に言うな!」

「何だよ」

「僕はまだ返事を求めていない!」

「分かってるって」

ザビーダは笑う。

「恋人になったとは言ってねえだろ。ただ……こういうの」

繋いだ手を、少しだけ強く握る。

ミクリオが横を見ると、ザビーダは僅かに照れたような顔で笑っていた。

「嫌じゃねえなって」

ミクリオはそれ以上何も聞かなかった。

 

ただ、握った手を離さなかった。

 

***

 

帰宅すると、ミューズが二人を見て「あら」と言った。それだけだった。けれどミクリオは反射的に手を離しかける。ザビーダが離さなかった。

 

「何」

小声で聞くと、ザビーダは一度「別に」と言いかけて止まった。

それから少し笑う。

「……いや。俺様がまだ繋いでたい」

ミクリオの耳が赤くなる。

「……そうか」

「うん」

ミューズは何も言わず台所へ戻っていった。

奥からミケルの声がする。

「何かあった?」

「何も」

「本当に?」

「本当に」

それだけのやり取りを聞いて、ザビーダが小さく笑った。

「何だよ」

「いや」

「また?」

「これは……」

少し考えて、今度はちゃんと言う。

「嬉しい」

ミクリオも笑った。

「僕もだ」

返事は、まだ分からない。

 

これが恋なのかも、まだ分からない。けれど中央へは行かない。ここにいる。ミクリオのそばにいたいと思う。手を繋ぎたいとも思う。今分かるのは、それだけだった。そして今のザビーダには、それで十分だった。

 

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