一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
中央への移管を断ってから、ザビーダは以前よりもミクリオのそばにいる時間が増えた。特に理由があるわけではない。研究の相談をするでもなく、昔の記録を読むでもない。ただ同じ部屋にいて、ミクリオが書き物をしている横で本を眺めたり、長椅子に寝転がったりする。以前なら「何かすることある?」と聞いていた時間だった。
今は、何もしなくてもいい。それが少しずつ分かってきた。その日も、ミクリオは書斎の机に向かっていた。追加検査の結果と、過去の術式記録を照合しているらしい。ザビーダは最初こそ向かいの椅子に座っていたが、しばらくすると飽きて長椅子へ移り、さらにそのうちミクリオの隣まで戻ってきた。
「なあ」
「何だ」
「まだ終わんねえの?」
「もう少し」
「さっきも聞いた」
「今度こそ本当にもう少しだ」
「信用ならねえなあ」
ミクリオは答えず、紙へ何かを書き込んでいる。
ザビーダは横から覗き込んだ。
《高出力術式形成時の経路閉塞について――》
難しい字が並んでいる。
「俺様のことなのに、見てると眠くなる」
「君も読め」
「やだよ」
「研究対象本人だろう」
「研究協力者な」
「そうだった」
言い直したミクリオに満足して、ザビーダはそのまま隣へ座った。
しばらくして、ふと肩を寄せた。自分でも、ほとんど意識していなかった。少しだけ近づいて、ミクリオの肩へ頭を預ける。長い銀髪が白い制服へこぼれ、緑がかった毛先が胸元をくすぐった。すぐそばに、明るい褐色の頬と琥珀色の瞳がある。ミクリオの筆が止まった。
「……ザビーダ」
「何」
「近くないか」
「そう?」
「そうだろう」
ザビーダは頭を上げなかった。
「嫌?」
「嫌ではない」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題なのか?」
「じゃあどういう問題だよ」
ミクリオが黙った。
その反応がおかしくて、ザビーダは笑う。
「何だよ。手ぇ繋いだ時もそうだったけど、お前いちいち固まりすぎ」
「君は僕が君を好きだと知っているんだぞ」
「知ってるよ」
「なら少しは考えろ!」
「考えた結果、ここにいるんだけど?」
言ったあとで、ザビーダ自身が少しだけ止まった。
ミクリオも動かない。
「……」
「……何だよ」
「いや」
「何」
「今のは、どういう意味だ?」
「またそれ?」
ザビーダは呆れながらも、頭を預けたまま少し考えた。
どういう意味。別に――と言いかけて、やめる。最近、それで終わらせないことを覚えた。
「……ここがいいから」
「ここ?」
「お前の隣」
今度は、ミクリオの耳が分かりやすく赤くなった。
ザビーダは吹き出す。
「お前、ほんと顔に出るようになったな」
「君のせいだ!」
「俺様何もしてねえじゃん」
「している!」
「肩借りてるだけだろ」
「それがだ!」
よく分からない。
ザビーダは笑いながら、もう少しだけ体重を預けた。ミクリオの肩は温かかった。妙に落ち着く。それに気づいて、少し不思議になる。人に触れられること自体は、今さら珍しくもない。むしろ、嫌になるほど知っている。手を取られることも、腕を掴まれることも、もっと近くに身体を寄せられることも、けれど今は、自分から近づいている。
触れられるのではなく、触れている。
「……なあ」
「何だ」
「俺様、最近お前に触ってること多い?」
ミクリオが少し考える。
「増えたと思う」
「やっぱり?」
「手も繋いだし、今もそうだ」
「ふうん」
自分の手を見る。
それから、ミクリオの袖を軽く摘んだ。
「何だ」
「いや」
摘んだまま、少し引く。
「何となく」
「……嫌ではない?」
ザビーダが顔を上げた。
「それ、俺様が聞く方じゃね?」
「僕は嫌じゃない」
「即答」
「君と違って分かっているからな」
「言うようになったじゃん」
少し笑って、ザビーダはまた肩へ戻る。
「俺様も嫌じゃねえよ」
「そうか」
「むしろ」
そこで一度言葉を探す。
「お前に触ってると、ちょっと落ち着く」
ミクリオの身体がまた僅かに固まった。
「……ザビーダ」
「何」
「そういうことを簡単に言うな」
「何で」
「僕が喜ぶからだ!」
あまりにも正直で、ザビーダは数秒黙ったあと、大笑いした。
「お前、そこまで言う?」
「笑うな!」
「いや、だって!」
「僕は真面目に――」
「分かってる、分かってるって」
笑いながら、ザビーダはミクリオの袖を掴んだまま離さない。
「でも」
「何だ」
「お前が喜ぶからやってんじゃねえよ」
ミクリオが黙る。
ザビーダは少しだけ目を細めた。
「俺様が触りてえから触ってんの」
今度こそ。
ミクリオは何も言えなくなった。
「……何だよ」
「少し待ってくれ」
「何を」
「今のを整理している」
「研究じゃねえんだから」
「仕方ないだろう!」
ザビーダはまた笑った。
***
そのまましばらく過ごしているうちに、ミクリオは再び資料へ意識を戻した。ザビーダは肩を借りたまま、ぼんやりと窓の外を見る。日が少し傾いている。
「なあ、そろそろ休めよ」
「あと少し」
「それ今日何回目?」
「今度こそ」
「昼にも聞いた」
「今回は本当だ」
「信用ねえなあ」
ミクリオは筆を動かし続ける。
ザビーダは少し呆れて、その横顔を見た。真面目。頑固。放っておいたら、たぶん夕食までこのままだ昔なら、こういう奴には勝手にさせていただろう。けれど今は、少し気になる。
「ったく」
ミクリオの肩へ頭を乗せたまま、ザビーダは何気なく口にした。
「ミク坊はしょうがねえな」
筆が止まった。
ザビーダも止まった。静かになった。
「……」
「……」
ミクリオがゆっくりと顔を向ける。
「今」
「何」
「何と呼んだ?」
ザビーダは目を逸らした。
「知らね」
「ミク坊と言った」
「言ってねえよ」
「言った!」
「気のせいじゃね?」
「そんな特徴的な呼び方を聞き間違えるか!」
ザビーダはつい笑ってしまう。
「何でそんな嫌そうなんだよ」
「嫌というか……僕は子供じゃない!」
「俺様から見りゃ十分坊やだろ」
「年齢差を持ち出すな!」
「だって千年単位で違うぜ?」
「それでも坊はないだろう!」
「じゃあ何がいい?」
「ミクリオでいい!」
「普通すぎ」
「僕の名前だ!」
ザビーダは肩を揺らして笑う。
けれど、少しして、ふとミクリオを見る。
「……嫌?」
ミクリオが止まった。
「何?」
「ミク坊って呼ばれんの。本気で嫌ならやめるけど」
さっきまでの冗談とは違う声だった。
ミクリオもそれが分かったらしい。少し考えてから答える。
「……嫌というほどではない」
ザビーダの口元が上がった。
「じゃ、採用」
「待て!」
「よろしくな、ミク坊」
「人の話を聞け!」
「嫌じゃねえんだろ?」
「嫌ではないと言っただけだ!」
「同じ同じ」
「違う!」
ザビーダは楽しそうに笑って、またミクリオの肩へ頭を戻した。
ミクリオは何か言いたそうだったが、結局それ以上は抗議しなかった。しばらくして、また筆が動き出す。
「なあ、ミク坊」
「……何だ」
返事をした。
それがおかしくて、ザビーダは笑う。
「呼んだだけ」
「用がないなら呼ぶな」
「いいじゃん」
「よくない」
「でも返事するじゃん」
「君が呼ぶからだろう!」
「そっか」
ザビーダは少しだけ笑った。
自分でも、なぜその呼び方が出たのか分からない。考えて決めたわけではなかった。ただ、気づいたら口から出ていた。ミクリオ。ミクリオ様。所有者サマ。どれとも違う。近くて、軽くて、少しからかえて、今の距離には、妙に馴染む。
「……ミク坊」
もう一度今度は小さく呼ぶ。
「今度は何だ」
「何でもねえよ」
「なら呼ぶな」そう言いながらも、ミクリオは肩を貸したままだった。
ザビーダも離れなかった。
誰かに触れられるのではなく、自分から触れる。誰かに呼ばされた名前ではなく、自分から呼びたいように呼ぶ。そんな小さなことが、今は、ひどく楽しかった。