※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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ただ、嫌だった

翌日の西地区は、拍子抜けするほど平穏だった。午前中に確認した案件は三件。宿屋同士の客引きをめぐる口論が一件。酒場裏のごみ処理についての苦情が一件。所有聖隷の登録環が破損したため、巡察官の立会いを求める申請が一件。どれも、その場で処理できる程度のものだった。午後に入るころには、ミクリオは巡察記録の半分以上を書き終えていた。

 

西地区は古い街だ。石畳は中央区より狭く、二階部分が張り出した建物が左右から通りを囲んでいる。昼間から酒を出す店も多く、宿屋の軒先には色鮮やかな布が垂れていた。夜になれば、もっと賑わうのだろう。ミクリオ自身、この辺りを歩くことはあまりない。特等対魔士の任務で来る場所といえば、業魔が出たとか、大規模な聖隷術が暴走したとか、もっと緊急性の高い案件がほとんどだ。

 

今日は巡察官が不足したため、たまたま代わりを頼まれただけだった。

「ミクリオ特等」

同行していた巡察官が足を止める。

「私はこの先の宿で聞き取りをしてきます。特等は?」

「僕は西側を見てくる。三十分後に広場で合流しよう」

「承知しました」

男と別れる。

 

一人になってから、ミクリオは手元の地図を確認した。次は二本先の通り。特に届出はない。ただ巡回して、問題がなければそれで終わり。そういう仕事だった。角を曲がる。昼間だというのに人通りは多い。商人、旅人、休憩中らしい労働者、呼び込みの女。その間を、所有環をつけた聖隷たちが行き交っている。

 

昨日から妙に目につく。いや、昨日までも、同じだけいたはずだ。自分が見ていなかっただけだ。

「……」

ミクリオは小さく息を吐いた。

 

気にしすぎだ。父と母にあんな話をしたから、意識してしまっているだけだろう。

――あなたが実際に会う聖隷を見てみたら?

母の言葉が蘇る。見るも何も、今までだって、何百体と見てきた。戦闘で共に行動したこともある。指示を出した。術を使わせた。危険な時には退避させた。それで問題なく任務は成立している。

 

何を今さら、と考えた、その時だった。

「兄ちゃん」

声がした。

自分へのものだとは思わなかった。そのまま歩こうとした時だった。

「そこの白い服の兄ちゃん」

今度こそ足を止める。

 

振り返った。通り沿いの店。酒場と宿屋を兼ねているらしい。その入口の脇に、一人の女が座っていた。

 

明るい褐色の肌に、無造作に伸びた長い銀髪。先端だけが緑がかっている。風属性の証だ。豊満な胸にはサラシを巻き、腰から尻の線が露わになる黒いロングパンツを穿いている。

 

露出の多い格好も、大人びた色気も、この歓楽街には不自然なものではなかった。ミクリオが足を止めたのは、琥珀色の瞳がこちらを見て、明らかに自分の反応を楽しむように細められたからだ。

 

首には所有環がある。聖隷だということは一目で分かった。問題は、その先だった。

「何ジロジロ見てんだよ」

女が笑ったことだった。明らかにミクリオを見て、意味を理解した上で、笑った。

「……君」

「ん?」

「話せるのか」

女は数秒黙った。それから吹き出した。

「そこ?」

「……何がおかしい」

「いやいや。俺様見て最初に聞くことがそれかよ」

俺様。

妙な一人称だった。だが、それ以上に返答が自然すぎる。

 

ミクリオは彼女を見る。女もこちらを見る。視線が合う。

「……」

高度な模倣行動。

長期間、人間と接触した聖隷には、会話に類似した反応を示す個体が存在する。学習。反射。器となった人間からの影響。対魔士教育で習った。

「おーい」

顔の前で手を振られた。

「生きてる?」

「生きている」

「そりゃよかった」

女は楽しそうに笑った。これが、模倣。

「……」

「だからそんな見んなって。使いてえなら順番待ちな」

「何?」

今度は、言葉の意味が分からなかった。

 

女が顎で隣を示す。そこで初めて、ミクリオは店先の札に気づいた。

《供用聖隷》

《風属性》

《術式出力低下》

《戦闘・作業用途不適》

《宿泊・飲食利用者 追加料金不要》

 

文字を上から下まで読む。もう一度読む。意味は変わらなかった。

「……追加料金不要?」

「無料ってこと」

女が言った。

「読めるだろ、対魔士サマ」

「そういう意味ではない」

「じゃあどういう意味?」

答えられなかった。

 

札は正式な様式だった。供用登録番号もある。所有者名。検査日。衛生管理の印。規則上、何もおかしくない。こうした聖隷が存在することも知識としては知っている。戦闘能力を失った聖隷を、別用途へ転用する。廃棄より資源効率がよい。それだけの話だ。昨日見た申請書が頭をよぎる。

 

《風属性聖隷一体、出力低下につき廃棄申請》

 

ミクリオはもう一度、女を見た。

「君は術が使えないのか」

「全然ってわけじゃねえけどな。昔みたいには無理」

女は左手を上げる。

指先に、ごく弱い風が集まった。髪がわずかに揺れる。それだけだった。

「こんなもん」

「いつからだ」

「さあ」

「さあ?」

「長く生きてると、いちいち覚えてねえんだよ」

言いながら、女はあくびをした。

ミクリオは黙る。その仕草さえ、人間と何が違う。

 

「お客さん?」

店の中から男が出てきた。

恰幅のいい中年だった。ミクリオの徽章を見るなり、姿勢を正す。

「あっ、これは特等対魔士様。何か問題でも?」

「巡察だ」

「はい。届出ならすべて――」

「この聖隷について聞きたい」

男は一瞬だけ女を見る。

「ああ」

すぐに納得した顔になった。

 

「珍しいでしょう。かなり古い個体です」

個体。

「風属性としてはもうほとんど役に立ちませんが、見た目がいいもので」

「……それで?」

「宿泊客や店の利用者に使っていただいています。無料にした方が客寄せになりますから」

平然としていた。

言い訳をしている様子もない。後ろめたさもない。当然だった。実際、規則に違反していない。

「本人は」

口にしてから、ミクリオは止まった。

 

本人。なぜそんな言葉を使ったのだろう。店主は気にしなかったらしい。

「抵抗はありませんよ。扱いやすい聖隷です」

「そうか」

ミクリオは女を見る。

「君は嫌ではないのか」

店主が少し不思議そうな顔をした。女も同じだった。

「俺様が?」

「ああ」

「別に」

即答。

「慣れてるし」

「……慣れている」

「長いからな」

 

それなら、問題はない。

制度上、適法。所有者も適切に登録している。本人も――本人と呼ぶなら――拒否していない。巡察官として介入する理由は何一つない。

「そうか」

ミクリオはそう言った。

それで終わるはずだった。ちょうどその時。

「空いてる?」

後ろから声がした。

酒の匂いをさせた男が一人、店へ近づいてくる。店主が笑顔になる。

「ええ、どうぞ」

「よかった。昨日来たら待たされたからな」

「今日は昼から暇ですよ」

「そりゃいい」

 

男が女を見る。視線は露骨に胸と股間に張り付き、涎でも垂らしそうなほどねっとりしていた。

「お、今日もいいケツしてんな、このタダ穴。昨日は奥まで締め付けてきて最高だったぜ。今日は顔にたっぷり出してやるから覚悟しとけよ」

「はいはい」

女は何のためらいもなく、仕事へ向かうように立ち上がった。男はすぐさま彼女の腰へ手を回し、黒いロングパンツ越しに尻を鷲掴みにする。布の上から指が深く食い込み、豊かな丸みを乱暴に歪ませた。

「んっ……ん、ちょっと強引だな」

女は小さく息を漏らしながらも、表情を変えない。むしろ退屈そうにあくびを噛み殺した。

 

「いい眺めだよな、特等さんも見とけよ。この銀髪のタダマン、中は熱くて汁まみれだぞ。昨日は『もっと奥まで突いて』って喘ぎ声まで上げてよがってたからな」

周囲の通行人の何人かが、興味深そうに振り返る。卑猥な笑い声が漏れた。

「おい、供用の風属性か? 尻穴も使えるのかよ」

「使えるに決まってんだろ。無料なんだから、前後両方開けさせりゃいい」

男はさらに手を伸ばし、女の股間を布の上から乱暴に撫で回す。指先が割れ目に沿って滑り、すでに湿り気を帯びた感触を確かめるように押し込む。

「ほら、もう濡れてんじゃねえか。期待してたのか、この淫乱聖隷め」

「……別に、体が勝手に反応してるだけだ。慣れてるしな」

女は肩をすくめ、男の手を払いもせずに立っていた。視線はどこか遠くを見つめ、まるで自分が扱われていることなど気にも留めていないかのようだった。

 

「待て」

声が出た。

三人が振り向く。一番驚いたのはミクリオ自身だった。何を言っている。客の男が眉を寄せる。

「何だ?」

「……」

止める理由がない。

法令違反ではない。危険行為でもない。女も嫌だとは言っていない。特等対魔士の権限を使う場面ではない。分かっている。

「対魔士サマ?」

女が首を傾げた。

その顔を見た。なぜか、このまま行かせるのがひどく嫌だった。昨日、《廃棄》という文字を見た時と同じだ。理由はない。根拠もない。ただ、嫌だった。

 

「……この聖隷は」

ミクリオは店主を見る。口が先に動いた。

「売却できるのか」

「は?」

女が言った。店主も目を瞬く。

「買い取り、ですか?」

「ああ」

言ってしまった。自分で言った言葉なのに、現実味がない。

「可能なのか」

「そりゃ、もちろん」

 

店主はすぐに商売人の顔になった。

「ただ、先ほど申し上げた通り術式出力はかなり落ちていますよ。戦闘用としてなら、特等対魔士様にはもっと上等な――」

「それは聞いた」

「でしたら、別の風属性を紹介できます。若い個体もおりますし」

「僕は」

ミクリオは女を見る。

彼女もこちらを見ていた。さっきまでの笑みが消えている。

「この聖隷の値段を聞いている」

 

店主は少しだけ考えた。

「でしたら……古いですし、術も使えませんから。登録変更費込みでも、この程度で」

提示された金額は、特等対魔士の収入からすれば払えない額ではなかった。

むしろ、思っていたより安い。それがまた腹立たしかった。

「買う」

「おい」

女が初めて口を挟んだ。

「ちょっと待て」

「何だ」

「何だじゃねえよ」

「僕が買う」

「聞こえてる」

女は呆れたように頭を掻いた。

「なんで?」

ミクリオは答えようとした。

口を開く。何も出てこない。なぜ。僕は。

 

「……分からない」

「はあ?」

「僕にも分からない」

女の顔が、完全に呆れたものになる。店主まで困ったように笑った。

「特等対魔士様?」

「手続きを」

それ以上考える前に言った。

考えれば、やめる理由ならいくらでも思いつくだろう。戦闘能力がない。任務上必要ない。維持費がかかる。そもそも所有聖隷を増やす予定などなかった。合理性がない。それでも。

「今、払う」

ミクリオは財布を取り出した。

 

客の男は舌打ちをして離れたが、去る際にもなお「ちっ、せっかくいい感じだったのに……」と吐き捨てるように言い残した。

 

***

 

手続きは驚くほど早く終わった。所有者変更の仮証明が発行され、登録環も更新された。正式書類は後日、中央支部へ送られるらしい。店主は終始機嫌がよかった。長期間ほとんど利益を生まなくなっていた聖隷がまとまった金になったのだから、当然なのだろう。通りへ出ると、ミクリオの少し後ろを女が歩いていた。

 

所有環には、新しい仮登録札。

《所有者 ミクリオ》

 

それを見た瞬間、何とも言えない気分になった。

「なあ」

女が言った。

「何だ」

「どこ行く?」

「ひとまず中央支部に――」

「いや、そうじゃなくて」

ミクリオは立ち止まる。女がこちらを見る。

「どこで使うんだ?」

「……何?」

「買ったんだろ、俺様」

あまりにも当然のように言う。

 

「部屋取ってんのか? それとも家?」

ようやく意味を理解した。

「違う」

「何が?」

「そのために買ったんじゃない」

女が目を瞬く。

「じゃあ何のためだよ」

また同じ問いだった。答えは、まだない。

「……分からない」

 

数秒の沈黙のあと、女は「はっ」と声を漏らし、今度こそ堪えきれないように笑った。

「ははっ、マジかよ!」

「笑うな」

「だってよ。買う理由も分かんねえのに買ったのか?」

「……そうなるな」

「お前、思ったより馬鹿だな」

「失礼だぞ」

「特等対魔士サマが衝動買いかよ」

「僕だって今、後悔しかけている」

「ひでえ!」

また笑う。

その笑い声は店先で聞いたものより、少しだけ大きかった。ミクリオは眉を寄せながら歩き出す。

 

「名前は」

「ん?」

「まだ聞いていない」

女は一瞬黙り、それから答えた。

「マンコ」

ミクリオは足を止めた。

「……何?」

「だから、マンコ。俺様の真名(まな)」

聞き間違いではない。女性の性器を指す、最も下卑た俗語だった。

「そうじゃない」

「は?」

「僕が聞いているのは、君が普段名乗っている名前だ」

女は目を瞬いた。

なぜ分けるのか分からない。そんな顔だった。

「そっちか」

少しだけ考えてから、女は言い直した。

 

「ザビーダ」

「ザビーダ?」

「ああ」

「登録名ではなく?」

「俺様が名乗ってる名前」

その言い方が気になった。

けれど、真名については中央支部で確認すればいい。

「そうか」

ミクリオは前を向く。

「僕はミクリオだ」

「知ってるよ。さっきから散々呼ばれてただろ、特等サマ」

「なら聞く必要はなかったな」

「自分から名乗りたかったんじゃねえの?」

「……悪いか」

 

「別に?」

その返事になぜかまた、少しだけ引っかかった。

けれど、今度は何も言わなかった。ザビーダが後ろからついてくる。命令したわけではない。行き先を告げただけだ。それでも、ついてくる。ミクリオは一度だけ振り返った。

「何だよ」

「いや」

「変な奴」

「今日会ったばかりの相手に何度言うつもりだ」

「何回でも?」

「やめろ」

ザビーダが笑った。

 

その日の朝まで、ミクリオは自分が所有聖隷を一体増やすことになるなど考えたこともなかった。必要だったわけではない。計画していたわけでもない。聖隷制度に反対していたわけでもない。世界を変えようなどとは、なおさら思っていなかった。ただ、あの場所にザビーダを残して帰ることだけが、どうしても、嫌だった。

 

理由は、まだ分からなかった。

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