一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
その日は、中央聖寮への報告だけで終わるはずだった。ザビーダの追加検査について、現在までの結果を提出する。それだけの用事で、ミクリオも長居するつもりはなかったらしい。
「終わったら肉食いに行こうぜ」
廊下を歩きながらザビーダが言うと、ミクリオは持っていた書類から顔を上げた。
「また肉か」
「何だよ、悪い?」
「悪いとは言っていない。ただ最近多いなと思っただけだ」
「俺様が俺様の金で食うんだからいいだろ」
「それもそうだな」
「ミク坊も奢ってやるよ」
「なぜ君に奢られなければならない」
「嫌?」
「嫌では――」
そこまで言って、ミクリオが少し嫌そうな顔をする。
ザビーダはすぐ笑った。
「今の俺様みてえ」
「君のせいで言葉を意識するようになったんだ!」
「いいことじゃん」
そんな話をしていた時だった。
「ミクリオ特等」
前方から声がかかった。
ミクリオが足を止める。
「ああ、セリア」
歩いてきたのは若い女性対魔士だった。
ザビーダにも見覚えはある。何度か中央へ来た時にすれ違った程度で、名前までは知らなかった。
「先日の報告書、拝見しました。例の高霊力聖隷の件」
女性の視線が一瞬ザビーダへ向く。
「この方ですよね?」
「そうだ。ザビーダ」
「初めまして。お話は聞いています」
「ああ、どーも」
悪い感じはしない。
むしろ普通に礼儀正しい。
「それでミクリオ特等、少しご相談があって」
「今?」
「お時間がなければ後でも、ただ、次の休暇についてなんですけど」
ザビーダは何となく二人の会話を聞いていた。
「休暇?」
「はい。この前の件のお礼もありますし、もしご予定がなければ食事でもどうかなって」
ミクリオが少し考える。
「予定を確認しないと分からないな」
「ですよね」
女性が笑う。
その時、何気ない動作でミクリオの腕へ触れた。ほんの一瞬だった。袖についた糸くずでも取ったのかもしれない。ただ、それだけ、なのにザビーダの胸の奥で、何かがひどくざらついた。
「……」
何だ、これ。
女性は気づかず、そのまま話している。
「じゃあ、また日程分かったら教えてください」
「ああ」
「楽しみにしてます」
「分かった」
笑って去っていく。
ザビーダはその背中を少しだけ長く見ていた。
「ザビーダ」
「ん?」
「行くぞ」
「ああ」
歩き出す。
少しして、ザビーダが口を開いた。
「さっきの女、誰?」
「言っただろう。同僚だ」
「セリア?」
「ああ」
「仲いいの?」
ミクリオが少し不思議そうな顔をする。
「普通だと思うが」
「ふーん」
「何だ」
「別に」
言ってから、自分で止まった。
ミクリオも気づいたらしく、横目で見る。ザビーダは少し黙ってから、眉を寄せた。
「……いや。ちょっと面白くねえ」
「何が?」
「それが分かんねえんだよ」
ミクリオの顔が、少しだけ真剣になる。
「さっきのこと?」
「多分」
「食事に誘われていたこと?」
ザビーダは少し考える。
「……ちょっと嫌」
「僕が話していたこと?」
「それは別に」
「彼女が僕の腕に触れたこと?」
「それは嫌だった」
即答だった。
自分でも驚くくらい早かった。
「……」
「……」
今度はミクリオが黙る。
ザビーダも自分の言葉に困った。
「何だよ」
「いや」
「何」
「かなりはっきりしているなと思って」
「うるせえな」
ザビーダは少し歩く速度を上げた。
ミクリオが隣についてくる。
「ザビーダ」
「何だよ」
「僕が他の女性に触れられるのが嫌?」
「……そうみたい」
「なぜ?」
「それを今考えてんだよ!」
思わず声が大きくなる。
通りすがりの人間が少し振り返った。ザビーダは舌打ちして、声を落とす。
「こないださ」
「うん」
「昔の客に手掴まれて嫌だっただろ」
「ああ」
「で、お前には俺様から触りてえって思った」
「うん」
「アイゼンのこと思い出して、好きな奴には昔も自分から触ってたって分かった」
「……ああ」
「で、今」
ザビーダは頭を掻いた。
「他の女がお前に触るのは嫌だった」
ミクリオは何も言わない。
言わないせいで、余計に答えが見えてくる。
「……何だよ」
「何も」
「絶対何か思ってんだろ」
「思っているが」
「言えよ」
「僕から言うことではないと思っている」
「そういうとこだけ妙に慎重だな、ミク坊!」
「君が自分で決めたいと言ってきただろう!」
「そうだけど!」
言い返して、ザビーダは黙った。
確かにそうだった。自分で決めたい。自分の気持ちは自分で知りたい。だからこそ、今、かなり困っている。
***
肉は食べた。予定通り。ただしザビーダはいつもほど上機嫌ではなかった。向かいのミクリオが何度かこちらを見る。
「何」
「いや」
「言えよ」
「本当に何も言うつもりはない」
「むかつく」
「なぜ僕が怒られるんだ」
「お前が冷静だから」
「僕が取り乱せばいいのか?」
「それもやだ」
「ではどうすればいい」
「知らねえよ」
ザビーダは肉を一切れ口に放り込んだ。
うまい。うまいけど、頭の中に、さっきの光景が残っている。あの女がミクリオに触れた。それだけ、たったそれだけなのに嫌だった。
「なあ」
「何だ」
「お前、あの女と飯行くの?」
ミクリオが少し目を瞬く。
「まだ決めていない」
「ふーん」
「……」
「何だよ」
「行かない方がいい?」
ザビーダの手が止まった。
「それ」
「うん」
「俺様に決めさせんの?」
「決めさせるつもりはない。君がどう感じるのか聞いている」
「……」
また聞かれる。自分がどうしたいか。昔なら、そんなもの考えなかった。今は、考えなければならない。
「……行ってほしくねえ」
ようやく言った。
ミクリオが静かに頷く。
「分かった」
「でも」
「うん」
「俺様、お前の恋人じゃねえじゃん」
「そうだな」
「まだ返事してねえし」
「うん」
「なのに、行くなって言うの変じゃね?」
ミクリオは少し考えた。
「変ではないと思う」
「何で」
「付き合っていなければ嫉妬してはいけない、という決まりはないだろう」
その単語。
ザビーダは一瞬止まった。
「……嫉妬」
「違う?」
「……」
言われてみれば、あまりにも、しっくり来た。
だから腹が立つ。
「……多分」
「うん」
「そう」
「そうか」
「何だよ、その冷静な返事!」
「僕が喜ぶと君が嫌がるかと思って」
「……喜ぶんだ?」
「そりゃ」
ミクリオは少しだけ目を逸らした。
「君が僕のことで嫉妬したなら、嬉しい」
ザビーダが黙る。
「でも」
ミクリオはすぐ続けた。
「だからといって、その感情を急いで恋愛だと決めなくていい」
「……」
「君が自分でそう思った時でいい」
またそれだ。本当にずるい。
「ミク坊」
「何だ」
「お前、俺様が逃げやすいようにしてる?」
「逃げたいなら逃げてもいいと思っている」
「甘やかすなあ」
「違う。急がせたくないだけだ」
ザビーダはしばらくミクリオを見ていた。
それから、少しだけ笑った。
「……やっぱ好きかもなあ」
ミクリオの動きが止まった。
ザビーダも今、自分が何を言ったのか。一拍遅れて理解した。
「……」
「……」
「いや」
「ザビーダ」
「待て」
「何も言ってない」
「顔が言ってる!」
ミクリオは口元を押さえた。
明らかに嬉しそうだった。
「笑うな!」
「笑ってない」
「嘘つけ!」
「……少し」
「少しかよ!」
ザビーダは頭を抱えた。
そのまましばらく顔を上げない。ミクリオも今度は何も言わなかった。
***
帰宅後、ザビーダは一人で部屋にいた。ベッドへ横になり、天井を見る。
「……あー」
声が出る。
アイゼン。昔。好きだった。自分から触りたかった。触れられると嬉しかった。一緒にいたかった。そして、今、ミク坊のそばにいたい。自分から触りたい。手を繋ぎたい。他の女に触られると嫌。他の女と食事に行くのも、少し嫌。
「……」
一つずつ並べる。
どう考えても。
「あー……」
もう一度顔を両手で覆った。
「これ、駄目じゃね?」
誰もいない部屋で、呟く。
駄目。というのは、嫌だ。という意味ではない。もう。逃げ道が、かなり少ない。いや、ほとんどない。
「俺様」
ぽつり。
「ミク坊のこと、好きじゃね?」
口にした。
心臓が跳ねた。嫌ではない。むしろ、妙にしっくり来る。だからこそ。恥ずかしい。
「……マジかよ」
千年。
誰でもいい。何でもいい。そうしてきた。その自分がまた誰か一人を選びかけている。怖くない。と言えば、嘘になる。でも、嫌ではない。それより、少し嬉しい。
「……」
ザビーダは起き上がった。
しばらく迷ってから、部屋を出る。ミクリオの書斎へノック。
「ミク坊」
「起きている」
「入っていい?」
「ああ」
扉を開ける。
ミクリオが机から顔を上げた。
「どうした?」
ザビーダはしばらくその顔を見る。さっきまで、他の女に触られたことを思い出して、少しむかつく。だから、机まで歩いていった。
「手」
ミクリオが差し出す。
ザビーダはその手を取った。
「……これは?」
「俺様の」
「僕の手だが」
「今は俺様が握ってんだから俺様の」
「理屈がおかしい」
「うるせえ」
ミクリオは笑った。
ザビーダはその手を握ったまま。少しだけ息を吐く。
「ミク坊」
「何だ」
「俺様」
言いかける。
でも、止めた。まだ今日はそこまででいい。
「……やっぱ、これ好き」
「手を繋ぐこと?」
「お前と」
ミクリオがまた。
嬉しそうな顔をした。ザビーダは今度は、怒らなかった。
「そういう顔すんなよ」
「嫌?」
少し考えて。
「……いや」
ザビーダはむしろ。
繋いだ手を少し強く握った。
「今日は、いい」
その答えだけで、ミクリオは十分らしかった。