一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
好きなんじゃないか。昨夜そう口にした時、思ったよりも違和感がなかった。むしろ、今までばらばらに転がっていたものへ名前がついたようだった。ミクリオのそばにいたい。自分から触りたい。手を繋いでいると落ち着く。他の女が触っていると面白くない。好きだと言われたことが嬉しかった。
並べてみれば、答えなんて最初から見えていたのかもしれない。だから翌朝、食卓でミクリオの顔を見た瞬間、ザビーダは思った。――ああ。やっぱ俺様、こいつのこと好きだわ。
「おはよう」
ミクリオは何も知らない顔で席についた。
「……おう」
「どうした?」
「何が」
「妙に僕の顔を見ている」
「見てねえよ」
「見ていただろう」
「朝から細けえな、ミク坊」
いつものように笑う。
笑えた。そこまでは、何も問題なかった。ミューズが焼いたパンを取って、ミケルが焦がしかけた卵の話をして、ミクリオが呆れる。それを眺めているだけでも、妙に気分がよかった。それなのに、「今日、中央に行くけど、君はどうする?」そう聞かれた瞬間、胸の奥が少し冷えた。
「……何しに?」
「追加検査の資料を受け取るだけだ。昼には戻る」
「俺様も行く」
ほとんど反射だった。
ミクリオが少し目を丸くする。
「分かった」
「何」
「いや。最近、君は本当に自分で決めるようになったなと思って」
「今さら?」
「嬉しいんだ」
またそういうことを言う。ザビーダはパンを齧りながら目を逸らした。好きだ。もう認めてもいい気がする。なのに、言おうとすると、喉の奥に何かが引っかかった。
***
中央聖寮へ向かう道は、人通りが多かった。ミクリオはいつもの制服姿で、ザビーダはその横を歩く。
「なあ」
「何だ」
「昨日の女」
「セリア?」
「今日いる?」
「いるんじゃないか」
「ふーん」
「また気になる?」
ザビーダは少し考えてから、素直に答えた。
「ちょっと」
「そうか」
「嬉しそうにすんな」
「してない」
「してる」
「少しだけだ」
「正直になったな、お前」
「君に言われたくない」
そんなやり取りをしながら歩いていると、昨日までならそれで終わっていた。
でも今日は、ふと別のことを考えた。ミクリオが怪我をしたら。任務で戻ってこなかったら。ある日突然、この手が触れられなくなったら。足が止まりかけた。
「ザビーダ?」
「……何でもねえ」
言ってから、すぐに訂正する。
「いや。ちょっと嫌なこと考えた」
ミクリオも足を止めた。
「話す?」
「今はいい」
「分かった」
それ以上は聞かない。
その優しさが、今日は少しだけ怖かった。
***
中央での用事は本当にすぐ終わった。セリアにも会った。
「昨日はすみません。急にお誘いして」
「いや」
ミクリオはいつも通りだ。
セリアはザビーダにも軽く会釈した。
「ザビーダさんも、研究うまくいくといいですね」
「ああ、ありがと」
昨日ほど腹は立たなかった。
それでも、セリアが去ってからザビーダはミクリオの袖を摘んだ。
「何だ」
「いや」
「……」
「触りたくなった」
ミクリオは少しだけ顔を赤くしたが、もう以前ほど固まらない。
「そうか」
「手も」
差し出された手を取る。
指を絡める。やっぱり落ち着く。だから、余計に怖くなる。ザビーダは繋いだ手を見た。昔も、こうしていた。アイゼンの手を勝手に取って、指を弄って、笑っていた。あの手も最後には、戻ってこなかった。
「……」
「ザビーダ?」
「なあ、ミク坊」
「何だ」
「お前さ」
続きが出ない。
ミクリオは待つ。
「……やっぱ何でもねえ」
今度は言い直せなかった。
***
夜、ザビーダは自室にいた。今日は珍しく、ミクリオの書斎へ行かなかった。ベッドに座って、自分の手を見る。昼間までミクリオと繋いでいた手。温度まで、まだ覚えている気がする。
「……好き」
口に出してみる。
嫌ではない。むしろ嬉しい。
「好きなんだよな」
もう一度今度もちゃんと言える。
だから、やっぱり問題はそこじゃない。ザビーダは目を閉じた。浮かんだのは、アイゼンの笑った顔ではなかった。
『逃げろ』
声。
風。ビジュゲイト。拘束が外された直後。約束は守られたのだと思った、その一瞬、そのあと。
《処刑》
文字。赤。落ちるもの。ザビーダは目を開けた。息が少し速い。
「……違う」
好きなのが怖いんじゃない。
ミクリオを好きだと認めること自体は、もうそんなに怖くない。怖いのは、好きになったあとだ。大事になって、失ったら。また。
「……あー」
両手で顔を覆った。
「俺様、失くすのが怖えんだ」
言葉にした途端、胸の奥で何かがほどけた。
それだった。アイゼンを好きだったことを後悔しているわけではない。あいつと笑った記憶は、思い出せて嬉しかった。触れたことも、自分から欲しがったことも、好きだったことも、全部。なかったことになんてしたくない。ただ、また同じように誰かを大事にして、その人がいなくなったら。
耐えられるのか。分からない。
「……」
しばらく座っていた。
それでも、結局。立ち上がる。廊下へ出て、ミクリオの書斎の前まで行く。ノック。
「ミク坊」
「起きている」
「入っていい?」
「ああ」
扉を開ける。
ミクリオはいつものように机に向かっていた。
「今日は来ないかと思った」
「何で」
「いつもより遅かったから」
「俺様来んの待ってた?」
ミクリオは少し迷ってから頷いた。
「ああ」
胸がまた。
きゅっとなる。嬉しい。それと同じくらい。怖い。ザビーダは机の前まで行った。
「ミク坊」
「うん」
「俺様さ」
言う。
今度は逃げない。
「お前のこと好きだと思う」
ミクリオの筆が止まった。
でも、ザビーダは手を上げる。
「待て。まだ続きある」
「……分かった」
ミクリオは筆を置いた。
ザビーダは椅子へ座る。
「昨日、ほぼ分かったじゃん。俺様、お前に触りたいし、そばにいたいし、他の女に触られんの嫌だし」
「うん」
「昔、アイゼンに対しても似たようなことしてた」
「うん」
「だから多分、もう答えは出てる」
「……うん」
ザビーダは膝の上で指を組んだ。
「でも」
少しだけ声が低くなる。
「言うの怖えんだ」
ミクリオの表情が変わる。
「僕が?」
「違う」
即答した。
「お前は怖くねえ」
むしろ、安全だから、ここまで来た。
「好きになるのも、そんなに怖くねえ。多分」
「なら」
「失うのが怖い」
ミクリオは黙った。
ザビーダは笑おうとしたが、できなかった。
「アイゼンみたいに」
「……」
「大事にして。そばにいて。触って。触られて。それで」
言葉が詰まる。
「いなくなったら」
ミクリオは何も言わなかった。
しばらくしてから、ゆっくり手を差し出す。
「触っていい?」
ザビーダは少し笑った。
「俺様が取る」
自分から、その手を掴んだ。
「お前さ」
「うん」
「俺様を安心させるために、絶対死なないとか言う?」
「言わない」
即答だった。
ザビーダが顔を上げる。
「言えないから」
「……だよな」
「僕だって、未来のことは分からない」
「うん」
「任務で何かあるかもしれない。君だってそうだ」
「うん」
「だから、絶対に失わないとは約束できない」
ザビーダは繋いだ手を見る。
少し痛いくらい。正しい。でも、聞きたかった答えでもある。
「ただ」
ミクリオが続ける。
「怖いから僕を選ばない、というなら、それも君の選択だ」
「……」
「でも」
少しだけ力が返ってくる。
「怖いままでも僕を選んでくれるなら」
ミクリオはまっすぐザビーダを見た。
「僕は嬉しい」
ザビーダはしばらく、その顔を見ていた。
それから、少しだけ笑った。
「……そっか」
今日はまだ。
それだけでいい。
「ミク坊」
「何だ」
「明日」
「うん」
「ちゃんと話す」
ミクリオは何も急かさなかった。
「分かった」
ザビーダはそのまましばらく手を離さなかった。