一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
恋人になった翌朝も、朝食はいつも通りだった。ミケルが焼こうとした魚を少し焦がして、ミューズに「だから火を強くしすぎないでって言ったでしょう」と呆れられ、ミクリオが無言で焦げた部分を削っている。ザビーダはその様子を眺めながらパンを齧った。昨日、ミクリオと恋人になった。
好きだと言って、好きだと言われた。夜には初めてキスもした。なのに朝になると、世界は驚くほど何も変わっていない。
「何だよ」
ミクリオがこちらを見る。
「さっきから僕の顔を見ているだろう」
「見てる」
「なぜ」
「恋人になったミク坊、昨日と顔変わってねえなと思って」
「変わるわけないだろう!」
ミケルが顔を上げた。
「恋人?」
ミクリオの手から、危うくナイフが落ちかけた。
「父さん!」
「え、違うの?」
ザビーダは吹き出す。
「昨日からな」
「ザビーダ!」
「何だよ、隠す話でもねえだろ?」
「それはそうだが、もう少し言い方が!」
「おめでとう」
ミューズはごく自然に笑った。
あまりに普通の反応だったので、ザビーダの方が少し拍子抜けする。
「……それだけ?」
「何かしてほしかった?」
「いや、別に」
口にしてから、少し考える。
「……いや。何もいらねえわ」
「そう」
ミューズはそれ以上何も言わず、焦げていない魚をザビーダの皿にも分けてくれた。
それで終わった。恋人になっても、朝食は朝食らしい。
***
「行ってくる」
昼前、ミクリオが中央聖寮へ書類を届けるため玄関に立っていた。
ザビーダは長椅子から顔だけ上げる。
「おう。何時くらい?」
「遅くても夕方には戻る」
「了解」
ミクリオが扉へ手をかける。
ザビーダはその背中を見ていた。何となく少し引っかかった。
「ミク坊」
「何だ」
「ちょい待ち」
立ち上がって近づく。
ミクリオは素直に待った。ザビーダはその前まで来ると、しばらく顔を見る。
「……何だ?」
「いや」
どうしようか。
恋人なら。出かける時、何か。する?そう考えた瞬間、自分で少し笑った。また「恋人なら」を基準にしようとしている。だから聞き直す。恋人だからではなく、自分は今、何をしたい。
「……ちょっと屈め」
「なぜ」
「いいから」
ミクリオが怪訝そうな顔をしながら、少しだけ身体を低くした。
ザビーダは頬へ軽く口づける。本当に一瞬、ミクリオが固まった。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「……」
「何」
「いや」
「また整理してんの?」
「急だったからだ!」
「嫌だった?」
「嫌なわけないだろう!」
即答。
ザビーダは笑う。
「じゃあいいじゃん」
「君は、こういうことを毎回突然――」
「俺様がしたかったんだからしょうがねえだろ」
ミクリオはそこで黙った。
まだ、この言葉には弱いらしい。
「……そうか」
「おう」
「では」
少しだけ迷って、ミクリオが聞く。
「僕からもしていい?」
「今?」
「ああ」
ザビーダは自分の中を確かめる。
嬉しいし、してほしい。
「いいよ」
今度はミクリオがザビーダの額へ軽く口づけた。
「……そこ?」
「何だ」
「いや。口かと思った」
「外出前からそこまで緊張させるな!」
「ははっ」
「もう行く!」
「行ってらっしゃい、ミク坊」
「行ってくる!」
扉が閉まる。
ザビーダはその場に残り、自分の額へ触れた。少し温かい。
「……いいな、これ」
一人で呟いて、それから機嫌よく長椅子へ戻った。
***
夕方、ミクリオは本当に日が暮れる前に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
今度はザビーダの方から玄関へ行く。
ミクリオが靴を脱ぐのを待ちながら、何となく手を差し出す。
「手」
「ただいまの直後に?」
「嫌?」
「嫌ではない」
ミクリオが手を出す。
ザビーダはそれを握った。
「あー」
「何だ」
「帰ってきたなって感じする」
「僕は帰ってきたからな」
「そういう意味じゃねえよ」
手を繋いだまま居間へ行く。
ミューズが二人を見ても、もう「あら」とも言わなくなった。ミケルだけが少し楽しそうにしている。
「仲良しだね」
「父さんは黙っていてくれ」
「何で?」
「何でもだ!」
ザビーダは笑いながらミクリオの肩へ寄りかかった。
恋人になってから、むしろミクリオの方が周囲を気にするようになった気がする。
「ミク坊」
「何だ」
「恥ずかしい?」
「少し」
「俺様と手繋いでんのが?」
「違う。父さんに見られているのがだ」
「じゃあ俺様はいい?」
ミクリオが一瞬だけこちらを見る。
「ああ」
それだけで、少し嬉しくなる。
ザビーダは肩を離さなかった。
***
夜、いつものように書斎へ行く。恋人になったからといって、急に寝室へ移るわけでもなかった。ミクリオは机で研究資料を読んでいるし、ザビーダはその隣の長椅子に座っている。ただ今日は、しばらくしてからザビーダの方が立ち上がった。
「ミク坊」
「何だ」
「休憩」
「僕はまだ――」
「俺様が休憩したい」
ミクリオが口を閉じた。
「……分かった」
「素直」
「君自身がしたいと言ったからだ」
「便利だな、それ」
「大事だろう」
「まあな」
二人で長椅子へ座る。
ザビーダは当然のように肩を借り、少ししてから腕まで回した。抱きつく、というほど強くはない。ただ、近くいたかった。ミクリオも今度は確認してから腕を回してくる。
「これくらい?」
「もうちょい」
少しだけ強くなる。
「これ?」
「うん」
いい。
温かい。息遣いも、心臓の音も、ちゃんと生きている人の身体。ザビーダは目を閉じた。
「なあ」
「何だ」
「恋人になったら、もっと色々変わると思ってた」
「たとえば?」
「分かんね。ずっとくっついてるとか、毎日キスするとか」
「君はそうしたい?」
「キスはしたい日もある」
「今日は?」
「したい」
ミクリオが少し笑う。
「ならする?」
「うん」
ザビーダは身体を起こして、自分からミクリオへ顔を寄せた。
今度は唇へ短く触れて、離れる。そのまま少し見つめ合って、もう一度今度はミクリオから、やっぱり、それ以上には進まない。ザビーダはまた肩へ戻った。
「こういうの、結構好きだわ」
「キス?」
「それも。あとこうやってくっついてんの」
「そうか」
「うん」
少し沈黙。
ザビーダはミクリオの服を指先で摘んだ。
「そのうちさ」
「何だ」
「もっとしたくなるかも」
ミクリオの身体が僅かに固くなる。
「もっと?」
「分かってんだろ」
「……まあ」
「今はまだ、絶対抱いてほしいってほどじゃねえ」
「ああ」
「でも」
少し考える。
昔なら、ここで「恋人なんだからいずれ当然」と言ったかもしれない。今は違う。
「お前となら、したいって思う日が来る気がする」
ミクリオは少し黙ったあと、静かに答えた。
「その日でいい」
「急かさねえ?」
「急かす理由がない」
「ミク坊は?」
「何が」
「したい?」
ミクリオが露骨に視線を逸らした。
「……したいと思っている」
ザビーダは少し笑う。
「お前、ちゃんと言うようになったな」
「君が僕の気持ちまで命令と混同しないようにすると言ってくれたからだ」
「そっか」
それも、嬉しい。
ミクリオがただ欲望を消して待っているのではなく、自分を欲しいと思ってくれている。でも、待ってくれる。両方あっていい。
「じゃあ」
「何だ」
「そのうちな」
「ああ」
「俺様がちゃんと、したいって言う」
「分かった」
ザビーダは満足して、また目を閉じた。
***
恋人になって、劇的に変わったことは、ほとんどなかった。朝になれば一緒に飯を食う。出かければ帰りを待つ。書斎で研究するミクリオの隣にいる。手を繋ぐ。肩を借りる。たまにキスをする。ただ、少しずつ。
「したい」が増えている。
見送る時にキスしたい。
帰ってきたら触りたい。抱きしめてほしい。今夜はもう少しくっついていたい。いつか。もっと先まで行きたい。誰かに求められたからではなく、恋人ならそうするものだからでもなく、その一つ一つを、自分で選ぶ。
「ミク坊」
「何だ」
「もうちょいこのまま」
「分かった」
ミクリオの腕の中で、ザビーダは小さく笑った。
恋人になった翌日も、昨日までと大して変わらない。でも、今までより少しだけしたいことが増えた。それくらいが、今はちょうどよかった。