※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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まだあったんだ

恋人になって数日後、ザビーダの術式訓練は、思っていたよりずっと順調に進み始めた。最初の変化は、あまりにも呆気なかった。

 

「じゃあ、今日はここまでに――」

「待て、ミク坊」

訓練場の中央で、ザビーダが自分の左手を見ていた。

 

聖寮の研究区画に併設された、小規模な術式試験場。周囲には防護術式が張られ、少々強い風を起こしても外へ影響が出ないようになっている。ミクリオは測定器から顔を上げた。

 

「どうした?」

「もう一回やっていい?」

「疲れてない?」

「まだいける。つーか今、何か分かりそう」

以前なら「平気」と答えていたところだ。

 

最近のザビーダは少し考えてから答えるようになった。ミクリオもそれを指摘しない。ただ測定結果を確認してから頷く。

 

「分かった。でも次で一度休憩する」

「はいはい」

ザビーダは前を向いた。

 

試験用に置かれた木製の標的まで、およそ十歩。手を伸ばし、呼吸を整える。霊力はある。それはもう分かっている。身体の中には、自分が千年間ほとんど忘れていたほど大量の力が残っている。以前は、その力を術式へ流そうとすると途中で経路が閉じた。けれど最近。少しずつ閉じなくなってきた。

 

「――ウィンドランス」

風が集まった。

 

長い銀髪が後ろへ靡き、緑がかった毛先が鋭く跳ねる。豊満な胸へ巻いたサラシも、放たれた風を受けて強く鳴った。

 

一瞬だった。圧縮された風が一本の槍のように形を取り、伸ばした褐色の腕の先から真正面へ走る。木製の標的が大きく揺れた。ザビーダは琥珀色の目を見開く。

 

「……え」

ミクリオも測定器を見たまま固まっていた。

「ミク坊」

「待って」

「出たよな?」

「待ってくれ」

「いや出たって!」

「分かっている!」

ミクリオが測定結果へ顔を近づける。

 

ザビーダは自分の手を見る。残っている。まだ、指先に風の感触がある。弱々しく空気を動かすだけではない。術だった。自分が狙って、組んで、放った。

 

「……俺様」

思わず笑いが漏れる。

「使えたじゃん」

ミクリオがようやく顔を上げた。

「ああ」

その表情がザビーダ以上に嬉しそうだった。

「完全に成立している。途中の閉塞もない」

「マジ?」

「ああ。霊力消費も問題ない。むしろ余裕がある」

「もう一回」

「休憩」

「今ので疲れてねえよ」

「そういう問題じゃない」

「ミク坊!」

「さっき自分で次で休むと言っただろう」

「言ったのお前じゃん!」

「君も返事をした!」

渋々、ザビーダは訓練場の端へ戻った。

 

けれど顔はどうしても緩む。椅子へ座ると、ミクリオが水を渡してきた。

 

「そんな嬉しい?」

聞かれて、ザビーダは少し考える。

「ああ」

今度は迷わなかった。

「嬉しい」

水を一口飲んで、もう一度自分の手を見る。

「ずっとさ。もう使えねえもんだと思ってたから」

「うん」

「役に立たなくなったから、あそこに回されたんだって思ってた」

供用聖隷。

戦闘にも作業にも向かないから、別の用途へそう記録されていた。

「でも違ったんだな」

「少なくとも、力そのものを失ったわけではなかった」

「うん」

ザビーダは指先へほんの少し風を集めた。

 

小さな渦。今度は簡単にできる。

 

「まだあったんだ」

その言葉に、ミクリオは静かに頷いた。

 

***

 

そこからの回復は、驚くほど早かった。翌週にはディバイドヒートが成立した。ザビーダを中心として、前後へ鋭い熱を帯びた風が走る。術式が消えたあと、ザビーダは髪を掻き上げながら笑った。

 

「これもいけた」

「待って。今記録してる」

「研究者サマ、最近そればっか」

「君が次々成功させるからだろう」

「褒めろよ」

「褒めてる!」

「記録しか見てねえじゃん」

ミクリオはようやく紙から顔を上げた。

「……すごいと思っている」

「もっと」

「調子に乗るな」

「恋人なんだからサービスしろよ」

「恋人であることと研究評価は別だ!」

ザビーダが笑う。

 

こういうやり取りができることも、今は楽しかった。訓練そのものも、以前なら、誰かに「術を出せ」と言われれば試しただけだった。今は違う。今日はどこまでやりたいか。次の術を試したいか。疲れているか。怖いか。一つずつ聞かれる。そして自分も一つずつ答える。やりたい。今日はここまで、もう一回。

 

今のは少し怖い。それで訓練の内容が変わる。自分の身体なのだから、本来は当たり前のことだったのかもしれない。けれどザビーダには、その当たり前が妙に新鮮だった。

 

***

 

「ホライゾンストーム?」

次の候補を聞いた時だけは、ザビーダも少し眉を上げた。

「一段上げすぎじゃね?」

「僕もそう思う」

ミクリオは研究記録を見せる。

「ただ、今の閉塞が単純に出力依存なのか確認したい。無理に成功させる必要はない。形成途中で違和感があれば中止」

「なるほどねえ」

ザビーダは紙を覗き込んだ。

「これ成功したら?」

「かなり大きい」

「俺様すげえ?」

「元々すごい霊力だとは言っている」

「そういう意味じゃなくてさ」

「……成功したら、今日は君の好きな店で夕食を奢る」

「よし、やる」

「報酬で術を使うな!」

「俺様がやりたいっつってんだからいいだろ?」

それを言われると、ミクリオは弱い。

「……無理はしないこと」

「分かってる」

試験場へ立つ。

 

今までより広く防護術式を張り直してある。ザビーダは一度深く息を吸った。霊力を集める。大量に以前なら、ここで経路が狭くなった。でも、流れる。身体の奥から力が上がってくる。風になる。術式へ入る。怖くない。

 

「――ホライゾンストーム!」

風が爆ぜた。

 

渦巻く風が訓練場を横切り、複数の標的を巻き込む。防護術式が低く唸った。ザビーダ自身も、思わず一歩下がるほどの風圧だった。そして、静かになる。

 

「……」

「……」

ザビーダが先にミクリオを見た。

ミクリオもこちらを見ている。

「ミク坊」

「……成功」

「だよな?」

「ああ」

ザビーダは両手を上げた。

「っしゃ!」

声が訓練場へ響く。

ミクリオが笑った。

「本当に君、嬉しそうだな」

「そりゃ嬉しいだろ!」

ザビーダはそのままミクリオのところまで歩いていき、勢いのまま抱きついた。

「おい、飯な!」

「分かってる!」

「高い肉!」

「好きな店と言っただけだ!」

「そこ高い肉あるから!」

「最初から狙ってたな!?」

笑いながらも、ミクリオは腕を回してくれる。

 

ザビーダはその肩へ顔を押しつけた。術が使えたことが嬉しい。それを一緒に喜んでくれる人がいることも、嬉しい。

 

「……ミク坊」

「何だ」

「俺様、結構戻ってきた?」

「かなり」

「そっか」

その言葉を聞きたかった。

 

ザビーダはもう一度、少しだけ強く抱きしめた。

 

***

 

数日後。エドナにも、訓練結果を見せることになった。

 

「ホライゾンストームまで?」

記録を見たエドナが珍しく素直に驚いた。

「おう」

ザビーダは得意げに胸を張る。

「どうよ、エドナちゃん」

「ちゃん付けしないで」

「相変わらずだねえ」

「アンタもね」

エドナはもう一度記録を読む。

 

以前とは違って、ミクリオへの警戒もかなり薄くなっている。なくなったわけではない。ただ、ミクリオが何をする人間なのか、少しずつ見てきた結果らしい。

 

「……まあ」

エドナが紙を戻す。

「そこまで使えるなら、大分戻ったんじゃない?」

「昔の俺様もこのくらい?」

「もっと無茶してた気もするけど」

「褒めてる?」

「褒めてない」

ザビーダは笑った。

「でも」

エドナが続ける。

「ビジュゲイトは?」

笑いが止まった。

 

ほんの少しミクリオがこちらを見る。ザビーダはそれに気づいて、自分の中を確認した。怖い。名前を聞いただけなら、以前ほどではない。でも、術式を自分で組むことを想像すると、胸の奥が固くなる。

 

「……まだ」

答える。

「そう」

エドナはそれだけだった。

「何だよ。『昔のアンタならその程度』とか言わねえの?」

「言ってほしい?」

「いや」

「じゃあ言わない」

「そっか」

エドナは少しだけ目を細めた。

「別に、一個使えないくらいでアンタじゃなくなるわけじゃないでしょ」

ザビーダは少し黙った。

「……エドナちゃん、たまに優しいな」

「うるさい」

「痛っ!」

脛を蹴られた。

 

ミクリオが横で小さく笑った。

 

***

 

それでも、ザビーダ自身が、試してみたいと言った。

「本当に?」

訓練場でミクリオが確認する。

「ああ」

「エドナに言われたから?」

「違う」

「他の術が成功したから、これも成功させなければと思っている?」

「それも違う」

ザビーダは少し考えた。

「……今なら、どこまで行けるか知りたい」

ミクリオはしばらくこちらを見てから頷く。

「分かった」

防護術式。

 

測定器。いつも通り。なのに、ザビーダには、訓練場が少し狭くなったように感じた。

目を閉じる。霊力を集める。ここまでは平気。術式を組む。

 

「幻影、双霊――」

 

風が集まる。大丈夫。次。形が見える。二つ。風。何か。交差する。その瞬間。

 

『逃げろ』

息が止まった。

 

視界の端に赤。落ちるもの。風。誰かの背中。

 

「……っ」

霊力経路が閉じた。

 

集めた力が一気に散る。術式は完成しない。風だけが、力なく床を撫でた。

 

「ザビーダ」

ミクリオの声。

 

現在。訓練場。ミクリオ。生きている。ザビーダは一度大きく息を吸った。

 

「……失敗」

「うん」

「もう一回」

「今はやめよう」

「まだいける」

「ザビーダ」

声は強くない。

ただ、まっすぐだった。

「今、怖かった?」

ザビーダは黙る。

 

昔なら、平気と言った。今は。

 

「……怖かった」

「なら今日は終わり」

「でも」

「ビジュゲイトを今日使えるようにする必要はない」

ザビーダは唇を噛んだ。

 

悔しい。それは本当だった。ホライゾンストームまで使えた。霊力だって足りている。なのに、これだけ。

 

「難しい術だからじゃねえよな」

「違うと思う」

ミクリオは測定結果を見る。

「術式形成自体は正常だった。霊力も十分。閉塞が起きたのは……以前とほぼ同じ場所」

「完成直前」

「ああ」

「……分かりやす」

ザビーダは苦笑した。

 

ビジュゲイトだけ、身体が拒んでいる。

 

***

 

その日の帰り道。二人は手を繋いで歩いた。ザビーダの方から取った。ミクリオも何も言わず握り返す。

 

「ミク坊」

「何だ」

「俺様、結構強かったんだな」

「ああ」

「ホライゾンストーム出せたし」

「かなり強いと思う」

「ビジュゲイトは出ねえけど」

ミクリオは少しだけ考えてから言った。

「それと君が強いことは、別の話だろう」

ザビーダが横を見る。

「そう?」

「ああ」

 

「でもさ」

繋いだ手を見る。

「一個だけ使えねえって、なんか悔しいじゃん」

「悔しいのは止めない」

「止めねえんだ」

「感情まで僕が決めるのか?」

「そりゃそうだ」

「ただ」

ミクリオは前を向いたまま続ける。

 

「使えない自分は駄目だ、とは思わないでほしい」

ザビーダは少し笑った。

「注文多いな、恋人」

「希望だ」

「強い?」

「かなり」

「はいはい」

少し歩く。

 

風が吹いた。ザビーダは空いている方の手を上げ、指先へ風を集めてみる。簡単に応える。昔のようにいや。昔そのものではない。今の自分の風。

 

「なあ」

「うん」

「今日、肉だよな」

「ホライゾンストーム成功祝いはもうしただろう!」

「ビジュゲイト失敗慰め会」

「そんなものはない」

「恋人なんだから慰めろよ」

「それなら」

ミクリオが繋いだ手を少し持ち上げる。

「帰ったら、君がしたいだけ一緒にいる」

ザビーダは一瞬黙った。

「……それ」

「何?」

「肉よりいいかも」

「本当に?」

「いや、肉も食う」

「結局食べるのか!」

笑いながら、ザビーダは手を離さなかった。

 

ビジュゲイトは使えない。それでも、ウィンドランスが使える。ディバイドヒートも、ホライゾンストームも、自分の中には、まだこんなに風がある。一つ使えない術があるからといって、自分の全部が失われているわけではない。そのことをようやく、少しずつ信じられるようになっていた。

 

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