※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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使わなくていい

ビジュゲイトの訓練を、ミクリオはしばらく再開しなかった。ザビーダも最初の数日は何も言わなかった。ウィンドランスもディバイドヒートも使えるし、ホライゾンストームまで安定してきている。任務に同行しても、以前のように「術が使えないから守られるだけ」ということはもうない。

 

それでも、訓練記録の一番下には、ずっと同じ文字が残っていた。

《ビジュゲイト:完成直前に経路閉塞》

 

見るたびに、少し腹が立つ。だからある日、ザビーダは書斎で研究記録を整理していたミクリオの机を指で叩いた。

 

「なあ、ミク坊」

「何だ」

「次、いつやる?」

ミクリオの筆が止まる。

「何を?」

「分かってんだろ。ビジュゲイト」

少しの沈黙。

ミクリオは筆を置いて、椅子ごとザビーダの方へ向き直った。

「当面やらない」

「……は?」

「ビジュゲイトの再現訓練は中止する」

ザビーダは思わず眉を寄せた。

「何で」

「必要性がないから」

「必要性って」

 

「今の君は戦闘に必要な風術を複数使える。日常的な風の操作にも問題はない。霊力総量も十分で、他の高出力術式も成立している。ビジュゲイトを使えなければ生活や任務に支障が出る、という状態ではもうない」

あまりにも事務的に言われて、ザビーダは一瞬言葉に詰まった。

「いや、そうだけど」

「なら、無理にやる理由はない」

「原因調べてたんじゃねえの?」

「調べることと、君に何度も発動を試させることは別だ」

ミクリオは机の上の記録を一枚取った。

「僕たちはもう、ビジュゲイトに限って強い閉塞が起きることを確認した。アイゼンの記録との関連も、少なくとも疑うだけの材料はある。これ以上、君が怖がる状態で同じ刺激を繰り返しても、情報が増える保証はない」

「でも、そのうち慣れるかもしんねえだろ」

言った瞬間、ザビーダ自身が少し嫌な顔をした。

ミクリオも気づく。

「……今のは」

「うん。俺様も言ってから嫌だった」

慣れる。

 

ずっと使ってきた言葉。痛くても、嫌でも、怖くても、繰り返せばそのうち何も感じなくなる。それを自分に求めるのは、今は少し違う気がした。

 

「じゃあ、何て言えばいいかな」

「慣れる必要がある?」

ザビーダは黙った。

ミクリオは続ける。

「君はビジュゲイトを使いたい?」

「……使えるようにはなりたい」

「なぜ?」

「何でって」

答えようとして、止まる。

 

使えるようになったら嬉しい。それは本当。でも、なぜ嬉しい?昔の自分に戻れる気がするから、一個だけ使えないのが悔しいから、自分がまだ壊れている証拠みたいで嫌だから、そこまで考えて、ザビーダは顔をしかめた。

 

「……意地かも」

「うん」

「他が戻ってんのに、これだけ駄目ってのが気に食わねえ」

「それは分かる」

「あと」

少し迷う。

「使えたら、全部戻ったって言える気がする」

ミクリオはすぐには答えなかった。

「全部戻る必要がある?」

「……」

「昔の君と完全に同じにならなければ駄目?」

その言い方に、ザビーダは目を細める。

「別に、そういうわけじゃ」

「なら」

ミクリオは穏やかに言った。

「使えなくてもいいんじゃないか」

あまりにも簡単に言われた。

 

ザビーダは少し呆然とする。

「……いいの?」

「何が」

「ビジュゲイト、一生使えなくても」

「君が困らないなら」

「本当に?」

「僕がなぜ困るんだ」

「研究してたじゃん」

「研究対象を治すために研究しているわけじゃない」

「じゃあ何のためだよ」

 

ミクリオは少し考えた。

「君が知りたいと言ったから」

それだけだった。

ザビーダは黙る。

「君が、自分の身体に何が起きているのか知りたいと言った。それで調べた。途中から僕自身も興味を持ったのは事実だけど、だからといって君を実験のために使うつもりはない」

「……研究者サマのくせに」

「研究者だからだ」

「そこ威張る?」

「大事だろう」

ザビーダは小さく笑った。

けれど、胸の奥はまだざわついている。

 

「じゃあさ」

「うん」

「俺様がもう二度とビジュゲイト使わなくても」

「うん」

「それでもいい?」

「ああ」

「昔の俺様より弱くても?」

「その比較に意味がある?」

「あるかもしれねえじゃん」

「僕は今の君が好きなんだ」

 

あまりにも自然に返されて、ザビーダは止まった。

「……ミク坊」

「何だ」

「そういうの急に入れんなよ」

「聞かれたから答えただけだ!」

「俺様、今ちょっと真面目に落ち込んでたんだけど」

「だから真面目に答えた」

「余計効くんだよ!」

ミクリオは少し困った顔をした。

ザビーダはその顔を見ているうちに、結局笑ってしまう。

「……ずるいなあ」

「何が」

「俺様が使える術の数と、お前が俺様好きなの関係ねえって?」

「当たり前だろう」

「即答だもんな」

「そんなことで迷う理由がない」

そういう男だった。

 

最初から、術が使えなかった自分を、使い道がないとは思わなかった。むしろ、自分が何もできない頃から「ここにいていい」と言っていた。だったら今さら、ビジュゲイト一つが使えるかどうかで、何が変わる。

 

「……そっか」

ようやく少しだけ肩の力が抜けた。

 

***

 

その日の午後、ザビーダは訓練場にいた。ただしビジュゲイトの訓練ではない。ホライゾンストームの安定化と、ウィンドランスの発動速度を確認するための軽い調整だった。

 

「ウィンドランス!」

風の槍が標的へ突き刺さる。

 

以前より速い。ザビーダ自身も分かる。

 

「どう?」

「形成速度、前回より上がってる」

「俺様やっぱ才能ある?」

「元から使えていた術だろう」

「昔の記憶ほとんどねえ俺様からしたら、ほぼ新規習得だよ」

「それは確かに」

「じゃあ褒めろ」

「すごい」

「素直でよろしい」

笑いながら次の標的を見る。

 

今度はディバイドヒート。問題ない。風が動く。身体が応える。怖くない。術を使える。その事実だけで、もう十分なのかもしれない。休憩に入り、ザビーダは床へ座った。ミクリオが隣に来て水を渡す。

 

「ビジュゲイト」

ザビーダが言う。

ミクリオがこちらを見る。

「うん」

「今日はやんねえんだな」

「やりたい?」

少し考える。

 

以前なら、意地で「やる」と言ったかもしれない。今は。

 

「……やりたくねえ」

ちゃんと言えた。

「分かった」

それだけ、拍子抜けするほど簡単だった。

「ミク坊」

「何だ」

「俺様がやりたくねえって言ったら、本当にやらねえんだな」

「なぜやらせると思った?」

「いや」

昔。

嫌だと言っても、意味がないことが多かったから、もっと昔には、そもそも嫌だと認識することすらやめていた。

「確認しただけ」

「そう」

 

ザビーダは水を飲んだ。

「……楽だな」

「何が?」

「使わなくていいって」

「うん」

「使えないからじゃなくて」

少し考えて。

「使わなくてもいい、っての」

ミクリオが静かに頷く。

「同じように見えて、違う?」

「全然違う」

使えない。

だから価値がない。だから別の用途に回される。そうやって自分の身体はずっと誰かに評価されてきた。でも、使えるようにしなくてもいい。選ばなくてもいい。放っておいてもいい。そんな扱い方もあるらしい。

 

「……ミク坊」

「何だ」

「ありがとな」

「何に?」

「分かんね」

ミクリオが少し笑った。

「分からないならそれでいい」

「便利だな、それ」

「便利だからな」

二人で笑った。

 

***

 

帰宅した夜、ザビーダは自室の机で研究記録を眺めていた。

《ウィンドランス:成立》

《ディバイドヒート:成立》

《ホライゾンストーム:成立》

 

その下には、もう一つだけ記録が続いていた。

《ビジュゲイト:完成直前に経路閉塞》

 

その下。ミクリオの字で、新しく追記されている。

《再現訓練:本人希望により当面実施せず》

 

ザビーダはその一文をしばらく眺めた。

《不能》でも《失敗》でもない。本人希望により、実施せず。ザビーダは少し笑う。

 

「……俺様が決めたことになってんじゃん」

当然といえば当然。

 

でも、記録にそう書かれているのが、妙に嬉しかった。ザビーダは指先へ小さな風を集めた。風は素直に応える。

 

「ビジュゲイト」

試すつもりはない。

 

ただ名前を口にしてみる。胸の奥が少し縮む。怖い。まだそれでいい。

 

「……使わなくていい」

自分で言う。

 

少し変な感じがする。もう一度。

 

「使わなくていい」

今度は少し楽になった。

その時、扉が軽く叩かれた。

「ザビーダ」

ミクリオの声。

「起きてる?」

「ああ。入っていいぜ」

扉が開く。

「何してた?」

「自分の記録見てた」

 

ミクリオが机を見る。

「それ」

「ああ」

ザビーダは例の追記を指で叩いた。

「これ好き」

「どこが?」

「本人希望により、ってとこ」

「事実だろう」

「うん」

「変?」

「いや」

ザビーダは少し笑う。

「今まで俺様の記録ってさ、全部誰かが俺様のこと決めた文章だったから」

戦闘不適。

 

作業不適。供用。譲渡。用途変更。所有。

 

「これ、俺様が決めたって書いてある」

ミクリオは一瞬黙り、それから言った。

「これから増やせばいい」

「何を?」

「君が決めた記録」

ザビーダはミクリオを見る。

「例えば?」

「行きたい任務」

「うん」

「やりたい研究」

「うん」

「嫌だったこと」

「うん」

「好きなもの」

「それ研究記録に書く?」

「書く必要はないな」

「だろ?」

二人とも笑う。

 

ザビーダは立ち上がって、ミクリオのところまで行った。

「あと」

「何だ」

「これ」

自分から腕を回す。

ミクリオも抱きしめ返した。

「これは記録しなくていい?」

「絶対すんな」

「分かった」

「ミク坊と抱き合った回数とか数え始めたら別れるからな」

「そこまでしない!」

「研究者サマならやりかねねえ」

「僕を何だと思っている!」

笑いながら、ザビーダはもう少し身体を預けた。

 

風術は戻ってきた。まだ使えない術もある。怖い記憶も、なくなったわけではない。でも、全部を取り戻さなくてもいい。全部を克服しなくてもいい。今はそう思える。そしてその夜、ザビーダは初めて、ビジュゲイトを使えないことについて、一度も悔しいと思わなかった。

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