一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
所有者変更の仮登録を終えたあと、ミクリオはザビーダを連れて中央支部の小さな契約室へ入った。聖隷との正式な契約を結ぶための部屋だった。部屋には机と椅子、術式を刻んだ石板があり、契約時に使用する器がいくつか棚に並んでいる。特別な場所ではない。ミクリオ自身、仕事で何度も使ったことがある。
違うのは、今日は契約を執行する側ではなく、自分が所有者欄に名前を書くということだった。
「そこに座ってくれ」
「はいよ」
ザビーダは素直に椅子へ座った。
その返事に、ミクリオは一瞬だけ眉を寄せる。先ほどまで店の前では好き勝手なことを言っていたくせに、手続きが始まった途端に妙に従順だった。
「何だよ」
「いや」
気のせいだろう。
ミクリオは机へ書類を広げた。
「所有者変更の登録自体はこれで済んでいる。だが、僕が君を聖隷術で使役するなら、改めて契約が必要になる」
「知ってる」
「そうか」
「何回やったと思ってんだ」
ザビーダが軽く笑った。
ミクリオは顔を上げた。
「何回?」
「所有者変わった回数なんて覚えてねえよ。何人にこの穴使わせたかも、もう数えてねえ」
まるで、何年生きたかを聞かれた程度の調子だった。
「そんなに多いのか」
「長生きだからな、俺様」
それ以上は聞かなかった。
今は契約が先だ。
「契約するかどうかは――」
「するんだろ?」
「……一応、君にも確認しようと思ったんだが」
ザビーダが不思議そうな顔をする。
「買ったのに?」
「買ったことと契約することは別だろう」
「普通はセットだけどな。買ったらすぐ穴開かせて契約、だろ?」
そう言って肩をすくめた。
「まあいいや。するならさっさとやろうぜ」
ザビーダが手を差し出す。
「俺様の真名、いるだろ?」
「ああ」
契約には必要だ。
ミクリオは筆を取った。
「先ほど聞いたものと同じか」
「真名がそう簡単に変わるかよ」
「……そうだな」
それでも、確認しなければならない。
「教えてくれ」
「マンコ」
先ほどと同じ言葉を、ザビーダは何のためらいもなく口にした。
筆先が、紙に触れる直前で止まった。
「……」
通りで名を聞いた時は、悪ふざけかもしれないと思った。
だが、契約の場で真名として告げたのなら、もう疑いようがない。
対魔士が聖隷との契約に使用する古語。
女性の性器を指す、最も下卑た俗語。
医学書にも儀礼文にも使われない。酒場で酔った人間が口にすれば、周囲から下品すぎると笑われるような言葉。
それが、この聖隷の真名だった。
「……」
ミクリオは筆を置いた。
ザビーダが首を傾げる。
「どうした?」
「それが」
自分でも声が低くなっているのが分かった。
「君の真名なのか」
「そうだけど」
「……本当に?」
「何回聞くんだよ」
ザビーダが笑う。
「発音間違ってねえぞ? マンコ、だぜ」
「発音の話をしているんじゃない」
「じゃあ何だよ」
ミクリオはしばらくザビーダを見た。
冗談を言っている様子はない。こちらを試しているようにも見えない。本当にただ、契約に必要だから、自分の真名を告げただけ。
「意味は知っているのか」
「そりゃ知ってる」
また即答だった。
「対魔士なら誰でも分かるだろ。女の子の、ここ」
ザビーダは自分の股間を、軽く指で突いた。
「マンコだよ」
「……そうだな」
その通りだった。
だからこそ。余計に分からなかった。
「誰が付けた」
「さあ?」
「さあ?」
「覚えてねえ」
ザビーダは天井を見上げた。
「何百年前だったかな。いや、もっと前かも。最初の所有者が『この聖隷はマンコで使え』って付けたらしいけど」
「真名を付けた相手を覚えていないのか」
「所有者全員覚えてろって方が無茶だろ。何人にこのマンコ使わせたかも、もう分からねえ」
ミクリオは言葉を失った。
全員、という言い方が引っかかった。
「記録は?」
「どっかにあるんじゃねえの?」
「調べれば分かるか?」
「どうだろな。古すぎるし、途中で記録飛んでるかもしれねえぜ。『マンコ使用回数』とか書いてあったかもな」
「……」
腹の底が重くなる。
だが、まだ一つ。どうしても確認したいことがあった。
「なぜ」
「ん?」
「なぜ、そんな真名なんだ」
ザビーダが瞬きをする。
「なぜって」
少し考えて、笑った。
「用途が分かりやすいだろ?」
ミクリオは何も言えなかった。
「……用途?」
「おう」
ザビーダは自分の身体を軽く指した。
股間を。
「俺様が何に使われる聖隷なのか、名前見りゃ一発じゃん。マンコだって書いてあるんだから」
「……」
昼間に見た店先の札が蘇る。
《供用聖隷》。
《戦闘・作業用途不適》。
《追加料金不要》。
そして、「使いてえなら順番待ちな」と笑っていたザビーダ。
すべてが一つにつながった。
「誰にとって」
ようやく声が出た。
「何?」
「誰にとって、分かりやすいんだ」
ザビーダが少しだけ目を細める。
「使う奴? 俺様のマンコにチンコ突っ込みたい奴ら」
「君じゃないのか」
「俺様?」
「君の真名だろう」
「だから?」
その反応。
心底分からない、という顔だった。ミクリオの胸の奥にじわじわと怒りが湧いた。真名。その存在を示す名前、契約の核になるもの。それを誰かが、この聖隷はマンコで使うものですとそう説明するためだけに付けた。本人がどう思うかではなく、所有者が、対魔士が、利用する人間が、分かりやすいように。
「……変える」
気づけば、口にしていた。
ザビーダがすぐに頷く。
「了解」
ミクリオの怒りが、一瞬で止まった。
「……待て」
「ん?」
「今のは」
ザビーダがこちらを見る。
「命令じゃない」
「でも変えろって言っただろ」
「言った」
「なら変えるぜ。マンコじゃなくて、別の名前にすればいいんだろ?」
あまりにも、簡単だった。
嫌かどうか。理由は何か。そんなものを聞き返すことすらなく、所有者が言ったから、それだけで。
「……駄目だ」
「は?」
「違う」
ミクリオは額に手を当てる。
自分が何に引っかかっているのか。少しずつ分かってきた。
「僕が嫌だから変えるんじゃない」
「でもお前、めちゃくちゃ嫌そうじゃん」
「嫌だ」
即答した。
「ものすごく嫌だ。君の真名が、ただの『マンコ』だなんて」
「正直だな」
「だが、それとこれとは別だ」
ザビーダが黙る。
ミクリオは真名欄の空白を見た。
「君は」
顔を上げる。
「その真名を残したいのか」
「……俺様が?」
「ああ」
「なんで俺様に聞くんだよ」
「君の名前だからだ」
ザビーダは今度こそ。
すぐには答えなかった。
「……別に」
やがて言う。
「別に、どっちでもいいぜ。マンコのままでも、変えられても」
「そうか」
ミクリオは筆を取らなかった。
「なら、今日は契約しない」
「は?」
「君が決めるまで待つ」
「いやいや待てって。真名なきゃ契約できねえだろ」
「だから、しないと言っている」
「買った聖隷と契約しねえの?」
「今すぐ必要なわけじゃない」
「戦闘で使えねえぞ?」
「君は戦闘用として買ったんじゃない」
「じゃあ何用だよ」
その問いにまた詰まる。
ザビーダが呆れたように笑った。
「まだ分かんねえのか。俺様のマンコを使うためだろ?」
「……悪かったな」
「変な奴」
「今日何度目だ、それは」
ザビーダが笑う。
けれど、ミクリオは笑えなかった。机の上。真名欄だけが空白のまま残っている。その空欄の方が。
「マンコ」と書き込むより、ずっと正しいように思えた。
「なあ」
帰り支度を始めたところで、ザビーダが呼んだ。
「何だ」
「ほんとに変えなくていいのか?」
「僕は変えてほしい」
「どっちだよ」
「僕が嫌なのは事実だ。だが、僕が嫌だから君の名前を変えさせるのも違う」
ザビーダはしばらく黙っていた。
「……面倒くせえな、ミクリオ」
「僕もそう思う」
「所有者ってもっと簡単なもんだぜ」
「そうなのか」
「命令すりゃいいんだから。『真名を変えろ』『マンコを開け』って言えば、俺様すぐ従うし」
その言葉にミクリオは少しだけ眉を寄せた。
「それなら」
扉へ手を掛ける。
「僕はあまり良い所有者にはなれそうにないな」
背後で、ザビーダが小さく笑った。
「……かもな」
その声だけは、店先で聞いた笑い声とは、少し違って聞こえた。