一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
その夜、ザビーダは自分の部屋へ戻らなかった。別に、最初からそうすると決めていたわけではない。夕食のあと、いつものようにミクリオの書斎へ行き、長椅子に寝転がっているうちに夜が深くなっただけだ。ミクリオは机に向かって明日の任務資料を確認していて、ザビーダは途中から本を読むのにも飽き、横向きになってその背中を眺めていた。
「ミク坊」
「何だ」
「明日、結構遠いんだっけ」
「ああ。北西の旧施設まで半日くらい」
「帰りは?」
「順調ならその日のうちに戻れる。調査が長引けば一泊」
「ふーん」
今回も、旧聖寮施設の調査だった。
ただし前回より規模が大きい。地下区画の一部で封鎖術式が不安定になっており、中に何が残っているか分からないという。危険度は、まだ確定していない。
「ザビーダ」
「ん?」
「明日、本当に来る?」
また聞かれた。
ザビーダは長椅子に頬杖をつく。
「行く」
「即答だな」
「行きたいからな」
「そうか」
それだけでミクリオは頷いた。
昔だったら、危険だから連れていく、使えるから連れていく、所有聖隷だから同行させる、そんな理由が先に来たのだろう。今は違う。行きたい。だから行く。それで話が終わる。
「でもさ」
ザビーダは少し笑った。
「何かあったらちゃんと下がれよ、ミク坊」
「それは君もだろう」
「俺様は風術戻ってきてるし」
「僕だって特等対魔士だ」
「知ってるよ」
「なら」
「だからこそ言ってんの。強い奴って、強い分だけ前出るじゃん」
ミクリオが黙った。
図星らしい。ザビーダは身体を起こす。
「この前言っただろ。お互い」
「ああ」
「俺様だけ下がれ、お前は前に出る、はなし」
「分かってる」
「ほんと?」
「多分」
「多分かよ」
ザビーダは笑いながら立ち上がり、ミクリオの後ろまで歩いた。
肩へ腕を回す。ミクリオが少し振り返る。
「どうした」
「別に」
言ってから、すぐに訂正する。
「いや、ちょっとくっつきたい」
「そう」
「何だよ」
「いや」
ミクリオは少しだけ身体の向きを変え、ザビーダが抱きつきやすいようにする。
最近はこういう動きも、前より自然になった。
「ミク坊」
「何だ」
「明日、ちゃんと帰ってこような」
ミクリオの表情が僅かに変わった。
「もちろん」
「俺様も」
「ああ」
「二人で」
「うん」
その答えを聞いて、ザビーダはようやく少し安心した。
***
そろそろ寝る時間になっても、ザビーダは書斎から動かなかった。ミクリオが机を片づけ、灯りを落としても、長椅子に座ったままだ。
「ザビーダ」
「んー?」
「寝ないの?」
「寝る」
「自分の部屋で?」
「……」
少し迷う。
別に怖いわけではない。明日の任務が嫌なわけでもない。ただ、今日は一人で寝る気分ではなかった。
「ミク坊」
「何だ」
「今日、一緒に寝ていい?」
ミクリオが止まった。
「……一緒に?」
「その反応やめろって」
「いや、意味を確認しているだけだ」
「同じベッドで寝るだけ」
ザビーダは念を押す。
「今日は、本当に寝るだけ」
「……分かった」
「何でちょっと残念そうなんだよ」
「残念そうじゃない!」
「顔赤いぞ」
「君が急に言うからだ!」
笑いながら、ザビーダは立ち上がった。
「嫌ならやめるけど」
「嫌ではない」
「じゃあ決まり」
そうして二人で寝室へ移った。
***
一緒のベッドに入るのは、初めてだった。思ったより狭い。というより、ミクリオが妙に端へ寄っている。
「ミク坊」
「何だ」
「落ちるぞ」
「落ちない」
「もっとこっち来いよ」
「近くないか?」
「一緒に寝るっつっただろ」
「そうだけど」
「じゃあ来い」
ザビーダが腕を引くと、ミクリオは少しだけこちらへ寄った。
それでも遠い。
「まだ」
「これ以上?」
「まだ」
「ザビーダ」
「何」
「本当に寝るだけなんだよな?」
「お前、俺様を何だと思ってんの」
「いや、君が近いから」
「寝るだけでも近くていいだろ」
ザビーダは笑って、自分からミクリオの胸元へ身体を寄せた。
腕を回す。ぴたりとくっつく。ミクリオの身体が少し固くなった。
「ほら」
「何が」
「これで落ちねえ」
「僕を固定具にするな」
「恋人サマなんだからちょっとくらい役に立てよ」
「そういう用途なのか」
「用途って言うな」
二人とも少し笑った。
そのまま静かになる。近い。服越しに体温が伝わる。呼吸も胸の上下も、心臓の音も、ザビーダは目を閉じた。
「……生きてんな」
ぽつりと出た。
ミクリオが少しだけ身体を動かす。
「何?」
「お前」
「生きてるよ」
「うん」
「当たり前だろう」
ザビーダは答えなかった。
当たり前、そう思えていた時もあった。明日もいる。次の朝も会える。そういうことを疑わなかった頃が、でも、突然いなくなることもある。約束したのに助かると思ったのに目の前で、風が吹いて、赤いものが見えて。
「ザビーダ」
ミクリオの声が近い。
今、ここ。
「……何」
「苦しい?」
「ちょっと」
正直に言う。
「明日のこと?」
「分かんねえ」
「うん」
ミクリオはそれ以上聞かなかった。
ただ腕を回す。ザビーダが逃げられるくらいの強さで。
「ミク坊」
「何だ」
「お前さ」
「うん」
「絶対死なねえって言える?」
ミクリオはすぐには答えなかった。
その沈黙で、ザビーダは少し安心した。軽々しく「死なない」と言わない。
「言えない」
やっぱり。
「だよな」
「僕だって、君だって、何があるか分からない」
「うん」
「でも」
ミクリオが少しだけ抱く腕を強める。
「明日の朝も、僕は君の隣で起きたい」
ザビーダは目を開けた。
近くに、ミクリオの顔がある。
「……それ、約束?」
「違う」
「違うの?」
「未来を保証する約束じゃない」
ミクリオは静かに言った。
「僕がそうしたい、という話」
ザビーダはしばらく黙った。
それから、少し笑う。
「そっか」
「ああ」
「じゃあ俺様も」
「うん」
「明日の朝、お前の隣で起きたい」
「うん」
「その次も」
「僕も」
「帰ってきてからも」
「ああ」
「何回くらい?」
「数えるの?」
「研究者サマなら得意だろ」
「そういうものは数えなくていい!」
ザビーダは吹き出した。
笑った拍子に、胸の奥にあった重いものが少しだけほどける。
「ミク坊」
「何だ」
「キスしていい?」
「うん」
「眠る前に一回だけ」
「分かった」
ザビーダは少し身体を起こし、ミクリオへ軽く口づけた。
短い。いつものキス。でも、今夜は少し違った。離れてからも、近いまま。
「……もう一回したい」
「一回だけって言っただろう」
「今増えた」
「したいことが?」
「うん」
ミクリオが笑う。
「なら」
今度は向こうから、軽く唇が触れた。
二度目。それで終わり。ザビーダは満足して、また胸元へ戻った。
「やっぱ今日、これでいいわ」
「何が?」
「寝るだけ」
「……そう」
「また残念そう」
「してない!」
「ははっ」
でも、ミクリオがもっと先へ進みたいと思っていることを、ザビーダは知っている。
それが嫌ではない。むしろ嬉しい。ただ、今夜は、抱きしめてもらって、キスをして、隣で眠る。それでいい。
「なあ」
「うん」
「そのうちな」
ミクリオの身体がまた少し固くなる。
「何を想像した?」
「君が言わせようとしてるだろう」
「当たり」
「寝るぞ!」
「はいはい」
ザビーダは笑いながら目を閉じた。
***
しばらくして、ミクリオの呼吸がゆっくりになった。眠ったらしい。ザビーダはまだ少しだけ起きていた。胸元へ耳を寄せる。心臓の音。一定の。生きている音。
「……ミク坊」
小さく呼ぶ。
返事はない。それでいい。眠っているだけだと分かる。ザビーダは服を少し掴んだ。昔。誰かの隣で、こうして眠ったことがあったのだろうか。ある。多分、断片的に思い出せる。アイゼンの大きな身体。自分が勝手に寄りかかって、嫌ならどけ、と言って、どけられなかったから、そのまま眠った。
それは悪い記憶ではない。むしろ、大事なものだった。だから、失ったことが怖い。また誰かを好きになることが怖かった。でも、好きにならなかったら。今こうして、ミクリオの心臓の音を聞くこともなかった。
「……怖えけど」
小さく呟く。
それでも、今は、この人を好きでいたい。ザビーダは目を閉じた。
***
朝。先に目を覚ましたのはザビーダだった。窓の外はまだ薄暗い。少しだけ身体を動かす。腕が重い。ミクリオが寝たまま、ザビーダを抱いていた。
「……」
思わず笑う。
起きている時よりよっぽど近い。
「ミク坊」
返事なし。
「お前、寝てる方が素直じゃね?」
聞こえていない。
多分、ザビーダはそのまま少しだけ眺めた。それから、起こさないように、額へ軽くキスする。
「おはよ」
小さな声。
ミクリオが僅かに眉を動かした。
「……ザビーダ?」
「起きた?」
「……うん」
まだ半分寝ている。
「朝」
「……朝?」
「おう」
ミクリオが数秒ぼんやりして、ようやく状況を理解したらしい。
「……近い」
「お前が抱いてんだよ」
「え」
腕を見る。
固まる。ザビーダは笑った。
「別に嫌じゃねえよ」
「……そう」
「むしろ」
少しだけ身体を寄せる。
「結構好き」
ミクリオがまた赤くなる。
「朝からやめてくれ」
「何で」
「心臓に悪い」
「ちゃんと動いてる証拠じゃん」
言ってから、ザビーダは一瞬だけ静かになった。
胸へ手を置く。ミクリオの心臓。動いている。
「……うん」
ミクリオがその手を見る。
「ザビーダ?」
「何でもねえ」
今度は本当に何でもない。
今ここにいる。それだけでいい。
「ミク坊」
「何だ」
「今日も帰ってこような」
「ああ」
「二人で」
「うん」
ザビーダは笑った。
「よし」
そして、二人とも起き上がった。
この日の任務が、いつも通りには終わらないことをまだどちらも知らなかった。