一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
北西の旧施設は、山の斜面を半ば削るように造られていた。遠目には岩肌と見分けがつかないほど古く、入口に刻まれていたはずの聖寮印も、今では輪郭が辛うじて残っている程度だった。
「思ったよりでけえな」
ザビーダが見上げる。
「地下が三層あるらしい」
隣でミクリオが資料を広げた。
「ただ、現存する図面は二層目までしかない。三層目は後から増設された可能性が高い」
「嫌な言い方するねえ」
「僕もそう思う」
今回の任務は、地下封鎖区画の異常調査。
数日前から周辺で小規模な霊力振動が観測されていた。施設そのものは長く放棄されているが、内部には古い隔離設備が残っているらしい。何を隔離していたのかは、記録が欠けている。ザビーダは入口の前で少しだけ鼻を鳴らした。
「こういうとこ、大体ろくなもん残ってねえよな」
「同感」
「帰る?」
「君は?」
「行く」
「僕も」
「じゃ、行くか」
二人で中へ入った。
その直前、ザビーダは無意識にミクリオの袖を掴んだ。
「何?」
「いや」
少し考えてから、ちゃんと言い直す。
「離れんなよ」
ミクリオが小さく笑った。
「君も」
「おう」
***
一層目は驚くほど静かだった。廊下には壊れた照明器具と、錆びた運搬用の台車が残っている。居住区だったらしい部屋もいくつかあったが、中には崩れた家具があるだけだった。
「反応は?」
ザビーダが聞く。
「まだ下」
ミクリオが携帯型の測定器を見る。
「かなり強くなってる。単純な業魔一体とは思わない方がいい」
「了解」
奥へ進む。
途中、閉ざされた扉があった。ザビーダが手を当てる。
「風経路生きてる」
「開けられそう?」
「やってみる」
霊力を流す。
以前なら、それだけでも何度か途切れていた。今は違う。風が内部の術式を走り、古い錠を順番に外していく。鈍い音を立てて扉が開いた。
「ほい」
「早くなったな」
「だろ?」
ザビーダが得意げに笑う。
「最近俺様、便利だぜ」
「便利という言い方は好きじゃない」
「自分で言ってんのに?」
「君が自分の術を便利だと言うのと、他人が君そのものを便利だと言うのは別だろう」
「細けえ」
「大事だ」
「はいはい」そう返しながら、ザビーダは少し笑った。
そういう細かさに助けられてきた。
今では分かる。
***
二層目に入ったあたりから、空気が変わった。重い。霊力だけではない。古い血や薬品の匂いなど、とっくに消えているはずなのに、何かが染み込んでいるような感覚がある。ザビーダは足を止めた。
「ここ」
「嫌?」
ミクリオがすぐに聞く。
「……ちょっと」
「戻る?」
「いや」
ザビーダは周囲を見る。
壁。扉。拘束具。見覚えはない。少なくとも、自分がアイゼンといた施設ではない。
「知らねえ場所だ」
「うん」
「でも雰囲気が似てる」
「それだけでも十分戻る理由になる」
「分かってる」
ザビーダは一度息を吐いた。
「でも行く」
「理由は?」
「お前と一緒だから」
ミクリオが少しだけ目を見開く。
「あと、普通に何がいるか気になる」
「そっちが先じゃないのか」
「両方」
二人で先へ進んだ。
***
最初の襲撃は、二層最奥だった。壁の一部が突然崩れ、その奥から黒い塊が飛び出した。
「右!」
ミクリオが叫ぶ。
「見えてる!」
ザビーダが腕を振る。
「ウィンドランス!」
風の槍が一体目を壁へ叩きつける。
続けて二体。人型に近いが、身体の一部が異様に膨張している。古い対業魔実験の残滓か、隔離中に変質した業魔か。考えている暇はない。ミクリオが前へ出る。ザビーダがその背中を追う。
「左、来る!」
「任せる!」
「ディバイドヒート!」
熱風が走り、二体まとめて動きを止める。
ミクリオが止めを刺す。連携は、以前よりずっと自然になっていた。誰かが誰かを使うのではなく、見えたものを伝えて、任せるところを任せて、危なければ助ける。
「ミク坊、後ろ!」
振り向きざまに風を放つ。
今度は詠唱すらほとんど要らなかった。業魔が吹き飛ぶ。
「助かった!」
「あとで褒めろ!」
「今褒めてる!」
「足りねえ!」
「戦闘中だ!」
こんな時でも少し笑える。
それだけ余裕があった。
***
敵を片づけ、さらに奥へ進むと、三層目へ続く階段が見つかった。図面にはない。階段脇の壁に、辛うじて文字が残っている。ミクリオが灯りを近づける。
《封鎖区画》
その下は削れている。ザビーダが眉を寄せた。
「帰るなら今じゃね?」
「僕も同じことを考えた」
「お」
「ただ、霊力振動の中心はこの下」
「だよなあ」
二人で階段を見下ろす。
暗く、底が見えない。
「行く?」
ミクリオが聞く。
ザビーダは少し考えた。怖い。でも、逃げたいほどではない。
「行く」
「僕も」
「じゃあ、今度こそマジで離れんなよ」
「分かってる」
今度は袖ではなく、手を取った。
階段を降りる間だけ、それで十分だった。
***
三層目はほとんど一つの巨大な空間だった。中央に円形の隔離槽。周囲には何重もの術式。ただし、その大半が壊れている。ザビーダは入った瞬間、嫌な予感がした。
「ミク坊」
「うん」
「これ、生きてる」
「僕もそう見える」
隔離槽の中央。
黒い塊が脈打っている。一つではない。いくつもの霊力が無理やり重なっているような、異様な反応。ミクリオの表情が険しくなる。
「融合実験体かもしれない」
「千年前の?」
「もっと古い可能性もある」
「で、今まで寝てた?」
「多分」
「最悪」
その瞬間、隔離槽に亀裂が走った。
「下がれ!」
ミクリオがザビーダの前へ出る。
「ミク坊!」
爆発。
防護術式の破片と黒い霧が、部屋中へ広がった。ザビーダは咄嗟に風を起こす。
「ホライゾンストーム!」
暴風が黒い霧を押し返す。
同時に隔離槽の中央から、巨大な何かが起き上がった。
***
それは、辛うじて人の形をしていた。四肢がある。頭もある。だが、身体の表面を複数の顔のようなものが浮かんでは消え、腕の一部が異常に長い。
「趣味悪っ」
ザビーダが吐き捨てる。
「来る!」
ミクリオの声。
一撃。床が砕けた。二人が左右へ飛ぶ。
「ザビーダ、距離取って!」
「お前もな!」
「僕は近接で崩す!」
「だから前出すぎんなって!」
言った直後、怪物の腕が伸びる。
ザビーダが風で軌道をずらす。ミクリオが懐へ潜り込み、術式核らしき部分を狙う。通る。しかし。
「再生してる!」
ザビーダが叫ぶ。
傷が塞がる。
「核が一つじゃない!」
「面倒くせえな!」
「同時に潰すしかない!」
「何個?」
「三――いや、四!」
「増えんな!」
それでも、戦える。
ザビーダはそう思った。怖い。でも、身体は動く。ウィンドランス。ディバイドヒート。ホライゾンストーム。全部出る。全部、自分の風。
「右二つ、俺様やる!」
「左を僕が!」
「合わせろ!」
「三、二――」
同時に攻撃。
二つ。三つ。核が砕ける。怪物が大きく揺らぐ。
「あと一個!」
ミクリオが叫ぶ。
中央。胸部の奥。一番深い。ザビーダが術式を組む。
「ウィンドランス!」
届く。
だが、直前で怪物が身体を捻った。外れた。
「くそ!」
「もう一回!」
ミクリオが前へ出る。
「待て、ミク坊!」
「今なら入れる!」
「一人で行くな!」
聞こえている。
それでも、ミクリオは止まらない。特等対魔士。強い。だから、必要なら前に出る。ザビーダは舌打ちして後を追った。
***
中央核へ攻撃が届いた。ミクリオの一撃が、深く刺さる。怪物が絶叫した。
「入った!」
ザビーダが叫ぶ。
次の瞬間、嫌な音がした。怪物の背中から、新しい腕が生えた。
「ミクリオ!」
今度は間に合わない。
巨大な腕がミクリオを横から薙ぐ。身体が飛んだ。
「――っ!」
壁へ叩きつけられる。
音。ザビーダの頭が真っ白になる。
「ミクリオ!」
走る。
倒れている。動かない。
「おい!」
しゃがみ込む。
肩へ触れる。
「ミクリオ!」
「……ザビーダ」
返事。
息が戻る。
「生きてる!?」
「生きてる……」
「どこ怪我した!」
「左脇腹、たぶん打った……」
「たぶんじゃねえ!」
「今は――」
怪物が動く。
ザビーダが振り返る。まだ終わっていない。中央核は損傷している。でも生きている。ミクリオが壁を支えに立とうとする。
「やめろ!」
「まだ動ける」
「脇腹打ってんだろ!」
「ここで止めないと――」
「俺様がやる!」
「ザビーダ」
「やるって言ってんだろ!」
風を集める。
ウィンドランスを撃つ。核を狙った一撃は怪物の腕に弾かれた。もう一度、風を集める。
「ウィンドランス!」
外される。
距離も角度も悪い。敵がミクリオを見た。ザビーダの背後。傷ついている。動きが鈍い。狙いやすい。
「……おい」
怪物が方向を変える。
「こっち見ろよ」
ザビーダが前へ出る。
風を放つ。
「俺様が相手だ!」
効かない。
怪物はミクリオへ向かう。
「ザビーダ、退け!」
「退くか!」
「僕が引きつける!」
その言葉。
胸の奥で、何かが軋んだ。
***
『お前はいいから逃げろ!』
***
ザビーダの呼吸が止まった。一瞬、そこにいるのが、ミクリオではなくなった。大きな背中。風。拘束を解かれた男。自分を見て、怒鳴る。
***
『俺はいい、逃げろ』
***
「……やめろ」
声が震えた。
ミクリオは聞こえていない。怪物へ向かおうとしている。自分を逃がすために前へ。
***
風が吹く。赤いもの。落ちる。首。
***
「やめろ!」
ザビーダが叫んだ。
ミクリオが振り返る。
「ザビーダ!?」
違う。
違う。今は、あの時じゃない。ここはあの施設じゃない。目の前にいるのはアイゼンじゃない。
「俺様を逃がすな」
「何を――」
「俺様だけ逃がそうとすんな!」
怪物が腕を振り上げる。
ミクリオへ間に合わない。ウィンドランスでは、ディバイドヒートでも、距離がある。ホライゾンストームでは、ミクリオまで巻き込む。頭の中に一つだけ、術式が浮かんだ。風の経路。二つの刃。交差。完成直前で、いつも閉じる。
「……」
身体が拒む。
胸が縮む。指が震える。使わなくていい。そう言われた。一生使えなくてもいい。ミクリオはそう言った。だから、今、これは誰にも命令されていない。
***
怪物の腕が振り下ろされる。ミクリオがこちらを見る。
***
「ザビーダ、下がれ!」
***
『逃げろ』
***
違う。ザビーダは踏み込んだ。
***
今度は自分が決める。
***
「――ミクリオ!」
***
風が集まった。