※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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扉の前の水差し

その夜、ミクリオは一度だけ、自分の判断を疑った。自宅へ帰る途中ではなく、両親に事情を説明した時でもなく、客間に新しい寝具を運び込み、ザビーダへ「今日はここを使ってくれ」と告げた、その時だった。

 

「……ここ?」

ザビーダが部屋を覗き込む。

「そうだ」

「俺様、一人で?」

「一人で」

ザビーダは振り返った。

何とも言えない顔をしている。

「何だ」

「いや」

そう言いながらも、まだこちらを見ている。

ミクリオは眉を寄せた。

「部屋が気に入らないのか?」

「そうじゃねえけど」

「なら何だ」

「お前の部屋は?」

「隣だ」

「ふうん」

ザビーダはもう一度客間を見る。

 

寝台。小さな机。椅子。窓。必要最低限ではあるが、使っていなかった部屋だから埃もなく整っている。

 

「……変なの」

「何が?」

「別に」

またそれだ。

 

ミクリオは少しだけ引っかかったが、今日はもう十分いろいろあった。所有者変更。真名。契約の保留。これ以上、一日のうちに考えることを増やしたくない。

 

「何か必要なものがあれば言ってくれ」

「おう」

「風呂は廊下の突き当たり。食事はさっき言った通りだ。水は――」

「なあ」

話を遮られた。

「何だ」

ザビーダはしばらくこちらを見ていた。

それから、ごく普通の調子で聞いた。

「今夜、使わねえの?」

ミクリオは黙った。

「……何を?」

ザビーダも黙った。

数秒。

「俺様」

「……」

意味を理解した。

理解した瞬間、今日だけで何度目か分からないほど、頭が痛くなった。

「使わない」

「即答?」

「即答するだろう」

「買った初日なのに?」

「それがどうした」

ザビーダは本気で不思議そうだった。

 

からかっているわけではない。誘惑しているわけでもない。ただ、確認している。そのことが分かってしまった。

 

「普通、買ったら使うぜ」

「普通かどうかは知らない」

「知らないってことねえだろ。対魔士なんだから」

「知識として知っていることと、自分がすることは別だ」

ザビーダが目を細める。

「俺様、別に嫌じゃねえぞ」

「……」

その言葉。

 

昼間にも聞いた。嫌ではない。慣れている。ミクリオは少し考えてから尋ねた。

 

「君は、したいのか」

「は?」

「僕と」

ザビーダが瞬きをする。

「……俺様が?」

「ああ」

妙な聞き返しだった。

自分のことを聞かれたのに、まるで質問の対象を確認するような。

「別に」

「なら、しない」

「待て待て」

ザビーダが片手を上げる。

「話飛んでねえ?」

「飛んでいない」

「俺様、嫌じゃねえって」

「それは聞いた」

「だったらいいだろ」

「よくない」

「何で?」

ミクリオは少し黙った。

 

説明しようとすると自分でも、なぜこんなことにこだわっているのか分からなくなる。ただ、「嫌ではない」と言われたからする。それでは昼間見た札と何が違うのだろうと思った。利用可能。抵抗なし。使用上問題なし。条件を満たしているから使う。ザビーダ本人がその中のどこにいるのか。

 

「僕は」

ミクリオはゆっくり言った。

「君が拒否しないかどうかを確認したいんじゃない」

ザビーダが黙る。

「君が、僕とそうしたいと思っているのかを聞いている」

「……」

「違うなら、しない」

「それだけ?」

「ああ」

「マジで?」

「なぜ疑う」

「いや」

ザビーダは頭を掻いた。

「そういう聞かれ方、あんまされたことねえから」

あまり。

 

その言葉に、ミクリオの胸の奥が少し沈んだ。だが、聞かなかった。何人にいつから、どういう形で、今日は聞くべきではないと思った。

 

「なら、今日は寝ろ」

「命令?」

反射的な問いだった。

ミクリオは止まった。

「……違う」

「じゃあ?」

「提案だ」

「提案」

「疲れているだろう」

「まあ、それなりに」

「なら休んだ方がいい」

ザビーダはしばらくミクリオを見て、「分かった」と答えた。

 

その返事も、従っただけなのか。本人がそう思ったのか。ミクリオにはまだ判別できなかった。

 

***

 

夜も更けた頃。ミクリオは自室で書類を読んでいた。今日の所有者変更に関する控え。正式な登録証は後日。契約は未成立。真名欄も空白。その空白を見ていると、また腹が立ってくる。誰があんな名前を付けた。なぜ誰も変えなかった。ザビーダ自身は、なぜあんなにも平然としていた。

 

考えても答えは出ない。書類を閉じた。寝よう。そう思った時、控えめに扉が鳴った。

 

「ミクリオ」

ザビーダの声だった。

「開いている」

扉が少し開く。

ザビーダが顔だけを覗かせる。

「何だ」

「……まだ起きてた」

「見れば分かるだろう」

「そうだな」

入ってはこない。

「何か必要か?」

「いや」

「なら?」

「……」

黙っている。

ミクリオは椅子を回した。

「ザビーダ」

「ん?」

「何だ」

少し強めに聞くとザビーダはためらうように視線を逸らした。

「本当に」

「何が?」

「何もしねえの?」

ミクリオはしばらく黙った。

 

「しない」

「今日だけ?」

「今日だけとは言っていない」

「じゃあ明日は?」

「しない」

「明後日」

「しない」

「その次」

「……君は何を確認しているんだ」

 

ザビーダは笑った。

「いやあ」

いつもの軽い笑い。

でも、少しだけ固かった。

「途中で気が変わるかもしれねえじゃん」

「変わらない」

「男だろ?」

「関係ない」

「俺様、寝てたら抵抗もしねえぜ」

ミクリオの表情が消えた。

「しない」

「起きねえかもしれない」

「しない」

「命令されたら――」

「ザビーダ」

遮った。

「しない」

一語ずつ。

 

はっきり言った。ザビーダがこちらを見る。

 

「君が寝ていても」

続ける。

「酔っていても」

「……」

「抵抗しなくても」

「……」

「僕が所有者でも」

ミクリオは言った。

「しないと言ったら、しない」

静かになった。

 

夜の家。遠くで時計の音がする。ザビーダは扉に手を掛けたまま、何も言わなかった。しばらくして。

 

「……そっか」

それだけ。

「安心したか?」

聞いてから、余計だったかもしれないと思った。

 

ザビーダは一瞬、目を丸くした。それから、いつものように笑った。

 

「別に?」

またその答え。だが今度は、ミクリオも追及しなかった。

 

「そうか」

「おう」

「なら寝ろ」

「今度は命令?」

「……好きにしろ」

ザビーダが少し笑う。

「おやすみ、ミクリオ」

「ああ」

扉が閉まる。

 

ミクリオはしばらく、その扉を見ていた。

 

***

 

ザビーダは客間へ戻った。扉を閉じる。鍵はない。正確には、内側から掛ける簡単な錠はあった。それを見つめる。掛けてもいいのだろうか。少し考えて、やめた。寝台へ入る。柔らかい。あの店で使っていたものより、ずっと天井を見る。知らない天井。知らない部屋。新しい所有者の家。

 

普通なら。今夜はそういうものだ。最初の日なのだから、相手が自分をどう使うのかを覚える。何を好むのか。何を嫌うのか。何をされたら怒るのか。どこまで許されるのか。それを知る日。なのに、何もなかった。

 

「……変なの」

呟く。

 

目を閉じる。しばらくして、廊下から微かな足音がした。ザビーダの目が開く。身体が勝手に身構える。足音。近づく。止まる。客間の前。

 

「……」

来た。

 

そう思った。けれど、扉は開かなかった。代わりに、小さな音がした。何かを床へ置いたような。それから足音が遠ざかる。ザビーダはしばらく動かなかった。数分経ってから、寝台を出る。扉を開ける。廊下には誰もいない。足元に水差しとコップが置いてあった。小さな紙。

《夜中に喉が渇いた時用》

 

ミクリオの字だった。

「……」

ザビーダは紙を持ち上げる。

 

紙を裏返しても、他には何も書かれていなかった。それだけだ。

 

「……何なんだよ」

笑う。

 

けれど、なぜかいつものようには笑えなかった。部屋へ戻り、今度は扉の錠を掛ける。掛けても怒られない気がした。寝台へ戻って目を閉じたあとも、その夜、ザビーダは何度か目を覚ました。けれど、朝まで扉が開くことはなかった。

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