※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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家の鍵

朝。ザビーダは目を覚ましてしばらく天井を見ていた。知らない天井だった。それだけで、昨夜のことを思い出す。新しい所有者。ミクリオ。契約しなかった。真名も変えなかった。使わなかった。何もしなかった。朝まで、本当に。

 

「……」

身体を起こす。

 

扉を見る。内側から掛けた錠は、そのままだった。誰かが開けようとした痕跡もない。床には、昨夜ミクリオが置いていった水差しとコップ。結局、水は飲んだ。紙もまだ机に置いてある。

《夜中に喉が渇いた時用》

 

たったそれだけ、ザビーダは紙を指先でつまんだ。

「……ほんと何なんだよ」

独り言を落とす。

 

返事はない。当たり前だ。いつものように、豊満な胸へサラシを巻き、黒いロングパンツを穿く。長い銀髪は手櫛で適当に整えただけで、緑がかった毛先は好き勝手な方向へ跳ねた。そのまま部屋を出る。廊下には誰もいなかった。階下から、人の話し声と食器の音が聞こえる。それから、いい匂い。ザビーダは少しだけ立ち止まった。

朝食。最後に普通の家で朝食を食べたのは、いつだったか。思い出せない。店でも食事は出た。死なない程度には。

だが、客の残りだったり、決まったものを渡されたり。何が食べたいかなど聞かれたことはない。別に腹に入れば同じだ。そう思いながら階段を降りる。

 

「おはようございます、ザビーダさん」

最初に気づいたのはミューズだった。

ザビーダは足を止める。

「……おはよ」

「よく眠れました?」

「まあ」

嘘ではない。

 

何度か起きたが、いつもよりは眠れた気がする。食卓にはミケルとミクリオが既に座っていた。ミクリオがこちらを見る。

 

「おはよう」

「おう」

昨夜のことなどなかったような顔だった。

 

ザビーダは少し眉を寄せる。本当に何も言わない。

 

「そこ、使ってください」

ミューズが椅子を示す。

「俺様も食うの?」

「もちろん」

「……へえ」

座る。

 

目の前に皿が置かれる。ミューズが鍋の蓋を開けながら尋ねた。

 

「パンと麦粥、どちらがいいですか?」

ザビーダは一瞬。

何を聞かれたのか分からなかった。

「……何?」

「朝食です。パンと麦粥」

「どっちでも」

「そうですか?」

ミューズは困ったように笑った。

「どちらもありますよ」

「じゃあ、余ってる方で」

「どちらも余ります」

「……」

横からミクリオが口を挟んだ。

「母さんは、君がどちらを食べたいか聞いているんだ」

「聞こえてるよ」

「なら答えればいい」

「だから、どっちでもいいって」

「本当に?」

その言い方にザビーダはミクリオを見る。

 

責めているわけではない。ただ確認している。

 

「……何だよ」

「いや」

ミクリオは少し考えてから言った。

「昨日もそうだったなと思って」

「何が?」

「別に、どちらでもいい」

ザビーダの眉が上がる。

「悪いか?」

「悪いとは言っていない」

「ならいいだろ」

「ただ、本当に差がないのかと思っただけだ」

「朝飯だぞ」

「朝食にも好みくらいあるだろう」

ザビーダは答えなかった。

 

好み。そんなことを真面目に考えたことが、最近あっただろうか。腹が減っていれば食べる。出されたものを食べられる時にそれだけ、ミューズは急かさず待っている。ミケルは何も言わずパンをちぎっていた。誰も、「早くしろ」と言わない。

 

「何でもいいならこれにしろ」と決めない。

ザビーダは少し居心地が悪くなった。

「……パン」

ようやく言った。

ミューズが頷く。

「はい」

それだけだった。

 

何の反応もない。褒められもしない。変な顔もされない。ただ、パンが置かれた。焼きたてだった。少し温かい。

 

「バターもありますよ」

「……それもいいの?」

今度は口に出してから、自分で変だと思った。

ミューズが首を傾げる。

「ええ」

「勝手に使って?」

「もちろん」

「……へえ」

ザビーダはバターを少し取った。

 

塗る。食べる。美味い。それが何となく腹立たしかった。

 

***

 

「それで」

食事が半分ほど進んだ頃。

ザビーダはミクリオを見る。

「今日は何すりゃいい?」

「何?」

「俺様」

パンを指で示す。

「買ったんだろ。仕事とかあんじゃねえの」

ミクリオは咀嚼を終えてから答えた。

「特にない」

「……は?」

「今日は中央支部で昨日の手続きを確認する。その後は訓練所へ行く」

「俺様は?」

「留守番でも、外出でも、好きにすればいい」

ザビーダはミクリオを見た。

「いや」

「何だ」

「命令は?」

「ない」

「掃除とか」

「必要なら自分たちでする」

「荷物運び」

「ない」

「術の訓練」

「契約していない」

「客の相手」

ミクリオの表情が止まった。

「ない」

少し低くなった。

ザビーダは口元を上げる。

「じゃあ俺様、何のためにいるんだよ」

ミクリオも黙った。

 

ミケルがちらりと息子を見る。ミューズは何も言わない。

 

「……それを」

ミクリオが口を開く。

「僕もまだ考えている」

「またかよ!」

ザビーダが笑った。

「お前、ほんと何で俺様買ったんだ?」

「昨日も言っただろう。分からない」

「買われた方も困るんだけど」

「それはすまない」

「謝るんだ」

「困らせているならな」

「……」

調子が狂う。

 

もっと。

「所有者なんだから黙って従え」とか。

「役に立て」とか。

そういうものが返ってくれば分かりやすい。

だが。

「好きにしていい」は困る。

好きにって、何を。

「外出していいって」

ザビーダは確認する。

「ああ」

「一人で?」

「ああ」

「逃げても?」

ミクリオの手が止まった。

 

ミケルとミューズもわずかに視線を上げる。ザビーダは笑っていた。軽い冗談だった。たぶん。

 

「……本当に逃げたいなら」

ミクリオが答える。

「止めたいとは思う」

「へえ」

「だが、無理に連れ戻すつもりはない」

ザビーダの笑みが少し薄くなる。

「所有者のくせに?」

「書類上は」

「それ、便利な言い方だな」

「僕もそう思う」

ミクリオは少し眉を寄せた。

「ただ」

続ける。

「昨日の店に戻るのは勧めない」

「何で?」

「僕が君を買った意味が完全になくなる」

「意味分かってねえくせに」

「だからこそだ」

「何だそれ」

ザビーダは吹き出した。

 

今度は普通に笑えた。ミューズも少し笑っている。ミケルは完全に面白がっていた。

 

「父さん」

ミクリオが睨む。

「何だ?」

「何で笑ってるんです」

「いや。お前らしいなと」

「何がです?」

「買う理由は分からないのに、戻られたら困る理由だけはあるところ」

「……」

ミクリオが不機嫌そうに黙る。

ザビーダはさらに笑った。

「導師サマ、分かってんじゃん」

「ミケルでいい」

「いいの?」

「家の中くらいはな」

ザビーダは少しだけ目を細めた。

「じゃ、ミケル」

「ああ」

「ミューズも?」

「もちろん」

ミューズが答える。

「……変な家」

思わず言った。

 

三人とも、否定しなかった。

 

***

 

朝食の後。ミクリオは出勤の支度を始めた。ザビーダは居間の椅子に座ったまま、その様子を眺めている。

 

「ザビーダ」

「ん?」

「僕は夕方には戻る」

「おう」

「鍵はこれ」

小さな鍵を渡された。

ザビーダは手のひらを見る。

「……俺様に?」

「この家の鍵だ」

「分かるけど」

「なくすなよ」

「そこ?」

「なくされたら困る」

「逃げるかもしれねえ奴に家の鍵渡す?」

「君が昨日までいた店へ戻るよりは、ここへ帰ってきてもらった方がいい」

「……」

またそういう言い方をする。帰ってくる。まだ一晩しか寝ていない家なのに。

 

「それから」

ミクリオが言う。

「昼食は棚にある。好きなものを食べていい」

「好きなもの」

「昨日からそればかり聞き返すな」

「珍しいんだよ」

「何が?」

ザビーダは一瞬。

答えようとして、やめた。

「別に」

ミクリオが少し眉を寄せる。

 

またそれか。と言いたそうな顔だった。けれど何も言わなかった。代わりに。

 

「じゃあ、行ってくる」

とだけ言う。

「……おう」

扉が閉まる。

 

足音が遠ざかる。ザビーダは鍵を見る。家の鍵。所有者が留守の間。自由に出ていい。何もしなくてもいい。食べたいものを食べていい。

 

「……」

何をすればいい。

 

本気で、分からなかった。立ち上がる。台所へ行く。棚を開ける。パン。果物。干し肉。菓子。いくつもある。好きなもの。ザビーダはしばらく見つめて、棚を閉じた。今度は窓へ行く。通りを見る。出てもいい。どこへ行く。知らない。

 

「……参ったな」

呟く。

 

命令される方が、ずっと簡単だった。何をすればいいか分かる。やれば終わる。嫌かどうかも考えなくていい。なのに、何もしなくていい。好きにしろ。そう言われると自分が何をしたいのか。分からない。ザビーダは居間へ戻った。椅子に座る。しばらく天井を見る。

 

「……」

やがて、何となく窓際の日当たりのいい場所へ移動した。

 

そこで横になる。暖かかった。誰にも命令されていない。誰の役にも立っていない。何もしていない。少しだけ落ち着かなかった。それでも、目を閉じる。

 

「……まあ」

眠くなった。

「寝るくらいなら、いいか」

誰に許可を取るでもなく、ザビーダはそのまま眠った。

 

***

 

夕方、家へ帰ったミクリオが見たのは、窓際の長椅子で丸くなって眠るザビーダだった。

 

「……」

起こそうとして、やめた。

 

上着を脱ぎ。音を立てないよう机へ置く。しばらくするとザビーダが目を開けた。

 

「……お」

「起きたか」

「ああ」

身体を起こす。

少し寝ぼけた顔でミクリオを見る。

「何してた?」

「何も」

「そうか」

それだけ、怒られない。

「……何もしてねえぞ」

「聞いた」

「掃除もしてねえ」

「頼んでいない」

「飯食って寝てただけ」

「休めたならいいんじゃないか」

ザビーダは黙った。

「……いいの?」

「何が」

「それで」

ミクリオは少し考える。

「君がそうしたかったなら」

その言葉にザビーダは視線を逸らした。

 

そうしたかった。言われてみれば、今日は、眠かったから寝た。腹が減ったから食べた。日が暖かかったから窓際へ行った。命令されたからではない。

 

「……」

些細なことだった。

あまりにも。

「変な奴」

ザビーダが呟く。

ミクリオがため息をついた。

「それ、いつまで言うつもりだ」

「飽きるまで」

「なら早く飽きてくれ」

「それは俺様が決めていい?」

冗談で言った。

ミクリオは真面目な顔で頷いた。

「ああ」

「……」

ザビーダは一瞬だけ固まって、それから、声を上げて笑った。

「ほんっと変な奴!」

「うるさい!」

その日の夕食に何を食べたいかと聞かれ、ザビーダは少しだけ考えてから、今度は「肉」と答えた。

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