一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
中央支部へ向かう道すがら、ザビーダは何度も首元の仮登録環を指で弾いていた。金属が小さく鳴る。
「気になるのか」
ミクリオが聞く。
「そりゃな。昨日まで違う名前だったし」
環そのものではなく、そこに刻まれた所有者名の話らしい。
《ミクリオ》。
昨日までは別の人間の名前があった。その前にも、その前にも、どれだけ並んでいたのか、ミクリオは知らない。
「正式な登録が終われば、仮札は外れる」
「環は残る?」
「……残る」
「だよな」
ザビーダは軽く笑った。
その笑い方が、ミクリオには少しだけ気に入らなかった。
「嫌なのか」
「何が?」
「環」
「別に」
まただ。
ミクリオはそれ以上言わなかった。昨日から、ザビーダはよく「別に」と言う。嫌でもない。好きでもない。どうでもいい。それが、本当にどうでもいい時の言葉なのか。ミクリオにはまだ分からなかった。
「それより」
ザビーダが横目で見る。
「俺様まで行く必要あんの?」
「本人確認がある」
「本人」
「何だ」
「いや?」
口元が少し上がる。
「お前、自然にそういう言い方するんだな」
「何かおかしいか」
「別に」
「……」
今のは、少し楽しんでいる。
それくらいは分かるようになってきた。
***
所有者変更の正式登録自体は、滞りなく進んだ。書類の確認。霊力反応の照合。登録環の更新。契約は未締結のまま。真名欄は保留。担当官は一度だけ眉を上げたものの、ミクリオの署名を確認すると、それ以上は何も言わなかった。
「では、こちらで所有者変更は完了です」
「ありがとう」
「契約については後日で?」
「ああ」
「承知しました」
ザビーダが立ち上がる。
「終わり?」
「ひとまずは」
「じゃ、帰る?」
「少しだけ報告書を受け取る」
「待ってりゃいい?」
「そうしてくれ」
「はいよ」
返事は軽い。
ミクリオは隣の執務室へ向かった。書類を受け取り、担当者と二、三言交わす。それだけのつもりだった。廊下へ戻った時、ザビーダは窓際に立っていた。一人ではない。若い対魔士が一人、隣で話しかけている。ミクリオも顔を知っている。二等対魔士。数度、合同任務で一緒になったことがある。
真面目で、仕事も丁寧で、特に問題を起こすような男ではない。だから、最初は何も気にしなかった。
「ミクリオ特等」
こちらに気づき、青年が頭を下げる。
「手続きは終わられたんですね」
「ああ」
「本当に個人所有になさったんですね」
「そうだ」
青年はザビーダを見る。
興味深そうな視線。それだけなら。別に珍しくもない。
「西地区の供用聖隷ですよね?」
「ああ」
ザビーダ本人が答える。
「覚えてた?」
「何度か見かけたことがあります」
「へえ」
「有名でしたから」
ザビーダは少し笑った。
「そりゃ光栄だ」
ミクリオは眉を寄せる。
何が、なぜか。少しだけ引っかかった。
「何か用があるのか」
青年が「ああ」と思い出したようにミクリオを見る。
「実は」
一瞬、言いにくそうな顔をした。それでも、すぐに普通の表情へ戻る。
「今夜、その聖隷をお使いになる予定はありますか?」
ミクリオは黙った。
意味を理解するのに、一拍かかった。
「……何の話だ」
「ですから」
青年はザビーダを見る。
「こちらの風の聖隷です」
「それが?」
「もしお使いにならないのでしたら、一晩だけ貸していただけないかと思いまして」
廊下の音が、少しだけ遠くなった気がした。
「……貸す?」
「はい」
青年はごく普通の顔をしていた。
笑ってすらいる。
「以前は店で自由に利用できましたから。所有者が変わったなら許可が必要でしょう?」
正しい。
制度上は、何も間違っていない。所有聖隷を第三者へ貸与する場合。所有者の許可が必要。それだけ。青年はきちんと許可を求めている。むしろ、規則を守っている。
「俺様は別に構わねえぜ」
横からザビーダが言った。
ミクリオはそちらを見る。
「慣れてるし」
また、その言葉だった。青年も安心したように笑う。
「本人もこう言っていますし」
本人。
その言葉を使う。なのに、ミクリオには、今のやり取りが、ひどく気持ち悪く感じられた。昨日の夜。
「嫌ではない」と「したい」は違う。
そう話した。
ザビーダ自身が、今、何を言った。構わない。慣れている。行きたいではない。
「断る」
声が出た。
青年が目を瞬く。
「え?」
「貸さない」
「……ですが」
「断ると言った」
思ったより、冷たい声になった。
青年は困惑した顔をする。
「失礼ですが、ミクリオ特等は使用されていないのですよね?」
「それが何だ」
「でしたら一晩くらい――」
「関係ない」
言い切った。
少し強すぎたかもしれない。けれど、止める気にはならなかった。
「彼女は僕の所有聖隷だ」
口にした瞬間、ひどく嫌な感覚が残った。
それでも続ける。
「所有者の許可なく、勝手に利用することは認められていない」
「それはもちろん」
青年は慌てて頷く。
「ですから、こうして許可を――」
「許可しない」
「……」
沈黙。
青年はミクリオとザビーダを見比べた。
「分かりました」
やがて頭を下げる。
「失礼しました」
それだけだった。
本当にそれだけ、青年は立ち去る。誰も怒鳴らない。誰も争わない。何も起きない。規則通り。許可が下りなかったから諦めた。ただ、それだけだった。
***
中央支部を出てから、ミクリオはしばらく黙って歩いた。ザビーダも最初は何も言わなかった。けれど、二つ目の角を曲がったところで。
「便利だな」
声がした。
「何が」
「所有者サマ」
ミクリオは足を止める。
ザビーダも止まる。
「お前が駄目って言えば、それで終わり」
「……」
「俺様が何言っても、あいつはお前に許可取る」
軽い調子だった。
ミクリオには、その軽さが、妙に腹立たしかった。
「君が駄目だと言っても、終わるべきだろう」
ザビーダは一瞬黙り、それから笑った。
「そういう世界じゃねえよ」
「……」
あっさりと、事実を説明するように言う。
「俺様が嫌だっつっても、所有者がいいって言えば終わり。所有者が駄目って言えば、俺様がいいって言っても終わり」
「おかしいだろう」
「お前にとってはな」
「君にとってもだろう」
ザビーダが少し目を細める。
「さあ」
「さあ?」
「長いからな」
また長い。慣れている。別にどれも、ミクリオが嫌いになり始めている言葉だった。
「それに」
ザビーダが歩き出す。
「俺様なら別に行ってもよかったぜ?」
ミクリオも追う。
「行きたかったのか」
「……」
ザビーダが振り返る。
「そこ聞く?」
「ああ」
「昨日からそればっかだな」
「答えは?」
ザビーダは少し考えた。
「別に?」
「なら断ってよかった」
「即決?」
「ああ」
「俺様が嫌じゃないって言ってんのに?」
「君がしたいとは言っていない」
「……」
ザビーダは少しだけ困ったような顔をした。
「お前ほんと、それ大事にするな」
「重要だろう」
「そうか?」
「重要だ」
迷いなく言う。
「嫌でないものを全部やる必要はない」
「……」
「君には、したいことだけでなく、したくないこともあるだろう」
「分かんねえな」
「何が」
「そこまで考える意味」
ミクリオは一瞬。
言葉に詰まった。
「意味?」
「生きてりゃ、嫌なことくらいあるだろ」
「ある」
「やりたくないこともやる」
「それもある」
「なら同じじゃん」
「同じじゃない」
「何が」
ミクリオは少し考える。
上手く言葉にできない。仕事。義務。必要な我慢。それと所有者が使いたいから、身体を差し出すこと同じにしたくない。
「少なくとも」
ゆっくり言う。
「君の身体については、君が決めるべきだと思う」
ザビーダが目を瞬く。
「……俺様の?」
「ああ」
「所有者のお前じゃなく?」
「僕じゃない」
「でも、お前の聖隷だぜ?」
「書類上は」
「またそれ」
「事実だ」
ミクリオは眉を寄せた。
「僕が君を所有物だと思っているかどうかと、制度上僕が所有者であることは別だ」
ザビーダはしばらく黙っていた。
「面倒くせえな」
「分かっている」
「じゃあ手放せば?」
その言葉にミクリオの足が止まった。
ザビーダも止まる。
「……何?」
「俺様を」
軽く言う。
「所有が嫌なら、解放すりゃいいじゃん」
一瞬、答えが出なかった。制度上は、可能だ。所有権を放棄する。登録を解除する。それだけならできる。だが、昨日まで、ザビーダはどう扱われていた。所有者がいなければ、どうなる。誰が、何をする。
「……今はしない」
答えた。
「へえ」
ザビーダが笑う。
「意外と独占欲強い?」
「違う」
「即答だな」
「そうじゃない」
ミクリオは少し苛立った。
自分でも、何にうまく説明できない。
「僕の名前が所有者欄にある限り」
言葉を探す。
「少なくとも、他人は勝手に君へ手を出せない」
ザビーダの笑みが、少しだけ消えた。
「……まあな」
「それを放棄して」
ミクリオは続ける。
「君がまた、誰でも利用できる状態になるなら」
声が低くなる。
「意味がない」
「俺様を自由にしたいんじゃねえの?」
「自由にした結果、誰にでも使われるなら、それを自由と呼びたくない」
ザビーダは何も言わなかった。
通りの向こうでは人が歩き、荷車が通る。どこかの店から笑い声も聞こえる。いつもの街の、いつもの昼だった。ミクリオだけが妙に難しい顔をしていた。
「……変な奴」
ザビーダが言う。
「またそれか」
「だって変だろ」
「何が」
「所有が嫌だっつってんのに、手放さねえ」
「……僕だって分かっている」
「矛盾してんな」
「分かっている!」
思わず声が強くなる。
ザビーダが笑った。その笑い方は、少しだけ楽しそうだった。
***
家へ戻るころには、ミクリオの機嫌はまだ直っていなかった。玄関で靴を脱ぐ。ザビーダが後ろからついてくる。
「なあ」
「何だ」
「まだ怒ってる?」
「怒っていない」
「怒ってんじゃん」
「怒っていない」
「それ、怒ってる奴の言い方」
ミクリオが振り返る。
「君は」
「おう」
「本当に、あの男と行ってもよかったのか」
ザビーダは少し考える。
「まあ」
「まあ、じゃない」
「しつけえな」
「重要だから聞いている」
「……」
ザビーダは壁にもたれる。
「嫌じゃなかった」
「それは聞いた」
「じゃあいいだろ」
「だから」
ミクリオは額を押さえる。
「君がしたかったのかと聞いている」
「……」
沈黙。
ザビーダは視線を逸らした。
「したいってほどじゃねえよ」
「なら」
「でも別に――」
「なら断ってよかった」
遮る。
ザビーダがこちらを見る。
「それで終わりだ」
「……」
「何だ」
「いや」
ザビーダは少しだけ考えるような顔をした。
「じゃあさ」
「何だ」
「俺様が」
口元が上がる。
「本気であいつと寝てえって言ったら、貸した?」
ミクリオが固まった。
「……」
ザビーダの笑みが広がる。
「あれ?」
「……」
「対魔士サマ?」
「うるさい」
「答えは?」
「……嫌だとは思う」
言ってから、自分で驚いた。
ザビーダも目を丸くする。
「へえ」
「何だ」
「嫌なんだ?」
「……」
「嫉妬?」
「違う」
「早えな」
「違うと言っている」
「じゃあ何」
ミクリオは答えられなかった。
何なのか。自分でも分からない。ただ、他人がザビーダに触れる。そう想像すると面白くない。それだけ。
「……僕が嫌でも」
やがて言う。
「君が本当に望むなら」
ザビーダが少し真顔になる。
「止めたくはない」
「所有者なのに?」
「ああ」
「止められるぜ」
「知っている」
「命令一個で」
「だから使いたくない」
ザビーダが黙った。
ミクリオもそれ以上は言わなかった。自分でも、どこまでが理屈で、どこからが感情なのか。分からなくなっていた。
***
その夜、夕食の後。ザビーダが長椅子に寝転びながら、ふと思い出したように言った。
「なあ」
「今度は何だ」
「今日さ」
「うん」
「お前が駄目って言った時」
ミクリオが顔を上げる。
「俺様、ちょっと楽だった」
「……何?」
「自分で断らなくて済んだから」
軽い声だった。
けれど、ミクリオは返事をしなかった。ザビーダも続けない。しばらくして。
「でも」
ミクリオが言う。
「いつかは」
ザビーダを見る。
「僕がいなくても、君が嫌なら嫌だと言える方がいい」
ザビーダが目を細める。
「難しいこと言うな」
「そうか?」
「そうだよ」
「……なら」
ミクリオは少し考える。
「今は僕が断る」
「へえ」
「君が自分で断れるようになるまで」
「いつになるか分かんねえぜ?」
「構わない」
即答だった。
ザビーダはしばらくミクリオを見ていた。
「……所有者サマ」
「何だ」
「結構、過保護だな」
「違う」
「また即答」
「君が何でも僕のせいにするからだろう」
ザビーダが笑う。
今度は昼間より、ずっと自然にミクリオはその笑い声を聞きながら、今日初めて使った言葉を思い出していた。――彼女は僕の所有聖隷だ。ザビーダを守るために一番使いたくない言葉を使った。それがどうにも、腹立たしかった。