※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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君が断れるまで

中央支部へ向かう道すがら、ザビーダは何度も首元の仮登録環を指で弾いていた。金属が小さく鳴る。

 

「気になるのか」

ミクリオが聞く。

「そりゃな。昨日まで違う名前だったし」

環そのものではなく、そこに刻まれた所有者名の話らしい。

 

《ミクリオ》。

 

昨日までは別の人間の名前があった。その前にも、その前にも、どれだけ並んでいたのか、ミクリオは知らない。

 

「正式な登録が終われば、仮札は外れる」

「環は残る?」

「……残る」

「だよな」

ザビーダは軽く笑った。

その笑い方が、ミクリオには少しだけ気に入らなかった。

「嫌なのか」

「何が?」

「環」

「別に」

まただ。

ミクリオはそれ以上言わなかった。昨日から、ザビーダはよく「別に」と言う。嫌でもない。好きでもない。どうでもいい。それが、本当にどうでもいい時の言葉なのか。ミクリオにはまだ分からなかった。

 

「それより」

ザビーダが横目で見る。

「俺様まで行く必要あんの?」

「本人確認がある」

「本人」

「何だ」

「いや?」

口元が少し上がる。

「お前、自然にそういう言い方するんだな」

「何かおかしいか」

「別に」

「……」

今のは、少し楽しんでいる。

 

それくらいは分かるようになってきた。

 

***

 

所有者変更の正式登録自体は、滞りなく進んだ。書類の確認。霊力反応の照合。登録環の更新。契約は未締結のまま。真名欄は保留。担当官は一度だけ眉を上げたものの、ミクリオの署名を確認すると、それ以上は何も言わなかった。

 

「では、こちらで所有者変更は完了です」

「ありがとう」

「契約については後日で?」

「ああ」

「承知しました」

ザビーダが立ち上がる。

「終わり?」

「ひとまずは」

「じゃ、帰る?」

「少しだけ報告書を受け取る」

「待ってりゃいい?」

「そうしてくれ」

「はいよ」

返事は軽い。

 

ミクリオは隣の執務室へ向かった。書類を受け取り、担当者と二、三言交わす。それだけのつもりだった。廊下へ戻った時、ザビーダは窓際に立っていた。一人ではない。若い対魔士が一人、隣で話しかけている。ミクリオも顔を知っている。二等対魔士。数度、合同任務で一緒になったことがある。

 

真面目で、仕事も丁寧で、特に問題を起こすような男ではない。だから、最初は何も気にしなかった。

 

「ミクリオ特等」

こちらに気づき、青年が頭を下げる。

「手続きは終わられたんですね」

「ああ」

「本当に個人所有になさったんですね」

「そうだ」

青年はザビーダを見る。

 

興味深そうな視線。それだけなら。別に珍しくもない。

 

「西地区の供用聖隷ですよね?」

「ああ」

ザビーダ本人が答える。

「覚えてた?」

「何度か見かけたことがあります」

「へえ」

「有名でしたから」

ザビーダは少し笑った。

「そりゃ光栄だ」

ミクリオは眉を寄せる。

 

何が、なぜか。少しだけ引っかかった。

 

「何か用があるのか」

青年が「ああ」と思い出したようにミクリオを見る。

「実は」

一瞬、言いにくそうな顔をした。それでも、すぐに普通の表情へ戻る。

 

「今夜、その聖隷をお使いになる予定はありますか?」

ミクリオは黙った。

意味を理解するのに、一拍かかった。

「……何の話だ」

「ですから」

青年はザビーダを見る。

「こちらの風の聖隷です」

「それが?」

「もしお使いにならないのでしたら、一晩だけ貸していただけないかと思いまして」

廊下の音が、少しだけ遠くなった気がした。

「……貸す?」

「はい」

青年はごく普通の顔をしていた。

笑ってすらいる。

「以前は店で自由に利用できましたから。所有者が変わったなら許可が必要でしょう?」

正しい。

 

制度上は、何も間違っていない。所有聖隷を第三者へ貸与する場合。所有者の許可が必要。それだけ。青年はきちんと許可を求めている。むしろ、規則を守っている。

 

「俺様は別に構わねえぜ」

横からザビーダが言った。

 

ミクリオはそちらを見る。

「慣れてるし」

また、その言葉だった。青年も安心したように笑う。

「本人もこう言っていますし」

本人。

その言葉を使う。なのに、ミクリオには、今のやり取りが、ひどく気持ち悪く感じられた。昨日の夜。

 

「嫌ではない」と「したい」は違う。

そう話した。

ザビーダ自身が、今、何を言った。構わない。慣れている。行きたいではない。

 

「断る」

声が出た。

青年が目を瞬く。

「え?」

「貸さない」

「……ですが」

「断ると言った」

思ったより、冷たい声になった。

青年は困惑した顔をする。

「失礼ですが、ミクリオ特等は使用されていないのですよね?」

「それが何だ」

「でしたら一晩くらい――」

「関係ない」

言い切った。

 

少し強すぎたかもしれない。けれど、止める気にはならなかった。

 

「彼女は僕の所有聖隷だ」

口にした瞬間、ひどく嫌な感覚が残った。

それでも続ける。

「所有者の許可なく、勝手に利用することは認められていない」

「それはもちろん」

青年は慌てて頷く。

「ですから、こうして許可を――」

「許可しない」

「……」

沈黙。

青年はミクリオとザビーダを見比べた。

「分かりました」

やがて頭を下げる。

「失礼しました」

それだけだった。

 

本当にそれだけ、青年は立ち去る。誰も怒鳴らない。誰も争わない。何も起きない。規則通り。許可が下りなかったから諦めた。ただ、それだけだった。

 

***

 

中央支部を出てから、ミクリオはしばらく黙って歩いた。ザビーダも最初は何も言わなかった。けれど、二つ目の角を曲がったところで。

 

「便利だな」

声がした。

「何が」

「所有者サマ」

ミクリオは足を止める。

ザビーダも止まる。

「お前が駄目って言えば、それで終わり」

「……」

「俺様が何言っても、あいつはお前に許可取る」

軽い調子だった。

ミクリオには、その軽さが、妙に腹立たしかった。

「君が駄目だと言っても、終わるべきだろう」

ザビーダは一瞬黙り、それから笑った。

 

「そういう世界じゃねえよ」

「……」

あっさりと、事実を説明するように言う。

 

「俺様が嫌だっつっても、所有者がいいって言えば終わり。所有者が駄目って言えば、俺様がいいって言っても終わり」

「おかしいだろう」

「お前にとってはな」

「君にとってもだろう」

ザビーダが少し目を細める。

「さあ」

「さあ?」

「長いからな」

また長い。慣れている。別にどれも、ミクリオが嫌いになり始めている言葉だった。

 

「それに」

ザビーダが歩き出す。

「俺様なら別に行ってもよかったぜ?」

ミクリオも追う。

「行きたかったのか」

「……」

ザビーダが振り返る。

「そこ聞く?」

「ああ」

「昨日からそればっかだな」

「答えは?」

ザビーダは少し考えた。

「別に?」

「なら断ってよかった」

「即決?」

「ああ」

「俺様が嫌じゃないって言ってんのに?」

「君がしたいとは言っていない」

「……」

ザビーダは少しだけ困ったような顔をした。

 

「お前ほんと、それ大事にするな」

「重要だろう」

「そうか?」

「重要だ」

迷いなく言う。

「嫌でないものを全部やる必要はない」

「……」

「君には、したいことだけでなく、したくないこともあるだろう」

「分かんねえな」

「何が」

「そこまで考える意味」

ミクリオは一瞬。

言葉に詰まった。

「意味?」

「生きてりゃ、嫌なことくらいあるだろ」

「ある」

「やりたくないこともやる」

「それもある」

「なら同じじゃん」

「同じじゃない」

「何が」

ミクリオは少し考える。

 

上手く言葉にできない。仕事。義務。必要な我慢。それと所有者が使いたいから、身体を差し出すこと同じにしたくない。

 

「少なくとも」

ゆっくり言う。

「君の身体については、君が決めるべきだと思う」

ザビーダが目を瞬く。

「……俺様の?」

「ああ」

「所有者のお前じゃなく?」

「僕じゃない」

「でも、お前の聖隷だぜ?」

「書類上は」

「またそれ」

「事実だ」

 

ミクリオは眉を寄せた。

「僕が君を所有物だと思っているかどうかと、制度上僕が所有者であることは別だ」

ザビーダはしばらく黙っていた。

「面倒くせえな」

「分かっている」

「じゃあ手放せば?」

その言葉にミクリオの足が止まった。

ザビーダも止まる。

「……何?」

「俺様を」

軽く言う。

「所有が嫌なら、解放すりゃいいじゃん」

一瞬、答えが出なかった。制度上は、可能だ。所有権を放棄する。登録を解除する。それだけならできる。だが、昨日まで、ザビーダはどう扱われていた。所有者がいなければ、どうなる。誰が、何をする。

 

「……今はしない」

答えた。

「へえ」

ザビーダが笑う。

「意外と独占欲強い?」

「違う」

「即答だな」

「そうじゃない」

ミクリオは少し苛立った。

自分でも、何にうまく説明できない。

「僕の名前が所有者欄にある限り」

言葉を探す。

 

「少なくとも、他人は勝手に君へ手を出せない」

ザビーダの笑みが、少しだけ消えた。

「……まあな」

「それを放棄して」

ミクリオは続ける。

「君がまた、誰でも利用できる状態になるなら」

声が低くなる。

「意味がない」

「俺様を自由にしたいんじゃねえの?」

「自由にした結果、誰にでも使われるなら、それを自由と呼びたくない」

ザビーダは何も言わなかった。

 

通りの向こうでは人が歩き、荷車が通る。どこかの店から笑い声も聞こえる。いつもの街の、いつもの昼だった。ミクリオだけが妙に難しい顔をしていた。

 

「……変な奴」

ザビーダが言う。

「またそれか」

「だって変だろ」

「何が」

「所有が嫌だっつってんのに、手放さねえ」

「……僕だって分かっている」

「矛盾してんな」

「分かっている!」

思わず声が強くなる。

 

ザビーダが笑った。その笑い方は、少しだけ楽しそうだった。

 

***

 

家へ戻るころには、ミクリオの機嫌はまだ直っていなかった。玄関で靴を脱ぐ。ザビーダが後ろからついてくる。

 

「なあ」

「何だ」

「まだ怒ってる?」

「怒っていない」

「怒ってんじゃん」

「怒っていない」

「それ、怒ってる奴の言い方」

ミクリオが振り返る。

「君は」

「おう」

「本当に、あの男と行ってもよかったのか」

ザビーダは少し考える。

「まあ」

「まあ、じゃない」

「しつけえな」

 

「重要だから聞いている」

「……」

ザビーダは壁にもたれる。

「嫌じゃなかった」

「それは聞いた」

「じゃあいいだろ」

「だから」

ミクリオは額を押さえる。

「君がしたかったのかと聞いている」

「……」

沈黙。

ザビーダは視線を逸らした。

「したいってほどじゃねえよ」

「なら」

「でも別に――」

「なら断ってよかった」

遮る。

 

ザビーダがこちらを見る。

「それで終わりだ」

「……」

「何だ」

「いや」

ザビーダは少しだけ考えるような顔をした。

「じゃあさ」

「何だ」

「俺様が」

口元が上がる。

「本気であいつと寝てえって言ったら、貸した?」

ミクリオが固まった。

「……」

ザビーダの笑みが広がる。

「あれ?」

「……」

「対魔士サマ?」

「うるさい」

 

「答えは?」

「……嫌だとは思う」

言ってから、自分で驚いた。

ザビーダも目を丸くする。

「へえ」

「何だ」

「嫌なんだ?」

「……」

「嫉妬?」

「違う」

「早えな」

「違うと言っている」

「じゃあ何」

ミクリオは答えられなかった。

 

何なのか。自分でも分からない。ただ、他人がザビーダに触れる。そう想像すると面白くない。それだけ。

 

「……僕が嫌でも」

やがて言う。

「君が本当に望むなら」

ザビーダが少し真顔になる。

「止めたくはない」

「所有者なのに?」

「ああ」

「止められるぜ」

「知っている」

「命令一個で」

「だから使いたくない」

ザビーダが黙った。

 

ミクリオもそれ以上は言わなかった。自分でも、どこまでが理屈で、どこからが感情なのか。分からなくなっていた。

 

***

 

その夜、夕食の後。ザビーダが長椅子に寝転びながら、ふと思い出したように言った。

 

「なあ」

「今度は何だ」

「今日さ」

「うん」

「お前が駄目って言った時」

ミクリオが顔を上げる。

「俺様、ちょっと楽だった」

「……何?」

「自分で断らなくて済んだから」

軽い声だった。

 

けれど、ミクリオは返事をしなかった。ザビーダも続けない。しばらくして。

 

「でも」

ミクリオが言う。

「いつかは」

ザビーダを見る。

「僕がいなくても、君が嫌なら嫌だと言える方がいい」

ザビーダが目を細める。

「難しいこと言うな」

「そうか?」

「そうだよ」

「……なら」

ミクリオは少し考える。

「今は僕が断る」

「へえ」

「君が自分で断れるようになるまで」

「いつになるか分かんねえぜ?」

「構わない」

即答だった。

ザビーダはしばらくミクリオを見ていた。

「……所有者サマ」

「何だ」

「結構、過保護だな」

「違う」

「また即答」

「君が何でも僕のせいにするからだろう」

ザビーダが笑う。

 

今度は昼間より、ずっと自然にミクリオはその笑い声を聞きながら、今日初めて使った言葉を思い出していた。――彼女は僕の所有聖隷だ。ザビーダを守るために一番使いたくない言葉を使った。それがどうにも、腹立たしかった。

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