※この作品はR-18です。

一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか?   作:ビジュゲイト推し

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俺様の名前の話

数日後。ミクリオに地方任務が入った。聖都から馬車で半日ほどの町。業魔の目撃情報が二件。被害はまだ出ていないが、付近には古い地脈の結節点があり、念のため特等対魔士を一人派遣することになったらしい。

 

「一泊?」

朝食の席で、ザビーダが聞いた。

「ああ。何もなければ明日の夕方には戻る」

ミクリオは任務書を畳んだ。

ザビーダはパンを齧りながら、しばらく考えている。

「俺様も行く?」

ミクリオが顔を上げた。

「行きたいのか?」

「……」

ザビーダが露骨に嫌そうな顔をする。

「お前さ」

「何だ」

「毎回それ聞くの?」

「必要だろう」

「普通は『来い』で終わるぜ」

「僕は普通の所有者ではないらしいからな」

「自覚あったんだ」

「最近できた」

ミューズが小さく笑った。

 

ミケルも楽しそうにしている。ミクリオは二人を無視した。

 

「それで?」

「んー」

ザビーダは残ったパンを口に放り込む。

「行ってみてもいいかな」

「そうか」

「暇だし」

「理由は何でもいい」

「じゃ、一緒に行く」

それだけだった。

 

ミクリオも特に問題があるとは思わなかった。

 

***

 

問題が発覚したのは、中央支部で任務手続きをしている時だった。受付の対魔士が書類を確認しながら、ザビーダの登録環へ目を向けた。

 

「同行聖隷はこちらの風属性一体でよろしいでしょうか?」

「ああ」

「契約番号をお願いします」

「契約番号?」

受付係の手が止まった。

 

ミクリオも止まる。ザビーダが横から口を出した。

 

「俺様ら、契約してねえよ」

「あ」

ミクリオは思い出した。

 

忘れていた。いや、忘れていいことではない。だが、ここ数日のザビーダがあまりにも普通に家にいたせいで、所有登録と契約登録が別だということが頭から抜けていた。受付係は困ったように書類を見る。

 

「未契約、ですか」

「そうだ」

「でしたら、同行聖隷としては登録できません」

「なぜだ」

聞き返してから、自分で答えが分かった。

受付係も説明する。

「危険区域へ同行させる場合、契約を介した霊力連結が確認できる聖隷でなければ、対魔士支部の保護対象になりません。暴走、逸走、所有者死亡時の回収などに対応できませんので」

正しい。

知っている規則だった。

「一般人扱いで同行は?」

「聖隷ですから」

即答。

それもそうだ。

「現地までの街道であれば問題ありませんが、調査区域へは入れられません」

ザビーダがミクリオを見る。

「じゃ、契約すりゃいいじゃん」

あまりにも簡単に言う。

ミクリオは黙った。

「……あの真名で?」

「そうだけど」

「嫌だ」

受付係が目を瞬く。

ザビーダも少し笑った。

「お前が?」

「ああ」

「俺様は別にいいぜ」

また「別に」だ。ミクリオは眉を寄せる。

「僕が嫌なんだ」

「所有者サマのわがまま?」

「そうだ」

ザビーダの笑みが止まった。

 

ミクリオ自身も、言ってから少し驚いた。だが、今回は言い直さなかった。

 

「僕のわがままだ」

「へえ」

「だからといって、僕が勝手に別の真名を決めるつもりもない」

「じゃ、どうすんだよ」

「……」

それが問題だった。

 

***

 

結局、任務はミクリオ一人で行くことになった。ザビーダは中央支部まで来て、そのまま家へ戻った。

 

「別に行きたかったわけじゃねえし」

とは言っていた。

 

それが本当なのか。いつもの「別に」なのか。ミクリオにはまだ分からない。任務自体は何事もなく終わった。業魔と思われた二件の目撃情報は、どちらも地脈の乱れによって一時的に姿を変えた野生動物。町の周辺を確認し、結節点を封鎖し、翌日の昼には帰路についた。問題は、帰ってからだった。

 

***

 

「ザビーダ」

夕食後。

 

ミクリオは居間の机に資料を広げた。長椅子に寝転んでいたザビーダが顔を上げる。

 

「何?」

「明日、中央記録庫へ行く」

「へえ」

「君も来てくれ」

ザビーダが眉を上げた。

「命令?」

「……頼んでいる」

「何しに?」

ミクリオは少し間を置いて答えた。

「君の真名について調べる」

ザビーダの表情が僅かに変わった。

「まだ気にしてたのかよ」

「気にするだろう」

「何百年前だか分かんねえぜ」

「何百年前でも、記録が残っている可能性はある」

「残ってたら?」

「誰が付けたのか確認する」

 

「確認してどうすんの」

「腹を立てる」

「それだけ?」

「今のところは」

ザビーダが吹き出した。

「何だそれ」

「悪いか」

「いや」

少し笑ってから。

「お前、ほんと暇だな」

「暇じゃない」

「特等対魔士サマが、俺様の昔の名前一個に」

 

「一個じゃない」

ミクリオの声が強くなった。

ザビーダが黙る。

「真名だろう」

「……」

「君を呼ぶためのものだ」

ミクリオは資料へ視線を落とす。

「それを、何に使えるか分かりやすいからという理由で付けた。それを誰も問題にせず、何百年も使い続けた」

指先に力が入る。

「僕は嫌だ」

 

ザビーダはしばらく何も言わなかった。

「……分かったよ」

やがて、身体を起こす。

「行けばいいんだろ」

「嫌なら来なくてもいい」

「またそれか」

「重要だ」

「はいはい」

ザビーダは笑った。

「今回は行く。俺様もちょっと興味出てきた」

「本当に?」

「疑うなよ」

「今までの君なら『別に』で終わっていただろう」

「……」

「興味があると言ったなら、それを信じる」

ザビーダが妙な顔をした。

「何だ」

「いや」

少しだけ目を逸らす。

「やっぱ変な奴だなって」

「聞き飽きた」

 

***

 

翌日、中央記録庫は大聖堂の地下にあった。石造りの長い廊下。壁一面の棚。革表紙の帳簿。木札。石板。時代によって記録媒体が違う。千年分の歴史が、一つの場所に積み重なっていた。

 

「うわ」

ザビーダが棚を見上げる。

「ここ全部?」

「全部ではない。古いものの一部は別棟だ」

「帰っていい?」

「来たいと言ったのは君だろう」

「規模までは聞いてねえ」

ミクリオは受付へ向かう。

「所有聖隷の履歴を確認したい」

「登録番号を」

ザビーダの環を読み取る。

 

担当官が古い索引を引いた。一冊。二冊。三冊。途中で別の棚へ行く。また戻る。

 

「……かなり古い個体ですね」

その言い方にミクリオは少しだけ眉を寄せた。

もういちいち反応していては進まない。

「最古の記録は?」

「現行形式への移行が七百四十二年前です。それ以前は旧番号になります」

「旧番号を辿れるか」

「可能ですが、時間はかかります」

「構わない」

ザビーダが横からため息をつく。

「俺様は構うかも」

「途中で帰っていい」

「それ言われると帰りづらいな!」

「なぜだ」

「知らねえよ」

最初の帳簿が運ばれてきた。

 

***

 

《登録番号三七八一》

《風属性》

《推定存続年数 二百年以上》

《所有者変更》

《戦闘補助用》

 

次の記録。

《所有者変更》

《出力低下》

《戦闘補助用から一般作業用へ変更》

 

さらに。

《霊力低下継続》

《作業効率低》

《接客供用への転用を許可》

 

ミクリオの手が止まる。

「……」

ザビーダが横から覗く。

「あー」

「覚えているのか」

「この辺はなんとなく」

「何年前だ」

「知らねえ」

「君、自分のことなのに」

「七百年分いちいち年表にしてねえよ」

それもそうなのだろう。

 

次。

《所有者変更》

 

次。

《長期供用》

 

次。

《真名変更申請》

 

ミクリオの目が止まった。

「これだ」

ザビーダも身を乗り出す。

 

古い文字。現在とは少し異なる書式。変更前の真名は、損傷していて読めない。変更後。あの言葉。ミクリオの顔が険しくなる。

 

「理由……」

欄を読む。

そして、黙った。

「何て?」

ザビーダが聞く。

ミクリオは答えなかった。

「ミクリオ?」

「……用途識別上、適切」

ザビーダが「ああ」と笑った。

「だから言ったろ」

ミクリオが顔を上げる。

「何だよ」

「君は」

言いかける。

 

――そんなことを自分で言うな。喉まで出た。だが、止めた。もし言えば、ザビーダはたぶん。言わなくなる。それが、本人が納得したからなのか。ミクリオに禁止されたからなのか。分からないまま。

 

「……何?」

ザビーダが待っている。

ミクリオは息を吐いた。

「僕は」

言い直した。

「君がそれを当然みたいに言うと、腹が立つ」

ザビーダが瞬きをする。

「俺様に?」

「違う」

「じゃあ誰に」

「分からない」

ミクリオは記録を見る。

「これを書いた人間か」

次の頁。

「承認した人間か」

次。

「その後、誰も変えなかったことか」

さらに何代もの所有者。

 

何代もの対魔士。誰も、問題にしていない。

 

「……全部かもしれない」

ザビーダはしばらく黙っていた。

「お前さ」

「何だ」

「俺様が『そういうこと言うな』って言われるより、その言い方の方が困る」

「なぜ」

「知らねえよ」

本当に困ったような顔をする。

 

ミクリオは少しだけ満足した。少なくとも、今の反応は、命令への服従ではない。

 

***

 

さらに記録を遡る。六百年前、七百年前、旧番号へ字体が変わる。聖寮の組織名も、役職名も、少しずつ違ってくる。そして、一冊の古い法令集へ行き着いた。担当官が説明する。

 

「この時代に、聖隷登録制度の大規模な整理が行われています」

「誰が?」

「正式には複数名による委員会ですが、制度草案の中心人物は――」

頁が開かれる。

 

そこに見慣れた名前があった。

《アベル・エインズ》。

 

ミクリオは目を細めた。

「……アベル・エインズ」

ザビーダが横を見る。

「知ってんの?」

「知らないわけがないだろう」

千年前、オスカー・ドラゴニアとテレサ・リナレスを救った英雄。

 

後の聖寮体制の確立にも関わった人物。教科書に載る名前、大聖堂前には像もある。

 

「へえ」

ザビーダは頁を覗き込んだ。

「こいつが作ったの?」

「今の制度を、そのままというわけではない」

ミクリオは読み進める。

 

《所有聖隷の登録義務》

《所有者変更時の状態記録》

《不必要な損壊の禁止》

《契約聖隷への固有識別名の登録》

 

「……」

思っていたものとは、少し違った。

ザビーダも読む。

「意外と普通だな」

「普通?」

「もっと『好きに壊していいぞ』みてえなこと書いてあんのかと思った」

「そんな制度なら千年も続くか」

「それもそうか」

ミクリオは頁をめくる。

 

アベル・エインズの署名。その横に手書きの補足があった。古い言い回し。だが読める。

《聖隷は貴重な霊的資源である。ゆえに、その扱いには責任を伴う》

 

ミクリオはじっと見た。

「資源」

「お前、また嫌な顔してる」

「……ああ」

でも、それだけではなかった。

 

不必要な損壊を禁止した。記録を義務づけた。所有者の責任を明文化した。この時代としては、おそらく。改善だったのだ。

 

「アベル・エインズは」

ミクリオが呟く。

「何を作ろうとしたんだろうな」

「知らねえ」

ザビーダが言う。

「千年前の奴だろ?」

「ああ」

「本人に聞けねえなら、残ってるもん見るしかねえじゃん」

ミクリオが顔を上げる。

 

ザビーダは頁を見ていた。別に深いことを言ったつもりではないらしい。

 

「……そうだな」

母の言葉を思い出した。

 

――教科書に書いてある聖隷じゃなくて、あなたが実際に会う聖隷を見てみたら?

 

歴史も、同じなのかもしれない。教科書の英雄ではなく、残された記録を見る。何をしたのか。何が、その後どう変わったのか。

 

「もう少し調べる」

ミクリオは次の資料を手に取った。

「まだやんの?」

「君は帰っていい」

「……」

ザビーダが椅子の背にもたれる。

「やめとく」

「何が」

「帰るの」

「そうか」

「俺様の名前の話だしな」

ミクリオの手がほんの一瞬だけ止まった。

それから、何事もなかったように頁を開く。

「なら、手伝ってくれ」

「命令?」

ザビーダが笑う。

ミクリオも少しだけ笑った。

「頼んでいる」

「しょうがねえな」

ザビーダが隣の帳簿を引き寄せる。

 

その日。二人は夕方まで、千年前から続く制度の記録を読んだ。真名の変更者が誰だったのかは、まだ分からなかった。けれど、ザビーダが初めて、自分から、「俺様の名前の話だから」と言った。ミクリオには、その方が、見つからない記録よりも、少しだけ重要なことのように思えた。

 

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