一人称が「俺様」の褐色爆乳美女は好きですか? 作:ビジュゲイト推し
遺跡へ向かう馬車の中で、ミクリオは同じ名前を三度見た。任務書の末尾。
《先行調査担当 特等対魔士スレイ》
「スレイ?」
向かいに座っていたザビーダが顔を上げる。
「知り合い?」
「いや。会ったことはない」
「でも知ってんの?」
「名前はな」
ミクリオは任務書を畳んだ。
知らない方が難しい。スレイ。若くして特等へ昇格した対魔士。各地の業魔討伐に参加しながら、聖寮管理外の遺跡調査にも頻繁に顔を出す変わり者。実戦能力は高い。霊応力も高い。判断も早い。一方で、遺跡を見つけると予定を忘れる。規定された調査経路を外れたがる。同行聖隷と必要以上に会話する。
報告書に遺跡の構造について本題以上の分量を書く。そういう噂も聞いている。
「変な奴らしい」
ミクリオが言うと、ザビーダが笑った。
「お前がそれ言う?」
「どういう意味だ」
「別に?」
「最近それを便利に使っていないか」
「気のせい気のせい」
窓の外へ視線を逃がされた。
まったく。
***
目的地は、聖都から東へ半日ほどの場所にある旧聖寮施設跡だった。千年前、アベル・エインズが聖隷登録制度の整備に関わっていた時期、一時的に使用されていた施設だという。数年前の崩落で地下区画が露出し、そこから当時のものと思われる石板が発見された。今回の目的は、その追加調査。
ミクリオとしては、かなり楽しみにしていた。
「顔」
隣を歩いていたザビーダが言う。
「何だ」
「嬉しそう」
「別に」
「俺様の真似すんなよ」
「していない」
「口元上がってるぜ」
「……遺跡調査なんだから当然だろう」
「当然ではねえと思う」
放っておく。
林を抜けると古い石造りの壁が見えてきた。半ば地面へ沈み。植物に覆われ。本来の入口も崩れている。その前に二人いた。一人は茶色の髪の青年。白を基調とした対魔士服。胸元には、ミクリオと同じ特等の徽章。しゃがみ込み、何かを夢中で見ている。
もう一人。髪を長く伸ばした火属性の聖隷がその少し後ろから青年を見守っていた。
「あれ?」
先に気づいたのは聖隷の方だった。
青年が振り返る。ミクリオと目が合った。一瞬、互いに徽章を見る。
「……ミクリオ特等?」
向こうが言った。
ミクリオも答える。
「スレイ特等?」
「やっぱり!」
立ち上がった。
「初めまして。スレイ」
「ミクリオだ」
握手をする。
妙な感じだった。名前だけは何度も見聞きしている。合同任務の報告書。特等会議の議事録。他の対魔士からの噂。なのに、実物は初めてだ。スレイも似たようなことを考えているのか。
「思ってたより若いな」
「君に言われたくない」
「確かに」
笑う。
その後ろから、火の聖隷が一礼した。
「ライラと申します。よろしくお願いいたします」
「ミクリオだ。よろしく」
ミクリオが答えると、ザビーダもサラシに包んだ豊満な胸の前で片手を上げた。林を抜ける風に長い銀髪が揺れ、緑がかった毛先が褐色の肩を撫でる。
「ザビーダ」
ライラの目がほんの少しだけ大きくなった。
「……ザビーダさん?」
「ん?」
「いえ」
ライラは柔らかく笑った。
「よろしくお願いいたします」
何かあったように見えたが、ザビーダ本人は気にしていない。
ミクリオも今は流した。それより、スレイの足元にあるものが目に入った。石板。古代文字。ミクリオの意識が一瞬でそちらへ移った。
「それが発見された石板か?」
「ああ」
スレイが嬉しそうに振り返る。
「ちょうど見てたんだけど」
「保存状態は?」
「思ったよりいい。ただ」
スレイが文字列の一部を指す。
「ここ、後から彫り足してると思う」
ミクリオは止まった。
「……根拠は?」
「削り方」
「それだけで?」
「ほら」
スレイが場所を空ける。
ミクリオはしゃがみ込んだ。確かに同じ面に刻まれているにもかかわらず、一部だけ線が深い。しかし。
「石材の露出時期が違えば、風化の程度も変わる」
「でも、こっちの亀裂見てみろよ」
「亀裂?」
「この文字は亀裂を避けてる。でも下の文字は亀裂に切られてる」
ミクリオは顔を近づけた。
「……」
確かに。
「つまり、下段が刻まれた後に亀裂が生じて、その後で上段が追加された?」
「オレはそう思う」
「待て。なら使用されている語形も変化している可能性が――」
「そう! そこなんだよ!」
スレイが勢いよく隣へしゃがむ。
近い。
「この単語! 古い書式なら語尾が違うだろ?」
「当然だ。これは聖寮再編後に一般化した形だ」
「だよな!」
「だが、それなら年代は――」
二人で同時に石板を見る。
「……」
「……」
ミクリオが言った。
「後世の追刻だな」
スレイが笑った。
「だろ?」
背後から、ザビーダの声がした。
「お前ら」
二人とも振り返る。
ザビーダが腕を組んでいる。
「今日初めて会ったんだよな?」
「そうだが」
「うん」
「何で五分でそうなってんの?」
「そう?」
スレイがライラを見る。
ライラは口元を押さえて笑っていた。
「とても楽しそうですよ」
「別に楽しくは――」
「楽しいだろ?」
スレイが言う。
ミクリオは一瞬黙った。
「……調査はな」
「ほら」
「君自身の話ではない」
「細かいな」
「正確と言え」
ザビーダがため息をついた。
「もう仲いいじゃん」
「どこが」
ミクリオとスレイの声が重なった。
さらにザビーダが笑った。
***
調査は、思った以上に進んだ。スレイは感覚的に遺跡を見る。石の組み方。風化。歩いた時の反響。建物そのものから、元の構造を推測する。ミクリオは文書と術式を見る。文字。年代。地脈。残存霊力。互いに得意な部分が違う。だから、片方が見落としたものを、もう片方が拾う。
「この壁、変じゃないか?」
スレイが言った。
「どこが」
「音」
拳で軽く叩く。
「空洞か?」
ミクリオも耳を寄せる。
確かに。
「だが術式反応はない」
「じゃあ物理的に埋めただけ?」
「可能性はある」
「壊す?」
「待て!」
即座に止めた。
「まず周辺を確認する!」
「分かったよ」
「君、本当にそれで今まで遺跡を壊さずに済んだのか?」
「壊してないって!」
「今、壊そうとしただろう!」
「開けようとしただけ!」
「同じだ!」
「違う!」
「何が違う!」
ザビーダは壁際に座っていた。
「元気だなあ」
ライラが隣で微笑む。
「スレイは遺跡が大好きなんです」
「見りゃ分かる」
「ミクリオさんもお好きなんですね」
「……あっちも大概だな」
二人を見る。
ミクリオは壁の接合部を指し。スレイは床面を指し。また何か言い争っている。ザビーダは鼻で笑った。
「特等って暇なの?」
「お二人とも、とてもお忙しいと思いますよ」
「じゃあなんであんな元気なんだ」
「好きなことだからでは?」
「なるほどねえ」
しばらくして、スレイが振り返った。
「ライラ!」
「はい?」
「この術式、どう思う?」
ミクリオの手が少しだけ止まった。
ライラは立ち上がる。スレイの隣へ行き。壁を見る。
「そうですね……」
顎に指を当て、考える。
「現在使われている火属性の封印術式とは違いますね。ただ、こちらの配列は古い浄化術に近いように思います」
「やっぱり?」
「はい。ただ私より、ミクリオさんの方がお詳しいのでは?」
スレイがすぐこちらを見る。
「ミクリオは?」
「……」
ミクリオは一瞬。
ライラを見る。意見を求めた。スレイが聖隷に命令ではなく、答えを求め。その答えを、そのまま判断材料にした。ごく。自然に。
「ミクリオ?」
「ああ」
我に返る。
術式へ近づく。
「ライラの言う通りだ。この配列は古い。ただし浄化そのものではなく、霊力を一方向へ流すための補助式だと思う」
「じゃあ、この先に何かある?」
「可能性は高い」
「やっぱり開けよう!」
「だから待て!」
また始まった。
ザビーダの笑い声が後ろから聞こえた。
***
昼、遺跡の外で休憩を取ることになった。スレイが荷物から食料を出す。
「ライラ、パンでいい?」
「はい」
「果物もあるぞ」
「では、そちらも少しいただきます」
「分かった」
スレイが普通に渡す。
ミクリオは何となく見ていた。
「何?」
スレイが気づく。
「いや」
「ライラの方見てたけど」
「……君は」
少し迷って、聞く。
「ライラに、よく意見を聞くんだな」
「うん」
「なぜ?」
今度はスレイの方が不思議そうな顔をした。
「詳しいから?」
「そういう意味ではなく」
「じゃあ?」
「……いや」
言い直す。
「聖隷の判断を、自分の判断と同じように扱っている」
「だってライラの方が詳しいこと、いっぱいあるし」
即答。
本当に何の思想もなさそうだった。
「それに」
スレイはパンをちぎる。
「分かんないことあったら、知ってる人に聞くだろ?」
人。
ミクリオはその単語を聞いた。
「……そうか」
「変?」
「いや」
むしろ、妙に腑に落ちた。
隣からザビーダが覗き込む。
「お前」
「何だ」
「ちょっと嬉しそう」
「何が」
「同類いたから?」
「誰が同類だ!」
スレイが笑う。
「でもオレも、ミクリオとは結構似てると思うぞ」
「どこが」
「遺跡好き」
「それだけだろう」
「話通じる」
「……」
そこは、否定しづらかった。
「あと頑固」
「君に言われたくない!」
ライラが笑う。
ザビーダも笑う。ミクリオだけが不満だった。
***
午後。地下区画の奥で、古い壁画が見つかった。人間。聖隷。その間に描かれた契約紋。保存状態は悪い。だが、千年前のものにしては、かなり形が残っている。
「ザビーダ」
スレイが呼んだ。
「ん?」
「これ、見覚えない?」
ザビーダが目を瞬く。
「俺様?」
「うん」
「なんで俺様に」
「長生きなんだろ?」
悪意が、本当に一切なかった。
古いから、古い時代を知る相手へ聞く。それだけ、ザビーダはしばらくスレイを見た。
「……まあ」
壁画へ近づく。
「千年前ぴったりかは知らねえけど」
指を上げる。
「この紋章なら見たことあるぜ」
ミクリオが即座に反応した。
「どこで?」
「近い近い」
「いつ頃だ」
「だから近えって!」
スレイまで近寄る。
「形、同じだった?」
「お前も来んな!」
二人とも止まった。
ザビーダはげんなりした顔をする。
「お前らさあ」
「すまない」
「ごめん」
また声が重なった。
「……で?」
ミクリオが聞く。
今度は少し離れて、ザビーダは壁画を見る。
「昔の聖寮施設じゃ、これを逆向きに使ってた」
「逆?」
「こう」
指で空中へ形を描く。
「今は上が開いてんだろ。昔は下だった」
スレイが壁画を見る。
ミクリオも見る。
「……なら」
ミクリオの思考が動く。
「これは契約成立を示す紋章ではない」
「どういうこと?」
「方向が逆なら、意味も反転する。これは――」
古語を辿る。
「……解放?」
スレイが言った。
「たぶん」
二人で顔を見合わせる。
そして同時にザビーダを見る。
「本当に昔は――」
「だから近いっつってんだろ!」
怒鳴られた。
ライラが笑っている。
***
帰路。スレイたちとは途中で別れた。
「またな、ミクリオ」
「ああ」
「今度、北の遺跡行かないか?」
「何の遺跡だ」
「そこから説明いる?」
「当たり前だろう」
「じゃあ後で資料送る」
「先に送れ。勝手に予定へ入れるな」
「分かった分かった」
軽く手を振る。
ライラも一礼する。
「またお会いしましょう」
「ああ」
ザビーダも片手を上げた。
「じゃーな」
二人が遠ざかる。
しばらく歩いて、ザビーダが言った。
「なあ」
「何だ」
「お前、あいつと初対面だよな」
「今日何回確認するんだ」
「いや」
ザビーダは笑っている。
「なんかもう十年くらい知ってそうだったから」
「失礼な」
「何が失礼なんだよ」
「知らない」
「知らねえのかよ」
少し歩く。
夕方の風が吹く。
「……でも」
ザビーダがぽつりと言った。
「変な奴だったな、スレイ」
「君の基準では、僕もだろう」
「うん」
「即答するな」
「でも」
続ける。
「ライラのこと、普通に話し相手にしてたな」
ミクリオはザビーダを見る。
「そうだな」
「何か頼む時も、命令って感じじゃなかった」
「ああ」
「珍しい」
その声は少しだけ遠かった。
「……ミクリオ」
「何だ」
ザビーダは少し黙った。
そして、珍しく。自分から言った。
「俺様さ」
「うん」
「今日みたいなのなら」
言葉を探す。
「役に立てるかもな」
ミクリオの足が止まった。
ザビーダも止まる。
「命令が欲しいのか?」
「……」
ザビーダは考えた。
少し長く。
「違う」
答えた。
それから、自分でも確かめるように。
「たぶん、違う」
ミクリオは何も言わず待った。
「昔のこととか。場所とか。今じゃ残ってねえこととか」
ザビーダが肩をすくめる。
「俺様、割と知ってるぜ」
「そうだな」
「今日も役に立っただろ?」
「ああ」
即答。
ザビーダが少し驚く。ミクリオは続けた。
「僕は記録を読める。術式も調べられる。だが、記録に残っていないことは分からない」
ザビーダを見る。
「君は、実際にその時代を知っている」
「……」
「手伝ってくれないか」
ザビーダが瞬きをする。
「俺様に?」
「ああ」
「聖隷として?」
ミクリオは少し考えた。
「調査の協力者として」
ザビーダが黙った。
「報酬が必要なら――」
「そこまで言ってねえよ」
笑う。
でも、その笑い方は、店先で初めて会った時とは、もう少しだけ違っていた。
「いいぜ」
ザビーダが言う。
「手伝ってやるよ」
「そうか」
「もうちょい喜べよ」
「喜んでいる」
「顔に出てねえ」
「君に言われたくない」
「俺様は分かりやすいだろ」
「どこが」
言い合いながら、二人は歩く。
家が見えてきたところで、ミクリオが思い出したように言った。
「そうだ。次の任務だが、港の案件が入っている」
ザビーダの足が止まった。
「港?」
「ああ。西の港湾施設で、風属性術式の点検依頼が出ている。君の知識が役に立つかもしれない」
「……行きたくねえ」
ミクリオも足を止めた。
ザビーダが、自分から行きたくないと言った。初めてだった。
「理由を聞いてもいいか」
「分かんねえ」
「分からない?」
「なんとなく嫌なんだよ。そのうち思い出したら話す」
ミクリオは少しだけ考えた。
「分かった」
「何が?」
「担当を替えられるか、明日相談する」
ザビーダが目を瞬く。
「俺様が行きたくねえって言っただけで?」
「君が行く任務なら、君の希望も判断材料になるだろう」
「……そういうもん?」
「少なくとも、僕はそうする」
ザビーダは何も言わなかった。ただ、止めていた足をもう一度前へ出した。
その日の朝まで、ミクリオにとってザビーダは理由も分からないまま買い取った、契約すらしていない所有聖隷だった。けれど、帰る頃には、少しだけ別の呼び方ができるようになっていた。調査の協力者。まだ友人と呼ぶには、ほんの少しだけ早かった。