遺物回収の依頼を完了した一行は、まず依頼主に報告するよりも先にユラをドクターの所へ運んでいく事にした。後に後遺症となる場合があっては遅いから…というのもあるがフォージと闘った後の疲労が蓄積して衰弱、最悪の場合死ぬかもしれない場合があるからだ。
各メトロポリスには医療施設が存在しているが、物資が潤沢ではない為治療を受けられる者は限られている。それにちゃんとした診療所でないと、法外な金をふっかけられてロクにまともな治療すら行われない事もある。
だが、サガタは何処か心当たりがあるようだった。今は南のメトロポリスに帰還して車両用の大型エレベーターに乗り、商業区で降りるとホバーバイクを走らせている。
「この辺りに腕のいいドクターを知っている。俺が懇意にしている奴がな」
未だに後ろで力無く、すやすやと眠っているユラを見ながら、カーチは心配そうに声を漏らした。未だに顔や耳からの出血が目立っているからだ。
「ユラさん、助かるでしょうか…」
「…とりあえず診てもらうとしよう。フォクス細胞に侵食されてはいないはずだ」
そう言いながら、ホバーバイクはとあるビルディングの前に立ち止まる。何処からどう見ても医療施設には見えないその外観にカーチは動揺した。
「えっ、こ…此処ですか!?」
「ああ、間違いない…よっと。アイツが経営しているのは個人の診療所でな…ああ、別にモグリの医者とかじゃないんだ。医師免許はあると話してもらった」
サガタがユラを抱えて肩に担ぐと、診療所には見えない建物に入っていく。その後ろをオドオドしながらカーチはついて行った。
通路には古びた段ボールや捨てられたごみ袋が置かれており、とてもキレイな場所とは言えない。するとサガタは、ある家の前に立ち止まりインターホンを押す。
「先生、急患だ。至急診てやってくれないか!」
「…少し待って下さい。今準備しますので」
落ち着いた男の声がインターホンのスピーカーから鳴り響くと、数分後にドアがスライドして開いた。そこに立っていたのは高身長の色白男性で、目つきは鋭く髪の毛は灰のような色をしている。
患者を一瞥したドクターは、肩を落とした。
「また彼女ですか。次はどんな怪我を?」
「戦って鼓膜をやられたみたいでな。後はフォージとドンパチやり合ったからフォクス細胞に侵食されてないか診てくれ」
「はぁ…取り敢えず入って下さい。後はそこの診察台に患者を寝かせるように」
「了解、すまんな先生」
慣れた様子で会話しているサガタと男。
ドクターであろう男性は白衣に身を包んでおり、白い手袋を装着して首には聴診器…見た所普通のドクターだった。
「そこの君もしっかりと手指を消毒するように」
「あっ、は、はい!」
カーチとサガタは医療用のアルコールで手指を消毒した後、ユラをリクライニング式の診察台へ横にした。ドクターは機械を操作してユラの神経とモニターをリンクさせた後、医療器具一式を乗せたステンレスワゴンを持ってくるとペンライトで患部を照らしながら診察を始めた。
「ふむ…なるほど、鼓膜の損傷、それから肩の火傷…傷はやや炭化していますね。後は恐らく戦闘で負った擦過傷と打撲痕が複数。他の傷はそれほど危険なレベルではありませんが鼓膜の方が少し治療に時間が掛かります」
そう言うとドクターはペンライトをしまい、懐からアンプルが中に入った器具を取り出してユラの首筋にそれを突き刺した。
「ぐ…!」
中にある薬品が減っていき、注入されていくのが見える。中身が空になった器具を取り外してゴミ箱に入れるドクター。カーチは唖然としており、何を注入したのか気になっている。
「えっ、今何を刺したんですか…!?」
カーチの問に、ドクターは淡々と答える。
「先ほど彼女に打ったのは、再生促進剤です。主に外的要因で負った骨折・傷などに用いられる薬品で即効性も高く医療用として広く知られているものですね。…後は彼女の再生力次第ですが、まあ大丈夫でしょう。サガタさん、彼女は1日ほど絶対安静です。傷は今日にでも癒えますが、まだ再生から時間を空けなければどこかに無理が生じる可能性もあります」
「あり……がと……せんせ……」
「今は喋らないで下さい。貴女は絶対安静…ああ、耳が聞こえてないんでしたね、今は」
手袋を外して破棄すると、サガタに向かって踵を返したドクター。
「処方薬として同じ薬をもう一つ処方しておきます。今から12時間後に注射するよう、忘れずにお願いしますよ。それから念のために体を調べておきましたが、フォクス細胞による侵食は確認されませんでした」
薬品の入った袋を受け取ると、サガタは懐から端末を取り出した。
「そうか…助かったよ先生。費用は?」
「2万ヤーラです。その薬品、今ではかなり貴重なものになってますので」
「命には変えられねえわな…よし、これで支払いオッケーだ」
端末を操作して2万ヤーラの入ったチップを手渡すと、それを読み取って金に換算するドクター。
「今度こそ、来るときは事前に連絡をお願いしますね。何時も言ってるような気がしますが…急に来られては診察できるかどうかも分かりませんから。私が留守にしてたらどうするつもりだったんです?」
「悪い悪い。先生この時間ならいつも居るだろうしなと思って…つい、な」
「全く。ほら、私も暇ではありませんから急いで出てください」
「わかったよ。…また顔見せに来る」
「いいえ。ご遠慮します」
その返しに何も言わず、サガタはユラをまた肩に担ぐと部屋から出ていき、ビルディングの外に向かうとホバーバイクのサイドカーにユラを座らせ、横にした。
「あり、がと…おじさん……」
「良いってことさ。…あ、まだ聞こえないんだったな。カーチ、後はお前たち二人を家に送った後、俺は依頼の報告を済ませてくるからな」
「その間に、ユラのことをしっかり見といてくれ」
「は、はい!絶対安静に…ですね」
「アイツのことだ、怪我が治ったらすぐに動こうとするだろう。ドクターの言う事はしっかり守って貰わないと後が怖いからな…」
そうしてサガタはユラとカーチの住むビルディングの前までホバーバイクを走らせると、彼女を家まで運んでベッドに寝かせた。
「よっこいせ、と…じゃあ後は頼んだぞ、カーチ」
「はい、サガタさんも気をつけて」
「おう、ちゃっちゃと行ってくるぜ」
軽く言葉を交わした後、サガタはキャラバンズの拠点まで移動することにした。そこで依頼の完了報告を行う為だ。キャラバンズの拠点は巨大な建物が4つ上下左右に並んだ形で、上から見下ろすとバッヂと同じ菱形をしている。
ここでキャラバンズ所属者は依頼を受注し、納品するような物の場合は受付まで運び預けるのが一般的な依頼の流れとなる。
「っと、ちゃんとあるよな、遺物…」
キャラバンズの拠点に降り立ち、上着の懐に入れている遺物の箱を取り出すと、中を開けて一応入っているか確認をする。しっかりと箱の中に黒々としたリングが入っているのを見て再度箱を閉じると、キャラバンズの建物に入り、設置型の依頼端末にアクセスした。
建物内はオレンジと白を基調としたデザインが成されており、同業者が椅子に座って休憩していたり端末を操作して依頼を受注したりと様々な事を行なっている。
【キーを認証中…ようこそ、サガタ・オーレリ氏】
キャラバンズのバッヂを端末のスキャンに当てると、自分の請け負ったリストや今の所持金、新しく追加されたまだ誰も受けていない依頼内容などが載ったページが端末に表示される。
「さてと、依頼完了の報告をして…と」
依頼遂行中リストの中にある、遺物回収の欄を押して該当する依頼の回収報告をしたサガタは受付まで足を運び、完了の証として提出した。
「サガタ・オーレリ様ですね。依頼完了との報告を受けましたので依頼物をこちらに」
「ん、コイツが納品依頼のブツだ」
「依頼の納品、これにて完了です。後日依頼主からの代金がサガタ・オーレリ様の端末に振り込まれますのでご確認をお願いします」
了解、と言いながら受付を後にしたサガタは大きな深呼吸をした後に自動販売機で飲み物を買い、横にあったベンチに座り込むとプルタブの蓋を開けて口に近づけ、一気に中身を飲み干した。
「んぐっ、ぷはぁ〜…今回の依頼は楽に終わった部類だな。ユラの傷もそこまで酷いものじゃなくて良かったが…それにしても、ここ最近遺物回収の依頼がやけに多く感じる。企業の奴らは何か考えてるのか…?」
携帯端末の方でまだ受注されていない、若しくはもう完了されている依頼を確認してみると、フォージの討伐の合間に遺物回収の依頼も何個か見られる事に気づいたサガタ。そのどれもこれもが企業からの依頼であり、報酬金は討伐と比べて破格の高さである。
「…ま、あれこれ探るのもあんまり良くないか。俺たちは別に探偵やヒーローなんかじゃ無いしな」
よっこいせ、と立ち上がり飲み終わった缶を捨てるサガタの耳に、なにやら気になる声が聞こえてきた。
「なあ、聞いたかよ、あの噂」
「噂は噂だろ。企業が遺物を集め回ってるのはそれを利用した生体兵器を作るためだって?馬鹿馬鹿しい。あんなもん金持ちかコレクターが集める為のブツに決まってるだろ」
「だよなー、俺も大元を確認したことが無いから噂なんだろうと思うけどよ、最近企業がやたらと遺物の回収を依頼してくるからさ」
他愛もない会話だった。この都市にはよくある根も葉もない噂の一つである。出所不明の与太話。
だがそれが、サガタの心の中に酷く残った。
「…企業の生体兵器、ねぇ」
頭の中でその言葉の内容だけが、響く。
脳裏に流れるのは、とある過去の記憶。
白衣を着たまだ何もかも知らなかった若い自分と、その人生全てを実験に費やした師とも呼べる人物。それからその師の隣で対抗心を燃やした表情の黒い髪の男。三人の胸には天を突く塔を模したバッヂが付けられている。
サガタは、ある施設の研究員の1人であった。
今となっては何を研究していたかも朧気だが…どうやら何らかの生体に関する事柄だった事は覚えている。
そんな思い出全てを灰にする、大きな炎。
只中に立つ、巨大で醜悪な生命体。
ありとあらゆる物質を噛み砕く強靭な顎、
鋸のように並んだ乱れのない刃のような歯、
ムチのような細腕を振るい、捉えると研究員を噛み砕く。
血の海の中で、化け物は笑っていた。
「っ…」
脳裏に刻み込まれた記憶を振り払うように首を振る。
それでもあの時の恐怖が首筋を伝うのは忘れられない。
「っ。いかんいかん、余計なことを思い出すものじゃないな…やれやれ、昔に思いを馳せるから歳は取りたくないんだ」
腰を上げて飲み終えた空き缶を捨てた後、キャラバンズの施設から出てきたサガタはホバーバイクに跨り、ユラとカーチの待つ家に向かうことにした。少しの手土産としてお菓子と食料を手にして…。
「おーい、依頼の報告をしてきたぞ。大丈夫か?二人とも」
「あ、サガタさん!お疲れ様です、まだユラさんは寝ていますね…あれからずっとですけど、大丈夫かな」
ベッドの横に置かれた椅子に座りながら、無事かどうかが気になるようでカーチは気が気ではない様子だった。それを宥めるようにサガタは肩に手を置き、大丈夫だ、と返す。
「ユラはな、昔から大きな怪我をするとああやって休眠みたいな状態に入るんだ。すると大体次の日にはすっかり治っててな…だが今回は深手も負ってたし少し疲れたのもあるだろう、あいつの言うとおり明日までそっとしておこう」
「…今はユラさんが回復するのを待つしか無いですもんね。ありがとうございますサガタさん…僕、少しだけ落ち着きました」
1人でユラを見守っていたのもあり、緊張していた体を解いて深呼吸の後で落ち着いたカーチはゆっくりとリラックスするように姿勢を崩した。
「なぁに、良いってことさ。…なあカーチ」
「なんでしょう?」
「キャラバンズの仕事には慣れてきたか?その…なんだ、初めての独り立ちというか…いやユラと一緒に暮らしてるから独り立ちではないな。どうなんだ?」
どこかぎこちない質問にカーチは不思議がりながらも、しっかりと返答した。
「うーん、別にこれといって不便はしてませんよ。ユラさんとの暮らしにもだいぶ慣れてきましたし、今は朝ご飯を作ってあげてます。最近分かったのが、ユラさんは洗濯物を溜め込んでから回すタイプな事ですかね」
「…それ本人に言うなよ。多分気にしてるだろうから」
「実はちょっと言っちゃいました…。どうして洗濯物を溜め込んでから洗うんです?って」
「あちゃ〜…それでユラは?なんか言ってたか?」
「都度洗濯するのが嫌だから纏めてやってるの、って返されました」
「なんだ、思ったより上手くやれてるのか。俺が前に聞いたときは軽く怒られたんだが…言い方が悪かったのかもしれん。俺もだいぶオッサンだからなぁ〜…」
頭をかきながらボヤくサガタに、今度はカーチからの質問が飛んできた。
「そういえば、ユラさんってサガタさんが保護した…んですよね。どこで保護したんです?」
「アイツは…外郭で保護した。今でも覚えてるぞ、確か5年前か、白衣を着たまんまガリガリの姿で荒野を彷徨っていたのを見かけてな。目も落ち窪んでて栄養失調寸前の体だった、あのブレードも持ってな」
「5年前…」
「ああ、そうだ。そういや手首には何かのデバイスが付いてたが壊れてたもんで外してやったな。今思えばどこからか逃げてきたのかもしれん…捨てちまったからもう確かめる術はないけどな。後は、過去のことを本人に聞いても覚えてないの一点張りでな…エレにも聞いてみたが覚えていないそうだ」
『私がオーナーと出会う前の記憶はありません。力になれず申し訳ありません』
「ああ、いや…気を悪くしないでくれ、エレ」
『了解しました』
サガタの言葉に壁に立て掛けられたブレードのインターフェースが、無機質な音声で答えた。
「つまり、何処から逃げてきたのかも分からないと」
「あんまり考えたくはないが、どこかのメトロポリスから逃げ出して来たんじゃないかとも思ってるが…あんまり現実的じゃないな、何せ保護した場所は東西南北のメトロポリスから遠い場所だったし、強いて言うなら──いや、まさかな」
ほんの少し考えた後、頭を振って考えを飛ばしたサガタ。
「何か予想でもついてるんです…?その、嫌な方の」
「ユラ、アイツは…バベルから逃げてきたのかもしれん」
「バベル、あの4つのメトロポリスの中央にある金色の塔からですか!?でもあそこは確か政府直轄の場所じゃなかったですっけ…」
バベルの名はこの世界の人間なら誰しも知っている世界の再生を担う黄金の尖塔であり、名前を知らない者はまず居ない。
そして、そこは苛烈な人体実験を行っていると噂される場所でもあった。
「そうだ。人体実験に巻き込まれたんじゃないかと俺も最初は思ってたが…そんな痕跡は何処にも無い。もしあったとしても立証なんて出来ないだろうしな」
「確かに、僕たちが話してるのは全部推測ですからね…それに、もしユラさんがバベルでの人体実験で産まれた物なら、多分この家に政府軍が来てると思いますよ」
「…まあ、それもそうだな。だが過去の記憶も無いなんてのはやっぱりその…可哀想でな」
「だったら、これから良い記憶を沢山作ってあげましょうよ。それが僕とサガタさんに一番出来る事ですよ」
その答えに、ハッとしたような顔になるサガタ。
確かにそうである。過去の記憶がどんなものであれ、今を生きているのならば例え少しでも幸せな記憶を持ちたいものだ。それが生きる強さにも繋がるのなら、尚更。
「ああ、お前の言うとおりだカーチ。ユラの過去がどんなものであっても俺たちは今を生きてる、ならその分楽しまないとな」
「サガタさんでも悩むことがあるんですね、ちょっと意外でした」
「てめっ、コノヤロ〜!」
「いだだだだ!!グリグリしないでください!グリグリは!」
感心していた所に、生意気な口を聞いたカーチの頭を腋で押さえ込むと、サガタはその頭を軽くグリグリと拳で押すのだった。
その光景は傍から見れば、家族のように見えるだろう。
眠っているユラの頬は、ほんの少し緩んでいた。