ひしゃげた鍵で釣った魚は、間男の給餌を受け入れる。 作:鯛と琴
娼館のオーナーも務める司令官は、ルディアに頼まれて娼館に出向くことも少なくない。
しかし今日は気が進まなかった。ニナにお預けを食らったばかりだというのに、娼館で鉢合わせてしまったら、嫉妬しない自信がない。
「あっれぇ〜? おにーさんじゃん♡」
その不安に横槍を入れるように、甲高く媚びた声で呼ばれる。どうやら仕事終わりのベリサに見つかったようだ。
「いつもの仕事? それともぉ、ベリサちゃんのことを求めちゃってたとか?」
「言っとくが今日は……いや、しばらくは相手してやれないぞ。体力的にも精神的にもどうやら疲れてるみたいで……」
「え〜? そうやって、負けるのが怖いんじゃないのぉ? ざーこざーこ、ざこざこおにーさん♡」
相変わらずの憎まれ口で煽ってくるベリサ。普段なら返り討ちにしてやるところだし、本人もそれを望んで媚びているのだろう。
だがあれだけのことがあっては、子供っぽい誘いなんかに乗るわけにはいかない。
「はいはい、もう雑魚でも負けでもいいぞ。俺は休むといったら休むからな」
「むぅ、なんか今日のおにーさん、本当に疲れてるっぽい……? でもせっかく娼館で特訓したのに、こんな風に勝っても意味ないな〜……」
流石のベリサも司令官の唯ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、頬を膨らませて残念がる。
一方の司令官も、嫉妬で眉を顰めていた。特訓と称して自分以外の、誰とも知らぬ男を煽る危うさを、ベリサ自身は理解しているのかと疑問になる。
そうは思っても、口に出してはベリサを調子に乗らせるだけだろう。
「そもそもそういうのに勝ち負けってあるのか?」
「ベリサさんのお客様は、メスガキをわからせてやる、って方が多いですからね。まあ、結局ベリサさんに責められて負けを認めちゃってますけど」
「でも正直、最近はベリサちゃんに負けたい〜って人も多いんだよね……わからせようとして逆転される、ってシチュエーションまで指定してきたりする人もいるというか……」
「いわゆる被虐性癖というやつか。わからなくはないが、そこまで極端なのはいまいち理解しかねるな……」
「だったら詳しく聞いてみたらどうかしら。マゾとまではいかなくても、女の子に責められるのは動かなくていいから疲れないわよ? それこそ言葉だけで苛められる……なんてサービスもあるくらいだから♪」
まるで司令官の最近の悩みが筒抜けであるかのように、ルディアがアシストをしてくれる。
「まあ、確かに聞きたいが、ベリサはいいのか?」
「おにーさんと一緒なら、私はそれでも全然いいけど〜?」
「それじゃあ部屋を貸してあげるわね。でも、司令官くんは疲れてるみたいだから、あくまで会話と添い寝、軽いマッサージに留めてあげてね」
「はーい」
仕方ないような素振りをしているものの、嬉しさを隠しきれない様子でベリサは司令官の手を引く。
2階のスタンダードな個室に入ると、司令官は身体を重そうにしてベッドに腰掛けた。
「じゃあ、疲れてるみたいだし、肩でも揉んであげるね♡ ──って、硬すぎでしょ、おにーさん。これじゃおじさんみたいだよ?」
煽りはしたものの、司令官の身体の硬さは想像以上だったらしく、驚きを隠せない声色でベリサは言う。
やはり疲れているのだろうか、そう思うと自分が安易に誘いを入れたことにベリサは内心少し恥じる。
「ああでも、ベリサちゃんのこと指名してくるおじさんは性欲強い人ばっかりだし、下手したら司令官の方がやばいかも……?」
「はは、そうかもな……というか、そもそもそんなにおじさんばっかり相手してるのか?」
「んー、まあそうなのかも? 兵士よりは商人のおじさんの方が相手してるかな。『あぁ〜っ♡ 娘と同じくらいの体型した生意気なメスガキ、たまんねぇ〜っ♡ わからせる♡ 絶対わからせてやるぅ〜っ♡』ってキモいこと言ってくるんだよねー」
「それは……嫌じゃないのか?」
露悪的に誇張した声真似をするベリサに、よほど嫌な相手だったのかと心配になって司令官は尋ねる。
「嫌ではないけど……あんまり性には合わないかなぁ。なんか、昔からお姉ちゃんなんだからしっかりしなさいって言われること多くて、逆にそういうの苦手ってなってるかも」
ヴィーラとの関係を思えば納得しかない話だった。普段、生意気な態度をとっているのも、悪戯が多いのも、恐らくはそういった幼少期の反動で甘えたがりだからなのだろう。
「でも、おにーさんになら甘えられてもいいよ? 『ベリサお姉ちゃん好き〜♡ 好き好き〜♡ ぎゅーってしてくれるの好き♡ 大好き〜♡』って♡」
一方で、それを理解していながら、同じような甘え方をできないのが司令官だった。
ベリサもそれを直感的にわかっているようで、後ろから手を回して司令官をそっと抱き寄せながら、耳元で囁くように甘やかす。
「こうやって、こしょこしょって囁かれるのも好きな人多いんだよね。『あっ♡ ベリサお姉ちゃんの可愛い声♡ そんな近くで言われたら好きになっちゃう♡ 元から大好きなのに♡ もっと好きになっちゃうぅ〜っ♡』、な〜んて」
「その、さっきから言ってるそれは誰のセリフなんだ……?」
「これはねー、心情代弁って言うらしいよ? 『自分の心の中、ベリサお姉ちゃんに見透かされちゃってる♡ ベリサお姉ちゃんのこと大好きだってバレちゃってるぅ〜っ♡』って負けた気持ちになっちゃうんだって」
眉唾だ、と司令官は思った。
その通り、心情代弁は本当に心を見透かしているわけではない。言われた内容に従うことで相手の劣位にわざと立ち、その内容に暗示をかけられた気分になることこそが本質なのだ。
「『ベリサお姉ちゃんの薄細くてぷにぷにの身体好き♡ ぎゅーって密着してなでなでされるの好き♡ 好き♡ 好き♡ 好き♡ ベリサお姉ちゃんだ〜い好きっ♡』」
そして、その全てが嘘っぱちということでもない。ベリサを、引いては前線基地の皆に好意を向けていることは司令官がこの数日で酷く自覚したことだった。
それを無理やり、何度も反芻させられるかのような体験。いつものように一歩引いた立場でいられなくなる。
疲労も相まって思考が鈍る。そんな脳みそを直接撫でるように、ベリサは耳の奥に舌を捩じ込んだ。
吃驚し、それまで考えていたことに文字通りのノイズが走る。連呼された「好き」という二文字だけがロックされる感覚。
にゅるん♡ にゅち♡ ちゅるっ♡
『好き♡ 大好き♡ 好き好き♡ 好き♡』
ぢゅるるる♡ ぐぽ♡ ぐぽぐぽっ♡
『ベリサお姉ちゃん好き♡ だ〜い好き♡』
れろれろれろっ♡ ぢゅうぅ〜っ♡ ぽんっ♡
舌の面が触れ、耳に侵入する。
舌先を奥に入れてほじり返す。
ゆっくりと丁寧に全体を撫でる。
かと思えば高速で舐め回す。
とどめに耳に接吻して、強く吸い上げる。
まさに特訓の成果と言うべき絶技。『大好きなベリサお姉ちゃん』がどこでこんなものを習得したのか、想像せずにはいられない。
きゅっと胸が痛む。だというのに、司令官の愚息は反応を示していた。
「『ベリサお姉ちゃんの耳舐めキックぅ〜っ♡ 耳まんこほじられて芯入るぅ♡ 今日はえっちできないのにちんぽ勃っちゃう♡ ベリサお姉ちゃんしゅきぃ♡ ちんぽで告白するぅ♡ 好き好き〜っ♡』」
「ベリサ……っ、お前、どこでそんなの……っ」
ベリサらしからぬ、下品な言葉遣い。少なくともその語彙は才能では説明がつかないものだった。
聞くまでもなく客からねだられて覚えたものだろう。そしてそれは、マゾを揶揄うものであると同時に、雄に媚びる言葉でもある。
ベリサは一瞬逡巡した後──
「んー……ひ・み・つ♡ 司令官には、おしえてあげなーい♡」
恥じらいと、思いやりと、少しの悪戯心の混ざった感情で、わかりきっている答えを伏せた。
「っ、ベリサ……!」
司令官はベリサを振り解いて押し倒す。
知りたかった。そこに至るまでの経緯を。あるいは、この焦燥の答えを。
いきりたったものがベリサの腹に押し当てられる。駄目だとわかっていても、ベリサは期待を止められなかった。
亀頭の先が入り口に触れる、その瞬間。
「ダメよ、司令官くん。疲れてるんでしょう?」
ルディアがまるで覗いていたかのように、制止しながら入ってきた。
「ごめんなさいね、邪魔しちゃって。実はベリサさんに指名が入っていて……それで、すぐに手が空きそうか確認したかったんだけど」
「いや……むしろすまん。止めてくれてありがとう。ベリサなら連れて行っていいぞ」
途端にスイッチが入ったように、普段の飄々とした調子に戻る司令官。それを見たベリサは少しだけ悲しそうな顔をした。
「ああ、ちなみにだけど、そのお客様がまさに淫語好きの常連さんでね。今日もベリサさんに心情代弁プレイをお願いしたいそうよ?」
それを聞いた瞬間、先ほどの記憶が蘇る。仮面の下に仕舞い込んだはずの嫉妬心が想像とともに再び膨らんでいき、男に媚びるように品のない煽りをするベリサの光景が浮かび上がる。
「っ、あ、あれ……?」
とぷ。
とぷ、とぷ……♡
「えっ、ちょっ、おにーさん!?」
「あら、出しちゃったのね。まあ、このままお預けになるよりマシだったかしら……?」
偽ったはずの自分が、形をもって漏れ出たかのような吐精。普段とは違う、とろとろと勢いのない精子が、ベリサの入口に滴っていた。
「ひとまずお客様には少しだけ待ってもらうよう伝えておくから、ベリサさんは身体を洗ってからきて頂戴ね」
「あ、はい、わかりました……?」
二人がそそくさとその場を後にする。司令官の恥ずかしさは察するに余りあったからだ。
だが司令官は、それにすら不思議な感覚を覚えていた。他人の前で恥を晒すことなどなかったから。
これが悪癖に昇華するのは、もはやそう遠くない未来だった。
───
──
─
心穏やかでないままに風呂を済ませ、個室を後にする司令官。
そんな彼を追い討ちするかのように、どこかの個室から凄まじい喘ぎ声が響いてくる。
ベリサのものではない。
だが、知っている声のような。
そう考えながら歩いていると、目の前の個室から芋虫のように手足に肉をつけた、小太りの客が退室していった。
開けっぱなしのドアに、思わず目線が吸われる。
さっきの喘ぎ声が聞こえていた部屋だ。
「……ニナ?」
ひっくり返った蛙のように足を大開きにして気絶し、股から大量の精液を垂れ流す雌。
ベッドの上のその女は、会うことを恐れていた彼女そのもの。
それが、最悪の形で目の前に横たわっていた。