一年の最後の日、辺境の村は穏やかな雪景色に包まれていた。村の小さな酒場に、村人たちが続々と集まり、宴が開かれた。
部屋を暖かく照らす中、テーブルには村自慢の料理や果実酒が並び、笑い声が絶えなかった。
青年剣士の兄夫婦は、娘を連れて席に着き、穏やかな笑みを浮かべていた。妻は村の噂話を楽しげに語り、皆を和ませる。
診療所の女医は白衣を脱ぎ、珍しくリラックスした様子でワインを傾け、隣にはかつて盗賊から助け出した元奴隷で今は助手の女性がいた。
彼女は今では女医の元で医学の勉強しながら手伝いをしているそうだ。
この世界に来て一年近くが経ち、竜騎士と女武闘家は色々な人と出会った、村の人々や冒険者たち、旅先で出会った人々、そんな出会いが、二人の絆を強くしていった。
女武闘家は竜騎士と一緒にテーブルに座り、飲み食べを楽しんだ。
彼女はジョッキを掲げ、村の人達と声を合わせて歌い、踊った。
竜騎士は彼女の笑顔を見て、心から安堵した。
「この一年、色々あったけど……君と一緒にいられて良かったよ」
彼の言葉に、女武闘家は頰を赤らめ、手を握り返す。
「私もよ。来年も、一緒に冒険しようね」
マスターはカウンターから大声で笑い、「さあ、皆! 新年を祝おうぜ!」と叫び、みんなでグラスやジョッキを掲げた。
宴が終わった頃、村の小さな酒場は静けさに戻っていた。
村人たちが三々五々帰宅し、暖炉の火が弱々しく揺れる中、残された杯や皿がテーブルの上に散らばっている。
青年剣士の兄夫婦は眠ってしまった娘を連れて先に引き上げ、診療所の女医と助手の女性も互いに肩を寄せ合い、夜道を歩いて去っていった。
マスターはカウンターを拭きながら、満足げにため息をついた。
「今年もいい年越しだったな。お前さんたちのおかげだよ」
竜騎士と女武闘家は最後に残り、酒場のドアを閉めて外に出た。
雪の降る夜空の下、村の道は静かで、足音だけが柔らかく響く。
二人は手をつなぎ、家に向かって歩いた。女武闘家は頰を赤らめ、息を白く吐きながら言った。
「みんな、楽しそうだったわね。村がこんなに賑やかになるなんて、久しぶりよ」
竜騎士は彼女の手を優しく握り返し、頷いた。
「そうだね。この一年、色々あったけど……ここが僕たちの帰る場所だって、改めて思ったよ。来年も、みんなと一緒に過ごせたらいいな」
家に着くと、二人は暖炉に火を入れ、疲れた体をソファに沈めた。
女武闘家は竜騎士の肩に頭を預け、静かに目を閉じた。
「ありがとう……あなたと出会えて、本当に良かったわ」
竜騎士は彼女の髪を撫で、優しくキスを落とした。
「僕の方こそ。来年も、よろしくね」
外では雪が静かに積もり、二人は新年を迎えた。
そして、年明けから数日後、二人は水の街に来ていた。
辺境の村での穏やかな年越しを終え、再び冒険の道に戻ったのだ。
水の街の法の神殿にて、竜騎士と女武闘家は剣の乙女の待つ部屋に招かれていた。
剣の乙女は白いローブを纏い、穏やかな笑みを浮かべて二人を迎えた。
「お久しぶりですね、異世界の英雄様。お元気そうで何よりです」
竜騎士は軽く頭を下げ、昇級の件でお礼を述べた。
「剣の乙女様、銀等級への昇格、ありがとうございます。僕たちには過分な評価ですが……」
剣の乙女は優しく手を振った。
「異世界の英雄様なのですから、それに罪喰いの脅威から未然に、この世界を救ってくれましたわ。当然の評価ですのよ」
彼女の目は感謝に満ち、女武闘家も頷きながら微笑んだ。
竜騎士は本題に入り、追記の報告書に書きましたが、蒼天騎士団について知っている事を教えてくれますか? と尋ねた。
雪山の出来事が、まだ二人の心に影を落としていた。
剣の乙女は表情を少し引き締め、頷いた。
「分かりましたわ」
彼女は窓辺に立ち、運河の流れを眺めながら話し始めた。
「魔神王が勇者に倒される少し前に、配下のデーモンが大量に都の中に侵入したのですが、その時現れたのが十二人の騎士と教皇トールダンⅦ世でした。彼等は圧倒的な力でデーモンを倒し、暫くは都に滞在した後、王から褒美として北の砦を与えられて、そこを拠点としております」
女武闘家は拳を軽く握り、疑問を口にした。
「そんな連中が何故、ゴブリンと手を組んでいたのかしら? あんな下等な怪物たちと……」
竜騎士は考えを巡らせ、答えた。
「奴は義理と言っていた。恐らく緑の月の管理者を名乗る男の手伝いをしていたのだろう。あの言い方は本意では無さそうだった。ゴブリンと手を組んだのは、あそこのゴブリンとだけだろうな」
剣の乙女はゆっくり頷き、続けた。
「そうかも知れませんが……問題は彼等は戦神ハルオーネを主神としたイシュガルド正教を広めており、信者や今の国や王に反発する者が集まりつつあります」
女武闘家は眉をひそめながら
「邪教とかなのですか? そんなに危険な連中なの?」
剣の乙女は首を振り、静かに説明した。
「そうではありませんが、ただ彼等は周囲の村を取り込み、イシュガルドという宗教都市国家を作ろうとしております。今までは都を救った英雄達という事もあり、黙認していた部分もありましたが、流石にこれ以上は……」
彼女の声は重く、部屋の空気が張りつめた。
竜騎士は剣の乙女の意図を察し、尋ねた。
「それで……僕たちに何をお願いしたいんですか?」
剣の乙女は二人を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと言った。
「貴方達には潜入して調査して頂きたいのです。北の砦に潜り込み、イシュガルド正教の動きを探ってください。貴方の言う、緑の月の管理者という存在も、気になりますが…、あなたたちなら、きっと成し遂げられるはずです」
女武闘家は竜騎士と視線を交わし、決意を込めて頷いた。
「わかったわ。私たちで調べてくる。剣の乙女様、待っていてね」
竜騎士も槍を握る手を強くしていた。
「了解です。早速、準備を始めます!」
雪の積もった北の大地に、砦は聳え立っていた。
灰色の石壁が厳しく風を切り裂き、周囲の白い風景に溶け込みながらも、威圧的な存在感を放つ。
宗教都市国家イシュガルド。
もちろん、竜騎士がかつていた世界のそれではない。
四方世界に緑の月の管理者によって蘇らせられた、トールダンⅦ世と蒼天騎士団が新たに築こうとしている国だ。
戦神ハルオーネを主神とするイシュガルド正教の教えが、人々を束ね、砦を核とした新たな秩序を形成しつつあった。
砦の周囲には、集まった人々によって町が自然と出来上がっていた。
テントの群れが風に揺れ、木造の小屋が乱雑に並ぶが、中には石造りの建物もちらほら見え、建設中の塔や壁が未来の都市を予感させる。
人の往来は下手な街よりも激しく、商人たちの叫び声、子供たちの笑い声が混じり合う。
都での圧倒的な強さが、人々を惹きつける最大の理由だろう。
魔神王配下のデーモンをたった十二人で百体以上倒したという伝説は、噂を呼び、希望を求める者たちを呼び寄せていた。
現在の王や内政に不満を持つ者は多い。重税、腐敗した貴族、終わらない魔物との戦い、そんな彼等にとって、蒼天騎士団はひょっとしたら何かを変えてくれるかも知れないという期待の象徴だった。
信仰の名の下に集まる者たちは、騎士の誇り高き姿に憧れを抱き、砦の門を叩く。
竜騎士と女武闘家は、そんな町に潜り込んでいた。
フードを深く被り、冒険者のような粗末なマントを羽織って。
竜騎士は周囲の喧騒を観察しながら、低く呟いた。
「これだけ人が多ければ、潜り込むのは容易いな。だが、砦の方は蒼天騎士団ではないが、門衛の騎士がいる。あそこを突破するのは一筋縄じゃいかないぞ」
女武闘家は拳を軽く握りしめ、頷いた。
「ええ。でも、まずは町の様子を探りましょう。あの剣の乙女様の依頼だもの、慎重にね」
二人は人ごみに紛れ、市場のような広場を歩いた。商人たちが声を張り上げ、食料や武器を売る。
騎士の甲冑を纏った者、冒険者崩れの荒くれ者、不満げな農民など、さまざまな人々が混在し、町の空気は活気と緊張が入り混じっていた。
一人の男が、広場の隅で演説を始めていた。
粗末なローブを着た信者らしき人物で、声を張り上げて叫ぶ。
「王の腐敗に耐え続けるのか? 戦神ハルオーネの教えの下、蒼天騎士団が導く新世界へ! ここイシュガルドで、真の正義を!」
周囲の者たちが頷き、拍手を送る。だが、中には冷めた目で去っていく者もいた。
竜騎士は女武闘家に耳打ちした。
「信仰が本物か、それともただの不満の捌け口か……」
女武闘家は目を細め、砦の高い壁を見上げた。
「あの緑の月の管理者って奴も絡んでるのよね…あいつら、本当に国を作ろうとしてるの?」
竜騎士と女武闘家の二人は酒場に入った。
粗末な木の扉を押し開くと、煙たい空気と酒の匂いが迎える。
店内は混み合い、様々な者たちがテーブルを囲んでいた。
暖炉の火がパチパチと音を立て、壁には四方世界の住人が想像で書いたのであろうハルオーネの肖像が飾られている。
二人は隅のテーブルに座り、ビールを注文して周囲の話に耳を傾けた。
「重税で村はどうにもならんよ!あの腐った貴族どもが……ここなら、騎士団が守ってくれるって聞いたよ」
隣のテーブルの男が、低く唸るように言った。
仲間たちが頷き、ジョッキを叩きつける。
「そうだ! 蒼天騎士団の強さは本物だ。デーモンを一掃した英雄たちだぜ。新たな国を作って、王を倒す日が来るかもな!」
一方で、別の声が混じった。「でもよ、反対意見を言ったら…異端者扱いされて、異端審問官に連行されるって聞いたぜ。あの処罰、拷問みたいだってよ。逆らう奴は、容赦ねえらしい……」
その言葉に、周囲の空気が一瞬凍りついた。
隣の男が慌てて「おい!!」と止めに入る。
話していた男は慌てて声を潜め、仲間たちが視線を逸らす。
竜騎士は女武闘家と目を合わせ、静かに呟いた。
「王政への反発は強いけど……抑圧も酷いみたいだ。異端審問官か……奴等、騎士団は相変わらずだな…」
かつて、ある貴族の身の潔白を証明する為に『決闘裁判』に出た記憶が蘇る。
女武闘家はビールを一口飲み、頷いた。
「信仰を盾に、反対者を黙らせるのね。もっと深く探らないと」
二人はさらに耳を澄ませ、酒場の噂を拾い集めた。
砦の内部では、教皇トールダンⅦ世と蒼天騎士団の権力は絶対である。
夜が深まる頃、二人は酒場を後にし、宿屋に向かった。
宿屋は町の外れにあり、木造の粗末な建物だった。
壁は薄く、隣の部屋の話し声が漏れ聞こえてくるほどで、プライバシーはほとんどない。
竜騎士と女武闘家は一室を借り、ドアを閉めると、ようやく息をついた。
女武闘家はマントを脱ぎ捨て、「疲れた〜」とベッドに横になった。
彼女の体は探索の疲労で重く、雪の冷気がまだ肌に染みついているようだった。
竜騎士は彼女の傍らに座り、「お疲れ様…」と優しく頭を撫でた。
女武闘家の髪は柔らかく、手の温もりが伝わる。彼女は目を細め、くすぐったそうに笑ったが、竜騎士の表情が苦笑いに変わる。
「しかし、この宿じゃ……ちょっとね…」
女武闘家は意味が分かると、頰を赤らめて起き上がり、確かにと壁の薄さを眺めた。
宿屋は本当に簡易的なもので、部屋にはベッドと小さなテーブルがあるだけ。
浴槽などなく、水浴びでは寒過ぎる。
外の風が窓から入り込み、部屋の空気をさらに冷たくする。
「確かに……無理よね。隣に聞こえちゃうわ」
彼女の声は少し残念げだが、笑みが混じっていた。
竜騎士は立ち上がり部屋を出ると受付に向かい、宿屋の店主に大浴場の場所を尋ねた。
店主は髭を撫でながら、「ああ、町の中心に共同の大浴場があるよ。砦の近くだけど、誰でも使えるさ。湯は温泉みたいに温かいぜ」と教えてくれた。
二人は頷き、部屋に戻ると、竜騎士は鎧を脱ぎ、軽装になった。
ゲイボルグ・アルテマをベッドサイドに置き、簡単なシャツとズボン姿になると、女武闘家に手を差し出した。
「じゃあ、行こうか。体を温めて、ゆっくり休もう」
女武闘家は彼の手を取り、二人で宿屋を出た。夜の町は灯りがまばらで、雪が静かに降り積もる中、大浴場に向かう道は人影も少なく、二人だけの世界のように感じられた。
女武闘家は竜騎士の腕に寄り添い、「こんなところでデートみたいね……。でも、明日は本格的に砦を探るわよ」と囁いた。
二人は手をつなぎ、温かな湯の待つ大浴場へ向かった。
大浴場は町の中心にあり、石造りの建物が湯気を立ち上らせていた。
入り口で男湯と女湯に分かれ、竜騎士は軽装のまま男風呂に入った。
湯気の立ち込める中、身体を洗い、熱い湯船に浸かると、身体が温まり、疲れが飛ぶ様だった。
雪の冷えが骨まで染みていたのが嘘のように、筋肉が緩み、心地よい眠気が訪れる。
隣で話をしている男たち一人は鍛冶屋風の筋肉質な男、もう一人は商人らしき瘦せた男の声に、竜騎士は耳を傾けた。
湯船の熱気が会話をぼんやりと柔らかくする。
「そういえば、近くの村でゴブリンが出たらしいな」
鍛冶屋風の男が、低く呟く。
「あぁ、明日、蒼天騎士団の一人がわざわざ出向くらしいぞ」
商人が頷き、湯を掬って肩に掛ける。
「こんな小さな事でも対応してくれるんだから立派だよな。王の兵なんか、こんな辺鄙な村のゴブリン退治なんか来やしねえよ」
竜騎士は二人の会話に割って入り、自然な笑みを浮かべて言った。
「蒼天騎士団凄いですよね。僕も憧れて来たんですよ。是非、活躍見てみたいんですけど、どこの村ですか?」
男たちは少し驚いた様子で振り返ったが、すぐに親しげに答えた。
鍛冶屋風の男が笑い、「おう、熱心だな。あぁ、ここから東に行ってすぐの村みたいだよ。ただ俺も兵士が話しているのを聞いただけだから、違っても恨むなよ」
竜騎士は頷き、「ありがとうございます。明日、行ってみますよ」と感謝を述べた。
男たちはさらに会話を続け、騎士団の噂を交わすが、竜騎士は内心で情報を噛みしめた。
ゴブリン退治、これは好機かもしれない。
湯船から上がり、体を拭きながら、女武闘家との合流を待った。
浴場から出て女武闘家と合流すると、湯気の残る彼女の頰はほんのり赤く、髪が湿って柔らかく輝いていた。
竜騎士は彼女の姿に一瞬見惚れ、軽く手を差し出した。
「お疲れ様。温まった?」
女武闘家は笑顔で彼の手を取り、頷いた。
「ええ、すごく気持ちよかったわ、あなたも温まった?」
二人は雪の降る夜道を宿屋に向かって歩きながら、話を続けた。
竜騎士は浴場で耳にした会話を思い出し、低く言った。
「明日、蒼天騎士団の一人がゴブリン討伐をするらしい。近くの東の村だってさ。様子を見に行こうと思うんだが……。砦に入れない以上、あの騎士たちの動きを直接見られるチャンスかも知れない」
女武闘家は拳を軽く握り、決意を込めて答えた。
「そうだね。砦に入れない以上、何か掴めるかも知れないし、行きましょう。蒼天騎士団の本当の姿、確かめないとね」
彼女の目は鋭く輝き、竜騎士の提案に即座に同意した。
二人は互いの視線を交わし、雪の粒子が舞う中で軽く頷き合った。
町の灯りが遠くに揺れ、静かな夜が二人の計画を包む。
宿屋に戻ると、部屋の薄い壁が再び二人を意識させたが、今夜は疲労が勝っていた。
女武闘家はベッドに座り、髪を拭きながらため息をついた。
「明日は早いわね。ちゃんと休まないと」
竜騎士は彼女の隣に座り、優しく肩を抱いた。
「そうだね。おやすみ」
二人は簡素なベッドに横になり、抱き合い、互いの体温を感じながら一晩を過ごした。
翌日、二人は砦の東にあるという村に向かった。
雪の残る道を馬で進み、数時間で小さな農村に着いた。
決して豊かではない雰囲気で、粗末な木の家々がまばらに並び、畑は荒れ果て、住民たちの顔には疲労と不安が刻まれていた。
村の入り口で馬を下り、竜騎士は周囲を見回した。
「ここか……。ゴブリンの襲撃の痕跡がまだ新しいな」
女武闘家は拳を握りしめ、頷いた。
「ええ、数日前にゴブリンに襲撃されて、食料が奪われ女性達が拐われたらしいわ。村人たちの目が、怯えてる……」
二人は村の広場に近づき、住民たちに声を掛けようとしたが、皆が警戒心を露わに距離を置く。
村長らしき老人が、震える声で話した。
「お前さんたち、冒険者か? 蒼天騎士団が来てくれるって聞いたんだが……」
暫く様子を見ていると、遠くから馬の蹄の音が響き、複数の騎士と蒼天騎士団のシャリベルが現れた。
白いローブを纏ったシャリベルは、杖を優雅に振りながら馬を下り、周囲を睥睨する。
騎士たちは甲冑を輝かせ、村人たちを囲むように配置についた。村人たちは安堵と畏敬の視線を向け、膝をつく者もいた。
女武闘家は木陰から様子を窺い、低く呟いた。
「あの、おかま口調で喋っていた人ね。十二人もいると、誰が誰だか分からないけど、あの人は印象に残っているわ。魔法使いっぽいし、厄介そう……」
竜騎士はゲイボルグ・アルテマを隠し持ち、頷いた。
「シャリベル・ド・ルジニャック卿だな。元異端審問官上がりのサディストって話だ…」
女武闘家は目を丸くし、声を潜めて言った。
「うわぁ…ちょっと嫌だな…」
竜騎士は肩をすくめ、苦笑した。「まぁ、信仰の名の下に過激なことをするって話は、どの世界でもよく聞く話しさ…でも、今は彼らの動きを観察する。ゴブリン討伐の現場で、何か手がかりが掴めるかも」
シャリベルは村人たちに声を掛け、ゴブリンの巣窟の場所を聞き出している様だ。
騎士たちは村の周囲を警戒し、討伐の準備を始める。
二人はさらに隠れ、騎士団の行動を注視した。
夕方、日も暮れようとする中、シャリベルは村人の案内で、雪の積もった道を進み、ゴブリンの巣穴に向かった。
村人は震える手でランタンを掲げ、息を切らしながら先導する。
「ここです……中には拐われた娘たちがおります……。お願いします、助けてやってください……」
巣穴の入り口は暗く、湿った洞窟のように口を開け、緑色の小鬼たちの臭いが漂っていた。
見張りのゴブリンが数匹、粗末な槍を構えてうろついている。
一緒に来ている騎士の一人が、シャリベルに進み出た。
「シャリベル様、見張りのゴブリンは我々が片付けます!」
彼の声は忠誠に満ち、甲冑が月光を反射して輝く。
だが、シャリベルは杖を優雅に振り、ニヤリと笑った。
「そんな必要ないわよ!」
次の瞬間、杖の先から巨大な火球が現れた。
赤く渦巻く炎の塊が、空気を焼き焦がす熱を放ち、周囲を照らす。
案内した村人は目を丸くし、慌てて叫んだ。
「な、何を……!? 娘たちが中にいるんですよ!」
シャリベルは構わず、妖しい笑みを浮かべた。
「そぉら、燃えなサイ!!」
火球は爆発的な勢いで飛び出し、見張りのゴブリンを巻き添えにし、巣穴の奥深くまで突き進んだ。
轟音が響き、洞窟の壁が震え、ゴブリンの断末魔の叫びと、女性たちの悲鳴が混じり合って外に漏れ出た。
炎の余波が雪を溶かし、黒い煙が立ち上る。
村人は顔を青ざめ、シャリベルに詰め寄った。
「娘達が中にいるのに、何を……!! あの子たちはまだ生きてるんですよ! 助けに来たんじゃないんですか!?」
シャリベルは杖を肩に担ぎ、冷たく嘲るように言った。
「どうせ、あの汚くて臭い小鬼に犯されて惨めに生きるぐらいなら、死んだ方が幸せヨ。ワタシは慈悲深いんだから」
彼の声は甘く、しかし毒々しく響き、村人の心を抉る。
騎士たちは無表情のまま周囲を警戒し、誰も口を挟まない。
村人は膝をつき、絶望の声を上げた。
「そ、そんな……あの子たちは…あの中には私の娘も…どうしてそんな残酷な……!」
シャリベルは目を細め、杖を突きつけた。
「ワタシはゴブリン討伐しか依頼されていないの。これ以上何か言うなら、アナタを異端者で連行してもいいのヨ。異端審問官では無く、ワタシが直接、じっくりお相手してあげてもいいのヨ!」
その言葉に、村人は口を閉ざし、震える体を地面に伏せた。
空気が重く張りつめ、煙の臭いが広がる。
隠れていた木陰から、二人はその光景を見ていた。
女武闘家は拳を握りしめ、自身の過去…ゴブリンの巣穴で受けた屈辱と痛みがよみがえり、耐えられなかった。
体が熱く震え、怒りが爆発する。
「許せない……!!」
竜騎士の静止も聞かず、彼女は飛び出した。
スファライ・アルテマの青白い光が閃き、周りの騎士たちを次々と倒しながら、シャリベルに殴りかかる。
拳が空を切り、甲冑を砕く音が響く。
「あんたみたいな奴が、騎士を名乗るな!!」
シャリベルは目を細め、素早く身をかわした。
「あらあら、こないだ、あの砦にいた女ね! では英雄サマも一緒かしら?」
彼は杖を構え、火の術を女武闘家に放とうとした。
赤い炎が渦を巻き、熱波が迫る。
そこに竜騎士が現れた。ゲイボルグ・アルテマを振り回し、シャリベルの術を槍で弾き飛ばす。
青白い光が炎を切り裂き、爆風が周囲を震わせる。
シャリベルは舌打ちし、杖を回した。
「くっ! こっちが不利ネ。引かせて貰うわよ……」
彼は残った騎士たちに合図を送り、馬に飛び乗り、村から去っていった。
煙の残る巣穴と、絶望した村人が残される中、竜騎士は女武闘家を抱き寄せた。
「大丈夫か……? 無茶だよ」
女武闘家は息を荒げ、涙を浮かべて頷いた。
「あの女性たち……助けられなかった……。あんな奴ら、絶対に許さないわ」
二人は焼け焦げた巣穴の入り口に立ち、シャリベルたちが去った後の静けさを破って村人に近づいた。
村人は地面に膝をつき、肩を震わせて泣いていた。
竜騎士は優しく声をかけた、「大丈夫ですか? 」
村人は顔を上げ、涙と怒りに歪んだ表情で叫んだ。
「何が蒼天騎士団だ……都を救った英雄だっ……! 私の娘はあの中にいたんだぞ!! くそっ! あんな奴らに頼るんじゃなかった……!」
彼の声は荒く、拳を地面に叩きつける。
絶望の目で巣穴を睨み、嗚咽を漏らす。
英雄の名にすがった期待が、残酷な現実に砕け散った瞬間だった。
女武闘家は村人を落ち着かせようと、そっと肩に手を置き、「今は……まずは遺体を収容しましょう。私たちが手伝うわ」と優しく言った。
彼女の声は震えを抑え、自身の過去の傷を思い浮かべていた。
村人はゆっくり頷き、立ち上がった。
女武闘家は彼を支え、巣穴の外で待機させる間に、竜騎士とともに洞窟へ入った。
巣穴の中は熱気と焦げ臭いが立ち込め、ゴブリンの焼け落ちた死体が散乱していた。
暫くの時が経ち、二人は女性たちの焼け焦げた遺体を運び出した。
遺体は無惨な姿で、炎の残虐さがそのまま刻まれていた。女武闘家は唇を噛み、涙を堪えながら遺体を布で覆う。
竜騎士は無言で手伝い、心の中でシャリベルへの怒りを燃やす。
そして、村からも応援を呼び、馬車や担架で遺体を村に運んだ。
村人たちが集まり、皆で弔った。
簡素な葬儀は雪の降る広場で行われ、村長が祈りの言葉を捧げ、土に埋める。
女性たちの家族たちは泣き崩れ、村全体が悲しみに包まれた。
全てが終わる頃には日が出て正午になっていた。空は青く、雪が溶け始めるが、心の寒さは消えなかった。
村長は二人の姿を見て、目を細めた。
「あの時の冒険者でしたか……まさかこの様な結果になるとは……。これなら冒険者を依頼した方が良かったのかも知れませんな。あの騎士団、英雄の名を借りた怪物ですよ……」
彼の声は疲れ果て、肩を落とす。
二人は蒼天騎士団について聞いた。村長はため息をつき、周囲の村人たちも加わって語り始めた。
「最初は皆、喜んでおりましたよ。生活が楽になるのでないかと。都を救った英雄たちが来て、何かを変えてくれるのではと…」
村長は拳に力が入る。
「でも、実際には上が変わっただけで、何も変わりませんでした。税は相変わらず重く、食料の配給も騎士団の都合で決まる。結局、彼等の元について資金援助をしている貴族や、蒼天騎士団の下についた騎士崩れや冒険者崩れの連中がデカい顔をしているのですから……。反対の声を出せば、異端者扱いですよ…」
村人たちの声は悔しさに満ち、英雄の幻想が剥がれ落ちた現実を語る。
女武闘家は拳を握りしめ、「私たちも、あの連中を調べに来たの。もっと詳しい話、聞かせてくれる?」と尋ねた。
村長は頷き、家に二人を招き入れた。
村長の家は、粗末な木造の小屋で、暖炉の火が音を立て、湯気の立つお茶の香りが部屋に広がっていた。
村長は震える手で二人にお茶を注ぎ、疲れた目で座った。
「娘達の埋葬、ありがとうございました……。あの子たち、せめて安らかに眠れるよう祈ってくれますか」
村長の声はかすれ、涙の跡が残る頰を拭った。
竜騎士はカップを手に、静かに頭を下げた。
「いえ……こちらこそ。お悔やみ申し上げます。蒼天騎士団については、何か知っている事はありますか? 彼らの本当の目的とか……」
村長はため息をつき、暖炉の火を見つめた。
「いや……ワシらは元々この地で細々とやっていたんですよ。貧しい農村でしたが、それが奴らは突然ここにやって来て……都を救った英雄だの、戦神ハルオーネの教えだのと大々的に言いふらし、噂を聞いた不満分子たちが次々と集まってきましてね。砦の周囲を街みたいに発展させて……。あの砦も放置されてボロボロだったのを、都を救った英雄が来ると言う事でワシの村や周囲の村人達で汗水垂らして住める様にしたんですよ……なのに、こんなことに……」
彼の拳が膝の上で震え、悔しさが声ににじむ。
女武闘家はカップを置き、村長の目を見つめて言った。
「私達はあの砦に入りたいんですけど……何か方法はありますか? 水の街の剣の乙女様の依頼で、奴らの動きを調べに来たんです」
村長は一瞬驚いた顔をし、ゆっくり頷いた。
「なら……奴等も恐らく知らない隠し通路を教えますぞ。何せあそこを直したのは我々村人ですから……砦の事は奴等より詳しいですぞ。英雄気取りの連中が来る前から、この辺の地形を知り尽くしてるんですからな」
彼は立ち上がり、隣の部屋に行き、ガサガサと古い木箱を漁った。埃まみれの羊皮紙の地図を取り出し、テーブルに広げる。
「あの砦には緊急時の隠し通路があるんですよ。昔の戦乱で作られた脱出路で、村の裏山から入って砦の地下倉庫に繋がってるんです」
村長は、地図に赤いインクで印をつけると
「ここ、苔の生えた岩の割れ目が目印です」
地図は詳細で、砦の内部構造まで記されていた。
村人たちの手で修復した記憶が生きている。
竜騎士は地図を凝視し、感謝の言葉を述べた。
「これで……砦に潜入できます。本当にありがとうございます。村の皆さんを守るためにも、奴らの正体を暴いてみせますよ」
女武闘家は決意を新たにした。
「絶対に、こんな悲劇を繰り返させないわ」
村長は二人を見送りながら、静かに呟いた。
「頼みますぞ……娘達の無念を晴らしてくだされ」
二人は地図を手に村を後にした。隠し通路に向かって。