ギルドの片隅で、竜騎士はアーマリチェストから入っている武器を取り出して整理しながら、手入れをしていた。
テーブルの周りには様々な武器が並べられていた。
剣、斧、刀、弓などの武器、そして変わった構造のガンブレードまで。
布を優しく滑らせ、刃の汚れを拭き取り、油を塗って輝きを蘇らせる。
ギルドの喧騒が遠くに聞こえる中、彼は集中して作業を続けていた。
そこに、鉱人道士、蜥蜴僧侶、妖精弓手が現れて、竜騎士の周りに並べられた様々な武器を眺めた。
妖精弓手は目を丸くし、腰に手を当てて言った。
「何その武器の数は? 武器屋でも始める気なの? 」
竜騎士は少し苦笑いしながら、手を止めて答えた。
「前に蒼天騎士団と初めて戦った時に、予備の槍を使って折れたじゃないですか? だから一度、ちゃんと手入れしておこうかと……。異世界の武器だから、中には、こっちの鍛冶屋じゃ直せないのもあるんですよ」
彼の視線がテーブルに並ぶ武器たちに向き、懐かしげに様々な武器を眺める。
鉱人道士はある武器に目がいった、ガンブレードだった。
剣の柄の部分が銃という、不思議な構造が気になるようだった。
やはり鉱人だけあって珍しい武器は気になる様だ。
彼はガンブレードを手に取って眺めた。
「ほう、剣なのに銃……変わった武器じゃが、なんと言うか少年心をくすぐるような武器じゃの。剣で斬って、銃でドカンか? 想像しただけでワクワクするわい!」
竜騎士は頷き、説明を加えた。「それはガンブレードと言う武器で、基本は剣ですよ。魔力の弾を込めて、敵を斬る時にトリガーを引くと爆発力で大ダメージが出るんです。僕の世界じゃ、特殊な技術で作られてるんですけどね」
蜥蜴僧侶はこの世界には無い武器に興味を示した。
「拙僧も様々ない武器を見て来たが、こんな武器があるとは……異世界の技術、恐るべしですぞ」
鉱人道士はガンブレードを手に取り、「こう構えたら、どうじゃ? 例えば白いコートを着て、囚われの少女を助けて、守るんじゃ」
とポーズを取って皆を笑わせた。皆がくすくす笑う中、妖精弓手は「は? 似合わないわよ、そう言うのは……そうねぇ、例えば銀髪でカッコいい男とか似合いそうね」
とからかい、皆の笑いがさらに広がった。
しかし竜騎士は、なんとなく鉱人道士の声が、かつての仲間のサンクレッドを思い出した。
竜騎士は苦笑しながら武器を片付け始めた。
ギルドの賑わいがこの小さな輪を温かく包み込んだ。異世界の武器が、皆の好奇心を刺激し、冒険の話題は尽きなかった──。
竜騎士が武器を片付け終わると、ギルドの喧騒の中で、女神官がやって来た。
彼女の表情は曇り、いつも明るい笑顔が影を落としている。
杖を握る手が少し震え、足取りも重い。
竜騎士は彼女の様子に気づき、ゲイボルグ・アルテマをケースに収めながら声を掛けた。
「どうしたの? 顔色が悪いよ」
女神官はテーブルに杖を置き、ため息をついた。
「あ……実は、昇級の話があったんですけど……駄目だったんです……」
彼女の声は小さく、泣きそうに震えていた。
彼女はいつも皆を支え、治癒の魔法で戦いを支えてきたのに…
その時、ゴブリンスレイヤーがやって来た。
彼の視線が女神官に止まると、彼女は泣きそうな顔で声を上げた。
「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん……」
ゴブリンスレイヤーは兜の下でわずかに首を傾げ、低く聞いた。「どうした」
女神官は唇を噛み、目を潤ませながら答えた。
「なんでも、私の貢献が足りていないんじゃないかって言われて……。昇級の審査で、落とされたんです……」
彼女の言葉に、皆の表情が曇った。女神官はいつも皆の傷を癒し、戦いの要として活躍してきたのに、そんな評価は意外だった。
女武闘家は目を丸くし、拳をテーブルに軽く叩いた。
「え?! 何で? あんなに頑張っていたじゃない? あなたの奇跡なしじゃ、私たちみんなやられてたわよ!」
蜥蜴僧侶は穏やかに言った。
「仕方あるまい。我等は揃って銀等級ですからな。彼女一人で昇級するのは、難しいのかもしれぬぞ」
鉱人道士は杖を回し、髭を撫でながら続けた。
「おんぶに抱っこって話じゃねぇが、そう見えるやつもいるんじゃねえかって話だ。みんなで戦ってるのに、彼女の貢献が埋もれちまうってことよ」
竜騎士は「しかし蒼天騎士団や邪龍ニーズヘッグの戦いの貢献もあるのでは?」 と尋ねた。
あの激戦で、女神官の聖壁(プロテクション)やヒールがどれだけ皆を救ったか、それは明らかだった。
ゴブリンスレイヤーは無表情のまま、低く答えた。
「あれは元々、お前達の依頼で俺たちは勝手に動いただけだ」
蜥蜴僧侶も頷き、「それに公式では蒼天騎士団と邪龍ニーズヘッグは相打ちと言う事になっておりますからな。あの戦いの詳細は、王の都合で伏せられているのですぞ」
女武闘家は「でも、私だって昇級したのよ? おんぶに抱っこなら、私だって彼にそうよ……」と竜騎士の方を向く。
竜騎士は苦笑しながら頷いた。「まあ……彼女の貢献は十分だと思うけど、ギルドの審査は厳しいのかもね」
鉱人道士は「…とは言え、その分は報酬で頂いておるからのぉ……」
蜥蜴僧侶は、竜騎士と女武闘家に対して「竜騎士殿は白磁スタートとはいえ異世界で英雄と呼ばれていたとの事ですし、それに2人で特殊な依頼など等級以上の依頼もこなしておりますから、昇級は当然の事でしょうな」と言った。
妖精弓手が「ねぇ、等級が問題なら、白磁と黒曜だけで冒険させればいいんじゃない? 」と提案した。
女神官は「皆さん以外と冒険すると言う事ですか? 」と目を丸くした。
ゴブリンスレイヤーは「そうだな、悪い事ではあるまいと」答えた。
妖精弓手は「適当に言っちゃったけど、白磁の子を探して…」と言いかけた。
その時、赤髪の少年が声を上げた。新人冒険者らしき彼は、眼鏡をかけ、少し生意気げに、「いくら後衛だからっておどおどびくびくしている奴に昇級なんか出来るもんか、神官なんて、ただ祈ってるだけだろ?」
彼の言葉は周囲に響き、ギルドの喧騒が一瞬静まった。
女武闘家は彼を見て、「あの子……」と呟いた。
赤髪の少年の姿が、かつての仲間の女魔法使いを思い浮かべさせるほど似ていて、心がざわついた。
あの女性の雰囲気、毒舌。彼女は拳を軽く握りしめ、視線を逸らした。
女神官は「お……おどおどなんかしていません!」 と声を震わせて言い返した。
彼女の目は涙ぐみ「私は……みんなを支えようと、精一杯やってるんです……!」
竜騎士は少年の元に行き、穏やかに問う。
「もし、おどおどしていたとして、何か問題があるのかい? 冒険者はそれぞれの役割がある。神官の慎重さは、みんなの命を守る大事なものだよ」
彼の声は優しく、少年の肩に手を置いた。
ギルドの喧騒が少し遠ざかり、周囲の視線が集まる。
少年は目を細め、竜騎士を睨み返した。「神官ってやつはびくびくして神様に頼るしかしないじゃないか。そんなのが役に立つ訳が無いじゃないか。魔法でぶっ飛ばせばいいんだよ」彼の言葉は生意気で、赤髪を揺らして胸を張った。
竜騎士は静かに微笑み、少年の目を真っ直ぐに見つめた。
「神官は回復の要だ。臆病で慎重な方がいい、みんなの命を預かる役割だからね。もっと本質を見抜ける力を持った方がいいよ。物事を見抜けていれば、その様な物言いは出来ないはずだ。君の魔法も大事だけど、神官の祈りがなければ、誰も戦えない。みんなで支え合うのが、冒険者だよ」
少年は一瞬言葉に詰まり、目を逸らした。
更に蜥蜴僧侶が少年に対して、穏やかだが厳しい声で言った。
「他人を値踏みすると言う事は、値踏みされても仕方ありませんぞ」
少年は顔を赤らめ、睨み返しながら言い返した。
「な、なんだよ……! 」
彼の声は苛立ちに満ち、眼鏡の奥の目が鋭く光る。
新米の自信過剰さが、皆の視線を集めていた。
蜥蜴僧侶は静かに続けた。
「一人の神官を嘲るのは、百万の神官を嘲るのと同意ですからな」
彼の言葉は重く、ギルドの空気をさらに張りつめたものにした。
いつの間にか周りの視線がこちらに向いていた。冒険者たちの好奇と非難の目が、少年を射抜く。
見習い聖女が顔を赤くして怒りを露わにし、拳を握りしめた。
「ちょっと! あんた、今の言葉、もういっぺんあたしの目を見て言ってごらんなさいよ!」
彼女の隣で、新米戦士が慌てて彼女の腕を掴み、必死に止めた。
その時、槍使いが竜騎士の元にやって来て、「取り込み中に悪いが、また一緒に依頼をやらないかと思ってさ」と声を掛けた。
槍を肩に担いだ彼の横には、魔女が黒のローブを纏って立っていた。
魔女はぼそりと「貴方の能力が…必要……ね。」と呟き、竜騎士と女武闘家に挨拶をした。
女武闘家はお久しぶりですと返事をした。
彼女の拳は少し緩み、皆の緊張を和らげるように笑みを浮かべる。
「二人とも、お元気そうですね」
蜥蜴僧侶は少年の様子を睨みながら、竜騎士たちに言った。
「彼の事は我々に任せて大丈夫ですぞ。ここは拙僧達が収めます」
彼の言葉に、竜騎士は頷き、ゴブリンスレイヤー達から離れて話を聞く事に。
皆の輪から少し離れ、槍使いたちの話に集中した。
槍使いは槍をテーブルに立てかけ、声を少し低くして言った。
「実はワイバーンの群れを倒したいんだけど、お前さんが竜退治に特化しているって聞いて、手伝ってくれないかなって思ってさ。報酬はもちろん折半でいいぜ」
竜騎士は構わないですよ、と答えた。
ゲイボルグ・アルテマを軽く握りしめ、皆の顔を見回す。
「ワイバーンか……面白いね。空飛ぶドラゴンを落とすのは得意さ、了解だよ」
槍使いは竜騎士の認識票を見ながら、いつの間に銀等級になりやがったんだ、と笑いながら言った。
槍を回し、竜騎士の認識票を指さす。
「まぁ、あの強さなら当然だろうが、飛ばしてるな」
魔女は「貴方……の事、ライバル視……しているのよ」とぼそりと付け加えた。
彼女の声はいつも通りゆっくりで、余裕が見られる。
槍使いは、「そりゃ同じ槍使いだからな」と肩をすくめて答えた。
「お前さんの槍捌き、もう一度、見てみたいぜ。一緒にワイバーン狩り、楽しみだな」
郊外の砦に到着すると、ワイバーンが空を飛び回っていた。
灰色の石壁が崩れかけた古い砦の上空を、数匹のワイバーンが旋回し、低い咆哮を上げながら獲物を探している。
鋭い翼が風を切り、鱗の輝きが陽光を反射して眩しい。
砦の周囲は荒野が広がり、地面にワイバーンの影が長く落ちていた。
竜騎士はゲイボルグ・アルテマを構え、青白い光を放つ槍の刃先をワイバーンたちに向けた。
「僕と魔女でワイバーンを撃ち落とすから、落ちたやつを頼む」
彼の声は冷静で、視線は空を睨みつける。女武闘家は拳を構え、槍使いは槍を握りしめて首を傾げた。
「魔女はともかく…撃ち落とす?!」
魔女は黒のローブを翻し、ぼそりと「ワイバーン……撃ち落とす……ね。」と呟いた。
そう言うと、竜騎士は膝を曲げ、砦の頂上に向かって高くジャンプした。
風を切り裂くような勢いで空を駆け上がり、砦の崩れた壁を足場にさらに跳躍し頂上に軽々と着地する。
槍使いは目を丸くし、竜騎士のジャンプに関心した。「あいつ……あんな高さ、一瞬で上がれるのか!?」
女武闘家は笑みを浮かべ、「あの人、いつもあんな感じよ。さあ、私たちも準備を!」と拳を鳴らした。
竜騎士は頂上からワイバーン目掛けて跳躍した。青白い光の軌道が弧を描き、槍を突き立てて最前の一匹に襲いかかる。ゲイボルグの刃がワイバーンの鱗を貫き、血が噴き出す。
ワイバーンの咆哮が響き、体が傾きながら地面へ墜落する。
魔女は杖を掲げ、炎の矢を放ち、次のワイバーンに魔法の矢を浴びせ、翼を焼き焦がして落とす。
「落とす……ね」
落ちてきたワイバーンが地面に激突し、土煙を上げて転がる。
女武闘家はスファライ・アルテマを構え、槍使いと共に突進した。
「いくわよ!」彼女の拳がワイバーンの頭蓋を砕き、槍使いの槍が喉を貫く。「おらっ、動くなよ!」二人の連携が光り、落ちたワイバーンを次々と葬っていく。
空では竜騎士がジャンプを繰り返し、槍を振るい、魔女の魔法がサポートする、ワイバーンの群れが一匹、また一匹と墜落する。
砦の周囲が静かになる頃、二人は息を荒げながら皆と合流した。竜騎士は頂上からジャンプで降り立ち、槍を収めた。
「みんな、無事か?」
女武闘家は汗を拭き、笑顔で頷いた。「ええ、完璧よ!」槍使いは槍を回し、「すげえ戦いだったぜ……また一緒にやろうな」
魔女は「ワイバーン……倒した……ね」と満足げに呟いた。
四人は互いの健闘を称え、砦の廃墟を後にした。
ワイバーン討伐を終えた一行は、辺境の街へ帰る道を馬で進んでいた。
砦の廃墟から少し離れた荒野で、槍使いと魔女が馬を止め、竜騎士と女武闘家に声を掛けた。
槍使いは槍を肩に担ぎ、満足げに笑った。
「いやあ、いい戦いだったぜ。お前さんのジャンプ槍、すげえよ。あれでワイバーン落とせば、楽勝だったな」
魔女は黒のローブを翻し、ぼそりと呟いた。「ワイバーン……倒した……ね」
竜騎士は馬のたてがみを撫でながら、女武闘家の様子に気づいた。彼女は少し俯き加減で、槍使いたちの言葉を聞き流すように黙っていた。
「どうしたの? さっきから元気がないみたいだけど……あの少年の事、気になるの?」
槍使いは「まぁ、ああいう生意気な新人は大体一人や二人入ってくるさ」、と肩をすくめて言った。
「ギルドじゃよくあることだよ。気にすんなって」
魔女も「そうね、若さ……だね」とゆっくり答えた。
女武闘家は馬の速度を少し落とし、静かに答えた。
「そうじゃないんです……あの子、似ているんです。私が一番最初にパーティ組んだ、魔法使いの女の子に……」
彼女の声は少し震え、過去の記憶がよみがえるように目を細めた。
あの赤髪の女性は賢者の学院を卒業したばかりで、最初の仲間。ゴブリンの巣穴で失った、守れなかった存在。
竜騎士は目を丸くし、馬を近づけた。
「そうなのか? しかし似ているって言っても、少年だったけど……兄弟とかなのか? それとも、ただの偶然?」
女武闘家は首を振り、目を潤ませた。
「分からない……でも、私は彼女を守れなかった……だから、あの子を見て、胸が痛くなって……もし、あの子の兄弟だったら……」
彼女の言葉は途切れ、喉が詰まるように沈黙した。
竜騎士は馬を止め、彼女の肩に手を置いた。
「もしそうだとしても、神官の子の事もある。黙っておいた方がいいだろう……。余計な波風を立てて、彼女を傷つけるかもしれないよ」
彼の声は優しく、彼女の痛みを分かち合うように響いた。槍使いと魔女も馬を止め、静かに見守る。
女武闘家はゆっくり頷き、涙を堪えて微笑んだ。
「そうね……。ありがとう」
馬のたてがみが風に揺れ、二人は再び街へ向かった。過去の影は消えないが、今の仲間の竜騎士がいる。それだけで、彼女は前を向ける。街の門をくぐり、二人の影が長く伸び、辺境の街の喧騒が迎えた。
街に戻ると、ギルドからゴブリンスレイヤーが出て来た。
兜の影がいつもより重く、剣を腰に下げた姿が少し肩を落としているように見えた。
辺境の街は夜に入り、街の喧騒が遠くに聞こえる中、彼は一人で歩き出そうとしていた。
槍使いは馬を降りて声を上げた。「おっ、ゴブリンスレイヤーじゃねぇか」
竜騎士は兜越しではあるが、ゴブリンスレイヤーの様子がおかしい事に気がついた。いつもより歩き方が重い気がする。
だが、彼は黙っていた。何か深い事情があるのかもしれないが、今は声を掛けるタイミングではないと感じた。
四人は馬を預け、ギルドに入ると報告を済ませた。
ワイバーン討伐の成功を伝えると、受付嬢は目を輝かせて報酬を渡した。
「お疲れ様です! また大活躍ですね」
ギルドの店内は賑やかだったが、何かあったのだろうか、ゴブリンスレイヤー一行のいるテーブルが重い雰囲気を感じた。
竜騎士と女武闘家は皆に軽く会釈し、テーブルを離れたが、女武闘家の胸にざわつきが残った。
あの赤髪の少年のことが、頭から離れなかった。
その時、女神官が一人で女武闘家の前に来た。彼女は周囲を気にし、女武闘家にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。
「あの子……あの魔法使いの弟さんだったみたいです……」
女武闘家は息を飲み、静かに頷いた。
「やっぱり……そうなのね……」
彼女の声は低く、過去の記憶が胸を締めつけた。
あの赤髪の女魔法使いの面影が、少年の姿に重なる。
守れなかった後悔が、再び心を痛めたが、彼女はそれを押し隠し、女神官に優しく微笑んだ。
「ありがとう……教えてくれて」
女神官は頷き、テーブルに戻っていった。
女武闘家は竜騎士の袖を軽く引き、耳打ちした。
「あの子……彼女の弟だったみたい……」
竜騎士は目を細め、静かに頷いた。
「そうか……」
竜騎士と女武闘家は、ギルドを出ると辺境の街の喧騒を抜け、宿屋に向かった。
二人は手を繋いで歩いた。女武闘家の手は少し冷たく、彼女の心のざわつきが伝わってくるようだった。
宿屋の看板が見えてくると、竜騎士は優しく彼女の肩を抱き、「着いたね。休もう」と囁いた。
女武闘家は小さく頷き、宿屋の木の扉を押し開いた。
部屋に入ると、簡素なベッドとテーブルが迎え、暖炉の火がパチパチと音を立てて温かさを広げていた。
竜騎士は部屋の隅にある小さなポットでコーヒーを入れた。
豆の香ばしい匂いが部屋に広がり、彼はカップを二つ用意して、女武闘家の前に置いた。
「ほら、飲んで。温まるよ」
女武闘家はカップを手に取り、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
熱い液体が喉を通り、体を内側から温めるが、彼女の目はまだ遠くをさまよっていた。
竜騎士は彼女の隣に座り、優しく聞いた。
「少し落ち着いたかい?」
女武闘家はカップをテーブルに置き、目を伏せた。
「うん……少し。でも……」
彼女の声は小さく、過去の影が再び心を覆うようだった。竜騎士は彼女の手を取り、静かに言った。
「あまり自分を責めるな……。あの時のことは、君のせいじゃない。……誰もが直面する残酷な現実だよ」
女武闘家は唇を噛み、声を震わせて答えた。
「でも……私、いつも思うの……もっと上手くやれたんじゃないかって……。ちゃんとゴブリンの事調べて、準備して……ベテラン冒険者と一緒だったらって……。あの時、みんなを守れなかった……」
涙が彼女の目を潤ませ、声が途切れる。
あのゴブリンの巣穴での惨劇で仲間を失い、自身が凌辱された記憶が、彼女の心を蝕み続けていた。
強くなった今でも、あの痛みは消えない。
竜騎士は、黙って女武闘家を抱きしめた。彼女の体を優しく包み込み、背中を撫でる。
彼の胸に彼女の顔が埋まり、温かな体温が伝わる。
「……あの時の自分を責め続ける必要はない。僕がいる……これからも、一緒に」言葉は少なく、ただ抱擁の温かさが彼女の心を溶かすように広がった。
女武闘家は彼の胸で小さく頷き、涙を堪えながら彼を抱き返した。
部屋の暖炉の火が二人の影を優しく照らし、静かな夜が訪れる。