竜騎士と女武闘家は、辺境の街の郊外に新しくできた訓練所に来ていた。
かつての草原が、今は木の柵と簡素な建物に囲まれ、土の地面が踏み固められた広場が広がっている。新人冒険者たちが剣を振るい、盾を構え、汗を流しながら稽古に励む姿が目に入った。
その中心で、女騎士が厳しい声で指導を飛ばしていた。甲冑を纏った彼女の動きは鋭く、新人たちの剣を軽く払い、足払いを入れ、倒れた者を叱咤する。
女武闘家は周囲を見回し、感嘆の息を漏らした。
「こないだまで更地だったのに、形になって来たんだね、すごいわ」
彼女の声は明るく、訓練所の活気に目を細める。
かつての草原の風が、まだ少し懐かしく感じられた。
竜騎士はゲイボルグ・アルテマを肩に担ぎ、頷いた。
「そうだね、前に冒険者の殆どが独学が戦い方を学んでいたと言う話を思い出した、こうして訓練所がある事はいい事だよ」
女騎士は一区切りついたのか、汗を拭きながらこちらにやって来た。
女武闘家の方を向き、訓練用の木刀を構えて言った。
「どうだ、手合わせしないか? それに…ちょっと聞きたい事もある…」
女武闘家は目を輝かせ、拳を構えて答えた。
「是非お願いします! 」
二人は笑みを交わし、訓練所の広場で向き合った。
女武闘家と女騎士が構えると、周囲の新人冒険者たちの視線が一気に集まった。
女武闘家は拳を軽く握りしめて笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします」
女騎士は木刀を構え、甲冑の隙間から鋭い目を覗かせて頷いた。
「こちらこそ。全力でいくぞ」
戦いが始まったのは、女武闘家の先制攻撃からだった。
彼女の体が風のように前へ飛び出し、拳が女騎士の木刀を弾くような速さで繰り出される。
衝撃音が響き、女騎士は素早く後退して木刀を振り下ろす。
女武闘家はそれをかわし、足払いを入れて反撃。
土煙が舞い上がり、二人の動きは流れるように速く、互角の戦いが広場を熱くした。
新人たちは息を飲んで見守り、時折感嘆の声が漏れる。
「すげえ……あんな速さで……!」
その様子を、少し離れた位置から、女魔法使いの弟である少年魔術師と新米戦士の2人が見ていた。
二人は訓練所の芝生に座り、広場の戦いを眺めながら小声で話していた。
新米戦士は目を輝かせて言った。
「あの武闘家の子、僕達と同じくらいの時期に冒険者になったのに、もう銅等級までなっているんだよ。凄いよな。あの拳術、あの人と互角だぜ」
少年魔術師は眼鏡の奥から目を細めて、女騎士と互角に戦う彼女を眺めていた。
あの姉と同い年くらいの女性の拳が空を切り、剣を弾く姿に、亡き姉の面影を重ねるように。
その時、後ろから竜騎士が現れた。新米戦士は気づいて振り向き、「あ、竜騎士さん!」と声を上げた。
少年魔術師も目を丸くし、二人が竜騎士の方を向いて話を聞いている。竜騎士は穏やかな笑みを浮かべ、戦いの様子を眺めながら言った。
「彼女の場合は父親から小さい頃から体術を習っていたから、元々基礎が出来上がっているんだよ。だから、冒険者になってからも成長が早いんだ」
二人は興味深げに聞き、新米戦士が「へえ、そうなんですか!」と頷いた。竜騎士は続け言う。
「そんな彼女も初めての冒険ではゴブリンに挟撃されて、ゴブリンに敗れている…」
彼の言葉はそこで止まり、それ以上は話さなかった。広場の戦いの音が響く中、二人は沈黙した。
少年魔術師はこないだのゴブリン討伐でゴブリンに囚われて全裸で拷問を受けていた女性の姿が思い出された。
あの暗い巣穴、椅子に縛られて指を切り落とされた女性の体、絶望の目が彼の胸が締め付けられるように痛んだ。
新米戦士もゴブリンに囚われた女性がどういう末路になるのかは知っていた。
村の噂やギルドの話で、ゴブリンの残虐さは誰もが耳にしていた。凌辱され、孕まされ、命を失うか、生き残っても心が壊れる……。
少年魔術師は、戦いの余韻が残る訓練所の隅で、俯いたまま呟いた。
「それでも……姉ちゃんには生きて欲しかった……」
彼の声は低く、赤髪の下で眼鏡のレンズが曇るように震えていた。
一方で、女武闘家と女騎士の手合わせも終わった。
お互いに一歩も引かないいい勝負だった。
女武闘家の拳が女騎士の剣を弾き、女騎士の剣が女武闘家の体術をかわし汗が飛び散り、土煙が舞い上がる中、二人は息を荒げて互いに笑みを浮かべた。
「いい勝負でしたね」
女武闘家は拳を緩め握手を求めた。
女騎士は手を差し出しながら頷いた。
「ああ、噂通りの実力だ、流石だな」
周囲の新人冒険者たちが拍手を送り、訓練所の空気が少し熱く残っていた。
女武闘家は汗を拭きながら、女騎士に聞いた。
「ところで、話と言うのは? 」
女騎士は周囲を気にし、少し顔を赤らめて答えた。
「ここでは何だから、少し向こうで話をしないか?」
彼女は訓練所の隅、人気のない木陰を指さした。
二人は皆の視線を避けるように移動し、木の幹に寄りかかった。
女騎士は少しもじもじしながら、視線を逸らして言った。
「お、お前ら付き合っているって聞いたが、本当なのかっ?」
女武闘家はびっくりした表情で、目を丸くした。
「そ、そうですけど……彼はダメですよ!」
彼女の声は強く、竜騎士のことを守るように響いた。
女騎士の言葉が、彼を取られるような意味に聞こえたのかもしれない。
彼女の胸に、過去の痛みと今の幸せが混じり、思わず強く言い返してしまった。
女騎士はえっ、という表情をして、慌てて手を振った。
「そ、そうじゃないんだ……!」
彼女は顔をさらに赤らめ、視線を遠くの重戦士の方へ向けた。
訓練所の広場で剣を振るう重戦士の姿が、遠くに見える。
「あの……アイツと、私のことよ……」
女武闘家は竜騎士を取られると勘違いして、胸のざわつきが収まらず、「あ……は、はい」と答える。
彼女の頰が少し赤くなり、勘違いに気づきながらも、言葉を詰まらせた。
「え、ええと……それで?」
女騎士は「私達長いし……向こうも、気があると思うんだが……どうすればお前達の様になれるのか知りたいんだ! 」と顔を真っ赤にしながら聞いて来た。
彼女の声は震え、甲冑の下で体が熱く火照っているようだった。
長い付き合いの重戦士への想いを言葉にした瞬間、女騎士の目は恥ずかしさと期待が入り混じり、女武闘家を真っ直ぐに見つめていた。
女武闘家は一瞬固まったが、すぐに笑みを浮かべて答えた。
「なるほど、そういうことでしたか……」
女武闘家は木陰の幹に寄りかかり、女騎士の赤い顔を見ながら優しく微笑んだ。
訓練所の喧騒が遠くに聞こえ、風が二人の髪を軽く揺らす中、彼女は自分の経験を振り返るように言葉を紡いだ。
「私は彼から気持ちを伝えられたけど、それが無かったら私から伝えていたかも……。やっぱり、自分に素直に気持ちを伝えるのが一番じゃないかな? 恥ずかしいかもしれないけど、待ってるだけじゃ、何も変わらないと思います」
女騎士は顔をさらに赤らめ、剣の柄を握りしめて目を逸らした。
「し、しかし女からの告白は恥ずかしいな……。騎士として、プライドが……いや、違う、ただ……奴がどう思うか、怖いんだよ。もし、拒否されたら……」
彼女の声は小さくなり、甲冑の下で肩が少し震えていた。
先程までは厳しい指導者として振る舞う彼女が、こんなに弱々しい姿を見せるのは珍しく、女武闘家は胸が少し痛んだ。
「わかるわよ、私も最初はそうだった。でも、気持ちを伝えるって、それ自体が勇気よ。あの人だって、貴女の気持ちを知ったら嬉しいはずだわ。長い付き合いなんだし、きっと同じ気持ちだと思います」
女武闘家は励ますように言った。
女騎士はゆっくりと頷き、深呼吸をした。
「……わかった。やってみるよ。お前の言葉、参考になった……ありがとう、でも…もう少し時間が欲しい…」
二人は互いに視線を交わし、笑みを浮かべた。女騎士は顔を赤らめたまま訓練所に戻っていき、女武闘家は木陰で少しの間、風に吹かれながら、自分の恋を思い浮かべた。
あの時、竜騎士から貰った髪飾りと告白の言葉が、今も胸を温かくする。
夜になり、辺境の街に戻った二人は、ギルドで食事をした。ギルドの建物はいつも通り賑やかで、冒険者たちの笑い声や剣の音が遠くから聞こえてくる中、二人は隅のテーブルに座った。
竜騎士はエールを二杯頼み、女武闘家と向き合った。
テーブルの上には、熱々の肉料理、ステーキと野菜の付け合わせが並び、湯気が立ち上っていた。
竜騎士はフォークとナイフを手に取り、ふと思い出したように聞いた。
「そう言えば、手合わせのあとに話をしていたみたいだけど、何の話だったの? なんか二人で木陰に行って、こそこそしてたよね」
彼の声はからかうように軽く、目を細めて女武闘家を見た。
女武闘家はステーキを一口かじり、にこりと笑って答えた。
「秘密だよ。女同士のお話だから、男の子には内緒です!」
彼女の目は悪戯っぽく輝き、フォークで野菜を突きながら、竜騎士の反応を楽しむように見つめた。
竜騎士は肩をすくめ、苦笑いした。
「気にはなるけど、仕方ないか……。じゃあ、今日はお疲れ様ってことで、エールで乾杯しよう」
彼はエールの杯を掲げ、女武闘家と軽く触れ合わせた。カチンという音が響き、二人は一口飲んだ。エールの苦味が喉を通り、昼間の疲れを少し溶かすようだった。
竜騎士はステーキを切り分け、野菜も一緒に口へ運んだ。
「うん、今日の肉、いい焼き加減だな」
女武闘家はじっと竜騎士の方を眺めていた。
フォークを止めて、彼の食べっぷりや、時折浮かぶ笑顔を見つめる。
彼女の目には優しさが満ち、頰が少し赤らんでいるように見えた。
竜騎士は彼女の視線に気づき、フォークを止めて慌てて聞いた。
「ど、どうしたの? さ、最近は好き嫌いだってしないで野菜を食べてるだろ? ほら、ちゃんとブロッコリーも食べてるよ!」
彼の声は少し焦ったように、野菜をフォークで刺して見せた。彼女の視線が気になって、照れ隠しのように笑った。
女武闘家は何だか、そんな返しをする竜騎士がおかしくて笑ってしまった。くすくすと肩を震わせ、フォークを置いて口元を押さえる。
「ふふ……あはは、違うわよ! ただ、あなたのそんなところ、可愛くて……」
彼女の笑顔は明るく、目を細めて彼を見つめた。竜騎士の素朴な反応が、彼女の心を温かくする。
竜騎士は苦笑いをする。
「なんだよ、笑うなよ……。まあ、君が笑ってくれるなら、いいけどさ」
二人は再び食事を続け、ギルドの賑わいの中で、穏やかな夜を過ごした。
翌朝、辺境の街のギルドは、いつものように賑わっていた。
朝の陽光が窓から差し込み、掲示板の依頼書を優しく照らす中、竜騎士は女武闘家の手を取ってテーブルに座った。
「今日は依頼を何かこなそうか?」と彼は笑顔で言い、掲示板の方へ視線を向けた。
女武闘家は頷きながら立ち上がり、一緒に依頼書を見始めた。
掲示板には様々な依頼が貼られていた、どれも辺境の街らしい、危険を伴うものが多かった。
女武闘家は一枚一枚を眺めながら、手を止めた。やはり気になるのはゴブリンの依頼だった。
彼女の胸にざわつきが広がる。
他にも倒さねばならない魔物や盗賊などもあるが、やはりゴブリンの残虐さを身を持って知る者としては、放っておけないらしい。
あの臭い、叫び、血の記憶、彼女の過去が、ゴブリンの依頼を見るたびに蘇る。
「これ……ゴブリンの巣窟か。被害報告もあるし、放っておけないわね」
女武闘家は依頼書を指さし、拳を軽く握った。竜騎士は彼女の表情を見て、頷いた。
「そうだね……ゴブリンの残虐性は放ってはおけない…君の気持ち、わかるよ。受けようか」
女武闘家は少し迷ったが、決意を込めて答えた。
「うん。いくらゴブリンスレイヤーさんが殆どの依頼をこなしているとはいえ、彼に任せっきりじゃ申し訳ないし……。私たちも、助けられる人がいるなら」
彼女の目は強く輝き、竜騎士は彼女の手を握り返した。
「じゃあ、決まりだね。準備して、出発しよう」
二人は街から離れた森の奥深くへ向かっていた。
木々が密集し、二人は馬を下りて歩き、ゴブリンの巣穴の痕跡を探していた。
悪臭が風に乗り、遠くから低い唸り声が聞こえてくる。
間違いなく、ゴブリンの巣だ。
竜騎士はゲイボルグ・アルテマを構え、青白い光を放つ槍の刃先を巣穴の入り口に向けた。
「しかしゴブリンの単体の弱さ故に軽く見られがちなのは分かるが、しかし、これは国をあげて駆逐しないとイタチごっこになるぞ。巣を一つ潰しても、すぐに新しいのが湧いてくる……」
彼の声は低く、過去の戦いを思い浮かべるように響いた。
邪竜ニーズヘッグの様な巨大な脅威は勿論だが、ゴブリンのような日常の脅威の方がこの世界にとっては厄災なのではと考えていた。
女武闘家は拳を軽く握りしめ、スファライ・アルテマの輝きを確かめながら答えた。
「そうね……村もいくつか滅ぼされたところもあると聞くしね……。女性を拐って数を増やす、あの残虐さ……放っておけないわ」
彼女の目は鋭く、過去のトラウマがよみがえるように、巣穴の闇を睨んだ。あの最初の冒険、ゴブリンの巣で受けた屈辱、今も心の傷として残るが、それ故に彼女はゴブリンを許せなかった。
竜騎士は槍を構え直し、巣穴の奥を覗き込みながら言った。
「不思議だろ? 脅威とはいえ、人類全てが滅ぶまではいかない。まるで人間の数を調整するように、口減らしをするかのようだ。村を滅ぼし、女性を拐って増える……この世界のバランスを、意図的に保っているみたいで」
彼の言葉は静かだが、異世界者としての視点がにじむ。この世界のゴブリンは、雌が存在せず、女性を孕ませて増える、エオルゼアの常識から外れた、奇妙な生態だ。
女武闘家は少し身を寄せ、声を低くした。
「国もグルって事? そんな……王がゴブリンを利用して、人口をコントロールしてるなんて……」
彼女の拳が震え、想像しただけで胸がざわついた。
竜騎士は首を振り、槍を握りしめた。
「いや? そうじゃない、もっと大きな、この世界が異端な気がするんだ。雌が出来ないゴブリンなんて、世界の理から外れている。この世界に生きている人にとっては当たり前の事で、僕みたいな異世界の者にとってはおかしいんだ、この世界は…」
彼の目は遠くを見据え、エオルゼアの記憶と重ねるように、巣穴の闇を睨んだ。
女武闘家は頷き、拳を構えた。
「そうね……あの蒼天騎士団でさえ、ゴブリンは脅威に感じて討伐していたしね。でも、今は目の前の敵を倒すだけよ。行こう!」
二人は互いに視線を交わし、巣穴へ突入した。
巣穴は湿気が酷く、悪臭がする……何度入っても慣れるものではない。
湿った空気が肌にまとわりつき、鼻を突く腐敗の臭いが喉を焼くように不快だった。
女武闘家は顔をしかめ、ランタンとスファライ・アルテマの青白い光を頼りに足元を確かめながら進んだ。
暗闇でどこから襲ってくるか分からない。
警戒しながら進むと、小部屋があった。罠を警戒しながら扉を開けると、拷問室のような異様な部屋だった。
部屋の中は、血と腐肉の臭いが渦巻き、バラバラになった人の死体が散乱し、磔にされて傷だらけの女性の死体が壁に固定されていた。
すざましい悪臭が肺を侵食するように広がり、女武闘家は思わず声をあげそうになった。
その時、竜騎士が素早く彼女の口を手で押さえ、静かに首を振った。
「……静かに」
彼の目が暗闇を睨み、槍を構える。
部屋の隅で、腐敗した肉片が山積みになり、蠅がブンブンと飛び回っていた。
女性の死体は肌が青黒く変色し、傷口から膿が溢れ、目が虚ろに開いたままだった。
女武闘家は胸が締め付けられるような痛みを感じ、拳を握りしめた。
あの過去の記憶がよみがえり、吐き気が込み上げたが、彼女はそれを堪えた。
後ろからゴブリンの気配を感じ、二人は即座に動いた。
女武闘家が影から飛び出し、小鬼の口を押さえて首をへし折る。
ゴキッという乾いた音が響き、小鬼の体がくたりと崩れ落ちた。
竜騎士も槍を閃かせ、小鬼の脳天に一撃でトドメを刺した。
青白い光の刃が頭蓋を貫き、血が噴き出す。
二人は息を潜め、周囲を警戒した。部屋の闇がさらに深く感じられる。
この巣を、根絶やしにしなければならない。
竜騎士は、「こんなのは人の死に方じゃない……」と呟いた。
部屋の空気が重く、血と腐敗の臭いが肺を侵す中、彼の声は低く震えていた。
遺跡の壁に磔にされた女性の死体、バラバラに引き裂かれた男の残骸、すべてが、ゴブリンの残虐性を物語っていた。
元いた世界、エオルゼアでも様々な敵と戦い、許せない事もあった……。ドラゴン、蛮神、帝国の兵器、どれも強敵だったが、少なくとも尊厳を保った戦いだった。
しかし、人の尊厳をここまで破壊させる残虐性、最弱と呼ばれているが、竜騎士にとってはどんな敵よりも、この最弱のゴブリンは許せない存在だった。
あの小さな体躯に宿る、純粋な悪意と欲望、それが、人間をただの玩具や食料に貶める。
女武闘家は拳を握りしめ、震える息を吐いた。
「そうだね……だから、私達が一人でも救わないといけないんだと思う……」
竜騎士は頷き、ゲイボルグ・アルテマを握りしめた。「ああ、行こう。一匹残らず」二人は部屋を抜け、巣穴の奥へ進んだ。
二人は更に巣穴の奥へと進んだ。
思っていたより大きな巣穴だった。
湿った土の壁が延々と続き、暗闇がランタンの光を飲み込むように広がる。
空気は重く、ゴブリンの体臭と腐敗の混じった悪臭が鼻を刺す。
途中にシャーマンが現れ、粗末な杖を振りかざして呪文を唱えようとしたが、女武闘家の拳がその頭を砕き、竜騎士の槍が体を貫いた。
ホブゴブリンの巨体も二匹現れ、斧を振り回して襲いかかってきたが、二人の連携で容易く倒された。かなりの数のゴブリンも群がってきた、緑色の小鬼たちが牙を剥き、粗末な武器を振り上げて突進するが、今の二人であれば敵ではなかった。
女武闘家のスファライ・アルテマが青白く輝き、拳の連撃でゴブリンたちを吹き飛ばし、竜騎士のゲイボルグ・アルテマが弧を描いて首を刈り取る。
血の飛沫が壁を汚し、断末魔の叫びが巣穴に反響するが、二人は冷静に前進を続けた。
竜騎士はホブゴブリンの死体を槍で突きながら、呟いた。
「しかし…この変異体が……先祖返りね……。中には人語を喋るゴブリンもいると聞いた……つまり、かつては知恵もあり、言葉による意思疎通が出来たわけだ。今のゴブリンは進化ではなく、退化している訳だ……遺伝子操作されているのか……?」
かつての自身のいた世界、エオルゼアには、アラグ帝国という五千年前に栄えた、科学と魔法を融合させて繁栄していた帝国があった。倫理観もなく、魔物と人間の融合、機械と人の融合などの実験や、実際に兵器として運用していた。あの帝国の遺産は、今もエオルゼアに影を落とす。ひょっとしたら、この異世界にも太古に似たような文明があり、ゴブリンもそんな過程で生み出された可能性もあるのでは、竜騎士はそう考えた。
誰かが、意図的に作った存在なのかもしれない。
女武闘家は拳を構え直し、訝しげに聞いた。「遺伝子? 操作?」
竜騎士は槍を振り、軽く首を振った。
「いや……独り言だ、気にしないでくれ」
彼の声は低く、二人は再び暗闇の奥へ進んだ。巣穴の空気がさらに重くなり、ゴブリンの気配が濃くなる中、二人は警戒を強めた。
巣穴の一番奥にはロードがいる。
暗く湿った洞窟の最深部、粗末な王座のような岩の塊に腰を下ろし、ゴブリンロードは満足げに息を吐いていた。
ここは彼の王国、欲望と残虐の巣窟だ。
二人が侵入した事は分かっていた。
ロードの鋭い嗅覚が、遠くから人間の匂いを捉えていた。
あの男の槍のエーテルの匂い、女の甘い体臭、別のシャーマンの呪文で監視していた彼は、ホブゴブリンもシャーマンも二人の前では役に立たなかった事を知っていた。
どいつもこいつも役立たずだ。ロードは内心で嘲笑った。息子たちや配下のゴブリンたちは、数で勝負するしか能がない。だが、彼自身は違う。成長した体は力強く、狡猾さも増していた。それに彼には秘策があった。
侵入者たちが奥まで来るのを待つ、それが彼の楽しみだった。
今、ロードの性欲は収まる事を知らずに、次々と女を変えながら交尾に勤しむ。
ロードの周りには、先日の村襲撃の戦利品の女達が横たわっていた。
縄で縛られ、衣服を剥ぎ取られた彼女たちは、怯えた目でロードの巨体を仰ぎ見る。
ロードは一人の女を膝の上に引き寄せ、長い爪で彼女の太ももを撫で、硬くなったモノを無理矢理挿する。
低い咆哮のような声が漏れ、腰を乱暴に振る。女の悲鳴が巣穴に響く。
周りのゴブリン達が羨ましそうに眺めている。小鬼たちはロードの周囲に群がり、牙を剥きながら下卑た笑いを浮かべていた。
彼らはロードの交尾を眺め、手持ち無沙汰に武器を握りしめたり、互いに押し合うようにして近づこうとする。
ロードはそんな配下たちを一瞥し、嘲るように牙を剥いた。
今は、俺の番だと言わんばかりだ。
彼は女の胸を乱暴に掴み、腰をさらに激しく動かす。女の体が震え、涙が頰を伝うが、ロードは楽しそうに女を犯す。
村から拐った女たちは、次々と彼の欲望の餌食となり、孕まされて数を増やすための道具と化していた。
侵入者たちの足音が近づいてくるのを、ロードは耳で捉えていた。シャーマンの呪文で監視していた彼は、二人が奥まで来るのを待っていた。ホブゴブリンもシャーマンも役に立たなかったが、それでいい。
女の中に精を吐き出すと、女を床に投げ捨て、ゆっくり立ち上がった。
ロードの巨体が動きだした。
竜騎士と女武闘家は、巣穴の最奥の部屋に到着した。
湿った空気が重く淀み、悪臭が鼻を突く中、広い広場のような空間が広がっていた。
床には倒れた女性たちが横たわり、息も絶え絶えに震え、血と涙にまみれた姿が痛々しい。
周りにはゴブリンの群れが数十体、粗末な武器を握りしめ、低い咆哮を上げて二人を囲んでいた。
そして、中央の岩のような玉座に座るのは、ロード、巨大な体躯のゴブリンロードだった。
緑色の肌が筋肉で膨れ上がり、鋭い爪が炎の揺らぐ光に輝く。本来であれば絶望的な状況ではあるが、二人は静かに構えた。
竜騎士が先に出て、ゲイボルグ・アルテマを構え、ロードに向かって言った。
「お前、人の言葉は分かるのか?」
ロードは低い笑いを漏らし、玉座からゆっくり立ち上がった。体躯が部屋を圧倒し、赤い目が二人を睨みつける。
「こんなところまで来るとは、愚かな人間だ。状況すら分からぬ愚か者め……」
その声は人語で、歪んだアクセントが混じっていたが、はっきりとした言葉だった。
周囲のゴブリンたちが、ロードの言葉に呼応するように牙を剥く。
竜騎士は槍を軽く回し、目を細めた。
「なるほど、なら聞きたい事がある。この世界のゴブリンは、何故雌が存在しない? 人間の女性を孕ませて増えるなんて、自然の理から外れている。お前たちは、誰かに作られた存在か?」
ロードは嘲るように牙を剥き、「そんなのは知らん……あるのは奪い、女とやるだけだ!」と叫ぶと、周りのゴブリンたちが一斉に飛びかかった。
緑色の群れが波のように押し寄せ、粗末な槍や棍棒を振り上げて二人の体を狙う。女武闘家は拳を構え、戦闘態勢に入ったが、竜騎士は彼女を制して前に出た。
竜騎士は槍を一振りして、歩き始める。青白い光の弧が空を切り、飛びかかったゴブリンたちの体を一瞬で薙ぎ払う。
周りのゴブリンたちが一斉に倒れる、血が噴き出し、体が二つに裂け、数十体の群れが一瞬で半減した。残ったゴブリンたちが怯え、後退する中、ロードは目を丸くして叫んだ。
「馬鹿なっ……!」
ロードは慌てて玉座の横に倒れた女性を掴み上げ、盾にするように前に出した。
「この女がどうなってもいいのか!」
女性の体は震え、怯えた目で竜騎士たちを見上げる。
女武闘家は拳を握りしめ、怒りに体を震わせたが、竜騎士は静かに前進した。
「それがどうした…?」
竜騎士は槍を振ると、女性を掴むロードの手を吹き飛ばす。
青白い光の刃が弧を描き、手首を正確に切り落とす、女性には傷を付けずに。
女性は地面に落ち、女武闘家が素早く駆け寄って抱き上げた。
「大丈夫……もう、安全よ」
女性は涙を浮かべて頷き、女武闘家の胸に顔を埋めた。
ロードは切り落とされた手を押さえ、血を噴き出しながら後退した。
「ぐあっ……貴様……!」
彼の巨体が震え、恐怖の色が目に浮かぶ。
竜騎士の鬼神の如き強さに、ロードは初めて本物の恐怖を感じた。だが、彼は最後の手段を講じた。
部屋の隅から巨大な影が現れた。トロル、灰色の肌に筋肉の塊のような体躯、棍棒を握った巨人が、ロードの呼びかけに応じて現れた。
女武闘家は女性を安全な場所に下ろし、拳を構えて警告した。
「気をつけて、トロルの回復は油断出来ないわよ! 傷がすぐに癒えるんだから……」
しかし、竜騎士はトロルの首を刎ねて、心臓を突き刺す。
ゲイボルグの刃が一瞬で首を切り落とし、次の突きで胸を貫いた。
トロルの巨体が崩れ落ちた。
竜騎士は「回復がいかほどのものでも、これなら生命活動は維持できまい」
頭と心臓を失った体は、ただの肉塊となって倒れた。
ロードは目を剥き、絶句した。「ば、馬鹿な……! トロルが……一撃で……!」
ロードは後退を続け、壁に背を預けた。ゴブリンの群れは既に壊滅し、彼の目は恐怖に染まる。
竜騎士は槍を構え、ゆっくりと近づいた。
竜騎士は、ロードの切り落とされた腕から滴る血を無視し、ゲイボルグ・アルテマの刃を彼の喉元に近づけた。
青白い光がロードの緑色の肌を冷たく照らし、巣穴の闇を切り裂くように輝いていた。
女武闘家は女性たちを安全な場所に移動させ、拳を構えながら見守っていた。
ロードの巨体は震え、目が恐怖に歪む中、竜騎士は低く尋ねた。
「緑の月、もしくは緑の月の管理者について、何か知っている事は?」
ロードは切り落とされた腕の痛みに顔を歪め、血を吐きながら答えた。
「知らない……俺は知らない……! そんな奴の事など……!」
彼の声は人語で、はっきりとした拒絶だった。ゴブリンロードの知性は、ただの小鬼とは違い、会話が可能だったが、それでも彼の目はただの獣のそれだった。
竜騎士はため息をつき、槍を素早く振るった。青白い光の弧が閃き、ロードの片方の腕も切り落とす。
血が噴き出し、ロードの体がよろめいた。痛みに涙を浮かべながら、彼は地面に膝をつき、喘ぐように言った。
「本当に……この巣穴で生まれ、今までこうやって生きてきたんだ……知らないんだ……! 人間を殺し、奪い、女を犯し……それだけだ……!」
竜騎士は槍を構え直し、落胆の表情を浮かべた。
「会話が出来ても、これでは無意味だな……。お前たちはただの獣か……それとも、何かの実験の産物か……」
彼の声は低く、異世界者としての疑問がにじむ。
ロードの言葉に、管理者の手がかりはなく、ただの残虐な怪物がそこにいるだけだった。
ロードは、痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げた。やっと解放される、そんな安堵の表情が浮かんだ瞬間、竜騎士の槍が一閃した。青白い光がロードの首を切り落とし、頭が転がって地面に落ちた。
体がくたりと崩れ、血の海が広がる。巣穴の奥に静けさが訪れ、女性たちの泣き声だけが響いた。
女武闘家は拳を緩め、竜騎士の傍らに立った。
「終わったわね……。でも、謎はまだ解けないね……」
竜騎士は槍を収め、頷いた。
「ああ……だが、この巣はこれで終わりだ。女性たちを連れて、街に戻ろう」
二人は女性たちを支え、巣穴を後にした。ゴブリンの闇は一つ消えたが、世界の謎はまだ深く、二人の冒険は続く。