※この作品はR-18です。

女武闘家と竜騎士   作:蒼月あお

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拐われた女武闘家

夕方になり、二人はようやくベッドから降りた。

部屋は一日中愛し合った甘い余韻に包まれ、シーツが乱れ、窓から差し込む夕陽が二人の肌を優しく赤く染めていた。

女武闘家は髪を軽く直し、竜騎士の肩に寄りかかりながら、満足げに息を吐いた。

竜騎士は彼女の腰を抱き、優しくキスを落とした後、微笑んで言った。

 

「お腹空いたんじゃない? ギルドでも行って食事でもするか?」

 

女武闘家は頰を少し赤らめ、くすりと笑った。

 

「うん、私もお腹空いちゃった。食べに行きましょう」

 

彼女の声は甘く、先程の激しい余熱がまだ体に残っているようだった。

二人は服を着替え、手を繋いで宿屋を出た。

街の通りは夕暮れの柔らかな光に包まれ、二人の足取りは軽やかだった。

 

 

ギルドに入って食事をする二人。

いつものステーキとパンを注文し、テーブルに座った。

だが、周りを見渡すと、いつもより活気がないと言うか、人が少ない感じがする。

冒険者たちの笑い声がまばらだった。

竜騎士はフォークを置き、女武闘家に視線を向けた。

 

「なんか、今日は静かだね」

 

女武闘家も頷き、「うん、新人さんたちも少ないわね……何かあったのかしら」

 

その時、受付嬢が近くに歩いていたので、竜騎士は彼女を止めて話を聞いた。

 

「すみません、今日はみんなどこかに行ってるんですか? なんか人が少ないみたいで」

 

受付嬢は書類を抱え、軽く微笑んで答えた。

 

「みなさん、新人さんの訓練で訓練所の方に行ってますよ。でも、ちょっと帰りが遅いかもですね。先輩冒険者の皆さんが熱心に指導してるみたいで、みんな張り切っちゃってるんですかね?」

 

彼女の声は少し心配げで、外の空が夕日から夜の闇に変わろうとしているのを窓から見えた。

先程までは夕日が出ていたが、夜の漆黒の闇に覆われようとしていた。街の灯りが一つずつ点き始め、ギルドの外が少し不気味に静かになる。

 

竜騎士は女武闘家と目を合わせ、立ち上がった。

 

「では、ちょっと様子見て来ましょうか? 何かあったら困るし」

 

受付嬢はホッとした表情で頷いた。

 

「では、お願いします。みんな、他の銀等級の冒険者達も一緒だし、無事だと思うんですけど……」

 

二人は食事を急いで済ませ、ギルドを出た。

夜の冷たい風が頰を刺し、訓練所への道を歩く進むと森があり

更に進むと、森の入り口付近で、撤退する新人冒険者と、逆方向に逃げ出しているゴブリンの群れを見かけた。

恐らく、ここでゴブリンと新人冒険者達の戦闘があり、ゴブリンは撤退、新人冒険者も深追いはせずにお互いに引いている様子だった。

神官の子や赤髪の魔術師の少年の姿もあった。

 

新人たちは顔を青ざめながらも、街の方へ急いでいる。

ゴブリンたちは十数体、粗末な棍棒や短剣を振り回し、森の奥へ逃げ散っていた。夜の闇が深まり、ゴブリンの緑色の影が木々の間に溶け込んでいく。

竜騎士はゲイボルグ・アルテマを構え、冷静に状況を判断した。

 

「深追いせずに撤退か……賢明な判断だな。あとは僕達でゴブリンを追撃しよう」

 

彼の声は低く、女武闘家に視線を向ける。

女武闘家は拳を握りしめ、頷いた。

 

「うん!……行こう、放っては置けない!」

 

彼女の目は鋭く、ゴブリンの残虐さを思い浮かべるように燃えていた。

二人は即座に走り出し、地面を蹴ってゴブリンの群れを追う。

女武闘家の足取りは軽く、武闘家の鍛えられた体が風を切る。

竜騎士は槍を肩に担ぎ、彼女の横を並走した。

ゴブリンの群れが森の奥へ逃げ込む直前、竜騎士は女武闘家に声を掛けた。

 

「僕がジャンプで一気に飛ぶから、挟み撃ちしよう」

 

彼は膝を曲げ、ゲイボルグを地面に軽く突き立てて反動を加える。

次の瞬間、体が空高く舞い上がり、ゴブリンの群れを飛び越えて先に着地した。

青白い光の軌道が夜空を切り、砂煙を巻き上げて着地する。

ゴブリンたちは突然の出現に驚き、動きを止めた。

ゴブリンは驚いたが、相手が一人だと見ると、武器を構えてニヤニヤと笑いだした。

緑色の肌が二つの月の月光に輝き、低い下卑た笑い声が群れに広がる。

棍棒を振り上げ、短剣を握りしめ、数十体のゴブリンが一斉に竜騎士に襲いかかろうとした。

女武闘家は後方から迫り、拳を構えた。

 

「こちらには気が付いていないみたいね…」

 

二人の挟み撃ちが、ゴブリンの群れを包囲する

竜騎士は近くにいるゴブリンを槍で次々と蹴散らせていく。

ゲイボルグ・アルテマの青白い刃が弧を描き、緑色の小鬼たちの体を薙ぎ払う。

血が噴き出し、断末魔の叫びが森の木々に反響する。

ゴブリンの粗末な棍棒が空を切るが、竜騎士の槍はそれを軽く弾き、返しの一撃で首を刈り取った。

 

「グアッ!」

 

ゴブリンの体が転がり、地面に血の跡を残す。

彼の動きは流れるように速く、槍の光が闇を切り裂くたび、数匹のゴブリンが一瞬で倒れた。

木の上から弓で狙っているゴブリンを、竜騎士は鋭い視線で捉えた。

枝に隠れた小鬼が矢を番え、毒の塗られた矢じりを狙う。

竜騎士は槍を大きく振り、青白い衝撃波を放った。

槍から迸る光の波が空気を震わせ、枝を根元から折る。

ゴブリンは悲鳴を上げて地面に落下し、砂煙を巻き上げて転がった。

そして、その先には女武闘家が立っており、落下したゴブリンを足で蹴り付けた。

強烈な蹴りがゴブリンの胸を砕く。

 

「グエッ!」

 

ゴブリンの体が吹き飛び、木の幹に叩きつけられて動かなくなる。

女武闘家は息を荒げず、拳を構え直した。

 

「次!」

 

彼女の声は強く、連携の完璧さがゴブリンの群れを圧倒していた。

次から次へと襲ってくるゴブリンを、大体片付けた。

竜騎士は槍を背中に背負うと、「もうゴブリンの襲撃は無いだろう、奴等が来た道を進んでみよう」と訓練所方面へと足を進めた。

 

二人が森を進むと、若い冒険者たちの死体があった。

剣や杖が散らばり、甲冑の浅い傷がゴブリンの粗末な武器によるものだと示している。

訓練所からの帰宅を襲われたのだろうか……。新人らしい軽装の彼らは、夜道で油断していたのかもしれない。

だが、死体には略奪の跡もなければ、女性の冒険者が犯された様子もない、無残に殺されただけのように見えた。

竜騎士は死体を一つ一つ確認し、眉を寄せた。

 

「いくら新人とはいえ、冒険者を襲う事に意味はあるのだろうか? 略奪でも女を拐うでもない……ただ殺しただけか」

 

彼の声は低く、ゲイボルグ・アルテマを握る手がわずかに強くなる。

ゴブリンの残虐さは知っているが、この無意味な殺戮は、何か別の意図を感じさせた。

女武闘家は拳を握りしめ、死体の傍らに膝をついた。

 

「訓練所が出来ると困る連中の仕業かも知れないかな?……って思ったんだけど、貴方の考えは?」

 

竜騎士は頷き、周囲の木々を警戒しながら答えた。

 

「ああ。新人たちが強くなれば、ゴブリンの脅威も減る。訓練所は街の防衛力も上げる……それを妨害したい奴がいるなら、ゴブリンを利用するのも手だ」

 

女武闘家はうーん、と首を傾げた。「分かるけど、ゴブリンがそこまで考えて行動するかな? あいつら、ただ本能で襲うだけじゃないの?」

竜騎士は槍を地面に軽く突き、目を細めた。

 

「なら、ゴブリンを操って妨害しようとしているのがいるのかも知れない。かつて魔神王の配下のオーガがゴブリンを率いていた事があったし、可能性としては高いかもね、このゴブリンは、誰かの手駒なのかもしれない」

 

女武闘家は「そういえば、そんな事もあったね……」と呟き、死体に視線を落とした。

更に「今は死体を荒らされない様にしないと、あとギルドに報告だね。みんなに知らせないとね」

彼女は拳を緩め、死体に布をかけ始めた。

この事件の裏に、何か大きな影が潜んでいるのかもしれない。

 

竜騎士は女武闘家に、「君はギルドに行ってくれないか? 僕は死体が荒らされない様にここを見ているよ」と静かに言った。

森の暗闇が深く、死体たちの周囲に不気味な静けさが広がる中、彼の声は落ち着いていた。

 

女武闘家は少し心配げに彼を見たが、頷いて馬に乗り、街の方へ急いだ。彼女の背中が見えなくなるのを確認すると、竜騎士はゲイボルグ・アルテマを構え、森の闇に向かって話しかけた。

 

「そんな殺気を出して、バレバレだよ」

 

漆黒の森の中から、闇人が現れた。

黒いローブに身を包み、顔の半分をフードの影が覆う魔術師のような姿で肌は浅黒く、目は赤く輝いていた。足音一つ立てず、木々の間から滑り出るように近づき、冷たい笑みを浮かべた。

 

竜騎士は槍を軽く構え、闇人を観察した。「森人? いや、少し違う様だな……何者だ?」

闇人は低く笑い、杖を地面に突いた。

 

「お前の噂は聞いているぞ……異世界の英雄、それか光の戦士か? どちらでもいい」

 

彼の声は湿った闇のように響き、森の空気をさらに冷やした。

ゴブリンを操っていたのは恐らくはこいつだろう…

竜騎士は闇人の方を見る。

 

「ゴブリンを操っていたみたいだが、目的は何だ? 魔神王とやらの復活か? それとも、緑の月に関係あるのか?」

 

闇人は目を細め、杖をゆっくり回した。

 

「そうだ、魔神王様の復活だ。お前のその光輝く武器、それを媒体にして儀式を行う」

 

彼の視線がゲイボルグ・アルテマに注がれ、貪欲な光が宿る。

 

「あの槍に封じられた魔力…完璧な触媒になる」

 

竜騎士は槍を構えて、静かに笑った。

 

「力ずくで奪うつもりか。面白い」

 

青白い光が槍全体を包み、闇人の魔法の気配を切り裂くように輝く。

森の風が強くなり、二人の間に緊張が張りつめた。

闇人は笑いながら竜騎士に語る。

 

「まさか……異世界の英雄と呼ばれるお前とまともにやるはずは無かろう」

 

彼の声は低く、ローブのフードの下から覗く赤い目が、竜騎士のゲイボルグ・アルテマを貪欲に眺めている。

森の風が止み、死体たちの周囲に不気味な静けさが広がった。

竜騎士は槍を構え直し、鋭く聞いた。

 

「何? どういう事だ?」

 

闇人は杖をゆっくり回し、薄い笑みを浮かべた。

 

「同等の力を持つ武器が、もう一つあるでは無いか……。あの女の拳に宿る光る手甲、あれも、お前の槍と同じ力の欠片……儀式の触媒として、完璧だ」

 

竜騎士の表情が硬くなった。

 

「まさか……!」

 

彼は即座に踵を返し、女武闘家の後を追おうとした。

彼女がギルドに向かった道を…今、闇人の言葉が現実の脅威として胸を刺す。槍を握る手が強くなり、森を駆け出そうとした。

 

しかし、その時だった。

 

周りのゴブリンや冒険者の死体が、ゆっくりと動き出した。血まみれの冒険者の手が地面を掴み、ゴブリンの死体が牙を剥いて立ち上がる。

青白い死体がゾンビのように這い上がり、虚ろな目で竜騎士を睨む。

竜騎士は槍を構え、声を荒げた。

 

「まさか、死体が?! 貴様!!」

 

闇人は杖を掲げ、満足げに笑った。

 

「そうさ、我が闇の奇跡で時間稼ぎをさせて貰う! あの女を儀式の場へ導くまで、お前はここで足止めだ。死者どもよ、英雄を阻め!」

 

闇の霧が死体たちを包み、ゾンビ化した冒険者とゴブリンが一斉に襲いかかる。腐った肉の臭いが広がり、低い呻き声が森に響く。

竜騎士は槍を振り、青白い光の弧でゾンビの群れを薙ぎ払った。

 

「くそっ……!」

 

死体たちは再生し、切断された体が這い寄ってくる。

闇人の魔法が彼らを操り、時間稼ぎを完璧に果たす。

 

竜騎士の心に焦りが広がる、女武闘家が危ない。

あの武器を狙われているなら、奴の目的は……。

森の闇がさらに深くなり、ゾンビの波が竜騎士を包み込む。

槍の光が閃き、死体を切り裂くが、数が多い。

闇人は影に溶け込み、笑い声を残して去っていった。

 

「儀式の時を楽しみにしていろ、英雄よ……」

 

竜騎士は歯を食いしばり、槍を回転させてゾンビを吹き飛ばした。

 

「君を……絶対に守ると約束したんだ!こんな所で時間をかける訳には…!!」

 

戦いの音が森に響き、女武闘家の安否が彼の心を焦がす、新たな脅威が、二人の絆を試すように迫っていた。

 

 

 

一方で、女武闘家はギルドへ向かう道中で突如襲撃してきたゴブリン相手に戦っていた。

 

森の小道を抜けた先、木々の間から飛び出してきた緑色の群れと、ホブゴブリン三体、チャンピオン一体、そしてジャーマンと呼ばれる上位種のゴブリンたちを、一人で相手にしていた。

彼女の拳が空を切り、スファライ・アルテマの青白い光が夜の闇を照らす。ホブの一体が斧を振り下ろすが、女武闘家は素早く身をかわし、カウンターの拳を腹に叩き込む。巨体が折れ曲がり、地面に崩れ落ちる。

 

「くっ……これしきの数……あの人がいなくても……!」

 

彼女は息を荒げながらも、拳を構え直した。ゴブリンの群れは怯まず、次々と襲いかかる。

 

チャンピオンが棍棒を振り回し、ジャーマンが術を放つ。

 

女武闘家は拳を連打し、一体、また一体と倒していく。彼女の動きは流れるように速く、武闘家としての鍛えられた体が、闇の中で輝いていた。

 

しかし、後ろからオーガが現れた。巨人のような体躯、灰色の肌に筋肉の塊が盛り上がり、棍棒を握った巨大な腕が振り上げられる。

女武闘家は気づいた瞬間、体をひねろうとしたが、間に合わなかった。オーガの拳が彼女の腹に直撃し、衝撃が内臓を揺さぶる。

 

「ぐっ……!」

 

 

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嘔吐感が一気に込み上げ、女武闘家は膝をついた。

視界がぼやけ、体が力を失う。

オーガは彼女の体を無造作に抱え上げ、残ったゴブリンたちに合図を送った。

生き残ったゴブリンたちがニヤニヤと笑いながら、彼女を囲むように後を追う。

女武闘家の意識は闇に落ち、闇人の笑い声が遠くに響いた。

 

竜騎士から逃げ延びた闇人は、森の影からその様子を眺め、ニヤリと笑った。ローブのフードの下で赤い目が輝き、杖を握る手が満足げに震える。

 

「完璧だ……あの女の拳……儀式の触媒として、最高のものになる……」

 

彼は闇に溶け込むように姿を消し、ゴブリンの群れと共に去っていった。

竜騎士が辿り着いた時には戦闘の跡しか残っていなかった。

 

森の静けさが戻り、倒れた冒険者たちの死体だけが、冷たい月光に照らされていた。

 

 

 

 

 

 

女武闘家は目を覚ました。

 

意識が戻った瞬間、頭に鈍い痛みが走り、体全体が重く沈んでいる感覚があった。

しかし、そこはゴブリンの巣穴の冷たい石の床ではなく、粗末ながらも柔らかな毛布が敷かれたベッドの上だった。

木の香りと、かすかなハーブの匂いが漂い、窓から差し込む薄い月光が部屋を淡く照らしている。

彼女の傍らには、一人の森人の女性が座っていた。

森人の特徴である尖った耳と、美しい顔が、月光に浮かび上がっていた。

彼女は女武闘家の手首に丁寧に包帯を巻き直していた。

女武闘家は喉を震わせ、かすれた声で聞いた。

 

「……ここは?」

 

森人の女性は静かに手を止め、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ここは、かつて小さいながらも森人の集落があった場所よ……。今は私と兄しか住んでいないけど……」

 

彼女の声は柔らかく、森の風のように優しかった。

 

「貴女は森の奥で倒れていたの。兄が運んで来てくれたわ」

 

女武闘家はゆっくりと体を起こそうとし、腹部の痛みに顔を歪めた。

 

「私……ゴブリンの群れに襲われて……オーガが現れて……それから……気を失って……」

 

記憶が断片的に蘇る。拳を振るった感触、ホブゴブリンの咆哮、オーガの巨拳が腹に叩き込まれた衝撃……そして、闇に落ちる感覚。

森人の女性は静かに頷き、包帯を結び終えた。

 

「そうなのね……、森で倒れているところを見つけたと兄は言っていたわ…貴女はよく耐えたわね」

 

彼女は新しい濡れた布を手に取り、女武闘家の額に優しく当てた。

 

「今は怪我を治す事だけを考えて…時期に帰れるわ」

 

女武闘家はベッドに体を預け、森人の女性の顔をじっと見つめた。

 

「ありがとう……」

 

森人の女性は少し照れたように微笑んだ。

 

「ここはもう、森人の集落とは呼べないけど……貴女が無事でよかったわ」

 

外から、森の風が木々を揺らす音が聞こえてくる。

女武闘家はゆっくりと息を吐き、目を閉じた。

まだ体は重く、痛みが残っているが、少なくとも今は安全だ。

そして、竜騎士の顔が脳裏に浮かんだ。

 

「彼は……無事かしら……」

 

森人の女性は優しく彼女の手を握った。

 

「分からない…兄は貴女しかいなかったって言っていたわ」

 

女武闘家は小さく頷き、目を閉じた。

彼女の意識は、再び眠りへと落ちていった。

女武闘家が深い眠りに落ちると、部屋の扉が静かに開いた。

月光が差し込む中、黒いローブを纏った闇人が音もなく入ってきた。

彼の足音は森の影のように消え、森人の女性はベッドの傍らで振り返った。

闇人はフードの下から低い声で聞いた。

 

「寝たのか?」

 

森人の女性は小さく頷き、女武闘家の寝顔を優しく見つめた。

 

「兄さん……どうしてもやるの?」

 

闇人は杖を握りしめ、静かに答えた。

 

「ああ……お前をあんな目に遭わせた連中など、特に冒険者と言うのは俺は許せない! お前だって分かるだろう」

 

彼の声には、抑えきれない憎悪が滲んでいた。

かつて妹がゴブリンに拐われ、凌辱され、傷つけられた記憶が、そして…その後の地獄を…今も彼の心を蝕んでいる。

森人の女性は目を伏せ、静かに言った。

 

「なら、何故この子を助けたの?」

 

闇人は一瞬、言葉に詰まった。

視線を女武闘家の寝顔に移し、ゆっくりと答えた。

 

「……利用価値がある。あの異世界の男には特にな」

 

彼の言葉は冷たく、しかしどこか無理に押し殺したような響きがあった。

森人の女性は首を振り、優しく、しかし強く言った。

 

「違うわ……見たのでしょ、この子の傷を。ゴブリンの爪痕……かつての私と一緒だからでしょ」

 

彼女の指が、女武闘家の腕に残る古い傷跡をそっと撫でた。

あの爪痕は、ゴブリンの残虐さを物語るもの…彼女自身がかつて受けた傷と同じだった。

闇人は目を逸らし、杖を強く握りしめた。

 

「……兎に角、俺は只人を根絶やしにしなければならない」

 

彼の声は低く、決意に満ちていた。森人の誇り、妹への愛、そして冒険者への憎悪、すべてが彼を駆り立てる。

森人の女性は立ち上がり、兄の前に立ちはだかった。

 

「兄さん!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

闇人は彼女の肩を軽く押しのけ、部屋を出て行った。

扉が静かに閉まり、月光だけが部屋に残る。

森人の女性はベッドの傍らに座り、女武闘家の寝顔を見つめた。

 

「ごめんなさい……私には止められない……」

 

彼女の声は小さく、涙が頰を伝う。

女武闘家の寝息だけが、静かな部屋に響いていた──。

闇人の影が森の奥へ消え、夜の静けさが再び訪れた。

 

 

 

一方で竜騎士は森の中を彷徨っていた。

月明かりだけが頼りの夜道を、ゲイボルグ・アルテマを握りしめながら進む。

女武闘家の足跡を追っていたが、泥濘の地面で途中で途切れてしまった。

竜騎士は膝をつき、地面をよく見ながら探るが、手がかりは見つからない。

 

「くそっ……どこだ……」

 

声は低く、喉の奥で震えた。

胸の奥に冷たい不安が広がる。彼女の笑顔、昨日の甘い時間、すべてが頭をよぎり、心が締め付けられる。

 

一度街に戻った。

 

ギルドの灯りはまだ点いていたが、深夜の静けさが街を包み、冒険者たちの姿はまばらだった。

竜騎士は受付嬢に事情を話し、女武闘家の行方を尋ねたが、手がかりはなかった。

時間も深夜になり、これ以上の捜索は困難であった。

宿屋に戻った竜騎士は、ベッドに座ったまま目を閉じることができなかった。

彼女のいない夜がこんなに不安だとは思わなかった……。

いつも隣にいる温もり、甘い吐息、彼女の笑顔、それらが欠けた部屋は、冷たく空虚だった。

槍を握りしめ、窓の外の闇を見つめる。眠れぬ夜が続き、胸のざわつきが止まらない。

 

「待ってろ……絶対に、君を連れ戻す……」

 

独り言のように呟き、彼は拳を握りしめた。

次の日、朝早く竜騎士はギルドに向かった。

少しでも情報が欲しいと思ったからだ。朝霧が街を覆い、冷たい風が頰を刺す中、彼はギルドの扉を押し開けた。

受付嬢は昨夜の続きで心配げな顔をし、すぐに近づいてきた。

 

「まだ手がかりは……。」

 

彼女の言葉に、竜騎士は静かに頷いた。

 

「わかってる。でも、何か……少しでもいいから」

 

ギルドの掲示板を見回し、昨夜の死体について報告された冒険者たちの情報を集める。

皆の顔が曇り、訓練所の事件が街に広がり始めていた。竜騎士の胸に、焦りと決意が渦巻く。

 

彼女を……絶対に、見つける。

 

朝陽がギルドの窓から差し込み、彼の影を長く伸ばした。新しい一日が始まるが、竜騎士の戦いは、まだ終わっていない。

 

ギルドの受付嬢は、昨夜の報告書をめくりながら、竜騎士に静かに話した。

 

「ゴブリンスレイヤーさんたちが、昨日ゴブリンの巣穴を一つ潰したみたいです。場所は森の奥……でも、貴方の相方の姿も、オーガの姿はなかったそうです。違う群れかも知れませんね」

 

彼女の声は少し疲れを帯び、書類の山を指さしながら続けた。

 

「それと、もう一つ。森の奥に、かなり昔に滅んだ森人の小さな集落の跡があるって記録があります。もう誰も住んでいないはずですが……闇人が隠れるなら、そこが怪しいかも知れません」

 

受付嬢は古い地図を広げ、赤い印が付けられた場所を指差した。森の深部、竜騎士は地図をじっと見つめ、頷いた。

 

「ありがとう。場所はわかった」

 

彼はマントを羽織り直し、ギルドの扉を押し開けた。

外は朝の冷たい空気が広がり、街の喧騒がまだ眠っているようだった。

 

馬小屋から馬を引き出し、鞍を整える。

かなりの距離だが、夜までには着くはずだ。

女武闘家のことが頭から離れない。彼女の笑顔、昨日の温もり、膝枕の感触、すべてが胸を締めつける。

 

「待ってろ……絶対に、連れ戻す」

 

竜騎士は馬に跨り、鞭を軽く振った。

馬の蹄が地面を蹴り、道を駆け出す。

森の入り口を抜け、木々が密集する奥へ向かう。

風が耳元を切り、槍の柄が背中で揺れる。道中、昨夜の記憶がよみがえる。

馬は森の奥深くへ進み、木々の間を縫うように走る。陽光が葉の隙間から差し込み、古い石畳の道が現れ、苔むした遺跡のような集落の跡が見えてきた。

 

崩れた家屋、倒れた柱、風に揺れる古い旗の切れ端、かつて森人が暮らした集落の残骸だ。

竜騎士は馬を止め、周囲を警戒しながら降りた。

ゲイボルグ・アルテマを構え、静かに集落の中心へ進む。

足音を殺し、闇人の気配を探る。集落の奥、崩れた神殿のような建物から、かすかな魔力の揺らぎを感じた。

 

「ここか……」

 

彼は深呼吸をし、建物へ近づいた。

女武闘家の気配を探しながら、闇人の影が待ち受けることを覚悟する。

森の風が静かに吹き抜け、戦いの予感が空気を重くした。

 

 

女武闘家は再び目を覚ました。

体はまだ重く、腹部の痛みが鈍く残っているが、意識ははっきりしていた。

彼女はゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。

粗末な木のベッド、窓から差し込む薄い月光、森の匂いが混じった空気、森人の女性の家の中だ。

 

「私……戻らないと……」

 

彼女はベッドの端に座り、慌てて周囲を探した。

 

「私の荷物は?」

 

隣に座っていた森人の女性は、静かに首を振った。

 

「私には分からない……。兄が貴女を連れて来た時は、特に何も持っていなかったわ……」

 

女武闘家は胸が締め付けられるように痛んだ。

 

「私の大事な武器なの……大切な人から貰った……探さなきゃ……」

 

彼女はベッドから立ち上がろうとし、よろめきながらも足を床につけた。

体がふらつき、腹の傷が疼くが、無視してドアの方へ向かう。

森人の女性は慌てて彼女の腕を掴んだ。

 

「今はダメ!!」

 

女武闘家は振り向いて、しかし優しく、しかし強く言った。

 

「私はもう大丈夫よ。行かないと……彼が、待ってる……」

 

森人の女性は目を潤ませ、必死に首を振った。

 

「兎に角今はダメ! 貴方の武器は私が探すから、今はこの家から出ないで……お願い……」

 

彼女の声は震え、兄のことを思い浮かべるように、視線を逸らした。女武闘家は森人の女性の手を握り返し、静かに頷いた。

 

「……ありがとう。でも、早く……」

 

彼女はベッドに戻り、窓の外を見つめた。

 

月光が森を照らし、遠くで何かが動く気配を感じる。

心の中で、竜騎士の顔を思い浮かべ、祈るように呟いた。

 

「待ってて……すぐ、戻るから……」

 

一方、竜騎士は神殿のような建物に向かおうとした時、一軒の家に目が止まった。

滅んで廃棄と化した、この集落に一つだけ煙突から煙が出て、人の気配がする家があった。

他の家屋は崩れ、苔と蔦に覆われているのに、この家だけは灯りが漏れ、煙が細く立ち上っている。

窓から暖かな光が差し、薪の燃える音がかすかに聞こえた。

竜騎士は槍を構え、警戒しながら家に向かった。

足音を殺し、影に身を潜めながら近づく。ゲイボルグ・アルテマの青白い光を抑え、扉の隙間から中を覗く。

部屋の中には、森人の女性がベッドの傍らに座り、誰かの手当てをしている姿が見えた。

そして、ベッドに横たわるのは……。

 

女武闘家だった。

 

竜騎士の心臓が激しく鳴った。

彼女が生きている!安堵と同時に、警戒心が一気に高まる。

森人の女性は優しく包帯を巻いているが、この集落に人がいること自体が不自然だ。

闇人の気配が、どこかに潜んでいる可能性が高い。

竜騎士は深呼吸をし、扉に手を掛けた。

 

「待ってろ。今、助けに行く」

 

彼は静かに扉を開け、部屋へ踏み入った。森人の女性が驚いて振り返り、女武闘家はゆっくりと目を覚ました。

 

「えっ…!?」

 

二人の視線が交わり、部屋に静かな緊張が広がった。

森人の女性は立ち上がった。

 

「あなたは……異世界の英雄……」

 

竜騎士は槍を構え、しかし攻撃の構えは取らず、静かに言った。

 

「彼女を……返してくれ」

 

森人の女性は目を伏せ、女武闘家の方を見た。

女武闘家は体を起こし、弱々しく微笑んだ。

 

「来てくれたんだ……」

 

部屋に静けさが訪れ、森の風が窓から入り込む。

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