坑道の中にある建物に入る三人。
元々はこの鉱山で働いていた人達の休憩所だったらしく、簡素な作りで、机や椅子、仮眠用のベッドなどが残されていた。
埃が積もり、木の床はところどころ腐りかけ、壁には古いランプの煤が黒く残っている。
奥の方は物置になっており、中には何も無かった。
棚は空っぽで、床下にも埃だけが積もっている。
女武闘家は部屋を見回し、ため息をついた。
「ここには何も無さそうね……」
竜騎士は物置の床にしゃがみ込み、埃の層を指でなぞった。
埃がある場所と無い場所があり、明らかに物を移動させた跡があった。
彼は立ち上がり、二人の方に振り向いた。
「埃の積もり方が不自然だ。最近、何かを動かした跡がある……誰かがここに隠していたものを、持ち出したんだ」
闇人の魔術師は杖を軽く地面に突き、部屋の隅々を見渡した。
「ふむ……では奴等はここにある何かを取りに来たのだろう……大方隠してある財宝か何かだろうな」
竜騎士も頷き、静かに言った。
「そうだな……僕もそう思うよ、しかし、それだけでは手がかりにはならないな……」
女武闘家は少し考え込むように目を細め、ふと思い出したように話しかけた。
「ねぇ? 前に私達が、あの槍使いの人と一緒に盗賊退治した事覚えている?」
竜騎士は槍を握りしめ、記憶を遡る。
かつて、ゴブリンの巣穴に女性を入れて数を意図的に増やして、近くの村を襲わせていた盗賊団の事を思い出した。
その時、槍使いの独自の情報網で情報を手にしていた事を思い出した。
あの時の槍使いは、盗賊団の動きを事前に掴み、効率的に壊滅させた。
「そうだな……一度ギルドに戻り情報を集めた方がいいな、あの人なら何か知っているかも知れないな」
闇人の魔術師は杖を軽く地面に叩き、フードを深く被り直した。
「戻るのは構わんが……俺はギルドやお前達の街には行かない、外で待っているから、終わったら声をかけろ」
一行は廃鉱山から一度、辺境の街に戻る事にした。
森の道を抜け、朝陽が昇る中、三人は馬を駆った。
女武闘家は馬の上で竜騎士に視線を向け、静かに言った。
「あの槍使いさんなら……きっと、何か知ってるかな?」
竜騎士は頷き、前を向いたまま答えた。
「ああ……、彼の独自の情報網で何か分かればいいんだけどな…」
闇人は馬の後ろを無言でついてくる。
杖を握る手は強く、復讐の炎が静かに燃え続けていた。
三人は廃鉱山を背に、街へ向かった。
暫くして、街か見えてくると、二人は馬を速めた。
辺境の街の入り口で、闇人の魔術師は馬を止め、フードを深く被り直した。
彼は静かに三人を見回し、低い声で言った。
「後はお前らに任せた」
竜騎士は軽く頷き、女武闘家は心配げに彼の背中を見送った。
闇人は杖を握りしめ、街の外で馬を休めている
ギルドに入ると、受付嬢の所に槍使いの青年がいた。
彼はカウンターに肘をつき、受付嬢に熱心に何かを話していた。
どうやら必死に口説いている様子だったが、竜騎士が近づくと、槍使いはすぐに気づいて振り返った。
「おう! どうした?」
彼の声は気さくで、槍を肩に担いだまま笑顔を向ける。
受付嬢は少し困った顔で書類を整理しつつ、助けを求めるように竜騎士たちを見た。
竜騎士は軽く会釈し、すぐに本題に入った。
「今追っている盗賊団について聞きたいのだけど…」
槍使いは表情を少し引き締め、竜騎士は視線を向けた。
「とりあえず、ここじゃ何だから、あそこで話しようか」
彼はカウンターの奥、魔女が座っているテーブルの方を指さした。
魔女は黒のローブを纏い、ぼんやりと窓の外を眺めていたが、三人の気配に気づいてゆっくり振り向いた。
向かう途中で、女武闘家は少し膨れた顔をしながら、竜騎士に小声で話しかけた。
「こんな素敵な彼女いるのに何でいつも受付嬢さん口説いているのかしら……」
竜騎士は困った顔をしながら、苦笑した。
「まぁ、色々あるんだろう……よく分からないけど……」
テーブルに着くと、槍使いはすぐに本題に入った。
魔女も興味深げに身を乗り出す。
「で? その盗賊団って、どんな連中だ?」
竜騎士は静かに話し始めた。
「二十年前、ゴブリンが森人の集落を襲い集落は滅んだ、僅かな生存者を奴隷商人に売り飛ばした冒険者たちの一味、今は盗賊団のリーダー格になって、周辺の村を荒らしているらしい、頭目は逃げたが、砦と廃鉱山のアジトは潰した」
槍使いは腕を組み、目を細めた。
「二十年前か……古い話だな。でも、奴隷商人の名前が出てくるってことは、ただの盗賊じゃない、裏で繋がってる奴がいる可能性が高いぜ」
魔女はぼそりと呟いた。
「情報なら、捕まえた…奴隷商人から…聞いた方が…いい…かも…ね」
女武闘家は拳をテーブルに軽く置き、言った。
「とにかく……奴らを捕まえないと。女性達の被害が…放っておけないわ」
槍使いは頷き、槍を回した。
「わかった、俺も手伝うぜ。こないだのワイバーン狩りの礼も兼ねてな!」
魔女は小さく頷き、「……私も……盗賊団……調べる、ね…」
竜騎士は皆を見回し、静かに言った。
「ありがとう、何かわかったらお願いします」
一度竜騎士と女武闘家は街の外に出て、闇人の魔術師に、「少し調査に時間がかかりそうだから、君は一度妹さんのところに帰った方がいい、分かり次第僕達がそちらに向かうから」と伝えた。
闇人の魔術師は、フードの下で少し考え込むように沈黙した後、静かに頷いた。
「ふむ……分かった。一度戻るとしよう……」
彼の声は低く、しかしどこか安堵の色が混じっていた。
杖を軽く地面に突き、妹の待つ集落の方角を見る。
「何か分かったら……すぐに知らせてくれ」
竜騎士は槍を肩に担ぎ、穏やかに答えた。
「ああ、もちろんだ、妹さんによろしく」
女武闘家も優しく微笑み、「気をつけて帰ってね」
闇人はフードを深く被り直し、森の闇へ溶け込むように姿を消した。
足音一つ立てず、影のように消えていく背中を見送り、二人は静かに息を吐いた。
外も暗くなって来たので、宿屋へと向かう事にした。
街の灯りが一つずつ点き始める、二人は手を繋ぎ、ゆっくりと歩いた。
女武闘家は竜騎士の腕に軽く寄りかかり、静かに呟いた。
「今日は……本当に疲れたわね」
竜騎士は彼女の手を優しく握り返し、微笑んだ。
宿屋の灯りが近づく。
二人は肩を並べて扉を押し開け、温かな部屋の空気に包まれた。
森の中を闇人の魔術師は一人、妹のいる場所に向かっていた。
木々の間を抜ける道は、月明かりだけが頼りだった。
杖を地面に突きながら、彼は静かに歩を進める。
復讐はまだ終わっておらず、炎はまだ胸にくすぶっていたが、妹の顔を思い浮かべるたび、少しだけ心が落ち着いた。
途中で、道の先にフードを被った男が立っていた。
闇人の魔術師は即座に杖を構え、警戒を強めた。
月光が男のローブを照らし、顔は影に隠れている。
男はゆっくりと手を上げ、静かに名乗った。
「私は緑の月の管理者だ」
闇人の魔術師は鋭い目で睨みつけ、低く問うた。
「緑の月を崇拝する者はいるが、自ら管理者を名乗るとは……お前は誰だ!」
緑の月の管理者を名乗る男は、フードの下で薄く笑った。
「かつての混沌の勢力の者がな……奴の影響か……まぁ、いい。君に力を与えてもいいのだぞ。お前の憎む者全てを蹂躙する力を……」
闇人の魔術師は杖を握りしめ、冷たく言い放った。
「少し前の俺なら、お前の誘いに乗っていたかも知れないが……貴様の様な胡散臭い奴の言う事は信用ならないな!」
彼の魔法の闇の鎖が瞬時に伸び、緑の月の管理者の体を締め上げる。
黒い鎖がローブを裂き、男の体を締め付ける。
闇人の魔術師はさらに力を込め、声を荒げた。
「ゴブリンは緑の月より現れると聞いた事がある、もしお前が本当に管理者なのであれば、貴様こそ、真の敵だ!」
闇の鎖が更に締め上げ、管理者のフードが破れる。
月光の下に現れた顔を見て、闇人の魔術師は絶句した。
「お前……まさか……!」
そこに現れた顔は、竜騎士と瓜二つだった。
同じ鋭い目、同じ輪郭、同じ髪の色。
ただ、表情だけが冷たく、嘲るように歪んでいる。
緑の月の管理者は、鎖を引きちぎるように魔力を高めた。
黒い鎖が千切れ、闇人の魔術師は後退を強いられる。
管理者はフードを直し、静かに言った。
「成程、今の君を懐柔する事は無理の様だね」
一言だけ残し、彼は霧のように消えていった。
闇人の魔術師は慌てて杖を握りしめ、妹の元へ急いだ。
集落跡にある、妹の住む家に駆け込むと、妹は何事も無かった様に、「兄さんお帰り」と言った。
彼女は小さな薬草をすり鉢で潰しながら、穏やかな笑顔を向けた。
闇人は息を荒げ、妹を抱き寄せた。
「……無事でよかった……」
妹は兄の腕の中で、優しく微笑んだ。
「兄さん……どうしたの?」
闇人は妹の頭を撫で、静かに言った。
「……ここは危険かも知れない…この集落を出るぞ!!」
妹の瞳が不安げに揺れる。
「出るって……どういう事なの?説明してくれなければ分からないよ」
闇人の魔術師は妹の前に膝をつき、急ぎながらも優しく言葉を選んだ。
「先程……怪しい奴に絡まれた。俺だけならまだしも、お前を危険な目に合わせられない。とにかくすぐに出るぞ!」
妹は兄の必死な表情を見て、静かに頷いた。
「……分かったわ。支度するから、少し待ってね……」
彼女はベッドから降り、素早く荷物をまとめ始めた。
小さな薬草の袋、着替え、保存食、最小限のものを布袋に詰める。
闇人の魔術師は妹の背中を見守りながら、杖を握りしめた。
「分かった……なるべく急げよ」
二人は深夜の森の中、集落跡を出て行った、月光が木々の間を縫い、足元を冷たく照らす。
妹は兄の手を握り、静かに歩いた。
こんな状況なのに、兄の背中はいつもより大きく、守ってくれる存在として頼もしく見えた。
そして次の日、竜騎士と女武闘家はギルドに向かっていた。
朝の街は静かで、二人は並んで歩き、昨日の疲れを癒すように軽く会話を交わしていた。
ギルドの扉を押し開けると、意外な姿が目に入った。
闇人の魔術師と、その妹がカウンター近くに立っていた。
妹は兄のローブの裾を握り、少し緊張した表情で周囲を見回している。
闇人の魔術師は二人に気づくと、静かに声をかけた。
「待っていた……話がある」
竜騎士は驚きを隠せずに言った。
「まさか、君がここに来るなんて思っても見なかったよ」
闇人の魔術師はフードを少し下げ、妹を背後に庇うようにして言った。
「その事について……話がある」
四人は少し離れたテーブルに着くと、話を始めた。
ギルドの喧騒が遠くに聞こえる中、闇人は低く語り出した。
「帰り間際に……深夜の森の中で、緑の月の管理者を名乗る奴と出会った、フードの中の素顔が……竜騎士、お前と瓜二つであった」
竜騎士と女武闘家は驚いた。
竜騎士は目を細め、静かに聞いた。
「瓜二つ……?」
闇人は頷き、言葉を続けた。
「一目でお前ではないのは分かった。しかし、姿や声は全く同じだった。気配や仕草も似ている…だが、銀色の鎧…そして、奴の禍々しい雰囲気……それだけは違った。例えで言うなら、同じ人物が闇に飲まれて別人の様に変貌した様な……そんな感じだ」
女武闘家は拳を握りしめ、息を飲んだ。
「銀色の鎧って……彼が前に着けていた鎧かしら…しかしあれは壊れて…どういう事……?」
闇人は杖をテーブルに置き、静かに言った。
「俺も……分からない。だが、少なくとも味方では無いだろう」
竜騎士は槍を握りしめ、静かに頷いた。
「考えてみれば奴からの刺客は、どれも僕の世界にいて僕が倒した者達だった…僕の世界から来た何か…しかし分からない、何故僕の姿をしているのか…」
闇人の魔術師は、フードを少し下げ、赤い目を細めて言った。
「魔法か何かでお前の姿になり、惑わせるのが目的かも知れないが……妹をあの集落跡に居させる訳には行かない……だから連れてきた」
彼の声は低く、しかし妹を守る強い意志が込められていた。
妹は兄のローブの裾を握り、静かに周囲を見回している。
人の多い場所に慣れておらず、不安と好奇心が混じっていた。
竜騎士は静かに頷き、槍を肩に担ぎ直した。
「分かった。妹さんの宿の手配は僕の方でしよう……。しかし、僕と同じ姿とは……何を企んでいるのか……」
彼の言葉には、警戒と困惑が混じっていた。
緑の月の管理者が自分の姿の理由、それは、単なる幻惑か、それとももっと深い企みか。竜騎士は拳を軽く握りしめ、考えを巡らせた。
その時、後ろから声が聞こえてた。
槍使いの明るい声がギルドの喧騒を切り裂くように響いた。
彼の隣には、黒のローブを纏った魔女が立っている。
槍使いは槍を肩に担ぎ、気さくに手を挙げて近づいてきた。
魔女はいつものようにぼんやりと、しかし鋭い視線で三人を見回した。
槍使いは、テーブルに座る闇人の魔術師を見ると、すぐにその胸元の白磁の認識票に気づいた。
彼は軽く目を細め、気さくに声を掛けた。
「白磁の認識票か……新人か?」
竜騎士と女武闘家は認識票に気が付いておらず、驚いた表情だ。
闇人の魔術師はフードを少し下げ、淡々と答えた。
「これから行動するのに便利だから、登録をしたまでだ…本格的に冒険者になる気はない!」
槍使いは肩をすくめ、槍をテーブルに立てかけた。
「まぁ、そういう事なら好きすればいいさ、とにかく、俺が調べた結果……奴はある貴族と繋がっている事が分かった」
槍使いは険しい顔をしながら竜騎士の方を向いて話を続ける。
「貴族相手だとやっかいだぞ。まぁ、お前はそれでもやるんだろうがな」
魔女が横からぼそりと呟き、別の紙を差し出した。
「これ……資料……ね……」
そこには貴族の名前や居場所、関連する噂が細かく記載されていた。
闇人の魔術師も一瞬、目を細めて紙を覗き込んだ。
槍使いは立ち上がり、槍を肩に担いだ。
「仕方ないな、俺も手伝うぜ!」
しかし、竜騎士は静かに首を振った。
「いや、今回は色々事情があって……僕達でやりたいんだ、情報の礼はするから、すまない」
槍使いは闇人の魔術師をちらりと見て、苦笑した。
「色々訳ありか……まぁ、いいだろう。また一緒にやろうぜ」
彼は手を軽く振り、魔女と共に去っていった。
魔女は最後まで無言だったが、竜騎士たちに小さく会釈だけして、槍使いの後を追った。
テーブルに残った三人、竜騎士、女武闘家、闇人の魔術士は、静かに地図を見つめた。
貴族の居城は辺境の街から馬で三日ほどの距離。
森と山を越えた先、湖のほとりに建つ古い城だ。
湖のほとりにある古城を改装した、貴族の屋敷があった。
湖面に映る月が静かに揺れ、城壁の影が水辺を黒く染めている。
古い石造りの建物は、蔦が絡まり、窓からは暖かな灯りが漏れていたが、その優雅さとは裏腹に、屋敷の空気はどこか淀んでいた。
頭目と仲間たちは、馬を飛ばしてようやく屋敷に到着した。
汗と埃にまみれ、荷物は最小限の金貨の袋と武器だけ。
隠れ家の財宝などは別の場所に隠して来たのだった。
門番の兵が怪訝な顔で近づくが、頭目は威圧的に大剣を叩きつけて言った。
「開けろ! 貴族様に用がある!」
門が開き、頭目たちは中庭へ入った。
貴族は応接間に座り、ワイングラスを傾けていた。
豪華な絨毯、銀の燭台、壁に飾られた肖像画、すべてが富と権力を誇示している。
しかし、貴族の目は冷たく、頭目たちを見下ろした。
「何だ、今日は女共はいないのか?」
頭目は息を荒げながら、膝をついて言った。
「冒険者に砦と隠れ家をやられた!少し匿ってくれねぇか?」
貴族はワインを一口飲み、ゴミを見るような目で頭目を眺めた。
「何故ワシがお前達の様な輩の面倒を見なければならない、女がいないなら用はない」
頭目は顔を上げ、ニヤリと笑った。
「今までアンタには旨い汁を沢山吸わせてやったろ?冷たい事言うなよ!それに、俺が捕まればお前らの悪事も露呈するんだぜ!そしたら御家断絶だ!!お前さんの首が飛ぶぜ!」
貴族は悔しそうな顔をしたが、ため息をついて手を振った。
「……まぁ仕方ない、客室に案内しろ」
頭目は満足げに立ち上がり、仲間たちに目配せした。
「俺たちは一蓮托生だから、これからもよろしくな!!あと疲れたから飯はいらねぇ!すぐに寝る!!」
彼は笑いながら、護衛に導かれて部屋に向かった。
仲間の一人の魔法使いの男は頭目の背中を見ながら、小声で呟いた。
「大丈夫なんですか? ありゃ俺たちをやっかい者扱いですぞ」
頭目は振り返らず、冷たく答えた。
「そうだろうな。下手すりゃ口封じされるだろうな。だが考えはあるさ!」
部屋から去った後、貴族はワイングラスをテーブルに置き、部下の護衛隊長に視線を向けた。
隊長は甲冑を着込み、大剣を腰に下げた屈強な男だった。
「あいつら用済みだ。分かっておるな……」
護衛隊長は静かに頷き、笑みを浮かべた。
「分かっております。盗賊風情が調子に乗って思い知らせてやりますよ!」
貴族は満足げにワインをあおった。
「そうか……頼もしいな! ふふふ」
彼の笑い声が、静かな応接間に響いた。
頭目と仲間たちは、護衛に導かれて貴族の屋敷の客室に案内された。
広々とした部屋は、厚い絨毯が敷かれ、壁には金糸の刺繍が入ったタペストリーが掛けられ、巨大な天蓋付きのベッドが中央に鎮座していた。
窓からは湖の静かな水面が見え、月光が水辺に反射している。
頭目は部屋に入るなり、大剣をベッドの端に放り投げ、ふかふかのベッドにどっかりと腰を下ろした。
体が沈み込み、思わず笑みがこぼれる。
「流石は貴族様の客室だぜ……ベッドなんかふかふかだぜ!」
対象的に仲間の魔法使いは不満気な顔をしている。
「あの野郎、こんなベッドで毎晩女抱いていやがるのか!」
部屋の隅に立ち、窓から湖を眺めながらため息をついた。
頭目はベッドに寝転がりながら、魔法使いを手招きすると耳打ちした。
魔法使いは話を聞き終えると、呆れたように肩をすくめた。
「相変わらずアンタの狡賢さには呆れるぜ……」
頭目はニヤリと笑い、枕に頭を沈めた。
「ま、生き残る為だ、悪いか?」
魔法使いは軽く首を振り、部屋の扉に向かった。
「んじゃ、俺はちょいとトイレに行きますかね……」
そう言って、静かに部屋を出て行った。
一方で、護衛隊長は他の護衛たちに低い声で説明をしていた。
会議室で隊長は部下たちを輪に集めた。
「奴等が寝静まって油断したところを一気に叩く、盗賊風情に思い知らせてやれ!」
他の護衛たちは頷き、剣や槍を握りしめた。
士気は高く、皆の目が鋭く輝いている。
「了解です、隊長!」
「あんな奴等さっさと片付けましょう!」
一方で魔法使いの男は、トイレに向かうふりをしながら、厨房へ向かった。
厨房には料理長を始め、数人の料理人が夜食の準備をしていた。
鍋の湯気が立ち上り、肉の焼ける香りが漂う。
魔法使いは静かに厨房に入り、料理人たちに気づかれないよう、杖を軽く振った。
スリープの魔法が広がり、料理人たちは次々とその場に崩れ落ち、眠りに落ちた。
魔法使いは倒れた料理長の横にしゃがみ込み、鍋の中を覗いた。
「勿体ねぇが……仕方ないな」
彼は懐から小さな袋を取り出し、中の粉末を料理の中に振り入れた。
無色無臭の毒、ゆっくりと効き、朝まで誰も気づかない。
魔法使いは袋をしまい、静かに厨房を出た。
廊下に戻る途中、彼は小さく呟いた。
「しかし、城ごと乗っ取りとは…恐ろしいな…」
砦の夜は静かに更けていく。
貴族たちはまだ気づかず、毒入りの食事をし酒を飲み、笑い声を上げている。
しかし、闇の中で、ゆっくりと毒が回り始めていた。
それは護衛の騎士達も例外では無かった。
翌朝、盗賊たちが目が覚めると、城は静かだった。
客室の扉を開けると、廊下に護衛の死体が転がり、壁に血の跡が飛び散っている。
食堂では使用人たちが倒れ、テーブルに突っ伏したまま動かない。
厨房からは焦げた臭いが漂い、鍋の底に残ったスープが冷え切っていた。
頭目はベッドから起き上がり、窓辺に立って外を見下ろした。
湖面は朝霧に覆われ、静かに揺れている。
頭目はニヤリと笑い、隣の部屋から出てきた魔法使いの方を見た。
「調理場に仕込んだ毒により、貴族や護衛、使用人全滅だったな」
魔法使いは肩をすくめ、杖を軽く回した。
「自分で仕込んでおいて何ですが……恐ろしいですね……で、ここを新しい拠点にするんですか?」
頭目は部屋の豪華な調度品を眺め、満足げに頷いた。
「まぁ待て。まずは死体を片付けて、お前らはそいつらの服に着替えろ」
彼は貴族の豪奢なローブを指さし、魔法使いに視線を向けた。
「貴族は……お前がやれ!」
魔法使いは一瞬目を丸くした。
「頭目の方が……」
頭目は笑い声を上げ、魔法使いの肩を叩いた。
「俺じゃあ貴族役やるには品が無さすぎる。お前が適任だろう、俺達を追って例の冒険者はきっとここまで来る、その時は騙して返り討ちにしてやるさ!」
魔法使いはため息をつきながらも、貴族のローブを手に取った。
「仕方ないですね……」
盗賊たちは死体を運び出し、血を拭き、服を剥ぎ取って着替えた。
貴族の豪華な衣装を着た魔法使いは、鏡の前で少し照れくさそうに襟を直した。
頭目は新しい服を着た仲間たちを見て、満足げに笑った。
「これで……よし、あの冒険者どもが来たら……完璧に騙してやる」
屋敷の窓から湖面が見える。
朝霧がゆっくりと晴れ、静かな水面が輝き始めた。
盗賊たちが古城を占領して2日が経った。
竜騎士一行は古城にたどり着いた。
湖のほとりに佇む古城は、霧に包まれ、静寂が不気味に広がっていた。
門の前に立つ門番は、意外にも素直に通してくれた。
「領主がお待ちです……どうぞ」
その声は丁寧だが、どこかぎこちなく、視線が泳いでいる。
魔法使いの男は貴族になりすまして、応接間に三人を招き入れた。
豪華な絨毯、銀の燭台、壁に飾られた肖像画、すべてが貴族の富を誇示している。
魔法使いは優雅に椅子に座り、ワイングラスを傾けながら言った。
「冒険者よ、よくぞ参られた、ひょっとして盗賊団の事ですかな?」
竜騎士は槍を握る手に力を入れ、女武闘家は拳を軽く握りしめた。
闇人の魔術師はフードを深く被り、杖を握りしめて黙っていた。
三人とも、意外な対応に密かに警戒を強めた。
魔法使いは微笑み、言葉を続けた。
「我が城に盗賊団の襲撃がありまして、撃退したのです。
護衛隊長が案内します。こちらです」
護衛隊長に扮した頭目が現れ、頭を下げた。
ある一室に案内されると、盗賊の服装に着替えさせられた貴族たちの死体が安置されていた。
竜騎士たちは死体を確認し、静かに頷いた。
「分かりました…」
確認が終わると、護衛隊長は丁寧に言った。
「長旅でお疲れでしょうから、客室でお休み下さい。
食事の支度をしますので、出来ましたらお声を掛けさせて頂きます 」
竜騎士たちは客室に案内され、部屋に入ると、闇人の魔術師がすぐに話しかけた。
「どうも、あの連中……胡散臭いな…」
女武闘家は部屋の隅に立ち、拳を軽く握った。
「でも、盗賊の死体は実際にあったね!貴族達に口封じされたって事かしら?」
竜騎士は闇人の魔術師を見ると、低く聞いた。
「いなかったんだろ?」
闇人の魔術師は杖を握りしめ、静かに頷いた。
「ああ、死体の中にアイツらはいなかった…」
女武闘家は理解した。
「そっか! 妹さんの仇がいないのね」
竜騎士は死体を思い浮かべ、静かに言った。
「それにあの死体、格好こそ盗賊の格好だが、中の人は身なりが整い過ぎている、分からない様に汚くはしているが、よく見ると分かるよ」
女武闘家は拳を握りしめ、頷いた。
「では、この砦はもう……」
闇人の魔術師は冷たく笑った。
「そう言う事だ!」
その時、使用人の姿をした盗賊が部屋の扉をノックし、静かに言った。
「食事の支度が出来ましたので、こちらへどうぞ!」
三人は互いに視線を交わし、静かに部屋を出た。
廊下の灯りが揺れ、足音が静かに響く。
食事の場へ向かう道中、竜騎士は低く呟いた。
「気を抜くな……」
女武闘家は拳を握りしめ、頷いた。
「うん……大丈夫よ!」
闇人の魔術師は杖を握りしめ、赤い目で前を見据えた。
使用人が先導する中、三人は食堂へ向かった。
食堂には豪華なテーブルに様々な種類の料理が並べられていた。
ローストした鹿肉、香草をまぶした魚、色とりどりの野菜の煮込み、焼きたてのパン、そして赤ワインが注がれたグラス。
すべてが貴族の富を誇示するように輝いている。
貴族はにこやかに椅子を勧め、言った。
「遠慮なさらずに食べてください、長旅でお疲れでしょう」
竜騎士は席に着いたが、食事には手をつけなかった。
代わりに、壁に掛けられた大きな肖像画に視線を向け、静かに話しかけた。
「あの肖像画はどなたなのでしょうか?」
貴族ははっと後ろを振り返り、わずかに動揺した表情を見せたが、すぐに取り繕うように答えた。
「これは……先代の領主、私の父です」
その答えは咄嗟に出たものだったが、声に微かな震えが混じっていた。
遠くの方で、盗賊たちが聞こえないようにヒソヒソと話している声がした。
「さっさと食えよ! 何やっているんだ……」
「早く毒が回ればいいんだが……」
耳の良い闇人には、その声がはっきりと聞こえていた。
彼は無表情のまま、スープの入った皿を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ヒソヒソ話をしていた使用人の前に立つ。
使用人たちはびっくりして闇人を見上げた。
闇人の魔術師はスプーンでスープをすくうと、使用人に近づき、静かに言った。
「食ってみろ」
使用人は慌てて手を振った。
「い、いえ……お客様の物を我々が頂く訳には……」
しかし、闇人は使用人の顔を掴み、無理矢理スプーンを口に近づけた。
スープが唇に触れ、わずかにこぼれる。
使用人は必死に抵抗したが、闇人の力が強く、逃げられない。
その瞬間、盗賊たちは我慢の限界を超えた。
「や、やめろ! ふざけるんじゃね!!」
正体を現した盗賊たちが一斉に武器を抜き、テーブルを囲んだ。
剣、斧、短剣、さまざまな武器が竜騎士達に向ける。
竜騎士と女武闘家は即座に武器を構えた。
貴族に扮していた魔法使いは顔を青ざめ、慌てて言った。
「最初から…バ、バレていたのか!」
闇人の魔術師はスープの皿をテーブルに置き、無表情のままニヤリと笑った。
「最初からバレていたさ、お前達の顔を見た時からな」
魔法使いは、闇人の魔術師の言葉に顔を強張らせ、杖を握る手に力がこもった。
「顔だと? ……俺達の事知っているのか?」
闇人の魔術師はフードの下で冷たく笑い、ゆっくりと杖を掲げた。
赤い目が、魔法使いを射抜くように輝く。
「ああ。今から20年前、小さな森人の集落がゴブリンに滅ぼされた、その時に雇ったお前達は、拐われた女達を助けに行き……助け出した後にした事を……俺は忘れない」
彼の声は低く、抑えきれない憎悪が滲み出ていた。
「あの男の様に……葬ってやる……」
魔法使いの男は後ずさり、顔を青ざめさせた。仲間の戦士を殺ったのはこいつだ…
「ま、まさか……20年も前の事だぞ! 今更何だって言うんだ……!」
闇人の魔術師は一歩近づき、杖の先端から黒い霧が漏れ出した。
「俺はあの後、売られた妹や仲間達を何年もかけて探した…幸い妹は無事に救い出す事が出来たが……精神が病んで死んだ者や、見るに耐えない姿にさせられた者もいた!」
彼の言葉は静かだったが、その一つ一つが剣のように鋭く、魔法使いの胸を刺した。
魔法使いは杖を構え、必死に魔力を集めた。
次々と魔法を放つが、闇人の周囲に黒い鎖が渦を巻き、すべてを次々に撃ち落とす。
鎖は生き物のようにうねり、魔法使いの魔法を飲み込み、跳ね返す。
「この魔法は…お前達を葬る為だけに俺自身が様々な魔法を組み合わせて生み出した俺だけの闇の魔法だ…お前程度の魔力では太刀打ちは出来んぞ」
竜騎士と女武闘家は周りの盗賊を倒しながら、二人のやり取りを横目で見ていた。
竜騎士の槍が弧を描き、盗賊の体を貫く。
女武闘家の拳が空気を切り裂き、敵を吹き飛ばす。
しかし、二人は闇人の魔術師に干渉せず、静かに見守っていた。
これは、彼の戦いでもある。
闇人の魔術師はゆっくりと魔法使いに近づいた。
黒い鎖が魔法使いの足を絡め、動きを封じる。
魔法使いは膝をつき、息を荒げながらも、最後の抵抗を試みた。
「くそっ……! てめぇ……!」
闇人は無表情のまま、杖を魔法使いの喉元に近づけた。
「妹は……お前たちの手で、壊された。それでも……生き延びた、だが、他の仲間たちは……お前たちのせいで……」
魔法使いは鎖に締め上げられながら、必死に叫んだ。
「俺達がいなきゃ、アイツらはゴブリンの孕み袋にされていたんだ…恨まれる筋合いはねぇ!」
闇人は冷たく笑った。
「そうか…まぁ、どんな言い訳を言おうとお前は俺の手で殺されるだけだ」
黒い鎖が一気に締まり、魔法使いの体がびくんと震えた。
息が止まり、杖が地面に落ちる。
魔法使いの目は虚ろになり、ゆっくりと倒れた。
闇人は鎖を解き、静かに息を吐いた。
「……一つ……終わった」
竜騎士は槍を収め、闇人に近づいた。
「盗賊も片付けたが、恐らく頭目は…」
闇人はフードを深く被り直し、杖を握りしめた。
「……ああ、奴はいない…恐らく逃げたのだろう、だが、まだ……奴には恐怖を味わいながら追い詰めるさ…ふふふ」
頭目は一人、古城を後にした。
「危ねぇ! アイツ、噂の異世界の英雄とか言われている冒険者か!」
頭目は馬の手綱を握りしめ、言葉を吐き捨てた。
風が耳元を切り、馬の息遣いが荒く響く中、彼の頭の中はあの槍の青白い光と、女の拳の輝きで埋め尽くされていた。
「あんなのとまともにやり合う訳ねぇだろうが!アイツを貴族にして正解だったぜ! 楽に逃げられたからよ!」
彼は懐から金貨の袋を一つ取り出し、軽く振って音を楽しんだ。
重みのある金属の響きが、満足感を倍増させる。
貴族の私室から奪った財宝、隠し金庫から掻き集めた宝石、すべてが馬の背に括りつけられた袋に詰まっている。
「貴族の奴から奪った金や財宝と、隠した財宝で、一生遊んで暮らせる金は手に入ったんだ!危ねぇ橋を渡る必要はねぇな! トンズラするだけだぜ!」
頭目は大声で笑い、馬をさらに急がせた。
湖の水面が遠ざかる。
「最後に勝つのは頭のいい俺みたいなやつなんだよ!」
彼は独り言のように呟き、馬の速度を上げた。
森の奥へ、別の隠れ家へ新しい人生を始めるために。
過去の罪も、仲間たちの死も、すべてを捨てて、金と自由だけを握りしめて。
しかし、頭目はまだ知らない。
彼の背後に、静かに、しかし確実に追ってくる影があることを。