竜騎士たちは再び馬に乗り、頭目を追いかけていた。
夜の森を抜け、湖畔の道を駆け抜ける。馬の蹄が泥を跳ね上げ、風が冷たく頰を切り、追跡の緊張が空気を張りつめさせた。
女武闘家は馬を並べて走りながら、静かに言った。
「きっとあの護衛隊長が頭目だったのね……彼だけ甲冑で顔が見えなかったし、いつの間にか姿も消えていたわ」
彼女の声には悔しさが混じり、拳を軽く握りしめる。
闇人の魔術師はフードの下で目を細め、低く応じた。
「だが、今度こそ奴を追い詰めてやるさ」
竜騎士は馬の手綱を握りしめ、前方を睨みながら言った。
「しかし、君のあの魔法は凄いな。自分で編み出したと言っていたが、中々のセンスだ!」
闇人の魔術師は杖を軽く回し、淡々と答えた。
「正確には、何年か前に鎖を操って戦う女を見た事がある。当時の俺にとっては敵で、ギルドの人間だったが、素晴らしい腕だった。しかし俺は魔術師だ。魔法であれが再現出来ないか試して、完成したのがあの闇の鎖さ」
女武闘家は少し目を丸くし、馬の速度を落としながら言った。
「そう言えば、ギルドの査察官が、そんな戦い方をするって、噂で聞いた事あるわ…恐らくはその人かしらね!」
闇人はフードを深く被り直し、静かに頷いた。
「……ああ、恐らくは…だが、今はそんな事はどうでもいい。奴を……追わなければ!」
竜騎士は馬を少し速め、前方を指さした。
「足跡がまだ新しい。こっちだ!!」
一方で頭目は馬を走らせながら、廃鉱山のアジトから引き上げてきた財宝などを隠した場所に向かっていた。
「あれを回収して、人の多い水の街か王都に入り込めば逃げ切れるぜ!」
馬の蹄が泥を跳ね上げ、森の小道を駆け抜ける。隠し場所はもうすぐだ、この先の崩れた岩場の奥に埋めた金品と宝石。貴族の屋敷から奪った分も加えれば、一生遊んで暮らせる額になる。
隠し場所の近くまで馬を走らせていると、突然女性が一人で走りながら、こちらに向かって来た。
彼女は息を切らし、泥だらけの服を着て、必死に手を振った。
「助けてください! ゴブリンに見つかって追われているんです……!」
頭目の後ろを振り返ると、確かにゴブリンの集団が迫っていた。
緑色の小鬼たちが武器を振り回し追ってくる。
頭目は顔を歪め、馬の手綱を強く引いた。
「邪魔だっ!! お前なんかに構ってられるかっ!!」
彼は馬を少し寄せ、女性を蹴り飛ばした。
女性は地面に転がり、悲鳴を上げて倒れる。
頭目は馬を急がせ、ゴブリンとは別方向へ走り出した。
「くそっ! ゴブリンの集団が……財宝は後日ゆっくり回収するしかねぇ! 今は逃げる事の方が肝心だっ!!」
馬の蹄が激しく地面を叩き、頭目の影は森の闇に溶けていった。
一方、竜騎士たちは馬を走らせていると悲鳴が聞こえて、その方角に進むと、ゴブリンの集団と襲われている女性を見つけた。
女武闘家は即座に馬を止め、拳を構えた。
闇人の魔術師は杖を握りしめ、苛立った声で言った。
「奴はすぐそこにいるのだぞ! くそっ!」
女武闘家は馬から飛び降り、拳に青白い光を集中させた。
「あの程度なら私一人で、先に行って!!」
闇人の魔術師はふと妹の顔を思い浮かべた、わずかに迷ったが、すぐに決意を固めた。
「ダメだ! 俺も行く。三人の方が倒すのも早いだろう」
彼は馬から降り、杖を構えた。
竜騎士も馬を止め、ゲイボルグ・アルテマを握りしめた。
「なら、一気に叩くぞ!」
三人はゴブリンの集団に立ち向かって行った。
竜騎士の槍が青白い光を放ち、ゴブリンの群れを薙ぎ払う。
女武闘家の拳が風を切り、ホブゴブリンを吹き飛ばす。
闇人の魔術師の闇の鎖がゴブリンを絡め取り、動きを封じる。
ゴブリンの悲鳴が森に響き、緑色の体が次々と倒れていく。
女性は地面に座り込み、震えながら三人の戦いを見ていた。
「助けて…くれて…ありがとう……」
戦いは短かった。
ゴブリンの群れは壊滅し、残った数体は森の奥へ逃げ散った。
竜騎士は槍を収め、女性に近づいた。
「大丈夫か?」
ゴブリンは去っていったが、脅威が無くなったわけでは無い。
こんな森の中で女性一人にさせる訳には行かないと、竜騎士と女武闘家は女性を支えながら村まで連れて行くと言った。
女性はまだ震えが止まらず、足取りもおぼつかない。
女武闘家は彼女の肩を抱き、優しく声を掛けた。
「もう大丈夫よ……。村まで一緒にいきましょう」
竜騎士は周囲を警戒しながら、闇人の魔術師に言った。
「今からでも君だけでも追った方が……」
闇人の魔術師は杖を地面に突き、静かに首を振った。
「いや、今からでは追いつけまい、悔しいが……仕方あるまい」
彼の声には悔しさが滲み、赤い目が森の闇を睨む。
女性は二人の会話を聞きながら、ゆっくりと口を開いた。
「ひょっとして……アイツかしら……」
彼女は震える声で、頭目に助けを求めたが蹴り飛ばされた話をした。
蹴り倒されて地面に転がった痛み、頭目の冷たい言葉、すべてを、途切れ途切れに語った。
「助けて……って言ったのに……『邪魔だ』って……」
女武闘家は拳を強く握り、怒りを露わにした。
「アイツ……自分が助かるために酷い事を!」
彼女の目は燃え、過去の記憶が重なるように胸が痛んだ。
竜騎士は静かに女性の肩に手を置き、落ち着かせる。
「もう大丈夫だ!村まであと少しだ!」
村に到着すると、村人達が女性を救った事に感謝していた。
母親が駆け寄り、娘を抱きしめて泣き崩れる。
村長は深く頭を下げ、「本当にありがとう……この子が無事で……」
と涙を浮かべた。
女性は助けて貰ったけど、竜騎士達が追っていた頭目に逃げられた話を長老にすると、長老はゆっくり頷き、地図を広げた。
「恐らく逃げた方向からすると、行き先は水の街かも知れない…なら、追いつけるかも知れない、今地図を持ってくる、近道があるんじゃ」
彼は古い羊皮紙の地図を取り出し、森の抜け道と水の街への最短ルートを示した。
女武闘家は地図を見て、目を輝かせた。
「良かった! まだ間に合うわよ!」
闇人の魔術師は杖を握りしめ、静かに頷いた。
「ああ……すぐに追うぞ!!」
三人は村人たちに礼を言い、馬に跨った。
村長は見送りながら、声を掛けた。
馬の蹄が地面を叩き、三人は水の街へ向かって駆け出した。
頭目は水の街に向けて馬を走らせていた。
馬の蹄が泥道を激しく叩き、汗と埃が飛び散る。
夜の森を抜け、湖畔の道を駆け抜け、ようやく街の灯りが遠くに見えてきた。
「街に着いて紛れ込んでしまえばこっちのものよ!あとは王都あたりで悠々自適生活だっ!」
彼は満足げに笑った。
「あいつらもかなり引き離したはずだ!とりあえずこの辺りで一休みだ」
馬を路肩の木陰に止め、餌と水を与えて休ませる。
自身も空腹と眠気が酷く、鞍袋から干し肉を取り出してかじった。
塩辛く硬い肉を噛みながら、地面にシートを広げ、横になる。
「少し……寝るか……」
疲れが一気に押し寄せ、頭目はすぐに眠りに落ちた。
それから暫くして、目が覚めた。
朝陽が木々の間から差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。
頭目は体を起こし、辺りを見渡した。
馬は静かに草を食べ、森は穏やかだった。
その時、近くに若い女性の旅人が一人で歩いていた。
旅装束に小さな荷物を背負い、道を急いでいる。
頭目は女を見ると、ニヤリと笑った。
ずっと逃げてばかりいたが、少し休んで余裕が出来たのか、女を見て性欲が刺激される。
頭目は静かに立ち上がり、女性の後ろに回り込んだ。
彼女が気づく前に、後ろから押さえつけた。
腕を首に回し、強く締め上げる。
女性は驚いて声を上げようとしたが、頭目の手が口を塞いだ。
「暴れたらコイツをブッ刺すぞ」
頭目はナイフを女性の首に突きつけ、ゆっくりと服を破り捨てた。
布地が裂ける音が静かな森に響き、白い肌が露わになる。
女性は体を震わせ、涙を浮かべて抵抗しようとするが、ナイフの刃が首に食い込み、動きを止めた。
頭目は低く笑い、女性を地面に押し倒した。
「へへ……久しぶりの女だ!ゆっくり楽しませてもらうぜ」
女性の目から涙が溢れ、震える声で懇願する。
「や……めて……お願い……。」
頭目は構わず、彼女の体に覆い被さった。
頭目は荒々しく笑いながら、震える女のスカートを乱暴に引きちぎるように下ろした。
薄い布地が裂ける音がした。続いて下着ごと一気に引き下ろされ、晒された女性の秘部が無防備に露わになる。
彼女の力はもう残っていなかった。
頭目は舌なめずりしながら、自分のズボンの前を下ろした。
すでに硬く張り詰めた自身を握り、女の腰を掴んで引き寄せようとしたその瞬間。
金属の軋む音が響き、頭目の首と両腕に黒く禍々しい鎖が一瞬にして巻き付いた。
「えっ!?」
頭目は目を見開き、慌てて周囲を見回した。
森の木々の影から竜騎士が女武闘家が、そして闇の鎖を操る闇人の魔術師だった、すでに包囲網は完成していた。
「ば、馬鹿な……! こんなに早く追いつけるわけがねぇだろ!」
頭目が叫ぶと同時に、武闘家が音もなく女の前に躍り出た。
彼女は涙目の女性をそっと抱き寄せ、背後に庇うように立った。
「このクズめ……!」
闇人の魔術師は、頭目の前に立ちはだかった。
彼のフードの下から赤い目が燃えるように輝き、杖を握る手が怒りに震えていた。
闇人の魔術師の声は低く、しかし抑えきれない憎悪を込めて響いた。
「お前は覚えていないだろうが……20年前、ゴブリンによって森人の集落が滅びた、俺の妹を含む、女達は拐われた」
頭目の顔を睨みながら話を続ける。
「俺は冒険者ギルドへ助けを求めた!そしてお前達が依頼を受けてゴブリンの巣穴に向かった……そしてゴブリンを倒したあと、お前たちは救った妹や女達を犯して、報酬が安い…ただそれだけの理由で、妹達を死亡扱いにして奴隷商人に売り飛ばした!」
言葉の一つ一つが、闇人の喉から絞り出されるように重く、鋭く響いた。
「俺は妹が心配でお前達の後をつけた、そしてこの目で見て止めようとした…しかしお前達は俺を口封じに殺そうとした、しかし俺は運良く死なず、妹達を救い、お前達の復讐の為だけに生きてきた」
頭目は顔を歪め、血まみれの手で地面を掴んだ。
「あ…あの時の小僧か……あんなショボい報酬でこっちは命をかけたんだ!あれぐらいは当然だ!!」
彼の声は震えてはいたが悪びれる様子は無かった。
しかし、その目には動揺が広がっていた。
記憶の底に沈んでいた過去が、ゆっくりと浮上してくる。
闇人の魔術師は一歩近づき、杖の先を頭目の喉元に突きつけた。
黒い鎖が再び蠢き、頭目の体を絡め取ろうとする。
「あの後…妹はある商人の家で性奴隷として玩具の様に扱われていた……お前たちの手で、壊されていたんだ!!」
頭目の顔が闇人の魔術師の憎しみを目の当たりにして顔が青ざめる。
「それでも妹はまだマシだった。他の仲間達は娼館に売り飛ばされて心が壊れて自ら命を絶った者、奴隷にされた上に四肢を切断され見世物にされた者もいた、助けに来たはずの冒険者たちに売られて地獄を見て来た、奴等の、その笑い声、血の臭い、叫び声……俺は忘れない」
頭目は鎖に締め上げられ、息を詰まらせながらも、必死に言い訳を絞り出した。
「そ、そんな売られた後の事なんて、俺には関係ねぇ!!」
闇人の魔術師が、低く唸るように言った。両手の指先から漆黒の魔力が渦を巻き、鎖をさらに締め上げる。
「お前だけはこの手で殺してやる」
鎖が頭目の骨に食い込み、軋む音がした。頭目は苦悶の表情を浮かべながらも、なお悪態をつこうとしたその時だった。
ドゴォォン!
地面が爆ぜ、巨大な赤い影が周囲を覆った。
それは人の形を模した、しかしあまりにも異様な巨体だった。
全身がルビーのような深紅の装甲で覆われ、胸部には禍々しい輝きを放つ核が脈打っている。
ゴーレム? 否、それ以上の何かだろう。
ゴーレムの肩に、一人のフードを深く被った男が立っていた。
突然の衝撃に竜騎士たちは吹き飛ばされ、木々へ叩きつけられた。
女武闘家も女性を抱えたまま後退し、魔術師も歯を食いしばって起きあがろうとしている。
フードの男はゆっくりとゴーレムから飛び降り、頭目の前に立った。
「奴らに一泡吹かせたいなら……こいつを使うか?」
闇の鎖から解放された頭目は怪訝そうに顔を歪めた。
「お、お前誰だ? なんだこれは?」
フードの男は静かに笑った。声に感情はほとんど感じられない。
「私は緑の月の管理者、これはルビーウェポンという名だ。本来はお前のような下郎が動かせるものではない。だが……脳波で操れるよう、調整してある」
男は片手を差し出し、もう片方の手に赤黒い光を宿したヘルメットを持っている。
「どうする? 奴らに殺されるか、この力を受け入れるか。選べ」
頭目は一瞬、目を細めた。
(胡散臭ぇ……この男も、この化け物みたいなゴーレムも、全部気持ち悪い。関わりたくねぇ……)
だが、先程まで首に食い込まれていた鎖の痛みと、ここまでしつこく追いかけ来た竜騎士達の執念が、彼に選択の余地をほとんど与えなかった。
「……ああ! 乗ってやる! それで奴らに勝てるんだよな!」
フードの男は小さく頷き、頭目にヘルメットを差し出した。
「これをかぶれ。あとはお前の思うままに動かせばいい」
頭目はヘルメットを被った。冷たい金属が額に触れ、瞬間、頭の中に赤い脈動が流れ込んできた。
フードの男に導かれ、ルビーウェポンの胸部ハッチが開く。頭目はよろめきながら内部に滑り込み、ハッチが閉じた。
「……動け」
頭目が心の中で強く念じると
ゴォォン……!
巨大な赤い巨体が、重々しく立ち上がった。
本来なら複雑なレバーとペダル、魔導式の制御盤を必要とするはずの機体が、頭目の思考だけで滑らかに反応している。信じられない感覚だった。
その頃、地面に這いつくばっていた闇人の魔術師が、ゆっくりと顔を上げた。フードの男を睨みつけ、声を震わせた。
「貴様……緑の月の管理者か……!」
魔術師が両手を広げ、黒い鎖の奔流を放つ。だがフードの男は軽く身を翻し、それを難なくかわした。
次の瞬間
ドンッ!
ルビーウェポンの巨大な足が、フードの男を容赦なく踏み潰した。
血と肉が飛び散り、赤黒い染みが地面に広がる。
頭目はコックピットの中で狂ったように笑った。
「こんな力手に入れたら、お前なんかもう用済みなんだよ!俺を利用するつもりだろうが、そうはいかねぇ!!」
ルビーウェポンの両目が、禍々しい紅に輝いた。
立ち昇る蒸気と、金属の軋む音の中、赤い巨人はゆっくりと竜騎士たちの方へ向き直した。
ルビーウェポンの両手の指先から、ギギギ……と金属の軋む音を立てながら、長い黒い爪が伸びていく。
まるで生き物のようにしなる爪はフレキシブルクローと呼ばれる切断兵器だった。一本一本が鋼鉄をも切り裂くほどに研ぎ澄まされている。
「はははっ! すげぇな!これ!!」
コックピットの中で頭目が狂喜の声を上げた。脳波で繋がった感覚が、まるで自分の手が伸びたかのように鮮明に伝わってくる。
ルビーウェポンが右腕を大きく振りかぶる。
フレキシブルクローが竜騎士たちに向かって振り下ろされる。空気を切り裂く音が連続して響き、近くの木々が一瞬で斜めに斬り裂かれ、倒れていく。
竜騎士が地面を蹴り、咄嗟に後方へ跳躍した。
重い鎧を纏っていながらも、その動きは驚くほど軽やかだ。
クローの先端がわずかに鎧の肩当てを掠め、火花を散らしたが、致命傷には至らない。
「ここは散開するんだ!距離を取れ!」
竜騎士が叫びながら跳び退き、再びフレキシブルクローが空を切る。
だが爪の軌道は止まらない。周囲の巨木が次々と薙ぎ倒され、枝葉が爆ぜるような音を立てて森が崩れていく。
木々が倒れる轟音が、まるで雷鳴のように連続した。
コックピットの中、頭目は目を血走らせて哄笑した。
「コイツは凄いぜ! これさえあれば国ぐらい簡単に滅ぼせるぜ!」
彼は歯を剥き出しにして叫んだ。
「まずはお前らから血祭りにあげてやる!!」
ルビーウェポンが今度は体勢を変え、闇人の魔術師の方へ向き直った。
ルビーウェポンの背部から高温の噴射炎が噴き出す。
ドォォォン!
巨体が爆音とともに突進を開始した。
地面を抉り、倒木を蹴散らしながら、赤い弾丸のように闇人の魔術師へ迫る。
魔術師は目を大きく見開いた。
「――っ!」
回避が間に合わない。ルビーウェポンの巨体が魔術師の身体に体当たりするが、彼は咄嗟の判断で鎖を伸ばして木に巻きつけた後に鎖を伸縮させ回避するが、風圧が黒いローブを翻しながら数十メートル吹き飛ばされた。木々に激突し、幹が折れる音が響く。
しかし闇人の魔術師は、空中で咄嗟に両手を交差させた。
漆黒の鎖が無数に展開し、魔術師の身体を包み込むように緩衝材となった。
衝撃の大部分を鎖の網が吸収し、彼は地面に叩きつけられながらも致命傷を免れた。
ローブの端が裂け、口の端から血が一筋滴る。
魔術師はゆっくりと立ち上がり、息を荒げながらルビーウェポンを睨みつけた。
「……化け物めっ!」
一方、女武闘家は倒木の陰に女性を隠したまま、拳を握りしめてルビーウェポンを睨んでいた。
森はすでに、戦いの爪痕でめちゃくちゃに荒れ始めていた。
ルビーウェポンが激しく光り始めた。
「くらえぇぇっ!」
頭目の叫びとともに、巨体の全身から青白い光が広がり、ルビーウェポから放たれた光の奔流が、辺り一体に襲いかかった。
女武闘家、竜騎士、闇人の魔術師の三人を狙う。
女武闘家は女性の前に立ち自らを盾とした。
更にその前に竜騎士が前に現れて
「僕の後ろに!!」
青白く輝く長槍をゲイボルグ・アルテマを正面に向ける。
槍の穂先が眩い光を放ち、ルビーウェポンから放たれた光を真正面から受け止めた。
光同士が激突し、爆音とともに火花が散る。槍を持つ騎士の鎧がビリビリと震え、地面に膝をつきながらも、決して後退しない。
同時に、闇人の魔術師も両手を広げた。
漆黒の鎖が無数に絡み合い、厚い魔力の障壁を展開する。
鎖が激しく軋みながらも、光を飲み込んで消滅させた。
三人への攻撃は、完全に防がれた。
コックピットの中で頭目は目を剥いた。
「これが……魔導アルテマか……! 初めて使うのに、分かっているとは凄いぜ!!」
彼は興奮と苛立ちが入り混じった声で叫んだ。
しかし、煙が晴れた先には女武闘家が女性を抱いたまま膝をつきながらも、瞳に闘志を宿して立ち上がりかけている。
竜騎士もゲイボルグ・アルテマを地面に突き立て、ゆっくりと体勢を立て直し、闇人の魔術師は鎖の残骸を払い落とし、血の混じった息を吐きながらも、決して倒れていない。
まだ全員が健在だった。
頭目はコックピットの内で歯を食いしばり、拳を強く握り締めた。
「くそっ! しぶといぜ……!」
ルビーウェポンの赤い核が、再び禍々しく脈打つ。
「しかし……何処まで耐えられるかな?」
女武闘家は女性を背後に庇いながら、息を整え、すぐ傍に立つ竜騎士に鋭く問いかけた。
「あのゴーレム……あれも貴方の世界の物なの?」
竜騎士はゲイボルグ・アルテマを構えたまま、短く頷いた。声は落ち着いている。
「そう、ガレマール帝国が対蛮神用に開発した機体さ。蛮神を取り込む事によってパワーアップするが……この世界には、基本的には蛮神はいないから、性能は僕が戦った物と大差無いはずだ」
その言葉を聞いた瞬間、女武闘家の瞳に闘志が宿った。
竜騎士は即座に動いた。高く跳び上がり、森の木々を越えるほどの跳躍力で急降下する。青白い槍が光の軌跡を描き、ルビーウェポンの左腕の装甲に真正面から突き刺さった。
ガァァンッ!
金属の悲鳴が響き、赤い装甲が大きく剥がれ落ち、火花と破片が飛び散る。ルビーウェポンの左腕に深い亀裂が入り、内部の機構が露わになった。
女武闘家は力強く叫んだ。
「確かに強いけど……私達でも倒せるって事ね!」
彼女の左腕に嵌められた手甲のスファライ・アルテマが、青白い光を強く放ち始めた。同じく対蛮神兵器だった、アルテマウェポンの力を宿す武器だ。
女武闘家は女性の方を振り返り、短く、しかし強く言い放った。
「貴女は安全な場所で隠れていて!」
女性が頷くのを確認すると、女武闘家は地面を蹴った。ルビーウェポンの死角である真下へと滑り込み、身を低くして渾身の力を込めた一撃を放つ。
「はぁぁっ!」
スファライ・アルテマの青白い輝きが集中し、拳がルビーウェポンの右足首の関節部に叩き込まれた。ドンッ!という重い打撃音とともに、赤い装甲にヒビが入り、表面に明確な傷跡が刻まれる。
女武闘家は後ろに跳び退きながら、息を弾ませて笑った。
「傷がついた!これならっ!!」
その隙を逃さず、闇人の魔術師が動いた。両手を前方に突き出し、漆黒の鎖を放つ。
鎖の先端が細く尖り、ルビーウェポンの右腕の関節部にあるわずかな隙間へ、蛇のように滑り込んだ。鎖が内部の魔導回路に食い込み、強引にショートさせる。
バチバチッ! スパークが激しく飛び、右腕の関節が硬直した。ルビーウェポンの右腕が不自然に曲がらなくなり、フレキシブルクローが半ば展開されたまま固まってしまう。
コックピットの中で頭目は顔を歪めた。
「な、なんだこの……! くそっ、動け! 動けよ!」
ルビーウェポンが右腕を振り回そうとするが、関節がロックされたように反応しない。左腕の損傷、右足の傷、そして右腕の硬直、三つのダメージが、巨体に確かな隙を生み出していた。
女武闘家は構え直し、竜騎士と闇人の魔術師の間に並んで立った。三人の視線が、赤い巨人に集中する。
ルビーウェポンの優位は、確実に揺らぎ始めていた。
コックピットの中、頭目の額に冷たい汗が流れ落ちる。
(……マズい)
元々慎重な男だった。
どんな状況でも一歩引いてリスクを測る、それが彼の生き残りの術だった。
しかし今、その本能が全力で警鐘を鳴らしている。
これほどの力があれば……王都の騎士団だろうが、ドラゴンだろうが、相手にならないはずだ。
なのに、なぜ……たかが三人の冒険者に、こうも追い詰められている?
「くっ……!」
頭目は歯を食いしばり、脳波でルビーウェポンを操作した。
「そうだ……飛べ! 飛んで逃げれば、もう追いつけまい!」
背部の噴射口が一斉に火を噴き、巨体がゆっくりと浮き上がろうとしたその瞬間だった。
「させない!」
竜騎士が再び高く跳躍し、青白く輝くゲイボルグ・アルテマを振り下ろした。
槍の穂先が噴射口の中心を正確に貫き、魔導回路ごと破壊する。
爆音とともに噴射炎が暴走し、ルビーウェポンはバランスを崩して地面に叩きつけられた。巨体が土を抉り、木々が折れ曲がる。
「ぐあっ……!」
頭目はコックピット内で激しく揺さぶられ、頭を強打した。
次の瞬間、ドンッ!という重い打撃音が響いた。
女武闘家のスファライ・アルテマの青白い輝きを宿した一撃が、ルビーウェポンの胸部ハッチに叩き込まれた。
金属が大きく歪み、外側の装甲がへこむ。
頭目は目を見開いた。
「は、早く立ち上がれ! 動け! 頼む……動いてくれ!」
必死に念じるが、ルビーウェポンの反応は鈍い。
右腕はすでに硬直し、左腕の損傷も深刻。
噴射口は破壊され、胸部の核の輝きすら消えようとしている。
外では、竜騎士が次々と関節部を狙って槍を突き刺し、
闇人の魔術師が隙間から闇の鎖を蛇のように滑り込ませ、内部の魔導回路を内側から引き裂き始めていた。
コックピット内のモニターが次々と消えていく。
暗闇が迫る。
頭目は息が荒くなった。汗が目に染みる。
「う……うわああっ!」
ハッチが外側から激しく歪み、金属が軋む音がコックピット内に響き渡る。
もうすぐ開けられる。
内部からの破壊音も近づいてくる。パネルは火花を散らし、すべてが闇に包まれようとしていた。
頭目は腰に差した大剣の柄を、震える手で強く握りしめた。
(俺は……あと少しで自由になれるんだ……! 好きなだけ金を使い、女を抱き、誰にも指図されずに生きられる……! こんな所で……死ねるかッ!!)
暗闇の中で、彼の瞳だけが、狂気と執念にぎらぎらと輝いていた。
ハッチの歪みが、さらに大きくなる。
外から、三人の足音と魔力の気配が、確実に近づいていた。
ガガガッ……!
竜騎士がゲイボルグ・アルテマの穂先をハッチの隙間にねじ込み、力任せにこじ開けた。
歪んだ装甲が悲鳴を上げながら外側へ弾け、暗闇に閉ざされていたコックピットに朝の光が一気に差し込んだ。
「うわあああっ!」
頭目は目を眩ませながら、大剣を両手で握りしめ、狂ったように振り回した。
刃がコックピットの壁に当たって火花を散らし、狭い空間に金属の衝突音が飛び交う。
「く、くるなっ!! 俺は悪くねぇ!! 俺は……!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に剣を振り回す姿は、もはや盗賊団の頭目としての威厳の欠片もなかった。
竜騎士は静かに一歩踏み込み、青白く輝く槍を軽く振るった。
ガキィン!
大剣が吹き飛ばされ、頭目の手から離れてコックピットの奥に突き刺さった。
頭目は両手を空にして後ずさり、背中を壁に打ちつけた。
「ひっ……!」
彼の瞳は完全に涙で濡れ、唇が震えていた。
「ほ、本当にすまなかった……! ど、どうか命だけは助けてくれよ……! もう何もしない! 金も全部やる! 女も……何でもするから……! 頼む……殺さないでくれ……!」
声は哀れなほど裏返り、鼻をすすり上げる音が混じっていた。
竜騎士は無言で槍を納め、女武闘家もスファライ・アルテマを収めて構えを解いた。
竜騎士はゆっくりと振り返り、闇人の魔術師の肩に手を置いた。声は静かで、しかし重かった。
「……僕達は先に女性の手当てをする。あとは、君に任せた」
闇人の魔術師はフードの下で静かに頷いた。赤い瞳だけが、冷たく、深く輝いている。
二人はもう動かなくなったルビーウェポンの巨体から離れ、倒れている女性のもとへ歩いていった。足音が遠ざかり、森に静けさが戻る。
残されたのは、闇人の魔術師と、床にへたり込んだ頭目だけ。
魔術師はゆっくりとコックピットの中に入り、頭目のすぐ前に立った。黒い鎖が彼の周囲をゆっくりと蠢いている。
頭目は這うように後ずさり、声を震わせた。
「お、おい……待て……待ってくれ……本当に悪かった……許してくれ……」
闇人の魔術師は低く、しかしはっきりと答えた。
「許す?」
彼は片手をゆっくりと上げた。
「お前達が妹達にした事を覚えているか?」
鎖が一瞬、激しく波打った。
頭目の顔が、絶望に歪んだ。
森の木々の間を、冷たい風が吹き抜けた。
ルビーウェポンの赤い巨体は、もう二度と動くことはなかった。
朝の柔らかな光が、荒れ果てた森に差し込んでいた。
竜騎士と女武闘家が女性の手当てを終え、彼女を落ち着かせた頃、二人は緑の月の管理者が倒された場所へと戻ってきた。
そこには、ただ肉片と血溜まりが残るばかりだった。
ぐちゃぐちゃに潰された人間の形をした跡が広がり、黒いローブの破片と血が混じり合っている。緑の月の管理者の姿は、もはや原型を留めていなかった。
女武闘家は思わず目を背け、唇を強く結んだ。
幾度となく死を見てきた彼女でも、この残酷な光景は胸が悪くなった。
竜騎士は静かに息を吐き、呟いた。
「……緑の月の管理者か。僕と同じ姿をしていたらしいが……これでは判別は無理だな」
その言葉が終わらないうちに、木々の間から黒いローブの影がゆっくりと近づいてきた。
闇人の魔術師だった。
フードの下の赤い瞳は、静かに燃え尽きたような色をしていた。身体にはわずかに血が付着している。
竜騎士は彼を見て、静かに尋ねた。
「終わったのか?」
闇人の魔術師は短く頷き、低い声で答えた。
「ああ……終わった。これで少しは、妹や死んでいった者達に顔向け出来る」
言葉は淡々としていたが、その奥には長年抱え続けた重い感情の残滓が感じられた。
竜騎士はただ一言だけ返した。
「……そうか」
女武闘家は魔術師の顔をまっすぐに見つめ、優しく、しかしはっきりと言った。
「妹さんの所へ帰りましょう」
闇人の魔術師はわずかに目を細め、静かに頷いた。三人の間に、短い沈黙が落ちる。
そのとき少し離れた高台の上、木々の影に隠れるようにして、一人のフードを深く被った男が立っていた。
男は三人を静かに見下ろしながら、口元を歪めてほくそ笑んだ。
「ふふ……面白い」
低い、愉しげな声が風に溶ける。
「ルビーウェポンも倒すとは……すべて予定通りだ、しかしオーバーソウルモードを外しているとはいえ、たった三人でここまでやるとは、予想以上だ!それもまた、良いデータだ」
男はフードの奥で目を細め、ゆっくりと手を上げた。
「次は……もう少し大きな舞台で試してみるか」
フードの男は静かに笑い、三人の姿が森の奥へ消えていくのを見届けた。
やがて、彼の姿も朝霧の中に溶けるように消えていった。
残されたのは、血の跡と、静かに揺れる木々の音だけだった。