頭目を倒し闇人の魔術師の復讐を果たした三人は近くにある水の街へ向かった。
辺境の村や森の集落とは比べ物にならないほどの賑わいだった。
石畳の広い通りには商人や旅人、荷車が絶え間なく行き交い、活気に満ちていた。
闇人の魔術師はフードを深く被ったまま、キョロキョロと見回していた。赤い瞳が珍しいものを見るように何度も動く。
女武闘家はそんな彼を見て、くすりと小さく笑った。
「私も初めて来た時は人が多くてびっくりしたよ!」
闇人の魔術師は少し照れくさそうにフードを直しながら、低く答えた。
「……こんなに人の多い場所は、初めてだ。森の集落跡と、辺境の街くらいしか知らない。……騒がしいな」
竜騎士は軽く頷きながら、前を向いたまま言った。
「水の街は湖の交易で栄えているから、辺境の街とは規模が違うんだ。慣れるまでは少し疲れるかもしれないが、悪い街ではないよ」
三人は街の中心部へと向かった。
やがて神殿が見えてきた。太陽の光を浴びて神々しく映えている。
竜騎士は神殿に向いながら
「久々に剣の乙女様に挨拶に向かおう。あの人はここにいるはずだ」
女武闘家も馬を降りながら頷いた。
「ええ。報告も兼ねてね。あの赤い巨人のことも……少し話しておいた方がいいわ」
闇人の魔術師は神殿の荘厳な佇まいをじっと見上げ、静かに息を吐いた。
フードの下で、彼の表情は少しだけ緩んでいた。長い復讐の旅がひとまず終わり、妹の待つ場所へ帰る道が開けた安堵が、わずかに胸をよぎっていた。
三人は神殿の入り口の大きな扉に向かって歩き始めた。
神殿内の広い回廊を、三人は静かに奥へと進んでいた。
白い大理石の床に足音が小さく反響し、天井の高いステンドグラスから色鮮やかな光が差し込んでいる。空気は清浄で、かすかに香の匂いが漂っていた。
女武闘家は歩きながら、ふと隣の竜騎士に顔を向けた。
「そういえば、あの赤いゴーレム……ルビーウェポンだっけ? 私のこの武器もアルテマウェポンだっけ? 何か関係あるの?」
彼女は左手に嵌めた手甲、スファライ・アルテマを軽く掲げて見せた。
竜騎士は兜の奥で小さく頷き、穏やかな声で答えた。
「ああ、両方とも僕の世界で太古に栄えていた『アラグ帝国』という国が、対蛮神用に作った兵器だ。それを発掘して利用していたのが、ガレマール帝国という……僕達と敵対していた国さ」
彼は腰に下げていたゲイボルグ・アルテマを軽く手に取り、青白い輝きを宿した槍身をわずかに傾けた。
「僕達の武器には、その膨大なエネルギーが封じ込められているのさ。アルテマウェポンいや…究極魔法アルテマの力を封じ、時にはその力を借りて戦う武器さ…」
少し後ろを歩いていた闇人の魔術師が、低い声で相槌を打った。
「確かにお前達と敵対していた時に、魔神王復活の儀式でその武器の魔力を使った、本来なら魔力を込められている希少な武器でも魔力が枯渇して力を失ってしまう筈だが、その武器は輝きを失わなかった」
女武闘家は自分の手甲をそっと撫でながら、感心したように息を吐いた。
「なんだか凄い武器ね……」
彼女は指先で手甲の表面をなぞった。冷たい金属の感触の中に、微かな青白い光が脈打っているのが分かる。
ゴブリンや様々な相手に何度も命を救ってくれたこの武器が、そんな遠い異世界の凄い物だと思うと、妙な感慨が胸に広がった。
「私、あなたとお揃いが良くて特に何も考えずに使っていたわ……」
三人はそのまま神殿の奥深く、剣の乙女が待つ祭壇まで向かった。
回廊の先に、静かに輝く大きな扉が見え始めていた。
扉をゆっくりと押し開けると、神殿の最奥にある祈祷室の柔らかな光が三人を迎えた。
そこに、純白の神官衣を纏った美しい女性が静かに立っていた。
彼女が至高神の大司教を務める「剣の乙女」であることは一目で分かった。金色の長い髪と特徴的な黒の目隠し、表情は穏やかでありながら芯の強さを感じた。
竜騎士と女武闘家は一礼し、慣れた様子で挨拶した。
女武闘家が「剣の乙女様、お久しぶりです」と言うと、続いて竜騎士が「ご無沙汰しております」と挨拶をした。
剣の乙女は柔らかな微笑を浮かべて二人を迎え、視線を少し後ろに立つ黒いローブの人物へと移した。
「この方は?」
竜騎士は落ち着いた声で紹介した。
「盗賊退治で協力してくれた魔術師です。彼はまだ冒険者登録をしていなかったので白磁ですが……腕はかなりの物ですよ」
剣の乙女は優雅に首を傾げ、興味深そうに闇人の魔術師を見た。
「まぁ、それは素晴らしいですわ」
闇人の魔術師はフードを少しだけ下げ、赤い瞳で剣の乙女をまっすぐに見つめた。
一瞬、部屋の空気がわずかに張りつめた。彼は静かに魔力を探るように彼女の気配を測っていた。
(……流石は英雄の一人だけはある。ただならない気配だ……)
女武闘家はそんな二人の間に気づき、明るく声をかけた。
「剣の乙女様って凄いでしょ!」
その屈託のない言葉に、部屋の緊張がふっとほぐれた。
闇人の魔術師は小さく肩をすくめ、わずかに口元を緩めた。
「……試すような真似をして申し訳なかった。流石は英雄の一人だけのことはある」
剣の乙女も穏やかに微笑み、優しく答えた。
「貴方もかなりの手練だということが、分かりましたわ、闇の力をここまで洗練させて操る方は、なかなかお見かけしません」
二人の間に、互いを認め合う静かな信頼の空気が流れ始めた。
剣の乙女は三人を客室へと誘いながら、柔らかな声で言った。
「さぁ、まずはお座りになって。長い旅の疲れもあるでしょうし……詳しいお話をお聞かせください」
三人は頷き、剣の乙女の前に腰を下ろした。
客室の柔らかなランプの光が、椅子に座る四人の顔を優しく照らしていた。
竜騎士は落ち着いた口調でこれまでの出来事を語り始めた。
盗賊団のこと、ルビーウェポンの出現、そして緑の月の管理者を名乗る謎の男のことまで、詳細に報告した。
剣の乙女は静かに聞き終えると、細い眉をわずかに寄せた。
「そうですか……以前の罪喰い、トールダンⅦ世率いる蒼天騎士団に続いて、貴方の世界の脅威がこちらの世界にもやって来ているのですね……」
竜騎士は真剣な表情で頷いた。
「そうですね。僕みたいに転移したわけではなく、一度倒したはずの相手が復活しているのも気になります」
剣の乙女は指先でテーブルの縁を軽く撫でながら、静かに続けた。
「そうですね……何故貴方の世界、しかも貴方が倒したはずの敵だけが復活しているのかも気になります。でも、緑の月の管理者を名乗る者は亡くなったのですよね?」
竜騎士は少し考えながら
「確かに……しかし、奴が死んで終わりとは思えないんです」
竜騎士の声には、はっきりとした警戒が込められていた。
剣の乙女は小さく息を吐き、視線を三人に向けた。
「そうですね……ひょっとしたら、これからお話しする事は貴方の世界に関係があるのか分かりませんが、森人の里の近くの森に妖精が現れたのです」
女武闘家が目を丸くして身を乗り出した。
「妖精……? おとぎ話なんかに出てくる、あの妖精ですか?」
剣の乙女は女武闘家に対して「ええ。蝶のような羽根が生えているそうです。ただ、彼女の魔力は強力で……とても厄介なのです」
竜騎士はすぐに察した。
「つまり、僕たちに調査に行って欲しいと……?」
剣の乙女は申し訳なさそうに微笑みながら頷いた。
「えぇ。依頼が終わった直後で申し訳ないのですが……」
竜騎士は迷うことなく答えた。
「では、僕と彼女で行きましょう」
その言葉を聞いた瞬間、闇人の魔術師が低く、しかしはっきりと言った。
「俺も行くぞ!」
女武闘家は驚いて彼の方を振り向いた。
「でも、貴方は妹さんが待っているし……無理して付き合わなくても……」
闇人の魔術師はフードの下で小さく首を振り、赤い瞳を細めた。
「仕方がないな…俺みたいな魔術師は必要だろ? まぁ、この三人ならさっさと片付けられるさ」
部屋に短い沈黙が落ちた。
竜騎士は静かに微笑み、闇人の魔術師に向かって頭を軽く下げた。
「ありがとう」
剣の乙女は三人の様子を見て、穏やかに頷いた。
「それでは、森人の里の近くの森まで、よろしくお願いしますわ。妖精の出現場所は、里から北東の深い森の中です。何か分かれば、すぐにご連絡ください」
三人は同時に頷き、翌朝 新たな冒険に旅立つのであった。
時同じく、森人の里の近くの深い森の奥、木漏れ日がまばらに差し込む薄暗い場所で、悲鳴と荒い息遣いが響いていた。
森人の一行が、ゴブリンたちに囲まれていた。
手足を縄で縛られ、地面に押し倒された森人の股の間に、尖った木の杭が容赦なく突きつけられている。ゴブリンたちは下品な笑い声を上げ、杭をゆっくりと押し込もうとしていた。
「やめて……! お願い……!」
森人の女性の泣き叫ぶ声が、森の静けさを切り裂いた。
その瞬間、ふわり、と風が舞った。
木々の間から、蝶のような虹色の羽根を生やした小さな妖精が、軽やかに現れた。
銀色の髪をなびかせ、幼い少女のような姿をした妖精は、にこにこした笑顔で手を振った。
「ゴブリンさんたち! 私と遊びましょうよ~!」
明るく無邪気な声が響く。
ゴブリンたちは一斉に動きを止め、珍しい獲物に目を輝かせた。
ニヤリと牙を剥き出し、武器を握り直して妖精の方へと殺到しようとしたその刹那――
ドゴォォン!
地面から突如として巨大な木の魔物が姿を現し、太い枝のような腕を振り下ろした。
先頭のゴブリンたちは一瞬でグシャリと潰され、肉と骨が飛び散った。
妖精は笑顔で「ゴブリンさん、潰れてぺっちゃんこ、赤いお花の出来上がり!」とケラケラ笑っている。
他のゴブリンたちが慌てて飛びかかろうとした瞬間、今度は足元が突然崩れた。
地面に大きな穴がぽっかりと開き、残りのゴブリンたちが悲鳴を上げながら一斉に落下する。
次の瞬間、穴はまるで最初から存在しなかったかのように綺麗に塞がっていた。
妖精は空中でくるりと回りながら、楽しげに笑った。
「アハハ! おもしろーい!」
その後も、森の中では妖精の「遊び」が続いた。
木々が勝手に動き出してゴブリンを絡め取ったり、地面が突然沼になって沈めたり、空から巨大な蜂の群れが降ってきたり……。
ゴブリンたちの悲鳴と断末魔が、森の奥深くに木霊した。
やがて、遊びが終わった頃には、ゴブリンたちの姿は完全に消えていた。
助かった森人の一行は、縄を解かれながら震える声で妖精に頭を下げた。
「ありがとう……本当にありがとう……あなたのおかげで……」
妖精は無邪気に笑って手を振っただけだった。
そのとき、少し離れた茂みから、一人の若い女の森人が息を切らして現れた。
彼女は一行の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「姉さん達……無事だったのね……!」
しかし、次の瞬間、そこにいたはずの森人たちが、突然、奇妙な人の形をした草に変わっていた。
緑の葉でできた、まるで人間の形を模した草人たちが、静かにその場に立っている。
女の森人は目を疑い、立ちすくんだ。
「……え?」
近くの木の陰から、妖精がケラケラと楽しげに笑いながら姿を現した。
「草人になれば、ゴブリンさんに襲われずに安心だよ~」
妖精は独り言のように呟きながら、悪戯っぽく舌を出した。
女の森人は状況が全く理解できず、困惑と恐怖で後ずさった。
「貴女……一体何を……」
彼女が言いかけた瞬間、妖精が可愛らしく手にしている杖を振りかざす。
ふわり、と光の粒子が舞い上がる。
次の瞬間、女の森人もまた、奇妙な形をした緑の草人へと姿を変えられていた。
妖精は満足そうに両手を叩き、虹色の羽根をはためかせながら笑った。
「ふふっ、これでみんなお友達だね!」
森は再び静かになった。
ただ、人の形をした不気味な草たちが、風にそよそよと揺れているだけだった。
水の街を背に、竜騎士一行はゆるやかな坂道を登りながら、時折言葉を交わしていた。
風が草の香りを運んでくる。空は高く澄み、遠くに見える山並みが淡い霧に包まれていた。
闇人の魔術師が、黒いローブの袖を軽く払いながら、ぼそりと呟いた。
「その……妖精とかいうのが、お前の世界のものなら、奴の仕業か。死してなお、やっかい事を起こすな」
声には半分呆れと、半分苛立ちが混じっていた。
隣を歩く女武闘家が、黒い髪を風に揺らしながら首を傾げた。
「あの緑の月の管理者に心当たりはないの? でも……フードを被っていたら、分からないかもしれないけど」
竜騎士はしばらく黙って歩いていた。
漆黒の鎧が朝陽を受けて輝く。彼は軽く息を吐き、前置きするように言った。
「……全くないわけではないが」
一行の足音が、少しだけゆっくりになった。皆の視線が自然と彼に集まる。
「アシエン……別名、天使い」
竜騎士の声は低く、どこか遠い記憶を呼び起こす響きを帯びていた。
「僕のいた世界は、太古に十四の世界に分かれてしまっているんだが……分かれる前の世界を、元の一つの世界に戻そうと、歴史の裏で暗躍していた者達だ。彼らは古代人でありながら、世界の法則すら捻じ曲げようとしていた」
女武闘家が、はっとしたように小さく頷いた。
「そういえば、前に言っていたわね」
竜騎士は静かに続けた。視線は前方、遥か彼方の地平線に向けられている。
「ただ……この世界は、僕のいた世界とも、他の十三の世界とも、根本的に色々違うんだ。だから尚更、奴のやろうとしている事が分からない。目的も、手口も、まるで読めない」
彼はそこで一度言葉を切り、苦笑を浮かべた。
「それに、奴がアシエンじゃない可能性もある……結局は、奴がルビーウェポンに潰されてしまった今、確認のしようがないけどね」
女武闘家は軽く伸びをしながら、ふと竜騎士に尋ねた。
「話は変わるけど、ところで、その妖精って何か思い当たる事あるの?」
竜騎士は少し前を向いたまま、静かに答えた。
「僕が第一世界で冒険していた時に、ピクシー族という種族がいた、その女王がティターニアという名前だ。ただ……」
女武闘家は馬の速度を少し落とし、眉を寄せた。
「ただ……? 何かあるの?」
竜騎士はわずかに息を吐き、言葉を選ぶように続けた。
「彼女はかつて大罪喰いと戦い、勝った。しかし……自身も大罪喰いの影響を受けて、罪喰い化してしまっていたんだ。僕達が会った時には、城に閉じ込められて外に出られないようにされていた」
彼の声は低く、重かった。
「今までの敵を考えれば、恐らく今回現れている妖精も、罪喰い化している状態だろうな」
女武闘家は手綱を握る手に力を込め、思い出したように呟いた。
「人や動物を白い魔物にしてしまう……あれね」
彼女はスファライ・アルテマを嵌めた左手を軽く握りしめた。
「あの力は本当に厄介だったわ。人が白い化け物に変わってしまうなんて……もしあの妖精が同じような状態なら、森人の里が危ないわね」
少し後ろを馬でついてきていた闇人の魔術師が、フードの下から低い声で言った。
「……罪喰いか。聞いたことのない言葉だが、相当危険な代物らしいな。俺の闇の鎖でどこまで通用するかは分からんが……面白くなってきた」
三人の間に、短い緊張した沈黙が落ちた。
竜騎士は前方を睨むように見据えながら、静かに締めくくった。
「とにかく、森に着いたら慎重に動こう。他にも既に罪喰い化している動物や魔物がいるかも知れない…」
夕方近くになり、暫く馬を走らせていると、森の入り口近くにある小さな村に到着した。
村は木の柵で囲まれ、門の両側には粗末な櫓が設けられていた。
門番の男たちは槍を握ったままピリピリとした様子で三人を値踏みするように見つめ、すぐに村長らしき年配の男性を呼んできた。
村長は薄汚れた上着を着て、疲れた顔で近づいてきた。
白髪交じりの髪を後ろでまとめ、目には明らかな不安の色が浮かんでいる。
「あなたたちは……ひょっとして冒険者の方々では?」
竜騎士は馬から降り穏やかに答えた。
「ええ。この先の森の調査のために立ち寄りました。大司教様から依頼を受けた者です」
村長の表情がわずかに明るくなったが、すぐにまた曇った。
「森に向かうのであれば……一つ、頼みたい事があるのですが」
彼は周囲を気にするように声を落とし、続けた。
「最近、この辺りのゴブリンが昼間でも堂々と活動するようになりましてね……村人たちが不安がって仕方ないんです。夜だけでなく、日が明るいうちから森の近くで姿を見かけるんですよ」
村長は苦々しげに息を吐いた。
「うちは小さな村ですから、警戒はしていますが……限界があります。もしよろしければ、ついでで構いませんので、ゴブリンやその巣を見つけたら、対処していただけないでしょうか?」
竜騎士は迷わず頷いた。
「分かりました。受けましょう」
女武闘家も馬から降りながら、力強く言った。
「大丈夫ですよ、安心してください」
闇人の魔術師はフードの下から低く付け加えた。
「……ついでに片付けてやるさ」
村長は深々と頭を下げ、皺だらけの顔に安堵の色を浮かべた。
「ありがとうございます……本当に助かります。森の方へ向かう道は、この村の北の道をまっすぐです」
村長は三人を案内しながら、空を見上げて話しかける。
「もうそろそろ夜になりますし、旅の疲れもあるでしょうから……今夜はこの村に泊まって行ってください。村唯一の宿屋がありますので」
竜騎士はすぐに頷いた。
「分かりました。今夜は宿に泊まり、明日出発します」
村唯一の宿屋は粗末ながら清潔で、三人はそれぞれ部屋を取って一夜を過ごした。
次の日の朝。
外が何やら騒がしい。
馬のいななき、人の声、武具の金属音が宿の窓の外から聞こえてくる。
三人が急いで宿屋から外へ出ると、村の小さな広場は見知らぬ冒険者たちで溢れ返っていた。
剣を背負った者、杖を持った魔術師、重装の戦士など
まるで小さな祭りのような喧騒だ。
村長が竜騎士に気づくと、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「これは……おはようございます」
竜騎士は兜を被り直しながら、周囲を見回して尋ねた。
「何事ですか?」
村長は苦い顔でため息をついた。
「この先の森で妖精が出るとかで……金持ちの商人が大々的に捕獲依頼を出したみたいなんです、報酬がかなりの金額らしくて、一攫千金を夢見る冒険者たちが昨夜からどんどん集まってきまして……」
広場では冒険者たちが大声で情報を交換し、地図を広げ、武器の手入れをしている。
興奮した笑い声があちこちから上がっていた。
女武闘家は眉を寄せ、竜騎士の方を向いた。
「……これって状況的にはあまり良くない気がするんだけど」
竜騎士は腕を組み、低い声で答えた。
「ああ。もしあの妖精が罪喰い化しているとしたら、被害が増えるかもしれない。それにゴブリンも出没している……」
闇人の魔術師はフードを深く被ったまま、冷ややかに周囲の冒険者たちを眺めていた。
村長は三人に向かって頭を下げた。
「冒険者が来てくれるのは嬉しいのですが……この小さな村では対応しきれなくて…困ったものです…」
竜騎士は静かに頷き、決意を固めた様子で言った。
「とにかく、僕たちは予定通り森に入ります、ご迷惑をおかけしない様にできるだけ早く動きますよ」
女武闘家は拳を軽く握り、短く息を吐いた。
「そうね…急ぎましょう」
村から出て暫く歩くと、森の中へと進んでいた。
朝の陽光が葉の隙間から斑に差し込み、地面は湿った落ち葉と苔で覆われている。
女武闘家はショルダーバッグに手をかけながら、隣を歩く闇人の魔術師に聞いた。
「この森の奥の方には森人の里があるって聞いたけど、どんな場所なの?」
闇人の魔術師はフードを少し深く被り直し、低い声で答えた。
「……俺はあの小さな集落で生まれ育ったが、里には行った事はない。もっとも、闇に堕ちて森人から闇人に変わった俺など……行っても受け入れてはくれまい」
言葉の端に、わずかな自嘲が混じっていた。
竜騎士は前を向いたまま、静かに言った。
「今回は妖精の調査が目的だ。森人の里まで行く事もないだろう」
そのとき、森の奥の方から金属のぶつかる音と叫び声が響いてきた。
「戦闘だ!」
三人は即座に身構え、音がする方へと急いだ。
木々を掻き分けて辿り着いた先では、十数体のゴブリンと冒険者たちが交戦していた。
地面にはすでに何体ものゴブリンの死骸が転がり、最後の一体に冒険者の剣が突き刺さると、短い悲鳴が上がって静かになった。
竜騎士たちが近づくと、冒険者たちのリーダーらしき大柄な男が斧を肩に担いだまま振り返った。
「お? アンタ達も妖精の捕獲に来たのかい? 生きて捕獲すれば莫大な報酬が貰えるからな! 何としても生け捕りにしないとな!」
男は興奮した様子で笑った。
竜騎士は落ち着いた声で答えた。
「僕達は水の街の大司教からの調査依頼なんだ。あの妖精はかなりの魔力を持っているらしいから、無理せず危険なら撤退も視野に入れた方がいい」
リーダーは鼻で笑い、胸を張った。
「俺たちは冒険者だぜ! 生命の覚悟くらい出来てるさ!
忠告は有り難く受け取るが、妖精を手に入れるのは俺たちだ!」
彼は仲間に合図を送り、冒険者たちは意気揚々と森の奥へと先へ進んでいった。
冒険者たちの足音が遠ざかると、女武闘家は眉を寄せて竜騎士を見た。
「止めなくていいの?」
竜騎士は静かに首を振った。
「下手に止めようとしても反発されるだけさ。 彼等より先に妖精を見つけ出さないとな」
闇人の魔術師は周囲の木々を見回しながら、低く付け加えた。
「しかし、既にいくつかのパーティは先に森の中に入っているみたいだな……厄介なことになりそうだ」
三人は顔を見合わせ、短く頷いた。
森の奥深くに古びた石造りの小さな神殿の遺跡があった。
先に進んだ冒険者パーティは、その神殿の近くまで来ていた。
リーダーの大柄な男は斧を肩に担いだまま、足元に視線を落とした。
「おい……なんだこれ?」
そこには、奇妙な草が生えていた。
人の形を模したような、緑の茎と葉でできた「草人」が、何体も立ち並んでいる。
「人の形にも見えるが……なんだ? この草は?」
仲間の一人が槍の先で草人を軽く突きながら言った。
「先程ゴブリンがいたし、ゴブリンのトーテムじゃないんですか?」
リーダーは鼻を鳴らした。
「まぁ、どちらでも邪魔なら倒すだけだ」
別の仲間が少し離れた場所を指さして叫んだ。
「リーダー! 神殿の方を見てください! 繭の抜け殻みたいなのがあるけど……なんでしょう?」
神殿の石段の近くに、大きな白っぽい繭の殻がいくつも散らばっていた。
人間が一人入るくらいの大きさで、表面は薄く透け、内部が空っぽになっている。
リーダーは目を細めてそれを見つめ、ゆっくりと言った。
「……妖精って、蝶の羽を生やしていたんだよな? 蝶の繭にしてはデカすぎるが……この近くに妖精がいるかも知れないな」
冒険者たちの間に、興奮と緊張が入り混じった空気が流れた。
一人が剣を抜きながら笑った。
「よし! 近くにいるなら今のうちに囲もうぜ!生け捕りにすりゃ大金だ!」
リーダーは斧を握り直し、仲間に指示を出した。
「散開して探せ! 変な草や繭があったらすぐに報告しろ! 絶対に殺すなよ? 生きて捕まえるんだ!」
冒険者たちは意気揚々と神殿の周囲に広がり始めた。
しかし、彼らは気づいていなかった。
この神殿がゴブリン巣であった事、そして妖精が罪喰い化している事を、ゆっくりと彼らの背後で動き始めていることに。
そして、神殿の奥の暗がりから、罪喰いと化したゴブリン達が蠢いてる事を、そして森の木々に隠れながら、虹色の蝶の羽根をはためかせた小さな影が、無邪気な笑みを浮かべて彼らを見つめていることに。