「……はっ、リンクじゃないか」
「久しぶり、だねぇ……」
背後から聞こえた、聞き慣れたその声。
俺は、それが誰なのかを振り向く前に理解していた。
「うん、久しぶり……テトラ」
視線を彼女へ移し、ぶっきらぼうに言葉を返す。
それにしても……
テトラが、どうしてこんなところにいるのだろう。
気になった俺は、ふと素朴な疑問を口にする。
「珍しいね、こんな島に来るなんて……」
「どうしたの?」
するとテトラは、少し不機嫌そうにそっぽを向き、
掠れた小さな声で答えた。
「……別に、なんだっていいじゃないか。そんなことはさ……」
事情を悟られたくないのか、
彼女は追及を逃れるように足早に言葉を重ねていく。
「ふっ、四ヶ月ぐらいかねぇ……」
「アンタが……あたしを、求めなくなってからさ」
肩をすくめ、自嘲気味にふっと薄い笑みを浮かべるテトラ。
だが、直後に——
彼女の碧い瞳に、じわりと仄暗い影が落ちた。
「連絡の一つも無いなんて……寂しいじゃないか……」
「せめて……ちょっとぐらい……
あたしにだって、構ってくれてもいいじゃないのさ……」
足取り重くゆっくりと近づき、
俺の胸元へ寄り掛かるように、小さな頭を預けてくる。
薄い衣服越しに、
テトラの熱がじんわりと伝わってくる。
その瞬間——不意に、
彼女と貪り合った淫らな日々の記憶が脳裏をよぎった。
欲望のままに彼女の体を食らい、
行き場のない己の劣情をぶつけ続けたあの日々。
テトラは、そのすべてを受け止め、
俺の壊れかけた穴を埋めてくれた。
……満たして、くれたのだ。
その——あまりにも華奢で綺麗な体で。
壊れた俺を救おうと、
必死に満たそうとしてくれていた。
……だが。
そんな彼女を、俺は——
メドリが居なくなり、
失う本当の恐怖を知った途端……
無かったもののように、切り捨てた。
我ながら……本当に、
どうしようもない。
テトラの気持ちなんて何一つ考えなかった。
考えることすら意図的に避けていた。
ただ、メドリとの平穏な幸せを謳歌するために——
『テトラなら大丈夫だ』と、都合よく決めつけて。
……だが、現実は違っていた。
中途半端に弄んだ美しい薔薇には——
すでに引き返せないほど鋭利な毒棘が、潜んでいたのだ。
「ねえ……リンク」
「メドリと……上手く、やれているのかい?」
胸元に顔を埋めたまま、
テトラが掠れた声で尋ねてくる。
俺は、一瞬だけ言葉に詰まり——
やがて、素直に答えた。
「……うん、上手くいってるよ」
俺の言葉を受け、
テトラはしばらく身動き一つしなかった。
「…………」
潮風の音だけが響く、
重く曖昧な時間が流れる。
やがて——諦めたように、
重い息を吐きだし、口を開いた。
「そっかぁ……
それは、よかったよ…………」
「アンタが……リンクが幸せそうなら、
あたしはそれで……」
ゆっくりと俺の胸から身を離し、
寂しげに微笑むテトラ。
ほんの少しだけ吊り上げられた口角が、
行き場を探すように微かに震えている。
……無理をしているのは、一目で分かった。
だけど、俺はもう——
帰らなければいけないのだ。
メドリが待つ、あの暖かな家に。
「テトラ……今まで、本当にありがとう」
「でも、やっぱり……俺は、メドリが大事だ」
「メドリを傷つけて……
テトラにも、悪いことをした」
「自分の罪と向き合うのが、怖かったんだ……」
「だから……連絡もしなかった」
「……ごめん」
隠していた醜い本音を、
そのまま吐露した。
俺が深く小さく頭を下げると——テトラが、
突然、甲高い大きな笑い声をあげた。
「……ふふ、ふふふ……」
「あは……あはははははははは!!!!」
まるで、腹の底から可笑しいものを見たかのように笑い飛ばすテトラに、俺はただ立ち尽くすことしかできない。
彼女の空虚で乾いた笑い声が、
誰もいない小さな島に惨めにも響き渡る。
「ふふ……リンク……あんたはさぁ…………」
「なにか……勘違いをしてるんじゃないかい?」
テトラは、愛おしさと絶望が混ざり合った狂気じみた表情を浮かべ、俺の目をじっと見つめ返す。
「悪いことをした、ってさ……」
「まあ、メドリを裏切って傷つけたのはその通りかもねぇ……」
テトラは頷き、
自虐混じりに少し茶化したように言葉を吐き捨てる。
……だが、直後にその瞳から笑みが完全に消えた。
「でもね……決定的に間違ってることが、一つだけある」
「あたしに……悪いことをしたって、
いったいどういう意味だい?」
「あたしが、一度でも——
アンタとのこの関係を『嫌だ』なんて言ったかい?」
「メドリを捨てて、
あたしだけを選んで……なんて言った?」
「メドリみたいに……
触らないで、乱暴にしないで……なんて」
「一度でも……言ったかい?」
言葉を放つごとに彼女の声は激しく震え、
透き通るような碧い瞳に、うっすらと涙の膜が張っていく。
「あたしは……言ってない……」
「あたしは……嫌だ、なんて……っ……」
「言って、ない…………!!」
「一度も……一度も、
言ってないじゃないのさぁ!!!!」
彼女の悲痛な叫びが、
鼓膜を突き破って脳の奥深くに、キンと突き刺さる。
大粒の涙が頬を伝ってポロポロとこぼれ落ち、
乱れた呼吸で肩を激しく上下させるテトラ。
感情の爆発を抑えきれないその姿は——
傷つけられた被害者などではなく、男に狂わされ、
置き去りにされた一人の哀しい女そのものだった。
「せっかくだから、教えてあげるよ……」
「リンク……あんたはね、あたし達に『悪い』なんて、
これっっっぽっちも、思っちゃいないんだよ」
「悪いと思ったフリをして……悦に浸ってる、だけ」
「ずっと……頭の中で考えているのは、自分のことだけさ」
「自分が良ければ、それで良い」
「自分が気持ち良ければ……それで良いんだ」
「今、この瞬間の快楽だけを……ただ、貪り食う獣……」
「それが……今のアンタ、さ」
荒い呼吸を必死に整えながら、
冷酷なまでの事実を淡々と突きつけてくるテトラ。
その言葉は、刃のように鋭く、
それでいて恐ろしいほどすんなりと俺の胸の奥深くに刺ささった。
……テトラは、俺を理解している。
俺自身ですら目を背けていた底知れない醜悪さを、
恐ろしいほど透き通った解像度で見抜いている。
俺は言葉を失い……
ただ、彼女の言葉に立ち尽くすことしかできなかった。
「……でもね、リンク」
「あたしは……それで、良いんだよ」
「海賊は……欲しがりな、生き物だからね……」
「その……壊れきったままの、アンタが欲しいんだ」
「世界のために戦わされて、ガノンを倒して——
生きる道標を失って……今もずっと暗闇で迷い、
苦しんでるアンタが……」
「クズで、どうしようもなくたって……
それでも良いじゃないか……」
「あんたはね……絶対に、
これからも、幾度と無く同じように他人を傷つける」
「今だって……メドリに、
“満たされたフリ”をしているだけさ」
「それに、メドリだって……いつか、
アンタのところを離れようとするはず、さ……」
「でも……それでも、良いじゃないか…………」
「一人になりたく無いからって……っ、
無理して綺麗になろうとしなくて、いいんだよ……っ」
「……だって、だってさ……!」
「アンタの側には……あたしが、
ずっといるじゃないか……っ!!」
「あ……あたしは……っ!
ぜったいに……傷つかない、から……っ!!」
「あんたの側を…………
離れたりなんて、絶対にしない……!!!!」
……叫び終えたテトラの、涙と鼻水に濡れた凄絶な表情。
溢れ出る情念を抑えきれず、しゃくりあげる肩。
こんな風に……
どこまでも脆く泣きじゃくるテトラを見るのは。
出会ってからの長い月日の中でも、
生まれて初めてのことだった。
「だからぁ……っ……だ、だから…………」
「…………おねがい…………
ぁたしを……すて、ないで…………」
喉を絞り出すように吐き出された、
小さくてかぼそい、悲痛な乞い。
——次の瞬間。
俺の中で何かがプツリと切れ、
思考が完全に停止した。
彼女が次の呼吸を整えるよりも疾く、
俺は強引にその華奢な身体を腕の中へ引き寄せ——
骨が軋むほどの力任せで抱きしめ、
奪い去るように荒々しく唇を重ねていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます
ジュウヨンです。
今回は、久々の非エロ回になります。
メドリとの幸せな生活を送ろうとしていたリンクですが、
いやー見事にテトラにぶっ潰されましたね。
……ですが、私も彼女の言うことはある程度正しいと思います。
もちろん。
全てが正しいとは、思っていませんが。
結局、テトラも寂しいんですよね。
リンクを繋ぎ止めようと必死です。
だから、自分は傷つかないからずっとそばに居させてと縋り付いています。
虚しいですね。
前話の幸せな日々から一変、
再び泥沼に入っていこうとしている関係ですが……
この先、一体どうなっていくのか。
乞うご期待ください。
ちなみに次回は……
このままの流れで、テトラとのがっつりエロ回です。
お気に入り登録、感想、評価をいただけると、
大変励みになります。
今後ともよろしくお願いします。
ここまでのR18描写について、どちらのキャラの方が好きですか。
-
メドリ
-
テトラ
-
どっちも