2年前────。
舞台は、朝昼は抜けるような青空と広大な大地が広がる、オーストラリア・南オーストラリア州アデレード。
その穏やかな街並みとは裏腹に、当時は危険な緊張感が張り詰めていた。
とある国境を越えた国際犯罪組織『シークレット・エンパイア』の主要メンバーであり、邪悪なヴィランとして国際手配されていた「ブーメラン」──本名フレデリック・マイヤーズが起こした大規模な都市テロ行為。
それを早期解決する為、日本の、そして世界中で現在最もその名を轟かせる平和の象徴たるプロヒーローが、緊急の要請を受けてこの地に降り立っていた。
その名は──────オールマイト。
警察機関や他のヒーロー達と連携し、凄まじいスピードで事件を収束させた彼は、ようやく訪れた事件の解決と平穏を噛みしめながら、ブーメランとその部下達が次々と頑丈な護送車へ連行されていく様子を見送っていた。
【ブーメラン】
「クソッ!クソが!!何でオーストラリアにオールマイトが来てるんだよ!?噂じゃ日本だかどこかでどっしり構えてるんじゃなかったのかよ!!ニューヨークのあの忌々しいクモ野郎にコテンパンにされて追われてきた後にコレだ!!ついてなさすぎるぜ……!!覚えてやがれ、このジャパニーズゴリラがぁぁぁ!!」
【オールマイト】
「ハッハッハ!!その親愛なる隣人のクモに負けて逃げ出してきたようなヴィランが、この筋肉満載のゴリラに敵うはずがないだろう!負け犬の遠吠えはこれくらいにして、しっかり冷たい檻の中で己の罪と向き合い、反省しなさい!」
ブロロロロロ……と、重厚なエンジン音を響かせて警察の護送車が何台も連なって発進していく。
その背中を頼もしく見送ると、オールマイトは一瞬の油断も見せず、すぐさま現場周辺に残された怪我人や、恐怖に震える人質達の安全確保とメンタルケアの為に駆け出し始めた。
【オールマイト】
「もう大丈夫!なぜって?私が来た!!さぁ、恐ろしい時間は終わった!後の捜索や治安維持は全て私とプロヒーロー、警察に任せて、君達は温かいベッドでぐっすり休んで英気を養いなさい!」
【市民】
「ありがとう……ありがとうございます、オールマイト……!あなたが来てくれなかったら、私達はどうなっていたか……本当に、本当にありがとう……!!!」
一人一人の手に優しく触れ、温かい言葉をかけて周るオールマイト。
救急搬送の医療班と共に怪我人を迅速に担架へ運んだり、パニックを起こしかけている市民を安心させるため、他のプロヒーロー達と連携してきめ細やかなケアを行ったりと大忙しだ。
しかし、全身を疲労が苛もうとも、人々の安堵の笑顔を見る事こそが彼にとって最大のやり甲斐であり、ヒーローとしての生き甲斐そのものだった。
しかしその時、他に逃げ遅れた者が居ないか周囲の倒壊した建物をくまなく捜索していた救助隊のトランシーバーから、切迫した焦りを含んだ通信が入ってきた。
【救助隊員】
『大至急!医療班と手の空いているプロヒーロー!大至急建物の北側、大型倉庫近くの路地裏に来て下さい!怪我人が数名……それと、恐らくブーメランの残党と思しき男5名を発見しました!!繰り返す、大至急!!』
【救助隊長】
「なに!?了解した、すぐにオールマイトを含めた人員を送る!正確な位置情報をそのまま固定して送信してくれ!」
提示された現場へ、医療班とオールマイトを含むプロヒーロー5名が迅速に駆けつける。
現場に到着すると……確かにそこには、怯えた様子の市民数名が身を寄せ合っていた。
しかし幸いな事に命に別状はなく、手足に擦り傷がある程度の軽傷で済んでいた為、全員が胸を撫で下ろした。
だが、それ以上にその場で異常な存在感を放っていたのが、転がっている残党達だった。
男5人は全員が意識を失って白目を剥いており、どこから調達したのか極太の鎖でぐるぐる巻きに縛り上げられ、ピクリとも動けない状態にされていたのだ。
気絶した残党達を即座に追加の護送車へ押し込み、救助された市民達に詳しい事情を聞く事にした。
話を聞けば、どうやら彼らは逃走を図ろうとした残党達によって、警察を牽制する為の人質として捕らえられていたらしい。
完全に退路を断たれ、万事休すかと思われたその時──見上げるような大男が音も無く突如として現れ、武装していた残党達を次から次へと拳で叩きのめし、足蹴にし、豪快に投げ飛ばして文字通り一瞬で壊滅させたというのだ。
その大男は、たまたま買い物の最中に武装した怪しい男達が人々を連れ去るのを見かけ、怪しいと後をつけてきたらしい。
その後、人質を縛っていた頑丈なロープを手で強引に引き千切って解き、外へ脱出させようとしてくれた……のだが、直後に遠くから近付いてくるパトカーのサイレン音が聞こえた瞬間、その大男は『サツだッ!!!!』と大声で叫び、脱兎の如く一目散に街の奥へ逃げていったのだという。
色々とツッコミどころが満載の救出劇ではあったが、もしもその大男が介入していなければ、この人質達の命が極めて危険な状態に晒されていた事は紛れもない事実だった。
プロヒーローも、現場の救助隊も、そして誰よりも「見落とし」があったかもしれないオールマイト自身が深く反省し、同時に見知らぬ救世主へ心からの感謝を抱いた。
【オールマイト】
「成る程……貴重なお話、真にありがとうございます、お淑やかなご婦人。ええと……ちなみに、その貴方達を助けてくれた大男というのは、どのようなお姿だったか覚えていますでしょうか?」
【老婆】
「ええ……本当に、見上げるような大きな大きな男の人でしたよ。周囲が暗くてハッキリとは見えませんでしたけど……ぼんやり見えたのは、貴方みたいに凄く胸板が厚くて、筋肉がモリモリで……」
【サラリーマン】
「そうそう!正にそんな感じでした!怒鳴り声もまるで檻の中の猛獣みたいなというか、お腹に響く凄くドスの効いた声で……あっ!後……髪色は確か、鮮やかなゴールドで、肌にゴツゴツしたワニみたいな模様があって……目がギラギラした黄色だったような……」
【家族連れのパパ】
「サイレンが鳴った瞬間に物凄いスピードで逃げて行ったから、一瞬ヴィランの仲間かと思って肝を冷やしましたけど……でも、ヴィランだったらあんな風に悪党を叩きのめしたり、私達を身を挺して助けたりしないはずですから……絶対に違いますよね」
ともかく、相手がどのような人物であろうと、無事に解放された人質達は口々に感謝を述べていた。
オールマイトもまた、黄金の笑みを浮かべながら心の中でその見知らぬ人物に深く頭を下げた。
【オールマイト】
(何処に住むどなたかは存じ上げないが……本当に感謝する!ありがとう、名も知らぬ勇敢な市民よ!)
──そして、事件から2日後。
残党の下っ端達の取調べや過去の犯罪歴データの照合、報告書の作成を全て完了させ、オーストラリアでの長かった任務を終えたオールマイトが、警察署の正面玄関から出ようとしたその時の事だった。
【???】
「ムガググゴオオオオーーーッ!!!!ムガガガガ!!!!」
【警官A】
「こらッ!!暴れるなリジオラ!!大人しくしろ!!」
【警官B】
「くそっ、こいつ……相変わらずなんて馬鹿力だ!!おい、誰かもっと人を呼んでこい!!7人程度じゃ抑えきれんぞ!壁に押し付けろ!!」
突然、奥にある『少年課』の重厚な扉が内側から吹き飛ぶ勢いで開いた。
そこから現れたのは、警察官7名がかりで大型動物拘束用の刺股を何本も叩きつけられ、特注の極太手錠を掛けられ、挙句の果てには頑丈な金属製の猿轡まで噛まされた、一人の大男。
200cmはあろうかという圧倒的な巨躯。
緑色の皮膚にはびっしりとワニのような鱗の模様が浮かび上がり、獰猛な肉食獣を思わせる黄色い目がギラギラと周囲を睨みつけている。
首には太い金のチェーンネックレス、着ている黒いタンクトップは破れかけ、ダメージジーンズにハイソックススニーカーという、どこからどう見ても凶暴そのものといった出で立ちだ。
【トーマス巡査部長】
「ああ、お疲れ様ですオールマイト!今回は本当に、何から何までありがとうございました!」
【オールマイト】
「あ、ああ、トーマス君。こちらこそ大変お世話になったね。……む?えっと、あれは……少年課の部屋から引きずり出されてきたという事は……彼は、まだ少年なのかい?」
【トーマス】
「ああ……あいつですか。リジオラ・ストーン。この周辺じゃあ知らない者は居ない程有名な悪ガキですよ。警察じゃ『そのうちとんでもない大物ヴィランになりそうだ』って頭を抱えてましてね。とにかく暴力沙汰が酷すぎるんです。不良グループはおろか、地元を牛耳るギャング組織ですら、あいつの狂暴さにビビって誰一人近付きませんから。前なんか、絡んできたギャングの構成員の一人の腕を噛み千切ろうとした大騒ぎを起こした、本当に手のつけようがない猛獣です」
【オールマイト】
「そうなのか……。よし!幸いにも私の帰国便まではまだ時間がある。私から彼に少し指導を……」
【トーマス】
「お、オールマイト!?冗談でしょう、絶対に止めたほうが良いです!!いくら貴方でも、あいつばかりはどうしようもありませんって!人の話なんてハナから聞く耳持たないような奴なんですから!あいつは頭のネジがトんでるんですよ!!」
オールマイトが眉をひそめ、真剣な眼差しでその少年を見つめていたその時。
警察署の受付に、免許更新の手続きの為にやって来た一人の爽やかなサラリーマンの男性が通りかかった。
【サラリーマン】
「あのー……すみません。免許の更新が初めてでして、どこに行けば……って、ええっ!?オ、オールマイト!?あの時は本当にありがとうございました!!」
【オールマイト】
「む!君は確か、一昨日の現場にいた……!事件からまだあまり時間が経っていないが、心配も無さそうで本当に良かった!」
【サラリーマン】
「いえいえ!お陰様でピンピンしてます!昨日出社した時に『オールマイトに会った』って話をしたら、同僚達から猛烈に羨ましがられちゃいまして……えっ。あれ?ん……?…………あっ!!!!!!!!」
【オールマイト】
「?どうしたんだい?そんな大声をあげて、何に驚いているんだい?」
次の瞬間、そのサラリーマンはオールマイトだけでなく、隣にいたトーマス巡査部長の目すら丸くさせる衝撃的な発言を叫んだ。
【サラリーマン】
「あ、あれ!!!間違いありません!!あの人ですよ!!俺を助けてくれたのはあの人です!!あのゴツゴツした緑色の肌!!あの怒鳴り声!!絶対に間違いありません!!」
【オールマイト】
「……え!?彼が……彼が君を救ったというのかい!?」
【トーマス】
「な、何を言っているんですか!?そんなまさか……いやいや、あいつはただのどうしようも無い悪ガキで……」
【サラリーマン】
「いや、絶対そうです!!あんな声と威圧感のある見た目、そうそう他に居ませんよ!絶対あの人です!!……でも、なんであんなに囲まれて捕まってるんだろ……?」
【オールマイト】
「……トーマス君」
【トーマス】
「は、はい?どうしましたか、そんな真面目な顔をして……?」
【オールマイト】
「……多分、今から彼を取り調べる予定だったのだろう?やはり私、あの少年に指導……いや、しっかりと『対話』をしたい。上層部から勝手な真似をするなと怒られそうなら、全部私の名前を出して責任を押し付けて構わないからね!」
【トーマス】
「お、オールマイト!?本気ですか!?本当にマズいですって、あいつは暴走したら何するか分かりませんよ!?ああ……ダメだ、この人本気だ……!!」
オールマイトの中で、バラバラだったピースが完璧に繋がった。
彼は黄金のオーラを纏うような確信に満ちた笑みを浮かべると、警官達に揉みくちゃにされながら激しく抵抗しているストーンの元へ、ずんずんと力強い足取りで歩み寄っていった。
丁度その時。
あまりに激しく首を振って暴れた為か、ストーンの口に嵌められていた特注の猿轡の金具が弾け飛び、ポロリと床へ転がり落ちた。
【ストーン】
「誰に向かって汚ぇ手を伸ばしてやがる!!俺様に気やすく纏わりついてんじゃねえぞ、クソサツ共がぁぁぁ!!!全員まとめて頭蓋骨叩き割って脳みそ啜ってやろうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
地響きのような雄叫びをあげ、圧倒的な威圧感を放つ巨大な緑の牙。
リジオラ・"リジー"・ストーン。
これこそが、後に世界を震撼させ、そして救う事になる──「最も凶暴なヒーロー」が誕生する、運命の瞬間である。
[今回のステータス]
●ストーン:
大嫌いな警察に大人数で囲まれ、拘束されている事へのイライラが爆発寸前。
闘争本能は100%で、自分を抑えつけようとする者全員をぶちのめす気満々。
●オールマイト:
ストーンが人質を救った真実を知り、彼の中に眠る「ヒーローの資質」を見抜いて導く事を決意。
凶暴な表面の奥にある正義の芽をどう育てるかワクワクしている。
しかし一瞬だけヴィランかと内心思った。