―――来る日も来る日も合奏練習に励みついに全国大会前日を迎えた。今日は会場の近くの施設を貸し切ってそこで練習して寝泊まりするらしい。部屋を出る前にバリカンで髪を刈り髭と眉を剃って洗髪し歯磨き洗顔をして気合いを入れる。走って登校して張り切って楽器運搬をして点呼を取ってバスに乗り込む。隣には麗奈さん。
麗奈「ねえ…絶対に金賞獲ろう。」
莉己「はい、部長たちに最高の手土産を差し上げたいので金賞目指します。」
会話は途切れた。苦ではなかった。目を瞑る。施設に着いた。楽器運搬をした後、練習場所のホールへ移動する。良く出来た舞台だった。これなら本番を想定した練習ができるだろう。舞台に上がり椅子に座ってから周囲を見渡す。府大会や関西大会の時と同じような感覚になった。観客がいるかいないかの差だけだった。深呼吸する。気合いは入った。これが皆さんとの最後の練習だと思うと寂しくなる。せめて皆さんが笑って帰れるように全力を尽くすつもりだ。滝先生が壇上に立つ。最後の練習が始まった。
いつ、誰が言ったかも忘れたがTVで観たアスリートが『本番より練習の方が良い成績が出る』と言っていたのを思い出した。今、俺たちがやった合奏が正にそれではないかと思った。これを再現出来れば金賞だって夢じゃない。そう思った。練習が終わる。先生にお願いして居残り練習をさせていただいた。吹いたのは『Still Alive』だが。人の気配がする。無視した。声が聞こえた気がする。無視した。俺の正面に制服を着た女子が現れる。部長だった。申し訳ないことをしたと思い、謝った。
晴香「その曲よっぽど好きなんだね。」
莉己「はい、大っっっ好きです!」
晴香「もう莉己くんのその曲聴けないと思うとちょっと寂しいかな…。」
莉己「俺も部長の『北宇治ファイト~!』が聞けないと思うと寂しいです。今まで部長をやってきてお疲れ様でした。短い間でしたけど…俺にとっては2歳年上のお姉さんが出来たみたいで嬉しかったです。部活は楽しかったですけど、部長の優しさのお陰でとっても癒されました。ありがとうございました。」
晴香「私も、とっても大きくて頼りがいのある弟が出来たみたいで嬉しかった。物凄い速さで成長していってそれが私には誇らしかった。今では立派な奏者に成長したね。私に出来ることがあったら言ってほしい…。」
莉己「でしたらあの…抱きしめて…頭を撫でていただけませんか…?」
恥ずかしいお願いだが部長にそうされたかった。
晴香「ふふっ、いいよ…。莉己くんも甘えたい時ってあるんだね…⁉」
椅子に座る俺を正面から抱きしめて頭を撫でてくださった。とても落ち着く。いつまでもこうしていたかった。数分もそうしていると部長が離れる。
晴香「落ち着いた?」
莉己「はい、とても心が安らぎました。ありがとうございました。」
晴香「……もう練習も終わったし戻ろっか。明日が本番なんだからきちんと休まないと。」
莉己「はい。」
名残惜しいが男子部屋に戻った。早めの晩飯を吐き気を我慢しながら必死に食べて薬を飲んで入浴も済ませた。今は廊下で寝る前の柔軟体操をしている。解しに解しまくる。
「莉己くん。」
聞き慣れた声、顔を向ける。麗奈さんだった。
麗奈「もう消灯時間だよ。部屋に戻ったら?」
莉己「うーん…もう少しで終わるので電気消しちゃってもらってください。」
麗奈「……分かった。私に出来る事ある?」
一瞬躊躇したが眠れるためにやれることはやっておきたかった。
莉己「俺を抱きしめて頭を撫でてもらえませんか?」
無言で床に座っている俺をしゃがんで抱きしめて頭を撫でてくれる。
麗奈「よしよし…ちゃんと眠れるからね…何も心配しないで…。」
数分後に離れる。思考が鈍くなってきた。
麗奈「眠れそう?」
莉己「はい…頭がボーっとしてきました…ありがとうございました…。」
麗奈「良かった。それじゃおやすみ。」
莉己「はい…おやすみなさい…。」
足音が遠ざかる。辺り一帯の電気が消える。俺も部屋に戻った。皆さんはもう眠っている。布団に入り目を瞑る。部長と麗奈さんの姿を思い浮かべた。すぐに眠れた。
目が覚める、外は…明るい。無事に眠れたことにホッとした。皆さんはまだ眠っている。飲む物飲んでそっと布団を畳んで廊下に出る。柔軟体操を始める。下半身から解す。勢いよく扉が開く。
莉己「おはようございます。塚本くん、瀧川くん。」
秀一「莉己くん…⁉ 良かった…⁉」
ちかお「きちんと眠れた?」
莉己「はい、さっき起きたばかりです。」
ちかお「そっかぁ…良かった…⁉」
莉己「お気遣いいただきありがとうございます。」
秀一「何言ってるんだよ…俺たち仲間だろう? もっと頼ってくれよ…。」
ちかお「そうだよ、莉己くんの事情なら聞いてるから気を遣わなくっていいよ。」
莉己「でもそれだと俺だけが頼ってばかりで何のお返しも出来ません。」
秀一「俺こそオーディションの時とか副部長が部活に来なかったりした時に1年生の身でしっかり抗議してスッゲーカッコよかったと思ってるんだぜ? 正直頼りにしてるよ。」
ちかお「そうそう、俺なんか何も言えなかったよ…。それに比べたら莉己くんは吹部に立派に貢献してるよ…。サンフェスでも文化祭でも駅ビルコンサートでも圧倒的パフォーマンスだったし。」
莉己「そうですか?」
秀一「そうだよ⁉ もっと自信持ってくれよ⁉ 莉己くんがそのザマじゃ俺たちカッコ悪いよ⁉」
ちかお「ついでに言うとそろそろ敬語も無しで呼び捨てで呼んでもらえると嬉しいかな。」
莉己「えー…あー…よろしく頼む。秀一、ちかお。これでいいのかな?」
秀一「いいね⁉ その調子で頼むぜ⁉」
ちかお「仲がグッと深まった気がするよ⁉ よろしく⁉」
先輩方がゾロゾロと部屋から出てくる。
秀一「食欲は…相変わらず戻ってない?」
莉己「うん、でも正確に言うとサプリメントと痛み止めと水飲んでるから平気だよ。」
ちかお「サプリメントはともかく痛み止めは何のため?」
莉己「病院に通い始めてからしばらくして脳ミソを針で刺されるような激痛に襲われて予防薬として飲んでる。おかげで激痛には襲われてない。」
秀一「……初めて聞いた。大変だな。」
ちかお「じゃあ俺たちは朝食食べに行くよ。じゃあまたね。」
莉己「はい、いってらっしゃい。」
手を振って見送る。
「今の会話聞いちゃった。」
莉己「おはようございます。麗奈さん。」
麗奈「もう…⁉ 塚本と瀧川は呼び捨てでタメ口なのに私はそのままなの⁉」
莉己「え、いいんですか? 麗奈さんも。」
麗奈「いいに決まってるでしょ⁉ さあ早くして⁉」
莉己「あー…よろしく頼む、麗奈。」
麗奈「同級生の皆にも伝えとくからそのつもりで!」
行ってしまった…。これから女子にも同じような態度を取らなければならないのか。何だか気後れする。考えるのは止めて柔軟体操を続けた。首も鍛えたいのでブリッジした。
「えっ⁉ 何やってるの⁉」
「うおお凄い⁉」
「プロの格闘家みたいですぅ⁉」
首を支点にしてバク転して立ち上がる。黄前さん、葉月さん、川島さんがいた。何かを期待するかのような目で俺を見ている。
莉己「えー…麗奈から話聞いた?」
「「「うん‼(はい!)」」」
莉己「よろしく頼む、久美子、葉月、みどり。これでいい?」
「「「いいよ‼(ですぅ!)」」」
莉己「それから…葉月。いつぞやは泣かすようなこと言ってごめん。」
頭を下げる。
葉月「い、いいよ⁉ もう気にしてないから頭上げて⁉」
莉己「葉月がそう言うなら…。」
せめて謝っておきたかった。それから全国大会への準備は着々と進んでいった。会場内のリハーサル室へ移動する。念入りにチューニングする。滝先生の合図で音が止む。
滝「いよいよ本番です。私たちは春に全国大会出場という目標を掲げここまでやってきました。結果を気にするなとは言いません。ですがここまで来たらまず大切なのは悔いのない演奏をすることです。特に3年生、今日は最後の本番です。この晴れ舞台で悔いのない演奏をしてください。
「「「「「はい‼」」」」」
「先生。ひと言いいですか。」と部長が挙手をした。「もちろんです、どうぞ。」と返事をし部長が立ち上がる。
晴香「ついに本番だよ。私、今日だけはネガティブなこと絶対に言わない。私ね、心の底からワクワクしてる。良い演奏して金獲って帰ろう!」
「「「「「はい‼」」」」」
次に副部長である田中先輩が指名される。
あすか「えーっと…全国に関して皆に色々迷惑をかけてしまいました。こうやってこの場にいられるのは本当にみんなのお陰だね。ありがとう。今日はここにいる北宇治の皆全員で最高の音楽を作ろう!それで笑って終われるようにしよう!」
「「「「「はい‼」」」」」
あすか「ご清聴ありがとうございました! それでは晴香!」
晴香「よぉーし! では皆さん御唱和願います! 北宇治ファイト~~!」
「「「「「おー‼」」」」」
俺は部長の綺麗な声から発せられる独特なイントネーションの掛け声が本当に大好きだった。これも今回が最後だと思うと寂しい。地元で暮らしていた時は感じたことのない感覚。あの時は誰かと離れ離れになることなど何とも思わなかった。むしろ清々した。でも今はこんなにも辛い。涙は出ないが泣きたい気分だった。前にも思ったが、せめて皆さんが笑って帰れるように全力を尽くすつもりだ。
舞台裏で待機する。麗奈が歩み寄ってくる。無言で拳を突き出す。俺も合わせる。鎧塚先輩も歩み寄ってくる。同じようにした。傘木先輩も、吉川先輩も、中川先輩も俺に歩み寄ってくる。それぞれ先輩と拳を合わせた。部長に呼ばれ舞台へ向かう。椅子に座る。周囲を見渡す。なんてことはない。今までと変わらない光景。やることも変わらない。滝先生が壇上に立つ。深呼吸する。滝先生が構える。俺たちの全国大会が始まった。
今の状況は…『光陰矢の如し』『楽しい時の時間は早く過ぎる』といったところか。演奏に夢中になっていたらいつの間にか終わっていた。悔いはなかった。あの時ああすれば良かったとか何故あんなミスをしてしまったのかとかいう余地のない、文字通り練習通りの全てをやり切った。平常心で退場する。そのまま外に出る。
「「あ。」」
確か清良女子の…黒江真由さんに会った。
莉己「貴女は…黒江真由さん…ですよね?」
真由「そういう君は神坂莉己くんだね。また写真撮らせてもらっていいかな⁉ 学ラン姿もカッコいいよ⁉」
莉己「喜んでお引き受けいたします。」
俺を真ん中にした全体写真とツーショット写真を撮りまくられた。あっという間に待ち時間が無くなりつつあった。
「みんな! せーの!」
「「「「「ありがとうございました‼」」」」」
珂織「こちらこそあの高名な清良女子の皆さんとの写真撮影という貴重な体験を2度もさせていただき誠にありがとうございました。それでは…失礼します。」
会場に戻る。観客席を見渡し北宇治の皆さんを見つける。麗奈が席を空けておいてくれたのでそこに座った。まずは指揮者賞授与というのが行われる。賞を受け取った指揮者…顧問に該当学校の皆さんが感謝の声援を送る。こういうのは考えてなかったが俺が気合いを入れて滝先生にお礼の言葉を叫ぼうとしたところに
麗奈「滝先生! 好きです!」
の叫びが響いた。先を越されてしまったがこれはこれでいいだろう。顔を赤らめて両手で覆うが声を掛けるのも無粋だと思ったので放っておいた。そして表彰式に移った。
「3番、北宇治高等学校―――
―――銀賞。」
目を瞑る。涙は出なかった。
集合写真を撮ることになった。
松本「何だそのショボくれた顔は! しっかり笑え!」
俺は清良女子の皆さんと写真を撮った時のような作り笑顔を浮かべた。一方、皆さんはどんよりしていた。あと一歩、いや…三歩も四歩も足りなかったかもしれないが金賞まで届かなかった無念さが窺える。トランペットパートの皆さんが集まっているのを見つけた。麗奈にひと声かけようとしたところに滝先生が歩み寄っていくのが見えた。慌ててフェンスに寄りかかり聞き耳を立てる。
滝「高坂さん、先程の声かけ…ありがとうございました。」
麗奈「え、あ、いえ、えっとあれは…⁉」
滝「実を言うと少し自信が無かったので…嬉しかったです。自分のやりたいことを押し付けてばかりで皆さんに好かれていないと思っていたので。」
麗奈「そんなことありません! みんな滝先生の事尊敬してます⁉」
滝「そうであれば嬉しいのですが…。」
麗奈「先生、私が北宇治に来たのは先生がいらしたからです。それから…私、本当に先生のことが好きなんです⁉」
滝「そう言っていただけると教師冥利に尽きます。ありがとうございます、高坂さん。」
先生のあの調子では麗奈の想いは伝わっていないだろう。引き続き麗奈を応援することにした。
部長から集合の声が届く。整列する。
晴香「私たち3年はこれで引退です。最後になりますが、今までこんな不甲斐ない部長についてきてくれてありがとう。この1年は嫌な事もいっぱいあったけど…不安なことばかりで辛かったけど…⁉ ううぅぅぇぇぇん…⁉」
あすか「では泣き虫部長に代わってひと言。正直、今日の演奏で言いたいことは何もありません。北宇治の音は全国に響いた!私たちは全力を出し切った。本当にみんなお疲れ様。そして3年生はこれで引退、後は2年生の天下です。もう不安しかありません。私は皆さんの知っての通り回りくどい話は苦手なのでハッキリ言います。今回の結果は私は滅茶苦茶悔しい。でも3年に雪辱に機会はない。こんな思いは私たちだけで充分。だから来年は必ず金賞を獲って。これは最後の副部長命令です、わかった?」
「「「「「はい‼」」」」」
こうして今年の北宇治のコンクールは終焉を迎えた。
帰りのバス、隣には麗奈。お互い無言だった。何も言葉が出なかった。
時間が経つのは早いもので吉川先輩が部長、中川先輩を副部長とする新体制が発足し冬になり卒部会と卒業式も終わり入学式を待つ身となった。正門横で新入生歓迎の演奏を俺メインで任された。
楽曲は『Still Alive』…正に俺向けの曲と言えた。リハーサルは何度もやった。最前列で待つ。部長と目配せする。前に出る。
莉己「新入生の皆さん‼ おはようございます‼ 北宇治高校へようこそ‼ 輝かしい皆さんの入学を祝して‼ この曲を捧げます‼」
一礼して列に戻り吹き始める。新入生たちの歩みが止まる。イントロだけゆっくり繊細に吹いて後は思いっきり吹いた。吹き終える。
莉己「ご清聴ありがとうございました‼」
拍手と歓声をいただく。時間を置いて再度目配せする。
莉己「新入生の皆さん‼ おはようございます‼ 北宇治高校へようこそ‼ 輝かしい皆さんの入学を祝して‼ この曲を捧げます‼」
新入生の反応を見る限りでは盛況と言っていいだろう。これをきっかけに経験者で将来有望な新入生が入部してくれることを祈った。次は入学式での演奏会が控えているので速やかに移動して準備した。舞台袖で静かに待機する。吹奏楽部が呼ばれ素早く位置に着く。楽曲は『ultra soul』一礼して部長の手の振りに合わせて吹き始める。新入生たちの席からどよめきが起きる。どうやらご存じの方もいらっしゃるらしい。サビが終わる。『ハイッ!』と『ヘイッ!』の合いの手を入れてくださる。ノリの良い新入生に恵まれたと思った。最後の3連続合いの手も入れてくださり拍手と歓声に包まれ演奏会は終了した。放課後、多くの新入生が集まった。総勢43名、一気に吹部は賑やかになった。本格的なミーティングが始まった。滝先生が入室してくる。
滝「それにしても、随分集まりましたね。これだけの人数がいればきっと演奏にも厚みが出るでしょう。尤も、人数がいるだけで全く結果を出さない無能な集団にならないとも限りませんが。去年も同じことをお話したのですが、私は生徒の自主性を重んじることをモットーとしています。皆さんを甘やかしたり突き放したいわけではありません。これが一番合理的な方法だと私は考えています。」
そして黒板に『全国大会出場』と書いた。
滝「これが去年の目標でした。今年の判断は皆さんにお任せします。」
ちらりと部長の方へ目を向ける。それに応えるように
優子「先生、チョーク借りてもいいですか?」
部長が壇上に上がり『出場』の部分を消す。
優子「口先だけのスローガンなら誰でもできる。だからここでハッキリ言っておきます。やるからには本気でやりたい。ここで決めた目標を本気で最後までやり抜きたい。多数決を取るのでしっかりと手を挙げてください。これから1年緩くやるか、それとも…⁉」
『全国大会金賞』と書かれた黒板に手をバン!と叩きつける。
優子「では決を採ります。全国大会金賞を目標とする人。」
迷わず手を挙げた。周囲の人たちも同じだ。
優子「皆の気持ちは分かりました。では今年の目標は全国大会金賞とします!」
どうやら満場一致らしい。ホッとした。
優子「これから大変なこともいっぱいあると思いますが、きっと乗り越えられると信じています。頑張りましょう!」
「「「「「はい‼」」」」」
それから合奏練習に移った。
居残り練習…という名のB'zの演奏練習を始めた。音楽室で思いついた曲を片っ端から吹きまくる。正面に女子生徒の制服が見える。
莉己「あ、失礼しました。貴女は…低音パートの方ですね。申し遅れました、俺は神坂莉己と申します。お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
「私は鈴木美鈴と申します。先程の演奏も、正門での演奏も、入学式での演奏も素晴らしかったです。私は思いました、こんなに素晴らしい奏者がいる学校に入学出来て恵まれていると。」
莉己「恐縮です。ええと…みっちゃんとお呼びした方がよろしいですか?」
美鈴「先輩にそう呼ばれると…悪くないというか…嬉しいです…⁉一緒に帰ってもいいですか?」
莉己「わかりました。少々お待ちください。」
帰り支度をして一緒に並んで歩く。ちらりと横目で見る。美しい顔立ち、女子にしては高身長、スレンダーな見た目だが胸の主張はしっかりしている。ボーイッシュで女子にもモテそうだが本当のところはどうなんだろうか気になった。そういえば…新山先生とは去年の文化祭の翌日以来、サッパリ連絡が途絶えた。浮気がバレたのか旦那様と上手くいってるのか、後者だと願いたかった。
美鈴「他の先輩から聞きましたが…神坂先輩は病気を患っていると…本当ですか?」
莉己「はい、本当です。月に1回、早退して精神科のある病院に通院しています。診断の結果は鬱病と不眠症と強迫症だそうです。薬を処方されているので睡眠時間は増えましたが食欲は戻りません。依然として1日1食のままです。」
美鈴「えっ⁉ その体格で1食だけ…ですか⁉」
莉己「はい、食事の改善を図りましたが昼に食べた後に体育館で筋トレしている最中に吐きました。胃液まで出るくらい吐きまくりました。ですので諦めました。部活が終わって運動しまくってようやくお腹が空くので晩御飯に纏めて食べています。まあ、正確に言うと朝と昼はサプリメントと痛み止めと水を飲んでいますのでその程度なら平気ですね。」
美鈴「痛み止めは何のためですか?」
莉己「病院に通ってからしばらくして脳ミソを針で刺されるような激痛に襲われまして、イブプロフェンというのが主成分の痛み止め飲んだら激痛に襲われなくなりました。予防薬です。」
美鈴「私に出来る事ありませんか…⁉」
莉己「うーん…去年の6月頃、初めて彼女が出来て肉体関係も持ちましたが振られました。でもショックではありませんでした。何となく予想はしていました。そんなくだらない男ですよ、俺は。症状も改善の兆しはありません。みっちゃんが気を遣う必要はありません。」
美鈴「くだらなくないです⁉ 先輩は立派で何も悪くありません⁉ むしろ彼女は何やってたんですか⁉ 彼氏が苦しんでいるのに⁉ 誰ですか、その女子は⁉」
莉己「同級生…とだけ伝えておきます。もう終わったことです。みっちゃんが気にすることはないですよ。俺のせいでトラブルになっても困ります。」
美鈴「独り暮らしと聞きました。寂しくないんですか?」
莉己「こうして可愛い後輩と一緒にお喋りしながら帰れて寂しくなんてないです。」
美鈴「でも…⁉ 部屋に帰ったら独りぼっちじゃないですか⁉」
みっちゃんは涙を流している。何て優しい子なのだろうと思った。
莉己「まだ会って間もないのに俺のために涙を流してくれるなんて、俺は後輩に恵まれていると思いました。どうかその優しさを他の人にも使ってあげてください。」
美鈴「先輩だからこそですよ…⁉ 私…先輩が好きです⁉ 入学式の日から正門でひと目惚れしました⁉ 今でも大好きです…⁉」
莉己「初めて出来た彼女に『もうついていけない』と言われた男ですよ。それでもいいんですか?」
美鈴「はい…⁉ 先輩がいいです…⁉ 部屋に寄らせてください…⁉」
莉己「何もない部屋ですよ。漫画もゲームもTVすらない部屋ですよ。」
美鈴「先輩さえいてくれたら他はどうでもいいです…⁉」
莉己「……分かりました。一緒に帰りましょう。」
みっちゃんと手を繋ぐ。気分は良かった。