※この作品はR-18です。

囮の実力者になりたくなくて!   作:ボルメテウスさん

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爆発と狼と誰だそれ

またここか。

 

イータの研究所。金属の壁、リベットの並んだ天井、棚に並ぶ怪しげな液体。

 

俺は拘束台の上に固定されていた。手首、足首、腰、胸。五箇所をがっちりと締め付けられ、指一本動かす余地がない。前回と同じ椅子だ。いや前回より拘束が厳しい気がする。

 

「イータ。今回の実験の目的を聞いてもいいか」

「魔力吸収。…前回より効率的」

「前回ってガンマと背中合わせにされたあれか? あれ効率的だったのか?」

「…数据的には。…でも改善の余地あり」

「改善って何をどう」

 

イータは答えない。眠そうな目をゴーグルの下から細め、手元の機械を弄っている。前回と同じ腕時計型の魔導具だ。いや、今回は随分とデカい。椅子の横に据えられた装置から、太い配管が俺の拘束台へと伸びている。

 

「…今回は制限なし。…エロゲの魔力を全開で流す」

「全開? 制限なしって何が起きるんだ」

「わからない」

「わからないのかよ!」

 

横で鼻をひくつかせる音がした。

 

デルタだ。

 

黒い髪。狼の耳。ぶんぶんと揺れる尻尾。普段なら俺を見るたびに突進してくる獣人の少女が、今日は妙におとなしい。いやおとなしいというより——目が輝いている。

 

「エロゲ。すごい匂いなのです」

「匂い?」

「魔力の匂い。イータが装置いじるたびに、エロゲから匂いが強くなるのです」

「それは多分俺のせいじゃなくて装置のせいだ」

 

デルタの鼻は鋭い。魔力量の変化を嗅ぎ分けることができる。今の俺からは、装置の試運転に伴って漏れ出している魔力が、獣人の嗅覚を刺激しているらしい。

 

「楽しみなのです。エロゲの魔力いっぱい嗅げるのです」

「嗅ぐ目的で来たのかお前」

 

デルタは拘束台の横に立ち、鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いでいた。尻尾がぶんぶん振られている。犬だ。いや狼だ。どっちでもいい。

 

「デルタ。ちょっと離れててくれるか。実験中だから」

「ダメなのです。デルタはここにいるのです。エロゲの匂いが一番近いから」

「お前なぁ…」

 

イータが手を止めた。準備完了らしい。機械のランプが青から赤へと変わる。

 

「…準備完了。…デルタ、下がって」

「いやなのです」

「危険かもしれない」

「いやなのです!」

 

デルタは頑固だ。アルファの命令なら聞くが、イータの指示となると優先順位が下がる。七陰の序列意識がそうさせるのだ。

 

イータは一秒考えた。それから諦めたように頷いた。

 

「…デルタはそこに。…爆発しても知らない」

「爆発って!」

 

イータの指が、スイッチにかかった。

 

「…いく」

 

カチリ。

 

スイッチが押された瞬間——俺の身体の中で何かが弾けた。

 

ドクン!

 

心臓が跳ねた。いや、心臓じゃない。もっと深いところ。魔力核と呼ぶべきものが、腹の底で爆発したように脈動した。

 

熱い。熱い。熱い!

 

全身の血管に魔力が逆流する感覚。指先から足先まで、細胞の一つ一つに魔力が満ちていく。だがそれは出ていく。装置を通じて、俺の魔力が外部へと吸い出されていく。

 

「ぐっ…あぁぁっ…!」

 

声が漏れた。痛いのか気持ちいいのかわからない。ただ身体の中身が全部引っ張り出されるような感覚だ。

 

「…魔力流出。良好。…数値が…計測不能」

「計測不能って!」

 

イータの声が遠い。装置が唸りを上げ始めた。配管が振動し、俺の拘束台がガタガタと揺れる。魔力が流れるたびに、装置の内部で光が明滅していた。

 

「…すごい。…エロゲの魔力、止まらない。…制御できない」

「止めろ! 止めてくれ!」

「…無理。…スイッチが効かない」

 

無効だと!?

 

装置から煙が上がり始めた。火花が散る。配管の継ぎ目から魔力の光が漏れ出し、室内の空気がピリピリと帯電し始める。

 

「デルタ! 下がれ!」

 

俺は叫んだ。だが遅かった。

 

ブシュゥゥゥッ!

 

装置のパイプが破裂した。白い蒸気と魔力の光が一斉に噴き出す。同時に俺の身体からも、制御できない魔力が溢れ出した。

 

ドォォォォン!

 

爆発。

 

装置が弾け飛び、俺の拘束台もろとも後方へと吹き飛ばされた。身体が宙を舞う。背中が床に叩きつけられる。拘束具が外れる音がした。いや、壊れた音だ。

 

「ぐはっ…!」

 

肺の空気が全部抜けるほどの衝撃。視界が白く染まり、耳がキーンと鳴る。

 

俺は床に倒れたまま、数秒間動けなかった。全身の魔力が空っぽになったような感覚。指一本動かす力が残っていない。

 

(…死ぬかと思った)

 

だが死んでいない。残念ながら。いや幸運にか。

 

「…いた」

イータの声がした。爆発に巻き込まれたはずなのに、声は冷静だ。いや爆発に巻き込まれながらも平然としているのだ。このエルフ本当に頑丈だな。

 

俺はなんとか顔を上げた。

 

煙が晴れかけている。割れた配管から蒸気が漂い、床には破片が散乱している。イータは壁際まで吹き飛ばされたようだが、ゴーグルを直しながら平然と立ち上がっていた。服は破れ、肌に火傷のような跡があるが、本人は気にした様子がない。

 

「…装置全損。…データは取れた。…でも」

 

イータの眠そうな目が、一点を見つめていた。

 

「…デルタ」

 

デルタ。

 

俺はその名前で我に返った。爆発の時、デルタは装置のすぐ横にいた。一番近くにいた。

 

「デルタ! 無事か!」

 

俺は身体を起こそうとした。だが腕に力が入らない。這うようにして上半身を起こすのが精一杯だ。

 

煙の向こう。イータの視線の先。

 

何かがいた。

 

いや、誰かがいた。

 

黒い影。煙の中に立つ、人型の影。

 

赤い光が漏れ出している。影の周囲に、禍々しい赤い魔力が、霧のように漂っていた。

 

煙が晴れていく。

 

見えた。

 

長い黒髪。狼の耳。尻尾。

 

見慣れたデルタの輪郭だ。だが——

 

「…え」

 

俺は自分の目を疑った。

 

デルタの服が変わっていた。普段のスライムスーツではない。赤い差し色の入った禍々しい黒い装い。闇を凝縮したような黒色の衣装が、デルタの身体を覆っている。

 

爪が伸びていた。指先から鋭く長い鉤爪が生え、金属の床を歩くたびにガリガリと音を立てている。牙も見えた。口元を微かに開いた隙間から、普段より遥かに鋭くなった犬歯が覗いている。

 

そして瞳が——赤い。

 

元の紫色の瞳が、禍々しい深紅に染まっていた。瞳孔が獣のように縦に細まり、焦点が定まっていない。

 

周囲に漏れ出す赤い魔力が、物理的な圧となって空気を歪めている。近づくだけで、身体が勝手に身構えるほどの威圧感。

 

デルタだ。間違いなくデルタだ。耳も尻尾も髪色も変わっていない。

 

だが——

 

「誰だ」

 

俺は呟いていた。無意識に。自分の声だとは思えなかった。

 

同じだった。

 

隣でイータが、同じ言葉を口にしていた。

 

「…誰」

 

二人の声が重なった。

 

デルタは——いや、目の前の存在は——ゆっくりと顔を向けた。

 

赤い瞳が俺を捉えた。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

その瞳が揺れた。

 

耳がぴくっと動いた。鼻がひくついた。俺の匂いを嗅いだのだ。慣れた匂い。何度も突撃して、何度も抱きついて、そのたびに嗅いできた匂い。

 

一瞬だけ——元のデルタが内側にいた。

 

だが次の瞬間、赤い瞳が再び暗く沈み、威圧感が倍増した。

 

低い唸り声が、喉の奥から漏れ始める。

 

「…グルルル…」

 

それはデルタの声だった。でもデルタじゃない。

 

俺とイータは、同時に同じ言葉を呟いていた。

 

「「誰だ…?」」

 

煙の中で、赤い瞳が鈍く光った。

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