※この作品はR-18です。

囮の実力者になりたくなくて!   作:ボルメテウスさん

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解放された欲求

「ぐげっ…!」

 

喉から空気が漏れた。肋骨が内側から折れそうだ。

 

デルタが抱きしめている。ただ抱きしめているんじゃない。万力で締め上げられている。いや万力より酷い。万力は均等に力がかかるけど、こいつは特定の部位だけ局所的に圧迫してくる。俺の肋骨という肋骨がミンチになりそうだ。

 

「んー…エロゲ…匂い…」

 

デルタの鼻が首筋に埋まっている。くんくんと匂いを嗅ぐ音が耳元で響く。熱い吐息が肌にかかる。普段なら可愛いもんだが、今は恐怖しかない。

 

「なぁデルタ。力加減…してくれ…」

 

「しない」

 

即答だった。しかも声が低い。普段の「しないのです」とは違う。もっと原始的な、単語としての拒絶だ。

 

「エロゲ…熱い…もっと…」

 

ぎゅうううっ!

 

締め付けが強まった。背骨がきしむ音がした気がする。俺の背中だ。間違いなく俺の背中だ。

 

「助け…! イータ! 何とかしてくれ!」

 

俺は必死でイータに助けを求めた。

 

イータは爆発の余波で煤けた壁際に立っていた。手には奇跡的に無事だったクリップボード。ゴーグルを直しながら、じっとこちらを見ている。

 

「…分析」

「分析してる場合か! 俺が死ぬ!」

 

イータはペンを走らせた。

 

「状況…魔神化したデルタがエロゲに執着。行動パターンは…発情期の狼と類似」

 

「発情期!?」

 

「推測…デルタは元々強い相手に惹かれる習性あり。今回魔力過剰摂取で抑制が外れた可能性高い」

 

「抑制が外れたって何だよ! つまりどういうことだ!」

 

「溜め込んできた欲求が出てきた」

 

「欲求って何の欲求だ!」

 

「…繁殖」

 

「言うなァァァッ!」

 

俺は叫んだ。デルタの耳がぴくっと動いた。聞こえてるのかよ。

 

「エロゲ…好き…大好き…」

 

ぎゅうううっ!

 

また締め付けが強まった。今度は尻尾が俺の脚に巻き付いてきた。毛並みが逆立っていて、普通の尻尾より硬い。鉄の鞭で締め上げられているようだ。

 

「くっ…これマジで肋骨いかれるって…!」

 

「デルタ…離れて」

イータが言った。冷静だ。あまりにも冷静だ。

「無理」

デルタが即答した。

「エロゲ離さない。匂い嗅ぐ。舐める。噛む」

 

「噛むな! 噛むなよ!」

 

ぺろり。

 

背中に熱い感触が走った。デルタの舌だ。首筋から鎖骨にかけて、ねっとりと舐められた。舌が荒い。猫の舌なんて可愛いもんじゃない。ヤスリで擦られているようだ。

 

「んっ…! やめろ! くすぐったいとかそういう問題じゃないだろ!」

 

「美味しい…エロゲ美味しい…」

 

デルタはまた舐めた。今度は耳の裏だ。湿った舌が敏感な部分を這い回る。

 

「ひぃっ! そこダメだ! 耳弱いんだよ俺!」

 

「…反応良好」

イータが呟いた。

「…エロゲの被虐性とデルタの加虐性が噛み合ってる」

「噛み合ってねぇよ! 噛み合ってたら俺が楽しいはずだろ! 全然楽しくねぇ! 苦しいだけだ!」

 

俺は必死に抵抗した。だがデルタの力は桁違いだ。魔神化したせいか、普通のデルタの十倍はある。腕一本動かすのもやっとだ。

 

「エロゲ…もっと嗅ぐ…もっと舐める…」

 

デルタは俺を床に押し倒した。仰向けにされた。上に乗っかられる。重い。でも柔らかい。胸が押し付けられているのがわかる。スライムスーツじゃなくて黒い衣装越しでも伝わる柔らかさ。

 

(いや感心してる場合じゃない! これは危機的状況だ!)

 

「イータ! 頼むから何とかしてくれ! アルファ呼んでくれ! シド呼んでくれ! 誰でもいいから!」

 

「アルファ様は執務。シャドウは不在」

「じゃあ他の七陰は!」

「ガンマは出張。ベータは執筆。イプシロンは訓練。ゼータは偵察」

「全員忙しいのかよ! お前は!」

「私? …観察」

「観察すんな! 助けろ!」

 

イータは首を傾げた。

 

「…なぜ助ける必要ある?」

 

「なぜって俺が死ぬからだよ!」

 

「死なない」

「死ぬ! 肋骨折れて肺刺さったら死ぬ!」

 

「デルタは手加減してる」

「どこが! 全然してない!」

 

「してる。…本気なら頭噛み砕いてる」

 

「噛み砕くのかよ! 犬じゃないんだから! いや狼か! どっちでもいいけど噛み砕くな!」

 

俺は絶叫した。

 

その間もデルタは俺の首筋に顔を埋めている。くんくんと匂いを嗅ぎ、時折ぺろりと舐める。

 

「エロゲ…大好き…私の…エロゲ…」

 

その声には甘えが混じっていた。普段のデルタと同じ響き。

 

(ああクソ。こいつ中身はデルタなんだよな)

 

俺は抵抗する腕を緩めた。

 

緩めた瞬間、デルタの締め付けも少しだけ緩んだ気がした。

 

「…ほら見て」

イータが指差した。

「攻撃性低下。…エロゲ受け入れると落ち着く」

「落ち着くってお前」

 

「…デレた」

 

「デレたのかよ! 状況これで!」

 

俺は天井を見上げた。

 

上には赤い瞳をしたデルタがいる。

 

下には床がある。

 

横には冷静なイータがいる。

 

(なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ)

 

「エロゲ…眠い…」

 

デルタが呟いた。

 

締め付けがさらに緩む。彼女は俺の胸に顔を乗せたまま目を閉じた。

 

「エロゲ枕…いい匂い…」

 

寝やがった。

 

俺は脱力した。

 

「…デルタ寝た」

イータが記録した。

「…魔神化しても睡眠欲求は残る」

「そんなことより降ろしてくれ」

「降ろせない」

「なんで」

「重いから」

「お前魔力制御できるだろ!」

「面倒」

「面倒ってお前なぁ…!」

 

俺は諦めて天井を見上げた。

 

デルタの重みが腹にかかっている。

 

暖かい。

 

柔らかい。

 

でも重い。

 

(今日も平和だな)

 

全然平和じゃないけど、そう思うことにした。

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