「美味しそうね」
その声が耳の横で響いた時、俺の口にはビッグマグロが半分入っていた。
かじりかけのバーガーを口に挟んだまま、俺は固まった。
目の前にいるのは金髪のエルフだ。長い金髪。青い瞳。整いすぎた顔立ち。アルファに似ている。いや似ているんじゃない、同じ種類の美しさがある。だがアルファとは違う。もっと自然体で、それでいて油断できない。
「……あの、どなたですか」
「あなたこそ」
彼女は首を傾げた。長い金髪がさらりと流れる。アルファより長い。腰から先へ垂れる金色の川。
「私のことを知らない? 10年以上表に出てなかったから当然かしらね」
10年。その数字が脳に刺さった。
俺はバーガーを口から離した。咀嚼する暇もなかった。飲み込もうとして喉詰めさせかけた。コーラで無理やり流し込む。
(10年? 10年前って……)
10年前。俺とシドがシャドウガーデンを立ち上げた頃だ。アルファと出会ったのもその時だ。あの時アルファは——
肉塊だった。
シドが治療して、形を取り戻した。それが10年前だ。ということは。
俺の顔から血の気が引くのが自分でもわかった。
この人がアルファの親族だとしたら。アルファが「悪魔憑きとして捨てられた」経緯を知っている人物だとしたら。
俺たちがアルファを拾ったのが10年前だとしたら。
この人が探している「妹の忘れ形見」が——
「あ、いや、その」
俺の視線が泳いだ。冷や汗が背中を伝う。マグロナルドの冷房が急に Arctic Blizard みたいに感じる。
「なんで冷や汗かいてるの」
彼女が言った。語調は平坦だが、青い瞳が細められている。ジト眼だ。完全にジト眼だ。アルファが呆れる時と同じ目だ。遺伝子って怖いな。
「かいてないです」
「顎から滴ってるわよ」
「それはマグロのタルタルソースです」
「嘘ね」
即答だった。さすがエルフ。嘘を見抜く能力が高い。いや普通に見てればわかるレベルだ。
「……名前、聞いてもいいですか」
「ベアトリクス」
ベアトリクス。その名前を聞いて、俺はまた冷や汗をかいた。
(ベアトリクス。ベアトリクスってことは、やっぱりアルファの——)
「あなた、何か知ってる顔をしてるわね」
「してないです」
「してる。私の親族の名前を聞いて反応した。その顔」
「気のせいです」
「気のせいじゃないわね。エルフの目は誤魔化せないの」
ベアトリクスは俺の正面に回り込んだ。窓際の席を挟んで向かい側に座る。断りもなく。客じゃないのに。いや席が空いてるからいいのか。
「ねえ、あなた名前は?」
「……エロゲです」
「エロゲ? 変な名前ね」
「言わないでください。傷に塩を塗るんで」
「傷あるの」
「比喩です」
ベアトリクスは肘をテーブルにつき、頬杖をついた。青い瞳が俺を真っ直ぐに見ている。観察されている。実験台にされる時と違う種類の視線だ。イータは魔力を見ている。この人は人間を見ている。
「エロゲ。一つ聞いていい?」
「何を」
「私ね、探している人がいるの」
ベアトリクスの声が少しだけ低くなった。冗談めかした響きが消える。青い瞳の奥に真剣な光が宿った。
「10年以上前に行方不明になった。私とよく似た……妹の忘れ形見を」
妹の忘れ形見。
その言葉が俺の背筋を凍らせた。
妹。アルファの母親だろう。その妹の忘れ形見。つまりアルファだ。
この人はアルファを探している。
「顔を見たことがあるのかは知らない。でもあなたの反応を見る限り、何か知ってるみたいね」
「……何も」
「嘘」
また即答だった。
「エロゲ。嘘つくの本当に下手ね。顔に出すぎなのよ」
「……すみません」
「謝らなくていい。ただ教えて」
ベアトリクスはテーブル越しに身を乗り出した。長い金髪がテーブルに垂れる。青い瞳が至近距離で俺を捉える。
「君は、私の顔に見覚えはあるのかい?」