「暑いわね」
ベアトリクスはそう言いながらローブの留め具を外した。
何気ない動作だった。本当に何気ない。脱いだというより暑いから緩めただけだ。ローブの下の紫色のドレスが露わになる。鎖骨のラインが見える。それだけだ。それだけなのだが。
(目のやり場に困るんだが)
俺は視線を逸らした。壁の石目を見る。天井の梁を見る。窓の外の通りを見る。見るべきものはいくらでもある。
「何見てるの?」
「いや何も」
「じゃあこっち見なさいよ。話し相手でしょ」
ベアトリクスは俺の正面に座り直した。脚を組む。ドレスの裾が少し上がる。太ももが見える。白い。長い。エルフの脚は無駄に美しい。
「あのベアトリクスさん」
「何?」
「妹さんの話の続きを」
「そう急がないで。まず落ち着きましょう。お茶でも淹れるわ」
ベアトリクスは立ち上がった。立ち上がった拍子にローブが肩から滑り落ちた。周期的に。自然に。だが結果的にドレスの肩紐が片方外れ白い肩がむき出しになった。
「あら」
彼女は肩紐を直さなかった。直すのを忘れたのか直す必要を感じていないのか。どちらにせよ俺の視線は迷子だ。
「お茶、何がいい?」
「いや俺は別に」
「あるわよ。ハーブティー。リラックス効果あるの」
ベアトリスは部屋の隅の棚を開けた。背中が見える。ローブが腰に溜まっている。ドレスの背中が大きく開いている。背中のラインが筋が浮き出るほど綺麗だ。
(アルファと似てる。いやアルファよりなだらかというか)
見ているだけだ。見ているだけだが。
ベアトリクスはやかんを火にかけるために少し背伸びをした。棚が高い位置にあるからだ。背伸びをするとドレスの裾がさらに上がる。太ももの裏が見える。いや見えるというかもう際どい。
「届かないわね」
「俺が取りますよ」
「いいのよ。自分で」
さらに背伸びをする。ドレスがずり上がる。俺はもう壁の石目を数えることにした。二十四、二十五、二十六…
「あった」
ベアトリスがやかんを取り出した。振り返った時、肩紐がもう片方も落ちていた。ドレスの胸元が少し下がる。谷間が見える。深い谷間。
「暑いわね本当に」
彼女は無意識に胸元を煽いだ。手でパタパタと仰ぐ動作。そのたびに胸が揺れる。揺れる。揺れる。
(揺れてる。確実に揺れてる。アルファと同じでデカい。いや比べるなよ俺)
「エロゲ、何見てるの?」
「石目です。二十八个目があります」
「壁見て話すの? 変な子ね」
変な子で結構です。変な子でないと生きていけないんですよこの世界では。
ベアトリクスはお茶を淹れるためにやかんの前に立った。待っている間、何をするでもなくその場で軽く伸びをした。両腕を上に伸ばす。背中が反る。胸が張られる。ドレスが危ない。非常に危ない。
「ふぅ…」
息を吐いて腕を下ろす。ドレスが少しズレた。直さない。この人直さない。直す概念がない。
「ねえエロゲ」
「何ですか」
「あなた、女性とこういう部屋で二人きりになるの慣れてる?」
「慣れてないです」
「嘘ね」
「慣れてます」
「今度は正直ね」
「どっちだよ」
ベアトリクスは笑った。楽しそうに。いや楽しそうなのが一番怖い。
お茶が沸いた。彼女はカップに注ぎ俺の前に置いた。置く時に身を乗り出した。胸が俺の目の前に来る。谷間が至近距離だ。
「はい、お茶」
「ありがとう」
受け取ろうとしたら手が触れた。ベアトリクスの指先が俺の手の甲に重なる。冷たい。いや温かい。いやどっちだ。
「あら、手が温かいわね」
「熱いですか?」
「いいえ、心地いい温度」
ベアトリクスは手を離さなかった。指先が俺の手の甲をなぞる。何気ない動作。おそらく無意識。だが効果は絶大だ。
「あのベアトリクスさん、手」
「ん? ああごめんなさい」
やっと離れた。にやりと笑った。この人わかってやってるのかわからずやってるのか。天然なら最悪だ。対策が打てない。
「妹の話に戻るわね」
ベアトリクスは俺の向かいに座り直した。脚を組む。今度は逆の脚だ。ドレスの裾がさらに高い位置まで上がる。もう太ももの付け根が見えそうだ。
「妹の忘れ形見を探してるって言ったわよね」
「はい」
「彼女がどこにいるか知らないの。10年以上前に行方不明になって」
「10年」
「ええ。私が表舞台から姿を消したのもその頃よ。探すために消えたようなものだから」
ベアトリクスはお茶を一口飲んだ。カップを持つ手が小さい。指が長い。エルフの手だ。
「ねえ、エロゲ。あなたの知ってる人中に私と似たエルフはいる?」
直球だった。
俺はお茶を吹きそうになった。なんとか飲み込む。喉が熱い。
「いないです」
「嘘」
「なんでわかるんですか」
「目が泳いでる。泳がないで」
「泳いでません」
「泳いでる。魚みたいに」
「魚じゃないんですから」
「マグロならぬエロゲね」
「マグロ関係ないだろ!」
ベアトリクスはカップを置いて身を乗り出した。テーブル越しに距離が縮まる。ドレスの胸元がさらに強調される。
「教えて。お願い」
「お願い」と言いながら手を合わせる。その動作で胸がさらに寄せられる。谷間が深くなる。
(お前それわかってやってるだろ!)
いやわかってない。この人は天然だ。アルファなら計算でやる。でもこの人は計算がない。純粋に「お願い」しているだけだ。だからこそ質が悪い。