※この作品はR-18です。

囮の実力者になりたくなくて!   作:ボルメテウスさん

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形だけのデートは本気になる

約束の時間五分前に喫茶店に着いた。

 

遅刻はしない。クレアさんに「最低」呼ばわりされるのは御免だ。俺の人生において「最低」という評価は既に何度か貰っているが、婚約者にまで言われるのは心に来るものがある。

 

「あ、来てたの」

 

クレアが入ってきた。時間ぴったり。いや、俺の方が五分早いだけで彼女も時間通りだ。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。五分前じゃない。早いね」

 

「遅刻したら最低なんで」

 

「そう。よろしい」

 

クレアは少し満足げに頷いた。微かだが頬が緩んでいる。機嫌は悪くない。だが——

 

「で、どこ行くの」

 

「え、決めてないんですか」

 

「私が決めると思った? 女性に決めさせる男は」

 

「最低ですねわかってます」

 

「わかってるなら早く決めて」

 

早速厳しい。俺は脳内でデートプランを組み立てた。というか組み立てる暇がなかった。昨日までベアトリスに搾り取られていたのだ。デートプランどころじゃなかった。

 

「あの、散歩とか」

 

「散歩」

 

「散歩です」

 

「デートで散歩」

 

「ダメですか」

 

「ダメじゃないけど。味気ない」

 

「じゃあ散歩してカフェ」

 

「今カフェにいるけど」

 

「じゃあ別のカフェに」

 

「同じカフェ巡り? それデート?」

 

「デートです。立派なデートです」

 

「…ふう」

 

クレアはため息を吐いた。だが、そのため息には呆れよりも諦念に近い響きがあった。「この人に任せたら何も始まない」と悟った種類のため息だ。

 

「じゃあ行きましょうか。散歩に」

 

「あ、はい。あの、クレアさん靴紐緩んでますよ」

 

「え、どこ」

 

クレアは足元を見た。確かに緩んでいる。俺は膝をついて紐を結び直した。何気ない動作。ただの親切。たぶん。

 

「直しました」

 

「…ありがとう」

 

クレアの声が少し上ずった気がした。いや気のせいだろう。俺は立ち上がり、店の扉を開けた。

 

「お先にどうぞ」

 

「…うん」

 

クレアは俺の前を通った時、微かに頬を赤らめていた気がする。いや気のせいだ。風のせいだ。ミドガルの風は頬を赤くする。知ってるか? 知らないけど。

 

*  *  *

 

散歩は意外と悪くなかった。

 

王都の大通りを歩き、裏道に入り、市場を通り抜け、噴水広場に出る。クレアは最初は無言だった。腕を組み、背筋を伸ばし、俺の半歩前を歩いていた。

 

「クレアさん、そこの店クレープ美味しいですよ」

 

「クレープ? 甘いものでしょ」

 

「甘いものは正義です」

 

「正義って何」

 

「俺の中での正義です」

 

「あなたの中での正義がクレープなの」

 

「クレープとカフェオレです」

 

「…ふう」

 

またため息だ。だが今度のはさっきより柔らかい。呆れの中に微かな笑いが混じっている。

 

「一つくらいなら食べてあげてもいいわ」

 

「じゃあ奢りますよ」

 

「奢ってくれるの」

 

「当たり前でしょ。俺が誘ったんだから」

 

「…そうね。じゃあお言葉に甘えて」

 

クレアはクレープ屋の前に立った。イチゴとクリームのクレープを一つ注文する。俺も同じものを頼んだ。

 

二人でベンチに座って食べた。噴水広場。水の音。子供たちが走り回っている声。平和だ。

 

「美味しい」

 

「でしょ」

 

「…うん。美味しい」

 

クレアはクレープを一口かじるごとに頬を緩めていた。さっきまでの厳しい顔が嘘みたいだ。甘いものを食べると人が変わるタイプなのか。可愛いな。いや可愛くはない。可愛くはないが。まあ可愛い。

 

(いや何言ってるんだ俺)

 

「何笑ってるの」

 

「笑ってないです」

 

「口角が上がってる」

 

「クレープの味がいいからです」

 

「嘘。私を見て笑ってた」

 

「見てないです」

 

「見てた」

 

「見てない」

 

「…ふう」

 

三度目のため息。だが今度のは呆れじゃない。何か別の響きがあった。

 

クレアはクレープを食べ終わり、ベンチの背もたれに寄りかかった。空を見上げている。青い空。白い雲。ミドガルの空は綺麗だ。

 

「ねえエロゲ」

 

「何ですか」

 

「あなたって不思議な人ね」

 

「不思議?」

 

「普通じゃない。何かこう、普通の男子学生とは違う感じ」

 

「普通の男子学生ってどんなんですか」

 

「もっとこう、自分を大きく見せようとするじゃない。あなたは全然そういうのがない」

 

「ないですね。大きく見せても何もいいことないんで」

 

「それが不思議なのよ。男ってそういう生き物でしょ」

 

「俺は違います」

 

「…そう」

 

クレアは空を見上げたまま何か考えているようだった。

 

その時だった。

 

俺の中で何かが動いた。魔力が。微かに。普段は意識しないほど小さな波動。だが確かに動いた。

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