目が覚めると、天井が知らない模様だった。
石造りじゃない。金属だ。継ぎ目には無数のリベットが打たれ、そこかしこから配管が伸びている。まるで潛水艦の内部にでも放り込まれたような光景だ。
(えーっと。ここはどこだ?)
俺は身体を起こそうとして、両腕が動かないことに気づいた。金属製の拘束具。手首をがっちりと固定されている。足首も同じだ。
隣で、同じように拘束された人物が声を上げた。
「あら。エロゲ様もご一緒でしたか」
ガンマだ。青い髪を揺らし困ったような笑みを浮かべている。彼女も両手両足を拘束され、ベッドの上に転がされていた。
「ガンマ。お前も捕まったのか」
「はい。ミツゴシ商会の視察の帰りに、イータの使いの者と名乗る方々に囲まれまして。『緊急の実験協力要請です』と言われたので、断りきれずに」
「断りきれずに拘束されるか? 普通」
「お、お恥ずかしい」
ガンマが頬を赤らめる。この娘、経営手腕は組織一なのに対人交渉になるととたんに弱くなる。押しに弱いのだ。
ガチャリ、と扉の開く音がした。
入ってきたのは長い茶色の髪を無造作に垂らしたエルフ。眠そうな半開きの瞳。研究用のゴーグルを額に上げ、工具をじゃらじゃらと下げている。
イータだ。
「……起きた。早い」
彼女は俺とガンマを一瞥し、それから壁際の棚へ歩いていく。棚には無数の試験管やフラスコが並んでいる。色とりどりの液体が、怪しげに光っていた。
「イータ。これは何の真似だ」
俺はなるべく落ち着いた声で言った。声が上ずらないように。だが内心は穏やかじゃない。この女、前から俺の魔力を狙っていた。実験台にするとか言っていた。ついに実行に移したのか。
イータは振り返らない。棚から何かを取り出しながら、ぼそりと言った。
「……実験。エロゲの魔力。ガンマの頑丈能力。……両方欲しい」
「両方ってお前。俺はともかく、ガンマは経営能力って言っても頭の中身だぞ? 切り取るとかそういうのは勘弁な」
「……切り取らない。……もっと、いい方法」
「いい方法って何だ」
イータは振り返った。手に、奇妙な形の機械を持っている。腕時計のような、でも明らかに魔導具だ。透明な水晶が埋め込まれ、内部で魔力が渦巻いているのが見える。
「……これ。装着する。……エロゲの魔力を、ガンマに流す」
「は?」
「……ガンマの頑丈能力を、エロゲに流す」
「は?」
俺は二回同じ声を出した。ガンマも首を傾げている。
「つまり……どういうことだ?」
イータは眠そうな目を少しだけ見開いた。説明を求められたときだけ、彼女は少しだけ饒舌になる。
「……魔力と知性の交換。……エロゲの膨大な魔力を、ガンマの経営能力で制御する。……ガンマの経営能力を、エロゲの魔力で増幅する。……互いに補完し合う、理想の関係」
「理想の関係?」
「……そう。……エロゲは戦えない。……ガンマは魔力が少ない。……二人が混ざれば、最強」
俺とガンマは顔を見合わせた。
「……エロゲ。……ガンマ。……どっちが先にやる?」
「「遠慮します」」
声が揃った。イータは微かに眉をひそめた。
「……なぜ」
「なぜって。俺の魔力をガンマに流すって、具体的にどうやるんだよ」
「……装着するだけ」
「装着ってどこにだ」
イータは俺の手首の拘束具を指差した。
「……そこ。……今ついてるの、それ」
「は?」
俺は自分の手首を見た。拘束具だと思っていた金属の輪。よく見れば、内側に水晶が埋め込まれている。さっきイータが持っていた機械と同じ形の。
「……もうついてる。……あとは、起動するだけ」
「おい待て。いつつけた」
「……エロゲが気絶してる時」
「気絶してる時に何してんだお前!」
思わず叫んだ。イータは瞬きもせず、手に持った機械を弄っている。
「……ガンマにもついてる。……これで準備完了。……あとは、スイッチを押すだけ」
「押すな! 押すなよ!? ていうかそのスイッチ、何が起きるんだ!」
「……わからない」
「わからないのかよ!」
俺は必死で手首を動かそうとした。だが拘束は固い。魔力を込めようにも、この輪がそれを吸い取っているのか体内の力が集まらない。
「ガンマ! そっちはどうだ!」
「私も……動けません。魔力も、集まりません」
ガンマも焦った顔で手首を揺らしている。青い髪が乱れ、普段の落ち着いた表情が崩れていた。
「イータ様! どうか、お話を聞いてください!」
「……聞いてる」
「私たちを実験台にする前に、もう少し説明を……!」
「……説明、面倒」
「面倒で済ませないでください!」
ガンマの必死の訴えも、イータには届かない。彼女はスイッチに指をかけた。
「……いく」
「待て待て待て待て!」
「……3」
「ガンマ! 何か手は!」
「ありません! 諦めましょう!」
「諦めるなよ!」
「……2」
「イータ! 俺、お前の実験に協力するから! もっと安全な方法で! な!」
「……1」
「聞けよ!」
カチリ。
スイッチが押された。
——何も起きなかった。
「…………あれ?」
イータが首を傾げた。機械を軽く叩き、もう一度スイッチを押す。
カチリ。カチリ。
「…………動かない」
「動かないのかよ!」
俺は叫んだ。安堵と怒りが同時に押し寄せる。ガンマも脱力したようにベッドに沈み込んだ。
「……おかしい。……魔力は十分。……回路も正常」
イータはぶつぶつと呟きながら機械を調べ始めた。俺とガンマは拘束されたまま、天井を見上げるしかない。
「……エロゲ様」
ガンマがぽつりと言った。
「なんだ」
「……生きてて良かったですわね」
「ああ。そうだな」
俺は深く息を吐いた。イータの実験が失敗した理由はわからない。だが、今はそれに感謝しよう。
「あっ、起動した」
「「なっ!!」」