「…動けない」
俺は悟った。背中に、柔らかいけれど絶対に動かないものが張り付いている。
「エロゲ様…申し訳ありません。私の背中にも、エロゲ様の背中が…」
ガンマの声が、背中のすぐ後ろから聞こえる。距離ゼロ。
俺たち今、背中合わせでくっついている。スライムスーツ越しとはいえ、女性の背中の体温と感触がダイレクトに伝わってくる。いやスライムってそもそも体温伝えるのか? 伝えるな。めちゃくちゃ温かい。そして柔らかい。背中だけど。
「イータ。これどうなってるんだ」
俺は首を捻って、機械をいじっているイータを見た。
「…成功」
「成功じゃないだろ! 離れられないじゃないか!」
「…それが、目的」
「目的って何だよ!」
「…魔力の…循環。…エロゲの魔力がガンマへ。ガンマの魔力がエロゲへ。…背中の接点が、回路。…離れると、回路が切れる」
「切れていいから離してくれ!」
「…ダメ。…データ、取る」
イータはクリップボードにペンを走らせ始めた。完全に観察モードだ。
ガチャリ。
重い金属扉が開く音がした。
入ってきたのは、長い金髪を怒りで逆立てたアルファだ。碧眼が燃えている。いや物理的に魔力の塊が瞳の奥で爆発しているレベルだ。
「イータ!!」
地鳴りのような声だった。
「…アルファ様」
「何をしたの」
アルファは俺とガンマの惨状を一瞥し、それからイータを睨みつけた。
「実験です」
「見ればわかるわよ! なぜエロゲとガンマがくっついているのか聞いてるの!」
「…魔力交換。…背中合わせで、循環。…離れられない」
イータは淡々と答える。
「離れられないって、どういうこと?」
「…離れると、死ぬかも」
「「は?」」
俺とガンマの声が重なった。
「…今、二人の魔力回路が完全にリンクしてる。…無理に離すと、回路が逆流して…双方の魔力核が崩壊する」
「崩壊って!」
アルファが額に手を当てた。深いため息。
「つまり、安全に離す方法は?」
「…ない」
「ないの!?」
「…今のところ。…調査が必要」
「いつできるの!」
「…3日」
「3日もこのままなのか!?」
俺は叫んだ。3日間、このドジっ子経営担当と背中合わせで過ごすのか? 風呂は? トイレは? 寝る時は?
「エロゲ様…私も…その…困りますわ」
ガンマの声が震えている。背中の体温が少し上がった気がする。恥ずかしいのか焦りか。
「イータ。責任取りなさい」
アルファの声が冷たくなった。
「…3日かかる」
「早くしなさい。3日経っても解けなかったら、あなたを縛り上げて実験台にするわよ」
「…やりがい、ある」
「褒めてないわよ!」
アルファは苛立ちを隠さず、俺たちの方へ歩いてきた。
「エロゲ。ガンマ。苦労かけるわね」
「いや、アルファ。どうやって生活するんだこれ」
「…這うしかないですわね」
ガンマが言った。
「這う? お前這えるか?」
「エロゲ様が前に。私が後ろ。…亀みたいに」
「亀かよ!」
俺はガンマの肩——いや背中——を押して前のめりになった。バランスを取るのが難しい。背中の感触がずりっと動く。スライムの摩擦が低い音を立てた。
「んっ…エロゲ様、急に動かないでください。…背中が擦れて…」
「擦れるか?」
「はい。…なんだか、変な感じが…」
ガンマの声が上ずった。背中越しに彼女の心臓の音が聞こえる気がする。ドクンドクンと早くなっている。
「あーあ。とりあえず、部屋に戻るか」
「無理ですわ。扉、通れません」
「通れるだろ。横になれば」
「横になっても、厚みが…」
確かに。俺とガンマの背中合わせだと、かなりの厚みがある。
「じゃあ、ここで3日過ごすのか?」
「…丁度いい。観察しやすい」
イータがにこりと笑った。笑ってない。目が笑ってない。
「アルファ。なんとかしてくれ」
俺はアルファに助けを求めた。
「…3日よ。耐えなさい」
「耐えろってお前!」
「私が交代で見てるから。不便でしょうけど」
「不便じゃない! 災難だ!」
「文句言わない。あなたが囮になるって言ったんでしょ。これも修行よ」
「どんな修行だよ!」
俺は絶叫した。背中のガンマも小さく悲鳴を上げた。ずり落ちそうになって、俺の背中に強く押し付けられる。柔らかい感触が背骨を圧迫する。
「エロゲ様…しっかり…」
「しっかりできるか!」
「あ…すみません。…胸が、背中に当たって…」
「当てるな!」
俺たちはもつれ合い、床に倒れ込んだ。
「あぐっ!」
「きゃっ!」
背中合わせのまま床に転がる。天井が見えた。イータの顔が覗き込んでいる。
「…良好な反応。…記録」
「記録すんな!」
俺の受難はまだ始まったばかりだった。