雀がうるさい。
気だるい二度目の起床を迎えた霖乃助は、窓から漏れる日光の眩しさに目を顰める。
傍らには相変わらず自分の物ではない体温があって、妙に良い匂いがする。
「おはよう香霖、ごはんにする?お風呂にする?それとも・・・わたし?」
「!」
霖乃助は声にならない悲鳴をあげて布団から転げ出る。
「どうしたんだ?香霖」
零れる金髪、見慣れた笑顔、聞き慣れた口調。
何故か布団の中に全裸の魔理沙が居た。
とはいえ、本物ではないのはすぐに分かった。
こんな悪戯をする人物にもの(妖怪だが)心当たりがある。
霖乃助は顔を紅潮させてその名を叫ぶ。
「みずち様!」
「お、ばれたぜ」
ニヤっと笑った魔理沙の姿が、ぽん、と煙を立てて消える。
変わってそこに夜智王が現れる。
幸いなことに女のままだった。
「げ、幻術?」
「目眩ましよ、疑ってかかればすぐに消えてしまう」
小手先の手妻よの。
と布団にだらしなく寝そべりながら夜智王が言う。
霖之助が泣きたくなった。
密かに想っていた初恋の女性の実像は、淫靡な蛇で、しかも、男にも化生する。
その精神的ショックが彼を打ちのめす。
「安心せい、ワシは男でもあり女でもある、本性が男で女に化けていた訳では無いからな」
「何の慰めにもなりませんよ…」
この蛇の精神構造は一体どうなっているのか。
普通男は男に突っ込まれることに耐えられるはずがない。
想像したことのうすら寒さに霖乃助は身震いする。
「さて、どうする?もう一回くらいするか?」
「なんでそうなるのですか!」
「さっきのも、あまり気持ち良くなかったか?」
あんなに出したくせに…
相手に快楽を与えることに関しては絶大な自信を持つ蛇は、しょんぼりとする。
「いえ・・・そうではなくて・・・」
「ちゃんと、優しくしてやるからな、な?」
「それは普通男のセリフです・・・」
「わかった、霖乃助もあれだな?男らしく主導権を握りたいということなのだな?いいぞ、好きにしろ?」
そう言うと、可憐な少女のようにじぃっと熱っぽい視線を霖乃助に向けてくる。
ドキリと霖乃助の心臓が高鳴る。
そのままだったら、流されていたかもしれない。
しかし
ガチャ
表のドアの開く音が沈黙を破る。
「おーい香霖、元気になったかー」
「!!」
元気な声に霖乃助が青ざめる。
全裸の自分。
寝乱れた布団(自分の精液の痕跡有り)
全裸の夜智王(女)
「魔理沙か、朝から元気だなぁ」
暢気な様子の夜智王に、霖之助は震え上がる。
それどころではない。
「ふ、服を着て下さい!」
「えー」
「えー、じゃなくて!」
三人ですればええじゃろー、とかぶちぶち言っている夜智王と汚れた布団を押し入れに押し込む。
夏蒲団を引っ張り出して敷いたあたりで、魔理沙が返事がなかったので、勝手に母屋に上がり込み(何時ものことだが)寝室へとやって来た。
自分の服までは手が回らなかった霖之助は、布団に飛び込むと、とりあえず病人のフリをして、布団をひっ被る。
「お、おはよう魔理沙」
「おはよう香霖、顔色は良くなった」
これだけ心臓が高鳴れば血の巡りが良くなるのも当たり前である。
ゴマカサナイト・・・
「き!昨日の夕飯美味しかったよ、ありがとう」
「そっか良かった!……でも、なんかだるそうだな」
それは別の原因なので気にしないで欲しい霖之助である。
ガラっと音がして押入れが開く。
「ふぉぅ!」
「なんだ!?」
奇声を上げる霖乃助に魔理沙がびっくりする。
押入れから顔を出したのは男に戻った夜智王だった。
「おはよう魔理沙」
「・・・おはよう」
「だるそうなのは、治りかけの証拠であろう、なんぞ精のつくものでも食わせてやれ、卵とか肝とか」
襖が開いた瞬間は心臓が止まるか思った霖之助だが、男に戻ってしまった夜智王に、ほっとするような、がっかりするような複雑な表情を浮かべる。
「で夜智王はなんで押し入れで寝てたんだ?」
もっともな疑問を魔理沙が口にする。
一晩居候させてもらったのだ。
外の世界では居候は押し入れで寝るのが「とれんど」なのだ、と蛇は嘯く。
魔理沙も「なんか早苗から聞いたことあるぜ青い狸型の式神なんだろ?」と返す。
「ネコ型ロボットだ」と訳の分からないことを夜智王が言い返す。
「ドラ○もんはともかく、朝めしもまだ。後はまかせたぞ、魔理沙」
「よっしゃ、まかせな!」
腕によりをかけるぜ、と腕捲り(半袖なのでフリ)をする。
「ではまたな二人とも」
仲良くやれよ。
と意味深なコトを言い、夜智王は出口に向かう。
すぐに奥から、魔理沙の「こ、香霖!?なんで全裸なんだよ!」という可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
「夜智王と何をしてたんだよ!男同士で!」「違うんだ魔理沙!?それは誤解だ!」「バカ!下隠せ!変態!こーりんの変態!」
言い争いの一拍後、どかーんと派手な音が後ろから響いてくる。
あの有り様では、二人が男女の仲になるのは当分先だな。
くつくつと笑いながら夜智王は香霖堂を後にした。
首尾良く魔法の森での用事を終えた夜智王は、霧の湖を渡って北側に降り立つ。
丁度人里からは西に一刻辺りの位置だった。
「たしか、ここから半里ばかりだったはずだが」
眼前の里山を眺めながら言う。
どうやらねぐらにする場所は既に決めてあるらしかった。
小脇に抱えた“荷物”を抱え直し、山に分け入ろうとする。
「夜智王」
「文か、二日ぶりだな」
上空から声を掛けられたので、顔を上げる。
声を掛けてきたのは文だった。
カメラと取材ノートである文花帳を携帯している所を見ると、新聞のネタを探していて、夜智王を見掛けただろう。
天狗は目が良い。
ひょいと、自然な仕草で夜智王は文のスカートの中を覗こうとする。
当然文は慌ててスカートを押さえて地面に降りる。
「おい隠すなら、そんなに短い洋袴はやめればいいだろう」
「いちいち覗こうとするのを止めて下さい!それより、それはなんです」
夜智王の“荷物”を刺してた文は、険しい表情で睨み付けてくる。
「見ての通り、妖精だ」
「ばかっ!」
「ぐおっ!」
夜智王の鳩尾に文の突き蹴りがめり込む。
吹っ飛ばされて一回転した夜智王。起き上がり「何をするのだ!」と喚く。
「夜智王のバカ!幼女趣味!妖精をお稚児さんにでもする気ですか!あたしがいるのに!」
「まてまてまてまて!誤解を招くようなこと言うな!」
「やっぱりあたしこの蛇に手篭めにされるんだ・・・うわぁぁぁぁぁん!」
虚ろな目をしていた金髪巻き毛の妖精が文のセリフを聞いて、びくっと震えた後、火が着いたように泣き始める。
「お月まで何をいっとるんだ!ちゃんと説明しただろうが!」
「ばかぁ!」
「ふぉぐぅ!」
膝立ちの夜智王の側頭部に文の膝蹴りが炸裂する。
再び吹き飛んび地面を転がる夜智王。
そんな状況でも抱えた妖精を放さず、かつ潰さないように気を使うあたりは流石である。
「光源氏計画ですか!小さいうちから自分好みの女に調教する気ですか!あたしみたいに!」
「うわぁぁぁぁぁん!」
「うるさい!泣きたいのこっちだ!」
夜智王から妖精(ちなみに名前はルナチャイルドと言う)をひったくると、文はそれを風に乗せて投擲した。
いやぁぁぁぁと悲鳴をあげながら飛んでゆく妖精。
「ああっ!何をするんだ!文!」
ちなみに妖精は湖上に氷を張って昼寝していた氷精に激突、二人して溺れるハメになるが。
それどころでは無いのは夜智王である。
文が泣き出したのだ。
「泣くな文・・・ワシは女子の涙が苦手なのは知っておるだろうに」
文を抱き寄せてよしよしと頭を撫でる。
夜智王の胸に顔を埋めてぐずる文。
現金にも夜智王が優しくしてくれたので、割とすぐに泣き止み、夜智王の胸元で涙と鼻水を拭う。
「あの妖精は魔法の森でワシに悪戯をしかけてきた三人組の妖精の一匹だ」
「ひっく・・・光の三妖精ですね・・・良くあることです・・・ぐすっ」
「妖精如きにどうこうされるワシではない、脅かしたら逃げ出したのだが・・・あれだけなぜか木の根に躓いて転んで逃げ遅れたのだ」
ドンくさい話である。
しかもからかい気味に脅かしたら恐怖のあまり気絶してしまったのだ。
そのまま放置するのも可哀想だったので(妖精とはいえ女子だし)抱えて森を出た。
途中気が付いた妖精には「仲間を置いて逃げる連中とは手を切って、しばらくワシの所で女中をせんか」と持ちかけたのだ。
「つまり、そういうことだ。手篭めだの、光源氏だのというのは文の早とちりだぞ!」
「妖精を女中にしても役にたたないじゃないですか。どうせ失敗した所を「お仕置きだ、いやぁ旦那さまぁ」て感じでいやらしいことするつもりだったのでしょう?」
「あんな乳臭いガキに欲情せんわ!」
「・・・ルナチャイルドの件はわかりました・・・ぐず」
しぶしぶといった様子で文は納得する。
そしてぎゅうと強く夜智王を抱きしめる。
乳が当たるふにゅっとした感触に夜智王がにやける。
「おい文、はしたないぞ」
年頃の娘が往来で――と続けようとした。
「……」
「な、なんじゃ!?」
突如じとーっとした目つきになった文に、思わず夜智王は逃げ腰になる。
この目つきは、文が噛み付く前兆である、どうにも噛みつきの恐怖が拭えないらしい夜智王はたじたじだが
文は夜智王を離さないので逃げられない、抱きついたのではなく・・・拘束したのだ。
「男臭い」
「はぁ?そりゃワシ雄だし…」
「他の男の臭いがします……精液の匂いがする」
「!?(お主天狗であろう?なんでそんなに鼻が効くのだ?)」
「男と寝ましたね…女に化けて…」
恨めしそうな、不貞腐れたような、そんな表情で文が睨んでくる。
その表情が余りに可愛かったので、思わず夜智王は文にちゅっと口付ける。
「う~~」
「あはは…」
それはかえって文の怒りを煽った結果になった。
くわっ!と口を開いた文は、思い切り夜智王の肩に噛み付いた。
「いたっ!これ文!いたたた!咬むのはやめい」
「ん~~っ!んん~~っ!」
「いたっ、やめっ、食い千切る気か!?やめて、ワシが悪かったから!」
なんとか文を引き剥がすことに成功したものの。
文はぼろぼろと涙を流し始め、また夜智王は慌てる。
「どうして、そういうことするんですかぁ」
「いや、だって」
「貴方が女を抱くのは我慢しますけど、貴方が男に抱かれるのはいやぁ」
どう違うのか?
生憎恋する少女の乙女心というのは複雑怪奇に千差万別で、夜智王には理解しがたい。
「そんなことを言われてもなぁ・・・どうにも可愛い男子を抱きたい気分になるし、偶には逞しい男にめちゃくちゃにされたくなるのだ」
文もそんな時は無いか?と夜智王は嘯く。
返事代わりに文は思い切り夜智王に噛み付く。
夜智王の絶叫が霧の湖に響き渡った。
「夜智王のばか・・・あほ・・・おたんこなす・・・どてかぼちゃ・・・どすけべ・・・いんらん・・・ちろう」
「言いたい放題だの」
手につけようの無い文を、眠りの術で眠らせおぶったまま夜智王はてこてこと山道を歩く。
半べそを掻きながら寝言で文は延々と夜智王を罵り続けている。
苦い表情を浮かべたまま、夜智王は可愛らしい少女の、可愛らしい悋気を持て余す。
「どうしたものかなぁ・・・おっと」
ともあれ目的地に到着したので文を起こしに掛かる。
「ほれ文。起きろー起きんと乳揉むぞー」
「ばかっ!」
「ぐぅほっ!」
鳩尾に良いのが入り夜智王は地面に崩れ落ちる。
覚醒した文は、きょろきょろと辺りを見回す。
山中・・・妖怪の山ではないが、人里離れた山の中らしかった。
「・・・ここは」
「おう・・・起きたか・・・」
木々に隠れるように、小さな庵がそこに経っていた。
茅葺の一軒家だった。
「貴方の家ですか?昔お祖母様と一緒に来た覚えがあります」
「そうだ、ワシの幻想郷でのねぐらよ、ほれ立ち話もなんだ、入れ」
そう言って鎧戸を開けて縁側から屋内に侵入する。
「さすがに色々痛んでしまっておるなぁ」
「というか・・・なぜこの家は朽ちていないのです?」
腐りかかった寝具を外へ放り捨てる夜智王に文は疑問を投げかける。
小さな庵である。
縁側に八畳ほどの板間、その中央に囲炉裏。寝るスペース用なのだろう畳が二三枚・・・こちらは朽ちていない。
狭い土間は厨らしい。水瓶や竈などが並び、増築したらしい別棟への扉が一つ有る。
鉄鍋が錆びて朽ちるほどの期間放置されているたのに、なぜ建物本体には痛みがないのか?不思議である。
「文、それより風を使って空気を入れ替えてくれんか、ああ囲炉裏の灰は飛ばすなよ」
「バカにして・・・もう子供じゃないって言ってるのに・・・」
ぶつぶつと文句を言いながら、文は澱んだ屋内の空気を外の清涼な空気と入れ替える。
「うむ見事な手並みだな・・・かわりにうすら寒くなったな・・・」
寒いなら開け放った障子戸を閉めればいいものを、縁側の辺りに座って、夜智王は自分の膝をぽんぽんと叩いて文を手招きする。
しかし文は、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「なんじゃ、何をふて腐れておる」
「さっきのことですよ・・・私怒ってるんですからね!・・・ってこらぁ!」
ぬるりと文に近寄った夜智王は、ひょいと文を抱き上げると、くるくる回す。
「さすがに羽が生えてるだけあって文は軽いな」
「そうやって子供扱いしてっ!」
ぽかぽかと夜智王の頭を叩く文。
「ではちゃんと大人扱いするか?」
すぅっと唇を寄せてくる夜智王に文は思い切り頭突きをかます。
ゴツンと良い音がして、夜智王が仰け反る。
「いたいのぉ・・・」
「こんなことじゃ誤魔化されませんよ!あぁぁもぅ!」
ぬくいのーと言いながら文を抱きしめて夜智王は縮こまる。
怒っているのがバカらしくなるくらいに妙な安心感に文は包まれる。
怒りがしおしおと萎れてゆく。
だが悔しい・・・惚れた弱みといってしまえばそれまでだが、理屈抜きで口惜しい。
「・・・もう男と寝ないで下さいね」
「善処しよう」
「ばか・・・」
「これから冬だろう?一人寝は寒くていやなのだ」
言うほどに寒さには弱くないはずだと、文は思っていた。
雪女だって口説いていたし・・・
幼稚な反抗心を誤魔化すように文は渋面を作る。
「ちなみに、この庵が朽ちて居ないのはな、スキマに報酬として貰ったものだからだ、特別製よ」
「そうですか・・・どおりで」
境界を操る能力を持つ紫の名前を聞き、得心が行く。
「まぁ寝具やら鍋やらはダメになっているがな、それで魔法の森まで出向いたのよ」
そう言って夜智王は何処からとも無く壷を取り出す。大きめの花瓶程度の壷である。
「なんです?」
「壺中天という奴を知っているか?昔大陸渡りの仙人から騙し取ったものでな、中が見た目よりずっと広くて、あと物が腐らん」
「へぇ・・・」
魔法の森の大樹の木霊に預けておいたのだ。そういいながら、壷の口に手を突っ込み、寝具やら土瓶やら酒瓶などを次々と取り出してゆく。
「便利だろう?一つ不満を言えば腐らんかわりに酒が熟成しないのが難点でなぁ」
と言って取り出した酒器に酒を注ぐ。
「変な匂い・・・ぶどう酒ですか?」
「そうだ腐った葡萄で作る珍しい西洋渡りのぶどう酒よ。文には特別に一杯進ぜよう」
腐った葡萄?と躊躇しつつ文は酒器を受け取る。
どうしたものかと思っていると夜智王が「口移しが良いか?」とか言ってきたので、ぷいっと顔を背けるとぐいっと飲み干す。
「まずくないですが・・・甘すぎです」
「ワシは好きなのだがなぁ・・・文はもっと辛いのが好きか?」
「そもそも貴方が嫌いな酒って存在するのですか?」
「まぁ無いな」
カカカと愉快そうに笑いながら夜智王は酒を飲み干すと、大事そうにその瓶を仕舞う。
「のぉ文」
「なんですか?」
「あんまり文がぬくいので眠くなって来た、一眠りしてよいか?」
「・・・私は抱き枕じゃありませんよ」
「そうだな、こんなに暖かくて、柔らかい抱き枕なぞないわな」
「ちょっと!」
夜智王は文を抱いたまま、先ほど壷から取り出した布団に潜り込むと、背後から抱きしめていた文をくるりと回して、向かい合うようにする。
先日の晩を思い出し、文は顔が紅潮してくる。
ただ夜智王の方はそういうことをするつもりないらしい。
まぁしっかりと当たる乳房の感触は楽しんでいるのだが。
「・・・やらしいことはしないんですか?」
「して欲しいのか?」
して欲しい、それが正直な所だが、そう答えては夜智王の掌の上で躍らせているようで腹立たしい。
それにこんな日の高い内にコトに及ぶとなると・・・つまり基本的に全裸になるわけで・・・全部見えてしまって恥ずかしい。
「別に!」
精一杯の虚勢を張る文。
お見通し、と言わんばかりにその頭をぽんぽんと撫でる夜智王。
「では夜になってからにしような、その方が文の肌が闇に映えて綺麗だ」
「・・・ばか」
「ははは」
結局その日は一晩中二人は愛し合うのだった。