「すっかり膨らんだの」
「だめよ、あなた…お腹、触り方が、やらしい…」
明らかに妊娠している、そう分かる、膨らんだ下腹部を、さわさわと夜智王の手が撫で回す。
母子を慈しむ父親の手つきでは、無い。
臍の回りを愛撫され、もう産み月も間近といった風情の紫が、艶めいた声をもらす。
「おお、いま動いたぞ?元気な赤子だな」
「やっ、だめ、おっぱい何するの!?」
「こちらもいっそう膨らんだの、うん?張っておるぞ、揉みほぐしてやろう」
妊娠し、一回りも二回りも大きくなった乳房、服の上からでもはっきりと分かるそれを、夜智王の手が包む。
「ふふ、さっぱり手に収まりきらんようになったのぉ」
「あっ、やっ、だめぇ…そんなに、もんだらぁ」
「もんだら、なんだ?」
「ふぁ、おねがい、あなた、だめよ」
優しく乳房全体を揉みほぐされ、紫の顔が見る間に紅潮し、瞳が潤む。
恥じらうように快楽に耐える妊婦。
なんとも言えぬ、背徳的な情景であった。
「おやおや、なにやら湿って来たぞ?」
「だからだめ、って…母乳がでちゃうのよぉ」
「それはいかん、どうりで張っておるわけだ…辛かろう?」
今、楽にしてやるぞ。
労るような真摯な表情を一変させ、嗜虐的な笑みをうかべた夜智王が袷を開いて、紫の乳房を露にする。
ぼろり、と巨乳がまろび出る、すっかり尖った先端の突起からは、乳白色の液体が染み出していた。
直に乳房に触れ、優しく搾るように揉む。
ひぅっ、と紫が呻き、ぴゅっ、と吹き出した母乳が夜智王の顔にかかる。
舌をぞろりと伸ばし、それを舐めとる蛇の目が、きゅうと歪む。
旨いぞ、と大して旨くもない母乳を極上の甘露のように誉めそやしながら、蛇が口が乳首に吸い付く。
「んっ!だめぇ、すっちゃだめよぉ、そんなやらしいすいかた、やめてぇ」
いやらしい手つきで搾乳され、母乳を吸われる。
そんな変態的な行為に、紫はいやいやと首を降る。
しかしその腕は夜智王に絡み付き、離なさない。
そんな、口とは裏腹に甘えてくる紫の乳房を、左右均等に吸い続ける夜智王。
「んっ…だ、めぇ…おっぱい…すわれて、イ、イっちゃうぅ」
「イっていいぞ?」
「だめよぉ、だめったら…あ…」
「っ!」
微睡みをすっとばし、紫の意識は急速に覚醒した。
原因は言うまでもなく、淫夢である。
ひどい夢だった
「紫は寝顔も可愛いな」
枕を紫に提供しているからか、手枕で横臥している夜智王。
淫夢の原因が添い寝していた。
目を覚ました紫の頬に夜智王が接吻し、抱き寄せ、紫の柔らかな肢体を堪能する。
常ならば嫌がる紫だが、放心状態の彼女はされるがままだった。
「(夢……最悪……)」
ひどい夢だった、妊娠し、この性悪蛇を甘えた声で「あなた」などと呼んでいた、夢の中の自分を思いだし、怖気《おぞけ》が走る。
昨夜、ねちねちと夜智王に責められ、気絶するように眠りに落ちたことを、ぼんやりと思い出す。
無防備な寝姿を見られた、なんとも言えない恥ずかしさが、紫を赤面させる。
「こらっ!」
乳房に伸びてきた夜智王の手の感触に我に帰り、その手の甲を思いきりつねる。
「何してるのよ」
「いまさら照れんでもよいだろう?昨夜はあんなに」
皆まで言わせず、紫は夜智王をぐいっと押し退けると、床に放ったままの単を引き寄せ、さっと身に纏う。
「もう十分に報酬は払ったわよね?」
「つまらんことを言うな、これで三度目、平安の昔なら夫婦と成る所だぞ?」
後朝の歌でも一首歌いだしそうな夜智王、その目は悪戯小僧のように輝いている。
紫をからかうのが楽しくて仕方ないらしかった。
「なぁ紫、片意地を張らんで、もう一戦しようではないか」
「まっぴらごめんよ!こら、どきなさい!」
上半身を起こし、身を整える紫の太股にぽすん、と夜智王は頭を乗せる。
極上の膝枕に頬ずりをしながら、愛しそうに、紫の下腹部に手を当てる。
「っ!」
夢の内容を思い起こさせるような行為に、紫は顔を首まで真っ赤にし、ばしばしと夜智王の頭を叩く。
「何をしてるのよ!」
「紫がちゃぁんと孕むように念を送ってるだけだぞ?」
馬鹿。と紫が呟く。
「そんなに簡単に妊娠するわけないでしょう!」
妖怪はその力、長い寿命の代償として、極端に繁殖率が低い。
力を持たぬ人間が地に満ちていったとのは対照的にだ。
それは入ってしまえば自然の摂理であり、人と妖、その天秤を維持する物なのかもしれない。
大妖と称される紫、夜智王とて例外ではなく、むしろその傾向は卑称な妖怪よりも強い。
実際、あちこちで浮き名を流す夜智王が、妖怪相手は勿論、人との間に子を成したという話を聞かないのが、何よりの証拠だった。
つまり、紫と夜智王が一晩交わった程度で、子が出来ることは無いのだ。
「あれだけ出せばなんとかなると思うがなぁ」
「馬鹿…」
「うっかり地底で命を落としても、紫がワシの子を孕んでいてくれれば、心残りは無いのだがなぁ」
「え、縁起でもないことを言わないでよ!」
さらりと死亡フラグを立てる夜智王に、紫が声を荒げる。
「あなたを殺すなんて…」
「分からんぞ?灼熱地獄の炎で焼かれ続ければ、いつかはワシも再生しきれず命落とすだろうさ」
「そんなことは…」
「ワシは害することの禁じられた巫女殿ではないし。お主ら女子のする命名決闘法も段幕ごっこも、ワシら男共にはあまり合わん」
いざ戦うとなれば、それは殺し合いよ。
そう淡々と夜智王は言う。
「だからちゃんと孕めよ?」
「馬鹿…ふざけないでよ」
「ふざけてなどおらんぞ?」
「そんな天狗でもミシャグジ神でもいいじゃない」
「文には子種をやったこともないし、これからもやらんよ」
何故?と問う紫に、夜智王は自嘲的な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「蛇の子など孕めば、狭量な天狗共が煩いだろう?産まれてくる子にしても合の子、魔縁、鵺と罵られることになる」
「それでもあの娘は良いのではなくて?あなたと添い遂げられるなら」
「楽しそうに新聞を作ってる文がワシは好きなのだよ、あれからそれを取り上げるようなことはしたくない」
紫は、押し黙る。
この蛇が妙に憎めないのはこういう所だ。
だが、それと自分が妊娠するのは別問題である。
「ミシャクジ様は?」
「それも無しだな、まぁ諏訪子は神だから、あれがその気になれば子は出来るかもしれんが、まそれはなかろうよ」
「なんでよ」
「信仰の不足で、昔より随分弱くなっている。神が子を産むということは霊《たま》を別けるということだ。今の諏訪子には無理さ、下手をすれば消滅する」
「…吸血鬼は?」
「レミリアは、まだ子を産むような体ではないだろうが」
「そうね…」
他の女の話などやめよ、といって夜智王はすりすりと紫の太腿を撫でる。
「触り方がいやらしいのよ!もうっ」
「だって紫の膝枕が気持ちよすぎるのだ。もう地底のことなど放っておいて、ずぅっとこうしていたい」
「どこに顔を寄せてるのよ!ばかっ!」
股座に顔を埋めようとした夜智王の頭をばしんばしんと紫が叩く。
「さすがにちと痛いぞ紫」
「あんたがいけないんでしょう!」
「わかったわかった、もういやらしいことはせんから、もう一眠りしよう、朝と呼ぶにはまだ早い時間だ」
「もうっ!」
夜智王が紫を抱き寄せたまま横になり、あっと今に意識を手放し、寝息を立て始める。
逞しいというには夜智王の体は細すぎたが、それでもその腕に収まり、胸に抱かれると、妙な安心感が全身を包む。
元々一日の半分は眠って過ごす紫である、睡魔には弱い。
「ばか…」
何度目かの幼稚な罵りを呟きつつ、眠りに落ちていったのだった。
「本当に可愛い寝顔だな」
すっかり太陽も昇りきったあたりで夜智王は目を覚ます。
腕の内の紫は、すやすやと眠っている。
夜智王と相対する時は常に険しい目も、小憎たらしいことばかり言う口も、今はただ愛らしい寝顔となっている。
「のぉ九尾、何もせんから、その殺気を向けるのはやめんか?」
紫の寝顔を愛でつつ、暢気な声で夜智王はそう言った。
全身の毛が逆立つような強烈な殺気が、夜智王にのみ向けられている。
発しているのは、言うまでも無く紫の忠実な式、九尾の妖孤、八雲藍であった。
染み出すように、部屋の片隅に現れた藍は、険しい表情で夜智王を睨んでいる。
「…さっさと地底に向かえ」
「合意の上での情交だぞ。紫とて女子だ、ただただ男に甘えたい時もあるのさ、察してやれ」
「うるさい、八つ裂きにされたくなければ、今すぐ紫様から腕をどけろ」
「やれやれ。なぁ九尾?お主がワシを憎く思うのは―」
「うるさい!」
「はぁ…まったく」
取り付く島もない藍に、ぼりぼりと頭を掻き、寝具から這い出した夜智王は、一張羅の着流しを纏い、まずは寝覚めの一杯と、杯に酒を満たし干す。
空になった杯を再度酒で満たし、ついと藍に向ける。
「呑むか?」
殺意のあまり、狐の本性を露にし、獣の目で睨む藍。
言うまでも無く、否であった。
「さよか」
自分で杯を空にし、夜智王は立ち上がる。
「では紫によしなにな」
すやすやと眠る紫の番を頼むと、背後に痛烈な視線を感じつつ夜智王は我が家を後にする。
我がことながら、嫌われたな、と苦笑いを浮かべる。
紫の式になったばかりの藍とは、別に仲は悪くなかったのだ。
「紫が悪いのだ」
厄介事の報酬に紫との交わりを要求した時。
紫はよほどに嫌だったのだろう、藍に後を任せて逃げ出した。
健気な式は、さすがは狐、夜智王ですら見抜けぬ程完璧に紫に化けて、その身を差し出したのだ。
別に紫はそこまでしろとは言っていなかっただが、なんとかなるだろう、という楽観が藍にもあったようだった。
なにせ彼女はかの傾国「白面金毛九尾の狐」の娘、蛇の一匹や二匹と思うのも無理は無い。
ただ、少々相手が悪かった。
「まさか、玉藻の娘のくせに、生娘だとはなぁ」
紫だと思って散々に愛したので、少々刺激が強すぎた。
変化が解けて正体を現した藍に慌てた夜智王は、やむなしと彼女に暗示をかけて忘れさせようとした。
これがまずかった。
元々、完璧に紫になりきる為に自己暗示をかけていた藍の術と、夜智王の術が絡んだ結果。
藍には「無理矢理夜智王に乱暴された」そんな記憶が残ってしまったのだ。
以来、すっかり嫌われ、憎まれている。
自身とは縁の薄かった母親と仲の良かったという夜智王を、藍は密かに慕っていた、それだけに憎悪も深まる。
文の時と同じパターンだった。
「いずれなんとかせんとなぁ」
そんな事を思いながら、夜智王はまず間欠泉が沸いたという博霊神社へと飛んだ。
藍さまが玉藻前の娘なんてぇのは言うまでも無く独自設定です