※この作品はR-18です。

東方蛇精譚・夜話   作:窓@

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蛇、凍える姉弟と邂逅す、の巻

「お前さま……?」

 

眠りから醒めると背中に感じていた感触がない。

久方ぶりの暖かな寝具に残る、自分のものではない温もり。

幸せな記憶の残滓がそうさせたのか、思わず溢れた言葉に頬が紅潮していくのがわかる。

 

「おお、起こしてしまったかな」

 

囲炉裏から赤く燃える炭を火鉢に移していた蛇がすまなそうに言う。

聞こえなかったのか、なぜか安堵している自分をごまかすように背を向けて布団を頭から被る。

 

「寒いのか?」

「そう……だな」

 

確かに囲炉裏の火が消えたわけでもないのに室内の空気がやけに冷たい。

 

「どうも近くで雪女が騒いでおるようだな」

「……お前がちょっかいだした奴だろう」

 

なぜこんなに刺々しい事を言ってしまうのだろう、自分は。

全部、あいつが悪い。

 

「記憶にない」

「覚えてない程手を出したんだな」

 

肯定とも否定ともとれない曖昧な笑みを浮かべながら蛇が火鉢を持ってくる。

 

「なんじゃ、やきもちか?」

「冷たい、入ってくるな」

「酷いのぉ」

 

布団に潜り込もうとする蛇を押し退け、起き上がる。

寝汗が冷やされてぶるっと身体が震える。

気持ち悪い、汗を流したい。

ほんの半日、夜智王と過ごしただけで、自分が随分まともになってしまったような気がする。

それがまた腹立たしい。

 

「風呂入ってくる」

「外は吹雪いておるぞ、内湯を使うと良い」

「そういえばお前風呂好きだったな……」

 

あの頃も山中で見つけたという露天風呂によく通っていた。

今にして思うと見つけたじゃなくて、こいつが地中から組み上げていたんだろう。

 

「おい、ついてくるな」

「いまさら照れる仲でもあるまい」

「燃やすぞ」

 

怖い怖いと蛇が微笑《わら》うのが目に浮かんだが、振り返らず妹紅は風呂場へと逃げるように向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬だな」

 

弱々しい太陽を恨めしげに見やりながら夜智王が言うと白い吐息が漏れる。

 

「なんだ寒いのか?いくらでも燃やしてやるぞ」

 

じとっとした目で妹紅が夜智王を睨みつけた。

風呂上がりにやはりというか、押しかけてきた雪女と一悶着あったわけだが。

泥棒猫呼ばわりされ、ついかっとなり「私たちは元夫婦だ」と言い返したのがマズかった。

どれだけ鋭い目で睨もうが暴言を吐こうが、蛇はニコニコと笑うばかりだった。

 

「ついてくるなよ、寒いなら冬の間は家から出るな冬眠でもしてろ」

「元とはいえ夫に冷たい……身も心凍りつきそうじゃ」

「ぐっ……」

 

もう駄目だ、口でこいつに敵うわけがない。

今日は慧音と約束があるので人里へと向かっている妹紅だが、友人にこいつと一緒にいる姿を見られたくない。

 

「おや慧音殿」

「妹紅!夜智王!」

 

まだ人里までは距離がある所で慌てた様子の慧音を見つけ、声をかけると駆け寄ってきた。

 

「子供を見なかったか?」

「いや?迷子か?」

「そうなんだ、姉と弟で、どうやら薬草をとりに里の外に出たらしいんだ」

 

冬の日暮れは早い、もう小一時間もしないうちに真っ暗になる。

 

「すまないが探すのを手伝ってくれ」

「無論だ」

 

妹紅も快諾する。何度も感謝しながら慧音は戻っているかもしれないと一度人里に戻っていった。

 

「妹紅は空から探せ」

「わかった」

「ん?」

「どうした」

 

見つけた、と夜智王が呟いた。紅い瞳が深淵を覗くように揺らめく。

何かを見ているのか?

緊急事態にもかかわらず妹紅はその瞳に一瞬魅入られてしまう。

 

「いくぞ!」

 

飛ぶように夜智王が地を蹴り駆け出す、慌てて妹紅も追う。

風に乗って子供のすすり泣く声が聞こえてくる。

雑木林の脇の小路、小さな地蔵堂が見える、声はそこから聞こえていた。

 

「坊や、大丈夫かい?」

 

地蔵堂を覗き込むとどこかで転んだのだろう、泥と草の汁で薄汚れた子供が地蔵に縋りついてた。

慧音の寺子屋で見たことのある顔だ。

 

「平太ではないか」

「夜智王の兄ちゃーん」

 

 

見知った顔を見つけた平太は夜智王にしがみつくと、恐怖と安心の狭間で大声で泣き始めた。

 

「ねえちゃんが、ねえちゃんがー」

 

必死に状況を説明しようとする平太、しかし要領を得ない。

だが、握りしめた妖怪避けの守り袋、それには平太の姉に夜智王が与えた彼の鱗が入っていた。

平太を守るためにそれを渡して逃がしたのだろう。平太を容易に見つけたのも鱗を通じてのことなのだろう。

 

「大丈夫だ、わしが助けにいくからな」

 

背中を優しく叩いて安心させ眠りの術をかけて寝かしつける。

 

「妹紅頼む」

「こんな人里の近くで何があったんだ?」

「わからんが……かなり不味いぞ」

 

夜智王の鼻は血の匂いが雑木林の奥から漂ってきてくるのを捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

血の匂いを辿り雑木林を縫うように夜智王が駆ける。

日が暮れ始め、雑木林の中は薄暗い。

湿った土と木々の匂いを押しのけるようにひときわ濃い血臭と獣臭を捉え、夜智王は足を止める。

 

大きなケヤキの根元で、青白い顔の少女の腹部を犬のような妖獣が鼻先を突っ込んでガツガツと食い漁っている。

 

「(ヤマイヌか……)」

 

陰惨な光景に顔をしかめつつ、一足でそこへと飛び寄った夜智王はヤマイヌを思い切り蹴りつけた。

蹴飛ばされたヤマイヌが木に叩きつけられ悲鳴をあげる。

一瞥もせず、ケヤキに背を預けている少女を抱き上げようとし手を止める。

 

「やち、お」

「しゃべってはならん」

 

息があるのが不思議なほど、少女の有様はあまりに酷かった。

 

 

「よく頑張ったなえらいぞ」

 

右手で少女の頭を撫でてやりながら、左手をぐちゃぐちゃの腹部へ伸ばす。

夜智王の左腕が溶け落ちるように腹部を覆う、失われた少女の肉と血を補い少女の命をつなぎ止めた。

 

『ワレノエモノゾ……ジャマヲスルナァ』

 

怨嗟の声を上げるヤマイヌを、夜智王の影から這い出た大小さまざまな蛇たちが取り囲む。

 

「山に帰れ、命が惜しければな」

 

それが無駄な忠告であることを夜智王は理解していた。

一度人の味を覚えたヤマイヌはもはや元には戻れない。

こんな人里近くに何故やってきたのか……

 

『カエセ、ワレノエモノ、カエセェ』

 

怨嗟に声を上げながら飛びかかろうとしたヤマイヌに、無数の蛇が絡みき捕える。

暴れるヤマイヌがずるずると夜智王の影へと引きずり込まれていく。

 

ギャという短い断末魔の悲鳴が影に飲まれると、その場には瀕死の少女と夜智王だけだった。

 

「やちお、さま、へいたは」

「大丈夫だ安心しろ」

「よか…た」

 

なんと優しく、強い魂を持った少女だろう。

眩しいまでの魂の輝きが闇の住人、妖怪たちを惹きつける。

人里で一目見た時からそれを感じ取った夜智王は危うさを覚えて守り袋を渡しておいたのだ。

 

「怖かったろう」

「うん……」

 

でも、あたしねえちゃんだから……と少女は呟く。

 

「夜智王!」

 

平太を送り届けた妹紅と慧音がやってくる。

少女が無事だったと一瞬安堵した慧音だが惨状に気づき、息を呑んだ。

 

「美夜、美夜、どうして」

「せんせい…ごめんなさい」

 

謝る少女を抱きしめて慧音がいいんだ、よく頑張ったと泣きながら褒め続けた。

 

「夜智王殿も……ありがとう」

 

慧音の感謝を受けながらも夜智王は少女を静かに見つめた。

 

「やちおうさま?」

「美夜、生きたいか」

「夜智王、やめろ、何をするつもりだ」

 

妹紅が止めるが意に介さず夜智王は続ける。

 

「人として死にたいなら、わしが食ってやろう」

「夜智王殿、何を言っているのだ」

「美夜の血と肉の半分は既にわしのものに変わっておる」

 

わしの眷属として、半妖として生きるなら、叶えよう。

 

「またおっとうやおっかあとあえるの?」

「人里には住めぬし、知り合いは皆お前を置いて、老いて、死んでいくがな」

 

悪さをしなければ人里に出入りする程度は許される。

 

「わしはどちらでも良い、お主の望むようにしてやろう」

「……やだよぉ」

 

美夜の顔がくしゃりと歪む。

年相応に泣きじゃくり、死にたくないよぉ、おっとうとおっかぁに会いたいよぉ、会ってごめんなさいしたいよぉと慟哭する。

 

「決まりだな」

「やめろ夜智王」

 

妹紅が手に炎の剣を呼び出し、夜智王に突きつける。

 

「その子は……ここで死ぬ運命だった、生かせば、必ず帳尻合わせがやってくる」

 

常人が長い時を生きる辛さを誰よりも知っている妹紅は、ここで死ぬことがこの子の幸せだと、そう考えていた。

一方で慧音は凍りついたように動けない、少女の命が尽きることも妖怪に身を落として生きることも、どちらが正しいのか、わからない。

 

「妹紅」

「やめろ」

「すての責はわしが負う、気にするな」

 

そうだろう。お前はそう言うと、妹紅にはわかっていた。

 

「お前はそうやって、なんでもかんでも抱え込んで…!」

 

妹紅の腕が力なく垂れ炎が消える。

 

「何、今さらよ」

 

そう言って夜智王は、何でもないように、いつもの笑みを浮かべた。

 

 

 

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