※この作品はR-18です。

東方蛇精譚・夜話   作:窓@

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蛇、ミシャグジ神と共に人里に赴く、の巻

「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

妖怪の山に諏訪子の悲鳴が木霊する。

すわ逆ギレした夜智王が反撃に出たのか?

……そんな度胸は無い。

そもそも諏訪子の悲鳴はあれである。

ジェットコースターなどの絶叫マシンに乗ってはしゃいでいるタイプの悲鳴だ。

 

「すごい、すごーい!」

 

山中の道なき道を、諏訪子をおぶった夜智王が、転げ落ちる様なスピードで駆け下りてゆく。

山岳スキーと言う物をご存知だろうか?

人工的に調えられたゲレンデではなく、天然の山の斜面を滑り降りるスキーである。

某英国の00ナンバーのスパイもアルプスでやっていたので、見た記憶がある方も居るのではないだろうか。

あれをスキー板なしでやっているようなものだと思っていただきたい。

しかも駆け抜けるのは妖怪の山である。

スリルは比べるまでもない。

木に激突しそうになったり、段差や崖を飛び越える度、諏訪子が楽しげな悲鳴や笑いを上げる。

その声を聞き付けた山中に住まう妖怪達は、何事か!とざわつく。

ただ、声の主が洩矢神社の祭神で、それをおぶっているのが夜智王と知ると、黙ってやり過ごすことを選択する。

賢明な判断だった。

 

「夜智王ぞ」

「風の噂に相違無く、帰って来たのか」

「洩矢の神と仲が良いのか?」

「共に蛇ぞ、同族よ」

「触らぬ蛇神に祟りなしだ、関わりあいになるな」

「しかり」「しかり」

 

山中に畏れを撒き散らしながら、二人は麓目指して駆ける。

 

「ほら夜智王もっとスピードあげてっ!」

 

ばしんばしんと夜智王の頭を叩く諏訪子。

馬の尻ではないので止めていただきたい。

 

「(ワシはひっそりと生きたいのだがなぁ、どうしてこうなった?)」

 

 

 

 

 

話は少々遡る、

境内まで引きずられていき、さてどんな“遊び”に付き合わされるのか?

と戦々恐々としていた夜智王に対し。

先程までの激昂はどこへ消えたのか。

諏訪子は満面の笑みを浮かべて夜智王に言った。

 

「人里に遊びに行こう!」

 

そして夜智王の背中によじ登った。

連れて行け。ということらしい。

首に回された両腕に、先刻の扼殺刑の恐怖が蘇り、冷たい汗が背中を伝うが、断れる状況でもない。

 

「私は飛ぶのは不得手ですよ」

「ねぇ夜智王」

「なんですか」

「敬語はいらないよ。気持ち悪い、じんましん出そう」

 

そう言って腕を掻く。

この変わりようは何なのか。

女心と秋の空と言うが、これでは山の天気並みの急変である。

つい先刻、夜智王の首を絞めていたはずなのに。

早く行こう!と急かす様に、諏訪子は夜智王の頭をぐらぐらと揺する。

 

「……楽しそうだの諏訪子」

「うん!こっちに来て色々あったけど。早苗や神奈子に比べると、私は対して何もしてないからさ」

 

正直つまんなかったんだよねぇ。

と諏訪子は溜め息を吐く。

 

「暫くは夜智王“で”遊べると思うとワクワクするよ!」

 

で、とか言うな。で、とか。

遊ばれる方の夜智王はドキドキである。

もちろん心の臓が絞め付けられるような、恐怖由来のドキドキであるが。

 

「何故に人里よ」

 

まだ行った事ないんだもん。と諏訪子は何故か頬を膨らませる。

 

「神奈子がさぁ「お前は見た目が子供なのだ、侮る者や不貞な輩も湧くだろうから、ふらふらするな」とか言うんだよ、ひどいよね?」

「返り討ちにするとでも言い返したのか?」

「そう!そしたら「だからだ」とか言ってさ、酷いよね!何様なんだろうね!?」

 

神様だろう。

と思ったが、微妙な表情を浮かべ、黙って口を噤む。

神奈子殿も大変だな……と同情を覚える。

毎日この調子の諏訪子と、少々エキセントリックな早苗と暮らしているのだ、さぞ気苦労も多いだろう。

微妙な表情の夜智王が気に食わないのだろう、諏訪子が怖い目で見ている……気がした。

 

「まぁ、幼女好きの変態には気を付けるべきだの」

 

ご機嫌取りの夜智王の言葉に、えへへと諏訪子が相好を崩す。

 

「ねぇそれって遠回しに、私が幼女趣味の変態がほいほい寄って来るくらい可愛い、って誉めてるの?」

 

どうしてそうなる。

夜智王は肯定とも否定ともとれる曖昧な笑みを浮かべ、諏訪子をしっかり背負うと歩き出す。

 

「待った、そろそろお昼だし、早苗に弁当作ってもらってからにしよ」

「……まぁ……そうだな……」

 

 

 

 

 

「えー諏訪子様ばっかりおでかけずるいです、私も――」

 

二人で人里に出かける、と聞いた早苗が「私も」と駄々をこねる。

後では神奈子が夜智王に「面倒起こすなよ」と視線で圧力をかけてくる。

胃がしくしくしてきた夜智王は、引き攣った笑みを浮かべるしかない。

何かあれば大蛇薙剣を突きつけてくることは必定。

罪悪感バリバリの諏訪子。

感性の違いすぎる早苗。

常識人だが、こちらに対する必殺の武器を持つ神奈子。

……この神社は、完全に夜智王にとっては鬼門だった。

ワシ何故この神社に興味持ったんだろう。

後悔は常に先に立たず。後から着いて来るものである。

 

「だめだよ早苗?、夜智王と私の逢引なんだから……解かるよね?」

 

逢引……つまりデートだから邪魔するな、と諏訪子が怖い笑みを早苗にむける。

そのことがよっぽど衝撃だったのだろう。

小さい頃から蝶よ花よと、諏訪子と神奈子からちやほやされたことのしかない早苗には、諏訪子の態度は許容し難い物だったのだ。

優しい母親が、突然男を作って、そっちに夢中になってしまったような。そんな感じだろうか?

あまりの衝撃に、早苗の両の眼に涙が浮かぶ。

そしてきっ!と夜智王を睨むと、八つ当たりを開始する。

 

「夜智王さんのばかっ!!」

「まて、なぜそうなる」

「こんなに小さい諏訪子様を誑かして!私の可愛い諏訪子様を返して!!」

「……(ワシが悪いのか?)」

 

冷汗が止まらない夜智王は頭を抱え自問自答する。

多分そんなには悪くない。

 

「早苗、早くお弁当用意してよ」

「すわこさまぁ……うぁーん!」

 

空気など読む気も無い諏訪子が早苗を急かすと、堪え切れずわぁわぁと早苗が泣き出す。

 

「おい蛇」

 

早苗を泣かす奴は許さん。

そういわんばかりに立ち上がって怒気を放つ神奈子の周囲に、木柱が召喚される。

 

「御柱はやめよ神奈子殿、今のはワシは悪くないと思う!話せば解かる!」

 

犬養毅並の必死さで夜智王は神奈子を説得しようとする。

 

「黙れ」

 

問答無用。聞く耳持たず。

泣きながら、早苗も周囲に弾幕ごっこ用の符を取り出している。

これは駄目だ。

 

「逃げるぞ!」

「きゃぁ!」

 

そう判断した夜智王は諏訪子を抱える(なぜか嬉しそうな悲鳴を上げた)と一目散に逃げ出した。

 

「「待てぇぇぇ!」」

 

 

 

 

「すごかったねぇ!またやろうよ夜智王」

 

普通に上空に逃げても、生憎夜智王は飛ぶのは不得手、すぐに追いつかれそうだったので、迷わず山中に飛び込んだ。

山中の早駆けならば、逆に自信が有る。

木々に紛れれば、上空からの追尾も難しい。

すっかり追撃者達はこちらの姿を見失ったようだったので、夜智王は歩を緩める。

 

「鬼ごっこ抜きならばな」

「ふふ。やっぱり夜智王がいると楽しいよ」

「良かったの……」

 

風神とその巫女に追われたこちらは「楽しい」どころではない。

 

「ねぇ夜智王」

 

こてんと夜智王の肩に頭を乗せてニマニマしていた諏訪子が、甘い声で囁いてくる。

 

「なんじゃ」

 

顔を起こした諏訪子が、まだ自分の手形が残る夜智王の首にそっと触れる。

 

「痛かったよね。ごめんね」

 

慰めるように、自分で作った痕を諏訪子が撫でる。

こそばゆい感覚に夜智王は微笑しながら。「いや平気じゃよ」と返す。

だが。

 

「そう?……うふふふ、首輪みたいだね、夜智王は諏訪子の物だって」

 

何か物騒なことを言っている。

急に黒いオーラを発し始めた諏訪子に「またか!?」と思いつつ、夜智王は笑顔を向ける。

 

「のぉ―」

「夜智王こっちにきたのは何時?」

 

暗い炎の燈った眼力だけで夜智王を黙らせ、諏訪子は質問を重ねた。

 

「き、昨日だ……」

 

唐突に何かと思ったが、恐怖のあまり深く考えず夜智王は答えた。

 

「……だから他の女の匂いがするんだね?」

 

口調は軽い。

 

「ただの移り香じゃないね……一晩中一緒だったんでしょ?」

 

可愛らしい声で尋ねる諏訪子だが、その言葉に込めれたドス黒いオーラは尋常ではなかった。

 

「……ははは……」

 

どう答えても、もうダメな気がする。

 

「……まぁいいや」

 

冷や汗をダラダラと流しながら一言も発することの出来ない夜智王。

その様子を反省している、と取ったのか、諏訪子は不承不承の口調で許す。

 

「昨日なら、私がここにいるとは知らなかったみたいだしね」

「そ、そうか」

 

搾り出すように相槌を打つ夜智王に、うん。と諏訪子は愛くるしい笑顔を浮かべ返す。

ただ、夜智王の肩を掴んでいた小さな手が、肉に食い込んでくる。

桜貝のように愛らしいはずの爪が、まるで鉤爪のように。

ギリギリと。

 

「……諏訪子……その……ちと痛いかの?」

「何が?」

 

いえ、なんでも無いです。

なんじゃろう。

どうしてこんなにコロコロと態度が変わるのだろう。

さっきまであんなに楽しそうに笑っておったではないか。

切実な夜智王の問いに答えてくれるものは居ない。

 

「こんなに縮んじゃって、夜智王を満足はさせてあげられないから、他の女で性欲の発散するくらいは許すよ」

 

しかも、なにか話がおかしな方向に転がりつつある。

笑顔を浮かべて振り返り、ご機嫌を取るべきだ。

女の嫉妬にはこれが一番効く。

しかし首が動かない。錆ついたかの様に。

今振り返ったら、そこには夜智王の知らない諏訪子がいそうで。それを見たら立ち直れなさそうで嫌だ。

 

「諏訪子が正妻だからね。度量の広いところを見せないと」

 

正……妻……?

ワシ何時から貴方の夫に返り咲いたんじゃろう?

聞きたいが、聞ける雰囲気でもない。

 

「でも早苗はダメ……ううん、早苗も変な男に引っかかるくらいなら夜智王の方がいいかな」

 

余所に女を作るよりも早苗の方が良いかも……とかブツブツ呟いている諏訪子。

いやいやいや。

それはいくらなんでも酷いだろう。

第一

 

「いや巫女殿に手など出さんよ?神奈――」

 

子殿が怖いし、そう続けようとした。

その名に諏訪子が過剰反応を示す。

 

「神奈子だけは、ぜぇぇぇったいに、許さないよ?三度目なんて……無いからね?」

「……はひ」

 

どうしてこうなった……

 

 

 

 

 

 

その後。

ケロリと何事もなかったように元の調子に戻った諏訪子が「まずは団子が食べたい」と可愛らしいことを言う。

持ち合わせがないぞ?と恐る恐る夜智王が返すと。

「鱗二三枚ひっぺがして道具屋に売ろう」と残酷なことを言った。

確かに夜智王の鱗ならば妖怪避けのお守りに丁度良いだろう。

低級な妖怪ならその残り香だけで近寄らせない効果がある。

だからって生皮剥いで売れ。とほぼ同義のことを言う諏訪子に、内心で夜智王はさめざめと泣く。

拒否権は無い。

 

「そう言えば夜雀の妖怪が屋台を引いてるらしいんだよね。二人で冷やかしに行こうよ!」

 

とか何気に酷いことを宣う。

猛禽から化生した鳥妖ならともかく、夜雀程度だど蛇は逆に捕食する側である。

そこに大蛇の夜智王と、ミシャグジを統括する諏訪子が行ったら、泣いて逃げ出すのではないだろうか。

だが、すでに夜雀の屋台で一杯やることは諏訪子の中では決定事項らしい。

繰り返すが夜智王には拒否権は……無い。

可哀想な夜雀が今日は屋台を休みにしてねぐらで大人しくしている事を、夜智王は祈る。

そうこうしているうちに、二人は人里へとたどり着いたのだった。

 

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