セピア色の夕焼け空から銀杏の葉が降り注ぐ。
木枯らしが窓ガラスをガタガタと揺らす。柱の陰から窓の外を窺うと、図書館の駐車場や沿道は暗黄色の絨毯に覆われつつあった。
恐らく周辺に留まらず、町中で銀杏吹雪が降り頻っているに違いない。
北風の唸り声が轟き、落ち葉が夕日を浴びてガラス片のように燦めきながら吹き荒ぶ。田園を覆う枯れ草や薄が白波となって棚引き、透過した夕日が何処までも照らし出すようだった。
「相当おかんむりだな」
柱に凭れて腕を組んだ斗南は鼻を鳴らした。杳は彼のパーカーの裾をつまみ、眉根を寄せた。
「急いで逃げないと追いつかれちゃうよ」
斗南は横目で恋人を見遣り、薄く笑った。
「そろそろ追いかけっこはおしまいだよ」
「……どういう事?」
「今回の仕事は協力者がいるんだよ。とは言っても、何時も通り身内だけどな。俺が異界の探索と化け銀杏の陽動、他の退治屋が現世で大銀杏の伐採準備を並行して進めてる。現世の時間経過で異界に潜伏してから五日――丁度良い頃合いだ」
斗南の右手が何かを握り、振り下ろす動きを行ってみせた。
――斧を木の幹に振り下ろすジェスチャー。
「病葉の退治屋以外に一人、木の怪を伐る事に特化した専門家が来てくれてるんだ。俺にとっては義理の従兄……従姉さんの旦那だよ」
斗南の義兄は本職の林業従事者で、それが長じて樹木の怪異を
「
「本物の?」
斗南の顔色が些か悪くなった。
「滅茶苦茶怖い山姫……山の女神だよ。義兄さんの遠いご先祖で、従姉さんが巫女のお役目に就いてるんだ。二人は山姫の
「もっけさまでも?」
「山姫がお出でになる可能性は低いだろうけど……物理的に片手で捻り潰されて終わりだな」
あの悍ましい巨頭を――捻り潰す?
杳はごくんと唾を飲んだ。斗南は一体どれほど恐ろしい神様と知り合いなのだろうか。
「まあ、無闇に怖がる必要はねぇよ。義兄さん達の手筈は整ってるだろうから、後は化け銀杏の注意を完全にこっちに引きつけておいて――」
斗南は片手を開き、じっと掌を凝視した。
夕日に染まった皮膚に浮かぶ、血管の青い線。
「俺の毒を奴に直接取り込ませる。内側から腐らせれば、現世の本体も伐り倒し易くなる筈だ」
不穏な予感を覚え、杳は眉を顰めた。
「毒って斗南君の体液だよね? どうやって?」
「手っ取り早く化け銀杏の攻撃を食らって、血を浴びせる」
迷いのない答えに絶句する。
「病葉の毒は血液中に含まれてる量が圧倒的に多い。戦闘中なら幾らでもチャンスがあるし、確実な方法だ」
「だけど、そんな……!」
青褪める杳へ、斗南はほろ苦く微笑んだ。
「心配するな……って言う方が無理だよな」
「当たり前だよ! そんな、斗南君自身が傷ついて当たり前のやり方――」
夕日を吸い込んで、榛色の瞳が静かに底光りしている。
彼の中に潜む人ではないモノの片鱗が垣間見える眼差しに、杳は口を引き結んだ。
体内に隠し持つ血の毒こそ最大の武器ならば、身を切って血を流す事が勝利の前提なのだ。
「……何でお前が痛そうな顔してるんだよ」
斗南は右手を伸ばして杳の頬に触れた。
「だって……痛いでしょ」
「言っただろ、傷の治りが早いって。体質的に痛みに対する耐性も高いんだ。スタントの仕事だって怪我はつきものだし」
「その言い方は、狡い」
泣きそうになりながら涙を堪え、杳は両手でセーターを握り込んだ。
「心配ぐらいさせてよ。大事な人が傷つくのは……誰だって悲しいよ」
斗南は目を細め、すり、と杳の頬を撫でた。
「心配してもらえるって、こんなに嬉しいのな」
「よ、喜ぶ場面じゃないと思う!」
「杳に大事な人って言ってもらえて嬉しい」
「言い換えれば良い訳でもなくて!」
固い親指の腹が口元に触れ、杳は瞬いた。
視界に影が差したと思えば、あっという間に唇を奪われる。
「ふ……ん、ぅッ」
顎を捕らえられ、口内を傍若無人な舌に舐め回される。膝が細かく震えて崩れそうになると、すかさず腰に腕が回った。
恥ずかしいやら腹立たしいやらで胸板を叩くと、リップ音を立てて斗南の唇が離れた。名残り惜しげに上唇を舐められ、背筋がぞくりとする。
斗南は意地悪く笑った。
「今回はイッてない?」
「ばか!」
脇腹を小突くとくすぐったそうに垂れ目を蕩けさせる。頬に口づけが落ち、杳は首を竦めた。
杳の肩に顎を載せて彼女を抱き締め、斗南は「あのさ」と呟いた。
「一度奴と対峙して分かった。処女じゃなくなっても、化け銀杏は必ずお前を狙ってくる」
「……うん」
「虚仮にされて只じゃ置けねぇって思ってるだろうし、何よりこれが奴にとって生き延びる最後のチャンスだからだ。俺への報復がてら、何がなんでもお前を奪い返して子種を植え付けようってするだろう」
杳は斗南の背中を抱き返した。
「うん」
斗南が鉛のような息を吐き出した。
「……抱かせてくれって言った時、処女じゃなくなれば奴の執心が削がれるかもしれないって考えたのは嘘じゃない。でも本音は、あんな化け物に先を越されるくらいなら俺が抱きたいって思った。杳の窮地に付け込んで俺の都合が良い方に誘導した……ごめん」
暫し思案し、斗南の耳元で囁く。
「許さない」
黒いパーカーの肩が強張る。
「斗南君が嫌いになった。……って言ったら、斗南君は私をどうするの?」
背骨が折れる勢いで両腕を巻き締められる。思わず息が詰まった。
「何処にも行かせねぇ」
頸動脈に冷たいナイフを添えられているような、子宮がゾクゾクするような、恐ろしくて官能的な声だった。
「嫌われても憎まれても、俺の側で生きていてくれるなら構わねぇって……自棄になる」
杳は微笑んだ。
「斗南君って本当に可愛いね」
「……はぁ?」
顔を上げた斗南が胡乱な目で睨んできた。
「さっきまでの発言の何処に可愛い要素があるんだよ」
「私が好き過ぎて空回りしてる辺り」
「す……クソッ、こっちは真面目に話してんだぞ!?」
杳は全力で恋人に抱き着くと、ぐりぐりとパーカーの胸元に額をこすりつけた。
「おい、杳」
「抱かれるなら斗南君がいいって決めたのは、私だよ」
斗南がハ、と吐息を漏らした。
下から彼の顔を覗き込み、不安定に揺らぐ瞳を真っ直ぐ見据える。
「強制された訳じゃない。私が本気で拒否したら、斗南君は引いてくれた筈だよ。私の初恋の男の子はそういう人だって、知ってるもん」
「……記憶喪失のくせに」
「何でだろうね、斗南君は絶対私を助けてくれるって本能に刷り込まれてたのかな」
斗南が窺うようにそろそろと鼻先を触れ合わせた。杳から距離を詰めてキスをすると、青年の緊張が解けて舌を滑らせてくる。
ぬるりと緩慢に粘膜を愛撫され、腰がひくつく。
舌を絡ませて享受すると、グッと体重をかけて貪られた。
「ン――、ふ、あッ」
口の端から唾液が垂れ落ちる。酸欠と快感に頭がクラクラする頃、斗南は顔を離した。
「杳……、……」
熱い呼気が頬にかかる。
杳はとろんと目尻を染め、斗南に笑いかけた。
「私が斗南君を好きっていう気持ち、もっと信じて。何処にも行かないし、行きたくない。斗南君の側がいい」
斗南は言葉を探すように口を開け閉めすると、コツンと額を重ねた。
「ごめん」
「何で謝るの?」
「人間の娘に邪恋して人里から攫った
人間と化生の狭間に生まれ落ちた彼の苦悩の深さを感じ、杳は口を引き結んだ。
斗南が立っている場所は
杳は黙って斗南の胸に身を寄せた。
木枯らしの遠吠えが響き、ガラスが割れそうな勢いで窓が激しく揺れる。
二人揃って顔を上げると、銀杏吹雪が波打つ緞帳の如く窓の外に垂れ込めていた。
木枯らしに乗って鉦の音が迫る。
「もっけさまが――来る」
「ああ」
杳の呟きに、斗南は冷静に頷いた。
「杳、俺に掴まって」
「え……うわっ!?」
ヒョイと横抱きされ、慌てて斗南の首にしがみつく。
斗南が鴉羽色の翼を広げると同時に、ドンッ! と凄まじい風圧が窓ガラスを打ち据えた。
一瞬でガラスの表面が白濁し、バリバリと落雷のような轟音と共に砕け散る。
「――ッ!」
杳は息を呑んだ。
暴風がドッと書庫へ雪崩れ込んだ。書架が薙ぎ倒され、ちぎれた紙片が飛び交う。
鴉羽色の翼が力強く羽撃いて風を散らす。斗南は助走をつけて傾いだ書架を駆け上がり、割れた窓から銀杏吹雪の夕空へと躍り出た。
全身に風圧がかかり、視界がグルグルと回る。杳は斗南の首にかじりついて悲鳴を上げた。
斗南は荒れ狂う木枯らしをいなし、高く舞い上がった。
榛色の瞳が鋭く周囲を見回し、杳を抱える両腕に力が籠もる。
「飛ばすぞ。舌噛むなよ」
「へ、ぁ……ひゃあぁぁぁ!?」
斗南は猛スピードで異界の中心――現世では大銀杏が立つ丘に向かって飛翔する。
地上では鉦の音がけたたましく鳴り響いている。銀杏の葉に覆われた町並みを破壊しながら追ってくる暗黄色の巨頭が見えた。
「ハッ、銀杏の葉に覆われちまえば道も同然って訳か。無茶苦茶な理論だな」
呆れ混じりに失笑した斗南は、表情を塗り替えるとグンッと急降下した。
突然の浮遊感に悲鳴が喉を縮こまった。
「……っ!?」
ゴッ! と長大な黒い影が風を切る。
寸前まで二人が飛んでいた高さを巨大な
斗南が直ぐ様急上昇すると、その足元を飢えた大蛇の如く太い根がゴウッと掠めた。
眼下の光景に、杳は瞠目した。
土煙を上げて家々が崩れ落ち、瓦礫を振り飛ばして黒ずんだ朽縄のような木の根が続々と現れる。根は全て化け銀杏の墨染めの衣の内側から這い出していた。
セピア色の夕空にうねうねと蠢く幾本もの根は、夢に見そうなほど悍ましい。
次々と殺到する根を、斗南は最小限の動きで躱していく。
降下と上昇の繰り返しに翻弄されながら、杳は必死に嘔気と戦った。
丘を取り囲む木立が眼下に迫った時、背後に回った根が斗南の右翼を食い破った。
「斗南君!」
「チッ」
浮力を失った体が大きく傾く。
体勢を立て直す暇を与えず次の根が左翼を穿ち、両翼はどろりと溶け崩れた。
斗南は杳を強く抱き締めると、耳元で囁いた。
「着地したら丘の頂上へ走れ。鳥居を潜って
「え――」
真意を問い質す間もなく、黒い影が視界を覆う。
僅かな衝撃の後、影の膜がふつりと切れた。
落下したのは丘の麓から頂上の空き地まで延びる石段の途中だった。湿った銀杏の葉に覆われ、突いた手がぬるりと滑る。
地響きが異界を揺さぶった。
木立の向こうで土煙が上がり、八岐の大蛇のような根の影が荒れ狂っている。
斗南の影は視認出来ないが、彼は無事なのだろうか。心臓が痛いくらい早鐘を打ち鳴らす。
杳は息を吸って吐き、パンッと両頬を叩いた。
「落ち着け――落ち着いて、やるべき事をやるだけよ」
身動いだ拍子に膝から薄い冊子が滑り落ちた。
「これ……図書館にあったもっけさまの本?」
開いたページの上を黒い水滴――斗南の影がのたのたと這っている。
『木ッ怪様』
『化生』
『子株』
『衣手父町』
水滴が何度もなぞる文字列を指で追いかけていた杳は、目を瞠った。
「町の名前が……い……で……いてふ?」
図書館にいた時には解読出来なかった町名がはっきりと読み取れた。
「『旧・
ドぉンッ! と木立が揺れた。
杳は顔を上げると、冊子を小脇に抱えて階段を駆け上がる。
爆撃のような轟音と鉦の音が石段下まで迫る。記憶はあやふやだが、人生で今ほど全力疾走した事はない筈だ。
朱塗りの剥げかけた鳥居を潜ると、金色の西日が網膜を焼いた。
つんのめって落ち葉の絨毯に倒れ込む。歯を食い縛って立ち上がり、記憶の中で金色の火柱が立っていた場所へ走る。
巨大な朽縄の群れが石段を叩き割って這い上がってくる。木々が軋むような断末魔を上げて、鳥居が文字通り吹き飛んだ。
雷鳴の如き鉦の音がぐわんぐわんと脳髄を揺さぶる。
蹈鞴を踏んで振り返ると、巨大な影が西日を遮った。
鳥居があった筈の場所に化け銀杏が立っていた。
巨頭を高速で左右に振りながら、瞼のない真円の黒眸で杳を凝視している。
亀裂めいた大口が真っ赤な舌を蠢めかせ、破れ鐘のような声を発した。
「わ――が――は――な――よ――め――よ」
全身が総毛立つ。
腐汁にぬるつく舌で頭の天辺から爪先まで舐め回されるような嫌悪感が止まらない。
「わ――が――こ――だ――ね――を――う――け――よ」
「わ――が――な――え――ど――こ――と――な――れ」
墨染めの衣の裾から伸びる根が曲がりくねり、その先端を杳に向ける。
薄茶色の腐汁が糸を引く根の先端は、男性器を思わせる形状をしていた。
その全てが巨大過ぎて、人間の女性の膣に捩じ込もうとすれば間違いなく無惨な肉塊と化すだろう。
吐き気と、それ以上の怒りを覚えた。
――これは人に仇なす、悪しき化生だ。
――断じて神ではない。
杳は化け銀杏と対峙し、冊子を両手で高く掲げた。
「木ッ怪様、木ッ怪様――申し上げます!」
鉦の音が止まった。
化け銀杏は巨頭を傾けたまま硬直していた。突き出されたまま固まった舌がピクピクと震えている。
「衣手父の民の
「貴方様は木ッ怪様。衣手父の民が子々孫々に至るまで忌むべき木の怪と言い伝えてきた、この地に災いを齎す化生にございます」
娘の声は朗々と夕空に木霊する。
七百年絶える事なく語り継がれてきた化生への呪詛を、全身全霊で叫ぶ。
「貴方様を神と祀る者は既になく、貴方様が神と坐す地は既になく、残るは朽ちるべき定めの化生の名のみ! ……とっとと消え失せろ、ド腐れチンコ変態野郎!!」
化け銀杏の巨頭がぎ、ぎ、ぎ、とぎこちなく起き上がり、瘧にかかったように激しく震える。
腐汁にぬらぬらと光る黒眸がギュルッと回転する。
化け銀杏はがァんッ! と鉦を叩き割った。
「ど――ど――どどどど――ど――ぐ――さ――れ――だ――と――おおおぉぉぉぉ――う」
殺気を纏った朽縄の群れがざわざわとうねり、夕空を覆い尽くす。
「こ――こ――ここここむ――す――めが――ああぁぁぁぁぁ――!!!!」
青筋の如く葉脈をボコボコと浮き上がらせた根が肉薄する。
杳は目を逸らさず、一言囁いた。
「斗南君」
娘の足元から液状の影がどぷりと溢れ、艷やかな鴉羽色の翼となって広がった。
肉を貫く鈍い音、鉄錆の臭い。
「……捕まえた」
杳を背に庇って立つ斗南が低く笑う。
彼の左脇腹を食い破った朽縄は、地中から幾つも伸びた鴉羽色の翼に巻きつかれて拘束されていた。
肉を抉られた斗南の腹部から血が流れ出し、化け銀杏の根に黒く染み込んでいく。
化け銀杏が動揺したように巨頭を揺らした。
「あ――あ――あ――ああぁぁぁぁぁ――き――ききき――き――さ――ま――ああぁぁぁぁぁぁ!」
「俺も木の怪の端くれでね。木の葉天狗の病葉と言やぁ分かるか?」
斗南の冷笑に、化け銀杏は凍りついた。
鉦を失った両手で巨頭を掻き毟り、「あ」とも「お」ともつかない声を漏らし続ける。
斗南はこぷりと血を吐き、右手でパーカーの胸元を握り締めた。
「即効性の猛毒だ。お前の体は現世の大銀杏と繋がってる……今頃は内部から腐り落ちてるだろうよ」
「こ――こここ――こ――ぞ――おぉぉぉぉ――う!!!」
化け銀杏が絶叫した。
ごぱッと大量の腐汁を吐き出し、徐々に巨頭が萎びていく。
膨張した葉脈が弾けてどす黒い膿を撒き散らす。化け銀杏が頭を掻き毟れば掻き毟るほど皮膚が破れ、空気が抜けたバルーンのように潰れていく。
「あ――あ――や――め――ろ――おおぉぉぉ……!」
朽縄が次々と地に落ち、みるみる黒ずんで細くなっていく。
鴉羽色の翼に捕らわれていた根は最早ちぎれかけた紐のようになり、べちゃりと落下した。
脇腹の傷口を瞬時に影で覆うと、斗南は苦しそうな吐息を漏らした。
瞬きを忘れて立ち尽くしていた杳は、漸く我に返って恋人に飛びついた。
「斗南君ッ!」
榛色の瞳が横目で微笑む。
「中々言うな……お前も。ド腐れチンコは正直ウケた」
「ばかっ! そんな軽口叩いてる場合じゃないでしょ!?」
斗南は右腕で杳を抱き寄せると、背中をぽんぽんと叩いた。
「止血してるから大丈夫だって。……ほら、そろそろ聞こえてくるぜ」
「え――」
血まみれの指が天を示す。
何時の間にか銀杏吹雪の止んだ夕空を見上げた杳は、確かに聞いた。
こォ――ん……と響く、澄んだ刃の音。
こォん、こォんと、斧を振るう音が空から降ってくる。
斗南は安堵したように笑った。
「義兄さんだ」
ぺしゃんこに潰れた化け銀杏が戦慄し、濁った叫び声を上げた。
「あああああああああああやめろおおおおおおおおおお――お――おぉぉぉぉぉッ!!!」
刃の音は徐々に近く、大きくなっていく。
斗南は目を眇めると、杳の腰を強く引き寄せた。
「大銀杏が伐られたら……異界が崩れる。掴まってろよ、杳」
「え、ちょ、待っ……きゃああああッ!?」
暗黄色の絨毯が
銀杏の葉が乱れ舞う。
下から強風が吹きつける。わたわたと斗南の首に腕を回すと、鴉羽色の翼が大きく羽撃いた。
目が覚めるような青空。
あまりに鮮烈な青さに息を呑む。
ぐるりと視界が反転すると、眼下に町並みが見えた。
青墨色に烟るなだらかな山並み、寂しい秋枯れの田園、小さな丘の周囲に密集する家々。懐かしさすら朧気な、杳の生まれ故郷。
銀杏の葉が秋の日差しに燦めきながら彼方へ流れていく。
生きて帰って来たのだ――現世へ。